新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.832、2009/1/8 15:49 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故・逸失利益計算における基礎収入額の計算方法・18才未満,無職,専業主婦】

質問:私の家族が乗っていた車が,別の車に追突されてしまい,家族全員に後遺障害が残ったため,加害者に対して,逸失利益を請求するつもりです。この点,逸失利益は,裁判では,「@基礎収入額×A労働能力喪失率×B就労可能年齢に達する年齢に対応する中間利息控除係数」で計算すると聞きました。事故当時,私は仕事を持っておりましたが,妻は専業主婦をしており,また,息子は高校生でした。また,私の弟も車に乗っており,弟は失業中でした。この場合,@の基礎収入額はどうなるのかについて教えて下さい。

回答:
1.有職者は,事故前の1年間の実収入が基準となります。若年者は将来賃金が増加する可能性があり公平を期すため事情により賃金センサス(厚生労働省の調査結果)による「男子全年齢者平均賃金,平成19年,544万円」等を採用することが可能です。給与所得,事業者とも同様に考えます。
2.専業主婦は,実収入はありませんが家事労働は経済的評価が可能であり,賃金センサス女子労働者の全年齢平均賃金表,平成19年346万円によることが出来ます。有職主婦の場合は,実収入か賃金センサスの多い方を選択します。
3.高校生の場合,職業,収入はありませんが,一般的に将来就職可能ですから特別の事情がない限り18才から,賃金センサス男子全年齢者平均賃金,平成19年,544万円が適用になります。
4.無職者は収入がありませんが,現在無職者であっても特別な事情がない限り就職することが一般的ですから 賃金センサス,「全年齢平均賃金平成19年,544万円」や「年齢別平均賃金,30歳482万円」によります。
5.事例集776番,761番,701番も参照して下さい。

解説:
(交通事故による損害賠償請求についての考え方。)
自由主義,個人主義を基本とする私的自治の原則から言えば,過失責任主義は本来社会生活上自由であるべき人間が例外的に責任を負うのは自ら責任が有る場合であり,自由な行動を規制することから規制する側,即ち交通事故により損害を受けたものが,不法行為の要件,過失,損害の内容を確定し立証することになります。これは請求により経済的利益を受けるものが立証責任を負うという挙証責任の原則からも導かれます。しかし,私的自治の原則の理念は,公正,公平な社会秩序を建設し,個人の尊厳を確保する為の制度的手段であり,それ自体目的ではありませんから結果的に不平等状態が発生すれば制度に内在する公正,公平,信義誠実の原則により直ちに是正されることになります。元々交通事故の根本原因は,産業革命後の経済発展にともない生まれた走る凶器とも言える車両の存在にあり公正,公平の見地から言えばそのような危険物を利用し利益を得るものがその危険性から生ずる結果について責任を負うべきであり,危険責任,報償責任の原則より事実上挙証責任を転換し,加害者側に反証がない限り,過失の認定,損害の立証確定について被害者側の損害填補,被害回復を最優先にしなければなりません。損害の発生は身体的被害を含む場合,被害回復には長期間を有し損害の填補回復(逸失利益等)が立証確定できないような事態が生じますが危険,報償責任,公平,公正の原則から被害者側の一般的蓋然性の立証により反証がない限り損害は認定されるべきものと考えます。以上の趣旨から逸失利益算定の基礎概念も判例上認められており,不明な点は解釈されることになります。

1.逸失利益とは何かについての説明や,逸失利益の計算方法におけるA「労働能力喪失率」やB「就労可能年齢に達する年齢に対応する中間利息控除係数」についての説明は,法律相談データベース776番で説明しておりますので,ご参照下さい。将来の損害を確定することは厳密にいえば,本来無理な話なのですが,交通事故における被害者の実質的救済のため公正公平の理念により判例上一定の方式が確立しています。これらについて,本件でも簡単に説明しますと,逸失利益とは,仮に,加害者の加害行為がなければ,被害者が将来の労働等によって得られたであろう利益のことをいい,裁判実務では,「@基礎収入額×A労働能力喪失率×B就労可能年齢に達する年齢に対応する中間利息控除係数」で計算しております。そして,A「労働能力喪失率」とは,労働能力の低下の程度のことをいい,裁判実務では,基本的に,後遺障害等級を基準としており,例えば,後遺障害等級が14級の場合,労働能力喪失率は0.05とされております。これは,14級の後遺障害が残ったことにより,後遺障害が残らなかった場合に比べ,5パーセント労働能力が低下し,その分収入も減額になったと考えられていることを意味します。次に,B「就労可能年齢に達する年齢に対応する中間利息控除係数」については,まず,「就労可能年齢」は,裁判実務では,一般的に,67歳とされております。すなわち,67歳まで働くことができたと考えられております。そして,「中間利息控除係数」とは,仮に,後遺障害が残らなければ,67歳まで収入があったと考えられますが,将来に及んで発生する損害額を,通常は現時点で一括払いされることになりますので,その間の利息相当額を控除すべきとの考えに基づくものです。

2.では,@「基礎収入額」はどのように考えるべきでしょうか。この点,本件のような交通事故は,日本全国で毎日のように数多く発生し,また,将来に渡っても数多く発生するものですので,その処理については,法的安定及び統一的処理が強く要請されます。そこで,交通事故の専門部がある,東京地裁,大阪地裁,名古屋地裁は,平成11年11月22日,「交通事故による逸失利益の算定方法についての共同提言」(判例タイムズ1014号62頁)で,逸失利益の基礎収入の認定方法についての考えを共同提言しております。また,かかる共同提言の考えとともに,裁判例の判断傾向を分析したものとして,財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部発行の「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤本」)があり,これが,裁判実務で尊重されていり状況です。よって,これらの裁判実務の考えを,以下に紹介するとともに,解説いたします。

(1)有職者の場合
@ 給与所得者の場合
この場合,裁判実務では,原則として,「事故前の実収入額」を基礎収入額と考えております。給与所得者の場合,「事故前の実収入額」は明確ですので,原則としてかかる金額を基礎とするのが,損害賠償制度の目的である損害の公平な分担の理念に合致すると考えられるからです。但し,常に,「事故前の実収入額」を基礎収入額と考えると,例えば,新入社員は,収入が低額であるのが一般的ですので,不利になります。そこで,裁判実務では,就業期間が比較的短期であり,かつ,概ね30歳未満の者については,原則として,「全年齢平均賃金」を採用し,但し,現在の職業,事故前の職歴と稼動状況,実収入額と「年齢別平均賃金」等との乖離の程度及びその乖離の原因などを総合的に考慮して,生涯を通じて「全年齢平均賃金」程度の収入を得られる蓋然性が認められない場合には,「年齢別平均賃金」又は「学歴別平均賃金」の採用等を考慮すべきと考えております。

A 事業所得者の場合
この場合,裁判実務では,原則として,「申告所得額」を基礎収入額と考えております。この点,「申告所得額」と「実収入額」が異なる場合もありますが,この場合は,裁判実務では,被害者が「実収入額」を立証できた場合に,「実収入額」を基礎収入額と考えております。本来,「申告所得額」と「実収入額」は一致すべきものですので,このように考えるのが,損害賠償制度の目的である損害の公平な分担の理念に合致すると考えられるからです。また,常に,「申告所得額」と考えると,例えば,比較的若年で独立したばかりの自営業者に不利になる点は,給与所得者の場合と同様です。そこで,裁判実務では,給与所得者の場合と同様に,概ね30歳未満の者については,原則として,「全年齢平均賃金」を採用し,但し,生涯を通じて「全年齢平均賃金」程度の収入を得られる蓋然性が認められない場合には,「年齢別平均賃金」又は「学歴別平均賃金」の採用等を考慮すべきと考えております。

(2)家事従事者の場合
@ 専業主婦の場合
この場合,裁判実務では,原則として,「全年齢平均賃金」を基礎収入額と考えております。専業主婦の場合,実収入がない以上損害の立証は困難ですが,逸失利益を認めないというのは,公平,公正の原則から専業主婦にあまりに酷であり,家事労働も,有職者の労働と同様の労働と評価すべきだからです。但し,常に,「全年齢平均賃金」を基礎収入額と考えると,例えば,体が悪く働けないことから専業主婦をしている者は,有職者とほぼ同様の逸失利益が認められ,有利になります。そこで,裁判実務では,年齢,家族構成,身体状況及び家事労働の内容などに照らし,生涯を通じて「全年齢平均賃金」に相当する労働を行い得る蓋然性が認められない場合には,「年齢別平均賃金」を参照して適宜減額すべきと考えております。

A 有職の主婦の場合
この場合,裁判実務では,「実収入額」が「全年齢平均賃金」を上回っているときは,「実収入額」を基礎収入額と考え,下回っているときは,専業主婦の場合に従って処理すべきと考えております。このように考えるのが,専業主婦の場合との公平に合致し被害者救済につながるからです。

(3)無職者の場合
@ 幼児,生徒,学生の場合
この場合,裁判実務では,原則として,「全年齢平均賃金」を基礎収入額と考えております。幼児,生徒,学生の場合,将来どのような職に就くか分からず,平均賃金よりも多くの収入を得る者もいれば,少ない収入しか得られない者もいると思われますので,「全年齢平均賃金」を基礎収入額と考えるのが,損害賠償制度の目的である損害の公正,公平な分担の理念に合致すると考えられるからです。但し,裁判実務では,生涯を通じて「全年齢平均賃金」程度の収入を得られる蓋然性が認められない場合には,「年齢別平均賃金」又は「学歴別平均賃金」の採用等を考慮すべきと考えております。

A 高齢者の場合
この場合,裁判実務では,労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性がある場合には,原則として,「年齢別平均賃金」を基礎収入額と考えております。無職の高齢者の場合であっても,労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性がある場合にまで逸失利益を認めないのは,この者に不利だと思われるからです。

(4)失業者の場合
この場合,本来失業しているので収入の基礎がないのですが,被害者保護のため裁判実務では,労働能力及び労働意欲があり,再就職の蓋然性がある場合には,原則として,「再就職によって得られるであろう収入額」を基礎収入額と考えております。そして,その場合の認定に当たっては,失業前の実収入額や「全年齢平均賃金」や「年齢別平均賃金」などを考慮すべきと考えております。失業者であっても,労働能力及び労働意欲があり,再就職の蓋然性がある場合にまで逸失利益を認めないのは,この者に不利だと思われるからです。但し,常に,「再就職によって得られるであろう収入額」を基礎収入額と考えると,例えば,比較的若年の者に不利になる点は,給与所得者の場合と同様です。そこで,裁判実務では,概ね30歳未満の者については,原則として,「全年齢平均賃金」を採用し,但し,生涯を通じて「全年齢平均賃金」程度の収入を得られる蓋然性が認められない場合には,「年齢別平均賃金」又は「学歴別平均賃金」の採用等を考慮すべきと考えております。

3.以上のことを本件で検討します。
(1)あなたについて
あなたは仕事を持っておられたということですので,有職者であり,給与所得者か事業所得者であると思われます。そして,あなたは結婚されており,高校生の息子さんもいらっしゃいますので,「概ね30歳未満の者」には該当しないと思われます。よって,あなたが給与所得者である場合は,「事故前の実収入額」,事業所得者である場合は,原則として,「申告所得額」が,基礎収入額になります。

(2)あなたの奥さんについて
あなたの奥さんは,専業主婦をされていたということですので,原則として,「全年齢平均賃金」が基礎収入額になります。そして,平成18年賃金センサスによりますと,「女性学歴計全年齢平均賃金」は,343万2500円とされておりますので,原則として,かかる金額が基礎収入額になります。

(3)あなたの息子さんについて
あなたの息子さんは,高校生ということですので,原則として,「全年齢平均賃金」が基礎収入額になります。そして,平成18年賃金センサスによりますと,「男性学歴計全年齢平均賃金」は,555万4600円とされておりますので,原則として,かかる金額が基礎収入額になります。

(4)あなたの弟さんについて
あなたの弟さんは,失業中であったということですので,弟さんに,労働能力及び労働意欲があり,再就職の蓋然性がある場合には,原則として,「再就職によって得られるであろう収入額」が基礎収入額になります。

4.より詳しく相談したい場合には,交通事故に詳しい弁護士に相談するのがよいでしょう。

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