新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.753、2008/2/8 15:21 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【民事・親族・内縁と相続関係・内縁の財産関係の清算】

質問:私は、いわゆる内縁の妻です。内縁の夫とは、30年余り、夫婦と同様の共同生活を送ってきました。ただ、夫には戸籍上妻がおります。因みに、夫は私立大学の教授でした。先日、夫が急な病で倒れそのまま亡くなりました。夫は生前、私に対し、近々遺言を作成するので心配するなと言っていたのですが、その矢先急死しました。私は夫に先立たれ、今後の生活に困っています。内縁の妻という立場で何らかの保護を受ける余地はないのでしょうか。

回答:
(1)あなたは、内縁の妻として実質的な夫婦であったということですが、残念ながら本件では、夫は、遺言であなたに相続させるという意思を表示しておりません。また、内縁の配偶者に民法890条の適用(又は類推適用)はありませんので、財産を相続したとの主張は出来ません。
(2)従って、法律婚の場合のように相続により当然に夫の財産を取得するという主張は出来ませんが、以下の方法による保護の余地があります。
ア 一つは、共有や不当利得などの財産法理を適用することで財産分与の清算という観点から保護を受けるという方法です。
イ もう一つ、私立大学教職員共済組合から遺族年金の受給を受けるという方法による保護も考えられます。
(3)以上より、上記の各保護手段の確認などの為、一度弁護士に相談されるのがよいと思います。

解説:
1 内縁の相続権の有無及び問題点の指摘
(1)内縁の効果
内縁の成立は、夫婦としての実態(結婚する意思と夫婦共同生活をしている事実)がある場合に認められます。従って、内縁夫婦と法律婚夫婦との違いは、戸籍上の夫婦となったか否かに違いがあるのみであり,夫婦としての実態に着目するならば、出来る限り内縁を法律婚と同様に扱うのが妥当であり、かく解することが当事者の意思にも通常合致するということが出来ます(内縁関係の詳細についてはHPbU70号を参考にしてください)。従って、実務上、夫婦当事者関係のみを規律する規定(例えば、婚姻費用の分担、貞操義務、財産分与等)については、内縁関係にも類推適用される取扱いがなされております。ただ、第三者に影響を及ぼす公の秩序を規律するような規定(例えば、氏の使用等)については、法律婚の夫婦のみに適用されると考えざるを得ません。法律婚の場合のように夫婦であることを公示する手段がなく、第三者の利害関係に影響を及ぼすような場合、第三者に不当に不利益が生じないように配慮するべきであるといえるからです。

(2)内縁の配偶者と相続権(民法890条)
@民法890条は、「配偶者」が常に相続人になる旨規定されているところ、内縁の配偶者も本条の「配偶者」として、同条の(類推)適用による保護が出来るか問題となります。

A結論としては、通説・判例は、相続に関する規定が公に関する規定であることを主な理由として、内縁の夫婦を「配偶者」と認めず、否定しました。

Bここで、内縁の夫婦に相続権を認めない理由について、さらに相続の本質からご説明を致します。そもそも、相続制度は、被相続人の財産をどう処理するかという問題です。かかる処理は、本来、私的自治の原則の下、死者(被相続人)の意思を尊重すべきです。ただ、死亡時点においては、当然のことながら死者が意思を表明することは不可能です。従って、民法では、死亡以前の被相続人の意思に従って相続させることとし、遺言の方法により具体的意思を確認することとしました。さらに、民法は、遺言がない場合の法定相続制度(相続人を民法上法定しておく制度)も規定しました。被相続人の意思尊重という点から遺言によることを理想としつつ、遺言なき場合の相続関係として、死者の通常の意思を推測しつつ、相続人を法律上画一的に決定できるようにしたのです。ここで、被相続人の意思を推測するという観点からは、内縁の配偶者を相続人とすべきであるという疑問が生じるところであります。ただ、内縁の配偶者を公示する手段は現在法定されていません。従って、他の利害関係人は、内縁の配偶者の存在を必ずしも確知できず、相続人を画一的に確定するという法定相続制度の趣旨をまっとうできません。そこで、890条の「配偶者」は戸籍上の者に限り、内縁の夫婦は含まれないという解釈となります。

(3)問題点
ただ、このような法定相続制度を貫くと、内縁の配偶者に相続させる方が通常被相続人の意思に適うにも拘らず、被相続人の意思に反する親族が相続するという事態が想定されます。勿論、そのような事態を避ける為に、事前に遺言をしておけば良いわけですが、遺言をせずに死亡した場合に一律に内縁の配偶者を保護しないというのは、法律婚同様の夫婦共同生活が長期間継続していたような場合に不利益が大きい。また、内縁の夫婦が関係を解消した場合、財産分与により他の内縁の夫婦に財産の清算的な帰属が認められるのに、死別の場合に一切の保護を受けられないのでは不均衡といえます。たとえば、内縁の夫婦が一緒に仕事をし、財産を蓄えたが財産の多くが夫名義の場合などを考えてみれば不都合は明らかです。この場合、内縁解消では財産分与により内縁の妻は保護されます。また、死別の場合でも、戸籍上の妻は相続権があることから夫名義の財産を引き継ぐことができます。にも拘らず、内縁の妻だけは何ら財産を引き継ぐことができないという結論は余りにも不当であり均衡に失するといえます。そこで、内縁の配偶者を保護する法的構成を考える必要が出てくるわけです。

2 内縁の配偶者を保護する法的構成
(1)財産分与規定(民法768条)の類推適用の可否
@内縁の配偶者の一方が死亡した場合に離婚の場合の財産分与に関する民法768条を類推適用して解決することができないか。この点は従来、裁判例でも判断が分かれていたところであります。

A係る争点について、最高裁判所は(最高裁平成12年3月10日第1小法廷決定、財産分与審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件)、同法768条類推適用を否定する判断を下しました。その理由は以下のとおりです。「法律上の夫婦の婚姻解消時の財産関係の清算及び婚姻解消時の扶養について、離婚による解消と一方当事者の死亡による解消を区別し、前者を財産分与の方法、後者を相続による財産承継の処理をすることとしている以上、事実上の夫婦の一方当事者の死亡による解消についてだけ財産分与の方法による処理をすることは法が予定していない。」つまり、法律婚と同様の実態にあることを根拠として内縁の夫婦を戸籍上の夫婦と同じに扱うべきという考え方からすると、戸籍上の夫婦の死別の場合に離婚の場合と区別して相続として処理するのであれば、内縁についても相続の問題として処理されるべきということであります。また、仮に財産分与を認めるということになると、内縁の妻(夫)は相手方の相続人である子供や配偶者を相手方として財産分与の調停を行うことになりますが、そのような手続きは本来の財産分与の予定している手続きから外れてしまうことになり、返って紛争が複雑、拡大してしまうという難点があります。これらのことからすると、最高裁の考え方は理屈に適っており、妥当な判断といえるでしょう。

(2)財産法の一般法理による構成
そうすると、既存の家族法・相続法の規定により内縁の配偶者を保護する方法ではなく、財産法の一般法理による構成を検討せざるを得ないこととなります。

@共有物分割の理論(民法250条、256条、事例集bU81号、712号、670号参照)。夫婦共同生活の中で築いた財産を内縁夫婦の共有財産として共有持分を認め、共有物の分割に関する規定をここに適用して、内縁の夫婦を保護するという構成であります。例えば、内縁の夫名義の財産について妻もお金を出していた場合、それは共有財産であると捉えることが出来ますので、妻は夫の相続人を相手に自分の共有持分を主張できることとなります。この共有物分割の理論による保護は裁判例でも認めております。
(あ)大阪高判昭57.11.30判タ489号
約50年もの間、呉服屋を夫婦双方が共同で事実上経営していたという事案について、その間に購入した不動産の2分の1の持分を(民法250条共有持分の推定により)夫死亡後に内縁の妻に認めました。
(い)名古屋高判昭58.6.15判タ508号
15年間の同棲生活をした内縁の妻(その間調理師として料理店で働く)に夫死亡後2分の1の持分を認めました。
(う)東京地判平成4.1.31判タ793号
内縁の妻が自らの退職金をマンションの建築費用の一部に拠出しているような事情において、それに応じた持分を判決で認めました。ただ、共有持分理論によって内縁の妻を保護する裁判例は、内縁の妻が実質的に労働力の提供や資金の拠出などにより遺産形成に寄与するような事案がほとんどであり、家事労働による貢献をも射程範囲としたものでは必ずしもありません。

A 不当利得の理論(民法704条)
裁判例の中には、不当利得により内縁の生存配偶者を保護するものがあります。例えば、大阪地裁平9.3.10では、交通事故で内縁の夫が死亡した場合に、保険金を受領した戸籍上の妻に対する内縁の妻の不当利得返還請求又は内縁の妻に対する固有の慰謝料請求権を認めた事案であります。ただ、厳密に言うと、この裁判例は、従来の財産の清算ということでは必ずしもなく、交通事故の場合の損害の填補の考え方から実質的に死別した内縁の妻を保護したものと考えることが出来ます。

B小括
いずれにしても、内縁の妻は、上記の財産法の一般法理により保護を受けうる余地があるわけです。しかし、あくまで財産法の一般法理により内縁を保護するに過ぎませんので、厳密に夫婦関係の死別による清算としては、妻が専業主婦として内助の功を発揮してきたとしても、そのことを評価することは実際上難しく、遺産に対する実質的労働力の提供(共同経営等)や金員の出資をしたことなどの事情がまずは必要となるでしょう。

(3)遺族年金の受給権について
@遺族年金の意義
遺族年金とは、広義では、公的年金制度において一定の要件を満たす被保険者(組合員)等が死亡した時に遺族に支払われる年金給付(その他、労災の遺族年金、及び軍人、軍属の遺族年金もあります。以上3種類です)をいいます。あなたの遺族年金は、公的年金制度の一つである私立学校教職員共済法(他に厚生、国家公務員、地方公務員、国民年金の4つがあります)による遺族年金をさします。

A内縁の夫婦と遺族年金の受給権
一般的に遺族年金は、社会保障的な性格を有する公的な給付であり、内縁の夫婦と遺族年金の受給権の問題についても、民法(財産法・相続法)とは全く別に考えられます。そもそも、相続は生前の個人の財産を承継させる手続きですが、遺族年金は、生前の財産とは無関係に遺族の生活を保障するための制度であります。とすると、遺族年金の受給権の肯否は遺族として生活を保障すべきなのはだれなのかという観点から決定されます。ここで、一般に遺族年金の受給権の要件としては、「配偶者(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)」(例、厚生年金保険法3条2項)と内縁関係の夫婦も含まれることが明記されております。また、社会保障という観点から、配偶者であるということの他に、「生計維持(死亡の当時その者によって生計を維持したもの)」の要件が要求されます。(私立学校教職員共済法25条、国家公務員共済組合法2条、厚生年金保険法3条、59条等)。

なお、生計維持の要件が争われるのは、本件の事案とは異なりますが、例えば、内縁の夫婦に戸籍上の配偶者がいるような場合です。遺族年金の受給者となりうる配偶者が二人いる場合にどちらの配偶者に生計維持の要件が認められるかといった問題があります。この点、判例では、戸籍上の配偶者であっても、その婚姻関係が実態を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込のないとき、すなわち事実上の離婚状態にある場合には、もはや遺族給付を受けるべき配偶者に該当せず、重婚的内縁関係にある者が配偶者に該当しうるとして生計維持の要件を実質的に判断しています(最判昭58.4.14民集37巻3号 共済組合法による)。このように、遺族年金受給権の要件である「配偶者」に該当するかの判断では、戸籍上の配偶者が内縁の配偶者に優越するという関係には必ずしもたたず、婚姻関係の実情がポイントとなります。具体的には、判例上は、婚姻当事者の別居の有無、別居の経緯、別居期間、法律上の妻に対する経済的給付関係、婚姻関係を維持ないし修復する為の努力の有無、別居後における婚姻当事者間の音信・訪問状況、重婚的内縁関係の固定性等を総合的に考慮して判断されます。なお、遺族年金の受給権者かどうかはまず社会保険事務局や共済組合が判断しますので、それらの組織にまずは遺族年金の支払いを請求し、受給権を否定された場合に改めて裁判所に支払義務者の処分不当であることを訴えることになります。

≪条文参照≫

憲法
第二十四条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第二十九条  財産権は、これを侵してはならない。

民法
(共有持分の割合の推定)
第二百五十条  各共有者の持分は、相等しいものと推定する。
(共有物の分割請求)
第二百五十六条  各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。
2  前項ただし書の契約は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五年を超えることができない。
(財産分与)
第七百六十八条  協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2  前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3  前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
(配偶者の相続権)
第八百九十条  被相続人の配偶者は、常に相続人となる。この場合において、第八百八十七条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする。

私立学校教職員共済組合法
(給付)
第二十条  この法律による短期給付は、次のとおりとする。
一  療養の給付、入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費及び移送費二  家族療養費、家族訪問看護療養費及び家族移送費
三  高額療養費
四  出産費
五  家族出産費
六  埋葬料
七  家族埋葬料
八  傷病手当金
九  出産手当金
十  休業手当金
十一  弔慰金
十二  家族弔慰金
十三  災害見舞金
2  この法律による長期給付は、次のとおりとする。
一  退職共済年金
二  障害共済年金
三  障害一時金
四  遺族共済年金
(国家公務員共済組合法 の準用)
第二十五条  この節に規定するもののほか、短期給付及び長期給付については、国家公務員共済組合法第二条 の規定(第一項第一号及び第五号から第七号までを除く。)

国家公務員共済法
(定義)
第二条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一  職員 
二  被扶養者 次に掲げる者で主として組合員の収入により生計を維持するものをいう。
イ 組合員の配偶者(届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下同じ。)、子、父母、孫、祖父母及び弟妹
三  遺族 組合員又は組合員であつた者の配偶者、子、父母、孫及び祖父母で、組合員又は組合員であつた者の死亡の当時(失踪の宣告を受けた組合員であつた者にあつては、行方不明となつた当時。第三項において同じ。)その者によつて生計を維持していたものをいう。

厚生年金保険法
(用語の定義)
第三条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
2  この法律において、「配偶者」、「夫」及び「妻」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。

国民年金法
(用語の定義)
第五条  この法律において、「被用者年金各法」とは、次の各号に掲げる法律をいう。
一  厚生年金保険法 (昭和二十九年法律第百十五号)
二  国家公務員共済組合法 (昭和三十三年法律第百二十八号)
三  地方公務員等共済組合法 (昭和三十七年法律第百五十二号)(第十一章を除く。)
四  私立学校教職員共済法
8  この法律において、「配偶者」、「夫」及び「妻」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。
(給付の種類)
第十五条  この法律による給付(以下単に「給付」という。)は、次のとおりとする。
一  老齢基礎年金
二  障害基礎年金
三  遺族基礎年金
四  付加年金、寡婦年金及び死亡一時金

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