新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.798、2008/10/3 16:21 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【心神耗弱と医療観察法】

質問:先日,弟が独り暮らしの彼の住居に放火したということで逮捕されました。彼は,心神耕弱状態ということで不起訴となったのですが,代わりに入院の決定を求める申立てがなされました。今後,どのようになるのでしょうか。

回答:
1.弟さんについてなされた申立ては,「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(2005年7月15日施行。以下「医療観察法」といいます。)に基づくものです。まず,あなた方ご家族は,付添人(医療観察法30条。刑事事件ではないので少年事件と同じように付添人と言います)である弁護士や保護観察所の社会復帰調整官から,弟さんのこれまでの生活状況や病状,これからの生活について,意見等を聞かれるものと思われます。彼らは,そのような聴き取りなどをもとにして,裁判所に対し,判断資料となる意見を出すわけです。付添人は弟さんの権利擁護のために存在するわけですから,付添人に対しては,弟さんは放火をしていない,精神病ではない,精神病だとしても通院で十分であるなど,意見や要望を素直に述べるとよいでしょう。

2.その後しばらくしてから,審判期日が開かれるわけですが(必ず開かれるとは限りません。),これは非公開ですので,あなたは,弟さんの保護者になっているのでない限り,出席することはできません。裁判所に言いたいことがあるならば,付添人(出席資格があります。)に伝えてもらうとよいでしょう。

3.仮に検察官の申立てに従って入院の決定がなされてしまった場合は,弟さんは,厚生労働大臣の定める指定入院医療機関に入院することとなります。決定に納得できない場合は,付添人に抗告について相談するとよいでしょう。指定入院医療機関は,後記のとおり,多くはありません。そこで,弟さんの入院後,面会等には相当の不都合が生じる可能性があります。また,もはや入院治療の必要がないと思われたのならば,付添人であった弁護士等に退院等を求める申立てについて相談するとよいでしょう。

解説:医療観察法の基本的考え方を説明します。
自宅に放火し犯罪行為を行っても,あなたの弟さんのように心神耗弱,又は心神喪失の人は減刑されるか不処罰です(刑法39条1項,2項)。心神耗弱でも起訴便宜主義(刑訴248条)から場合により不起訴処分になります。減刑,不処罰の理由は,責任能力すなわち,是非善悪を弁別し,その弁別にしたがって行動する能力(判例)がない(又は限定的)からです。どうして責任能力がないと処罰できないかというと,自由主義国家において人間は生まれながらに自由であり,その人個人自身に非難されるような帰責事由がない限り社会的に危険な存在であっても法的不利益を受けないのです。したがって,何らかの理由によりもともと是非の判断能力がなく,劣っている人(14歳未満)は個人的に批難することができませんから法的責任(刑事上民事上も)がありませんし,刑罰によって生命,身体の自由,財産を強制的に剥奪するもできません(刑法上道義的責任論といいます)。しかし,法支配の理念による自由主義体制の目的は,個人の尊厳の保障と,公正な社会秩序の建設であり(憲法13条),是非の弁別能力がなく刑罰は科すことができなくても,犯罪行為を行い,社会的に危険性を有する者については一刻も早く社会復帰できるように精神的,肉体的な医療治療を積極的に行う必要があります。そのための制度が「医療観察」です。唯,この制度は対象者が刑罰と同じように身体的拘束を受けますので対象者の権利保護のため付添人,異議申し立て制度も用意されています。

以下では,医療観察法について,若干の解説をします。

1 趣旨・目的
精神障害の状態で犯罪が行われることは,被害者に甚大な損害が生じるのはもちろん,加害者自身にとっても不幸な事態です。医療観察法は,そのような人について,裁判所において適切な処遇を選択した上で,医療機関において専門的な治療を行うとともに,地域において継続的に医療を受けられる仕組みを作ることによって,その人の病状を改善し,同じようなことが発生することを防止し,円滑な社会復帰の促進を目指すことを目的としています(同法1条1項)。医療観察法が制定・施行される以前は,以上のような人については,精神保健福祉法に基づく措置入院制度等によって対応することが通例でしたが,@一般の精神障害者と同様のスタッフ,施設の下では,必要となる専門的な治療が困難である,A退院後の継続的な医療を確保するための制度的仕組みがないなどの問題が指摘されていました。医療観察法では,@裁判所が入院・通院などの適切な処遇を決定するとともに,国の責任において手厚い専門的な医療を統一的に行い,A地域において継続的な医療を確保するための仕組みを設けることなどが新たに盛り込まれています。

2 対象者
対象となるのは,殺人,放火,強盗,強姦,強制わいせつ等の重大な行為(医療観察法2条2項)を行った人のうち,心神喪失(精神の障害のために善悪の区別がつかないなど,通常の刑事責任が問えない状態のうち,まったく責任を問えない場合。刑法39条1項)又は心神耗弱(限定的な責任を問える場合。同条2項)を理由として,刑事裁判において無罪となったり,刑を減軽されたり,あるいは検察官により不起訴処分を受けるなどして刑罰が科されなかったものです(医療観察法2条3項)。上記に該当する人(通常の刑事事件における「被告人」などの呼び方と対応して,「対象者」と呼ばれます。)については,検察官は,原則として,裁判所に適切な処遇を選択してもらうべく申立てをしなければなりません(同法33条1項)。

3 審判
裁判所は,検察官からの申立てを受け,対象者を一時的に入院させて(同法34条),医師に対象者の精神状態等を鑑定してもらったり(同法37条),保護観察所に生活環境を調査してもらったりします(同法38条)。そして,その結果を報告してもらい,対象者からも意見を聴いた上で,入院(同法42条1項1号),通院(同項2号),あるいは不処遇(同項3号)といった判断をします。なお,対象者の権利擁護のため,裁判所は,対象者が自ら付添人(通常の刑事事件における「弁護人」に対応する立場にある者です。「弁護人」と同様,弁護士から選任されます。)を選任していない場合には,付添人を選任しなければなりません(同法30条,35条)。

4 処遇
(1)裁判所において入院の決定がなされた場合,対象者は医療施設(厚生労働大臣の定める指定入院医療機関)に入院(閉鎖病棟)して医療を受けなければならないこととなります(同法43条1項)。入院期間について法律上定めはありませんが,少なくとも6か月ごとに入院を続ける必要があるかどうかについて裁判所が審査する仕組みとなっています。また,対象者はいつでも退院等を求める申立てができます(同法50条)。
入院医療機関の指定状況は,以下のとおりです(H19.7.1現在/厚生労働省)。
・国関係・・・指定済み:10か所 建設中:4か所
@国立精神・神経センター武蔵病院(東京都)
A国立病院機構花巻病院(岩手県)
B国立病院機構東尾張病院(愛知県)
C国立病院機構肥前精神医療センター(佐賀県)
D国立病院機構北陸病院(富山県)
E国立病院機構久里浜アルコール症センター(神奈川県)
F国立病院機構さいがた病院(新潟県)
G国立病院機構小諸高原病院(長野県)
H国立病院機構下総精神医療センター(千葉県)
I国立病院機構琉球病院(沖縄県)
J国立病院機構榊原病院(三重県)       *建設中
K国立病院機構松籟荘病院(奈良県)      *建設中
L国立病院機構賀茂精神医療センター(広島県) *建設中
M国立病院機構菊地病院(熊本県)       *建設中
・都道府県関係・・・建設・建設準備中:4か所
@岡山県立岡山病院
A大阪府立精神医療センター         *建設・建設準備中
B長崎県立精神医療センター         *建設・建設準備中
C東京都立松沢病院             *建設・建設準備中

(2)通院の決定がなされた場合には,医療施設(厚生労働大臣の定める指定通院医療機関)に通院して医療を受けなければならず(同法43条2項),その間,保護観察所の精神保健観察に付され,指導などを受けることになります(同法106条1項,2項)。期間は3年間で,2年の範囲内で延長されることがあります(同法44条)。
通院医療機関の指定状況は,以下のとおりです(H19.7.1現在/厚生労働省)。
・指定数:257か所
・国及び都道府県立:49か所
・その他     :208か所
(3)入院や通院の決定を受けたが,これに不服があるという場合には,決定を受けてから2週間以内に高等裁判所に不服申立(抗告)をすることができます(同法64条2項)。

《参照条文》

医療観察法
第1条 この法律は,心神喪失等の状態で重大な他害行為(他人に害を及ぼす行為をいう。以下同じ。)を行った者に対し,その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより,継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって,その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り,もってその社会復帰を促進することを目的とする。
2 この法律による処遇に携わる者は,前項に規定する目的を踏まえ,心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者が円滑に社会復帰をすることができるように努めなければならない。
第2条 この法律において「保護者」とは,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)第20条第1項又は第21条の規定により保護者となる者をいう。
2 この法律において「対象行為」とは,次の各号に掲げるいずれかの行為に当たるものをいう。
一 刑法(明治40年法律第45号)第108条から第110条まで又は第112条に規定する行為
二 刑法第176条から第179条 までに規定する行為
三 刑法第199条,第202条又は第203条に規定する行為
四 刑法第204条に規定する行為
五 刑法第236条,第238条又は第243条(第236条又は第238条に係るものに限る。)に規定する行為
3 この法律において「対象者」とは,次の各号のいずれかに該当する者をいう。一 公訴を提起しない処分において,対象行為を行ったこと及び刑法第39条第1項に規定する者(以下「心神喪失者」という。)又は同条第2項に規定する者(以下「心神耗弱者」という。)であることが認められた者
二 対象行為について,刑法第39条第1項の規定により無罪の確定裁判を受けた者又は同条第2項の規定により刑を減軽する旨の確定裁判(懲役又は禁錮の刑を言い渡し執行猶予の言渡しをしない裁判であって,執行すべき刑期があるものを除く。)を受けた者
4 この法律において「指定医療機関」とは,指定入院医療機関及び指定通院医療機関をいう。
5 この法律において「指定入院医療機関」とは,第42条第1項第1号又は第61条第1項第1号の決定を受けた者の入院による医療を担当させる医療機関として厚生労働大臣が指定した病院(その一部を指定した病院を含む。)をいう。
6 この法律において「指定通院医療機関」とは,第42条第1項第2号又は第51条第1項第2号の決定を受けた者の入院によらない医療を担当させる医療機関として厚生労働大臣が指定した病院若しくは診療所(これらに準ずるものとして政令で定めるものを含む。第16条第2項において同じ。)又は薬局をいう。
第30条 対象者及び保護者は,弁護士を付添人に選任することができる。
2 裁判所は,特別の事情があるときは,最高裁判所規則で定めるところにより,付添人の数を制限することができる。
3 裁判所は,対象者に付添人がない場合であって,その精神障害の状態その他の事情を考慮し,必要があると認めるときは,職権で,弁護士である付添人を付することができる。
4 前項の規定により裁判所が付すべき付添人は,最高裁判所規則で定めるところにより,選任するものとする。
5 前項の規定により選任された付添人は,旅費,日当,宿泊料及び報酬を請求することができる。
第34条 前条第1項の申立てを受けた地方裁判所の裁判官は,対象者について,対象行為を行った際の精神障害を改善し,これに伴って同様の行為を行うことなく,社会に復帰することを促進するためにこの法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合を除き,鑑定その他医療的観察のため,当該対象者を入院させ第40条第1項又は第42条の決定があるまでの間在院させる旨を命じなければならない。この場合において,裁判官は,呼出し及び同行に関し,裁判所と同一の権限を有する。
2 前項の命令を発するには,裁判官は,当該対象者に対し,あらかじめ,供述を強いられることはないこと及び弁護士である付添人を選任することができることを説明した上,当該対象者が第2条第3項に該当するとされる理由の要旨及び前条第1項の申立てがあったことを告げ,陳述する機会を与えなければならない。ただし,当該対象者の心身の障害により又は正当な理由がなく裁判官の面前に出頭しないため,これらを行うことができないときは,この限りでない。
3 第1項の命令による入院の期間は,当該命令が執行された日から起算して2月を超えることができない。ただし,裁判所は,必要があると認めるときは,通じて1月を超えない範囲で,決定をもって,この期間を延長することができる。
4 裁判官は,検察官に第1項の命令の執行を嘱託するものとする。
5 第28条第2項,第2項及び第6項並びに第29条第3項の規定は,前項の命令の執行について準用する。
6  第1項の命令は,判事補が一人で発することができる。
第35条 裁判所は,第33条第1項の申立てがあった場合において,対象者に付添人がないときは,付添人を付さなければならない。
第42条 裁判所は,第33条第1項の申立てがあった場合は,第37条第1項に規定する鑑定を基礎とし,かつ,同条第3項に規定する意見及び対象者の生活環境を考慮し,次の各号に掲げる区分に従い,当該各号に定める決定をしなければならない。
一 対象行為を行った際の精神障害を改善し,これに伴って同様の行為を行うことなく,社会に復帰することを促進するため,入院をさせてこの法律による医療を受けさせる必要があると認める場合 医療を受けさせるために入院をさせる旨の決定
二 前号の場合を除き,対象行為を行った際の精神障害を改善し,これに伴って同様の行為を行うことなく,社会に復帰することを促進するため,この法律による医療を受けさせる必要があると認める場合 入院によらない医療を受けさせる旨の決定
三 前2号の場合に当たらないとき この法律による医療を行わない旨の決定2 裁判所は,申立てが不適法であると認める場合は,決定をもって,当該申立てを却下しなければならない。
第43条 前条第1項第1号の決定を受けた者は,厚生労働大臣が定める指定入院医療機関において,入院による医療を受けなければならない。
2 前条第1項第2号の決定を受けた者は,厚生労働大臣が定める指定通院医療機関による入院によらない医療を受けなければならない。
3 厚生労働大臣は,前条第1項第1号又は第2号の決定があったときは,当該決定を受けた者が入院による医療を受けるべき指定入院医療機関又は入院によらない医療を受けるべき指定通院医療機関(病院又は診療所に限る。次項並びに第54条1項及び第2項,第56条,第59条,第61条並びに第110条において同じ。)を定め,その名称及び所在地を,当該決定を受けた者及びその保護者並びに当該決定をした地方裁判所の所在地を管轄する保護観察所の長に通知しなければならない。
4 厚生労働大臣は,前項の規定により定めた指定入院医療機関又は指定通院医療機関を変更した場合は,変更後の指定入院医療機関又は指定通院医療機関の名称及び所在地を,当該変更後の指定入院医療機関又は指定通院医療機関において医療を受けるべき者及びその保護者並びに当該医療を受けるべき者の当該変更前の居住地を管轄する保護観察所の長に通知しなければならない。
第44条 第42条第1項第2号の決定による入院によらない医療を行う期間は,当該決定があった日から起算して3年間とする。ただし,裁判所は,通じて2年を超えない範囲で,当該期間を延長することができる。
第50条 第42条第1項第1号又は第61条第1項第1号の決定により入院している者,その保護者又は付添人は,地方裁判所に対し,退院の許可又はこの法律による医療の終了の申立てをすることができる。
第64条 検察官は第40条第1項又は第42条の決定に対し,指定入院医療機関の管理者は第51条第1項又は第2項の決定に対し,保護観察所の長は第56条第1項若しくは第2項又は第61条第1項から第3項までの決定に対し,それぞれ,決定に影響を及ぼす法令の違反,重大な事実の誤認又は処分の著しい不当を理由とする場合に限り,2週間以内に,抗告をすることができる。
2 対象者,保護者又は付添人は,決定に影響を及ぼす法令の違反,重大な事実の誤認又は処分の著しい不当を理由とする場合に限り,第42条第1項,第51条第1項若しくは第2項,第56条第1項若しくは第2項又は第61条第1項若しくは第3項の決定に対し,2週間以内に,抗告をすることができる。ただし,付添人は,選任者である保護者の明示した意思に反して,抗告をすることができない。
3 第41条第1項の合議体による裁判所の裁判は,当該裁判所の同条第8項の決定に基づく第40条第1項又は第42条第1項の決定に対する抗告があったときは,抗告裁判所の判断を受ける。
第106条 第42条第1項第2号又は第51条第1項第2号の決定を受けた者は,当該決定による入院によらない医療を行う期間中,精神保健観察に付する。
2 精神保健観察は,次に掲げる方法によって実施する。
一 精神保健観察に付されている者と適当な接触を保ち,指定通院医療機関の管理者並びに都道府県知事及び市町村長から報告を求めるなどして,当該決定を受けた者が必要な医療を受けているか否か及びその生活の状況を見守ること。
二 継続的な医療を受けさせるために必要な指導その他の措置を講ずること。

刑法
第39条 心神喪失者の行為は,罰しない。
2 心神耗弱者の行為は,その刑を減軽する。

刑事訴訟法
第248条  犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。

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