新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.734、2007/12/28 15:34 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

[刑事・起訴前・接見交通権・黙秘権・消極的真実義務]

質問:「私の友人が詐欺罪で警察に捕まったようです。接見禁止が付いているというので弁護士しか会えないということを警察から言われたのですが、弁護士先生に頼めば逮捕されている友人に伝言をしてもらえるのでしょうか。私の都合の悪いことを警察の取調べで話さないよう伝えてもらえますか。あと、部屋のどこに詐欺の証拠があるのか、処分したいので聞いてほしいのですが、費用は十分お支払いしますので友人との面会、伝言を依頼できるでしょうか。」

回答:
1.接見禁止でも弁護人であれば、友人である被疑者に接見(面会)する事が出来ますし、物の差し入れも可能です。
2.接見交通権、黙秘権及び弁護士倫理の趣旨から、貴方の友人が詐欺に関して、貴方にとって法的に不利益になる事を供述しないように伝言する事は出来ません。但し、一般的な黙秘権の告知は可能です。
3.本件詐欺事件の証拠の所在を聞く事は出来ますが、処分を求めている貴方に伝える事は,証拠隠滅の幇助になりますので出来ません。

解説:
1.貴方の友人は、詐欺事件で逮捕された後勾留されているようですが、勾留されたからといって御家族、友人誰でも面会の規則(法令、被疑者留置規則、時間制限、例えば30分の面会等の手続き、捜査官の立ち合い等)を守れば、被疑者が拒絶しない限り面会し差し入れできるのが原則です(これを被疑者の接見交通権といいます。刑訴80条、同条は被告人についての規定ですが、「勾留の処分」として刑訴207条1項により被疑者に準用されています。209条は80条を準用していませんから、勾留前の逮捕の段階での留置中面会は認められません。但し、この規定については疑問視する説もございます)。被疑者といえども人間として家族、友人等と面会、会話し衣類等を受け取る自由はありますから、人権保障の面から当然の規定であると解釈できます。また、現行の刑事裁判の大原則は当事者主義と言って、被告人は取り調べの対象ではなく、国(検察官)と対等な当事者という立場にあります。

そこで、被告人になりうる被疑者も単なる取調べの対象と言う立場にあるわけではなく、捜査機関と対等な当事者としての地位にあると考えられ、勾留されているとはいえ外部の人と自由に面会できることになっているのです。しかし、刑事訴訟法は、裁判所に検察官等の請求により接見禁止(刑訴81条 同じく刑訴207条1項により被疑者に準用されています。)を認めています。接見禁止となった場合、被疑者の接見交通権が奪われ面会できない事になります。具体的には、逮捕されている犯罪事実に共犯者が他に存在する場合、その事実を否認している時につけられることが多いようですが、本来持っている被疑者の人権を捜査の必要性から制限するのですから、81条の要件は厳格に解釈する必要があります(刑事手続における接見や接見禁止については当事務所事例集No.396、No.399を参考にしてください)。したがって、外部にいて接見に行けない人たちからすれば、伝言することもできずもどかしく、あるいは心配し焦ってしまうことがあると思います。

2.しかし、裁判官が接見禁止を認めても被疑者は弁護士(弁護人あるいは弁護人になろうとする者)との接見について制限を受けません。弁護人は接見禁止がない場合でも一般の人と違い自由に接見できるのが原則です。例えば、時間の制限はありませんし、会話内容に制限も無く、捜査官の立会い等もありません(刑訴39条)。接見禁止の場合もこの弁護人の接見については、違いありません。そこで、問題は弁護人の弁護活動の範囲、限界が問題となります。弁護人は貴方のご依頼である「あなたに不利益な供述の口止め、」「詐欺事件の証拠の所在確認」ができるでしょうか。「不利益な供述の口止め」は、憲法上38条1項から被疑者に黙秘権の告知が認められており許されるのではないかという考えも出来ます。しかし、「証拠の所在確認」は証拠隠滅の危険性との関連が疑問視されます。

3.当職としては、接見交通権、黙秘権の趣旨及び弁護人としての職業倫理から、以上のご依頼はすべて受けることが出来ないと考えます。

4.理由を詳しく御説明いたします。
@日本国憲法の基本理念は、自由主義及び基本的人権尊重主義であり、その目的は個人の尊厳の保障にあります(憲法11.12.13条)。国民、いや人間は、本来生まれながらに自由であり、その自由を制限できるのは国民の自由意思しかなく、私的関係においては契約、公的関係においては自らの意思に基づき代表者を選任し委託、契約した社会、国家が定めた法令、及び、国家、社会が要請する公共の福祉しかありません(ルソーの社会契約説、アメリカ独立宣言の思想的背景です)。従って、国家が定める法令は、個人の尊厳確保のため、委託者である国民にとり適正公平なものでなければなりません。刑罰は国民の生命、身体、財産の自由を強制的に剥奪しますから、刑罰に関する一切の法令の内容は当然に適正公平であることが要請されます。これが憲法31条適正手続の保障です(事例集682参照)。刑事手続は、財力、組織力を兼ね備える巨大な国家権力と無力な一市民との対立となりますから、実質的公平、適正な手続を確保するため被疑者、被告人に憲法上種々の権利を認めています。その中核が、刑事弁護人依頼権(憲法37条3項 被告人と規定されますが制度趣旨から被疑者にも認められます)と黙秘権です。

A刑事弁護人依頼権について
刑罰は、実体法、手続法(刑法、及び刑事訴訟法等)により科せられますが、相手方であり国家は巨大な捜査組織を有するのに対し、突然逮捕された一市民が法的知識を有していませんから法的専門家である弁護人を選任できるのは当然ですし、選任できても実際に弁護人に自由に面会し、協議、差し入れできなければ意味がありません。従って、弁護人との接見交通権は、原則として時間の制限や(何時間でも、真夜中でも理論的には可能です)捜査官の立会いなど無く(捜査機関も捜査の密行性があるように被疑者、被告人にも協議、対策の秘密性は保障されるのです)自由に認められるのです。しかし、この権利は、刑事手続の適正を保障するために認められたものでありそれ以外の目的のために濫用することは許されません。

B黙秘権について
黙秘権とは、自分に刑事上の責任が問われる可能性がある不利益な事実について供述する事を強制されないというものです。黙秘権を行使しても、それを理由に刑事上一切の不利益を科す事は出来ません(自己の意思に反する供述拒否を認めた刑訴198条2項、311条1項はこの原則を前提としています)。自白の強要をなくし適正な裁判を実現するための規定です。自己に不利益な事でも悪い事をした以上明らかにしないのは、裁判の公正上おかしいようにも思いますが、その根拠は、アメリカ憲法の自己負罪拒否の特権に由来します。自己の刑事事件について自己が不利益となるような証人に自らがなる事を強要されないというものです。すなわち、刑事責任を問われる根拠は自ら法規を守り適法な行為をする事が出来るのに、あえて違法行為をしたところに求められますから、適法行為を求める状況に無い場合は、刑事責任がありません(又は軽減されます。説が分かれていますが、判例は刑法上期待可能性の不存在は責任阻却事由と考えられているようです)。それと同様に、自ら処罰される事を求めて犯罪事実の告白を求める事は、人間として困難であり事実上できないのが通常ですし、不利益を科す事は非難の前提を欠くので不利益な供述をしなくても責任を問えないとしたのです。従って、みだりに黙秘権を濫用する事は慎まなければなりませんし、弁護人も接見に際し黙秘権告知の場合には注意しなければなりません。

C弁護士は、依頼者(特にここでの逮捕されている人)に対して誠実義務を負っています(弁護士法1条2項、弁護士職務基本規程5条)から、弁護人の守秘義務(刑法134条)、捜査、裁判における被告人に有利な事実の立証、証拠の収等が求められます。その一方で、適正、公平な刑事裁判を実現するため(刑事訴訟法1条)弁護士は当事者の代理人として真実義務も負っていると考えられますが、その範囲が問題です。まず、刑罰を科す根拠となる犯罪事実(公訴事実)の内容である「事案の真相」を裁判所に対して明らかにする積極的真実義務ですが、これは公訴権を独占する検察官(及び捜査機関)が負うものであり、弁護人にその義務はありません。前述の被疑者・被告人に対する黙秘権保障及び弁護士職務基本規程82条の趣旨からも明らかでしょう。しかし弁護人は、裁判所及び検察官による真実の発見を積極的に妨害し、あるいは真実をゆがめる行為をしてはならないという消極的真実義務は負担しています。適正手続の保障から弁護人依頼権が認められている趣旨、弁護士職務基本規程75条は「弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない」と言う規定、刑事訴訟法1条が「事案の真相を明らかに」と述べていることからその義務は明白です。

D以上を前提にご質問を検討致します。先ず、貴方の不利益になることを供述しない事の伝言ですが、これはお受けできません。不利益という内容が御質問では不明確ですが、接見禁止になっている状況から、貴方は本件詐欺の共犯者の可能性があるものと考えられます。本来被疑者弁護人に認められる接見交通権は被疑者の攻撃防御権を保障し適正な裁判を確保する事にありますから、共犯者の可能性がある者を助けるために利用する事は権利濫用に繋がる危険があるからです。又、被疑者の黙秘権から許されるようにも思うかもしれませんが、黙秘権は被疑者自身の不利益な犯罪行為の供述を守るために認められたものであり共犯者の不利益を保護するために利用する事は黙秘権の逸脱であり、弁護人としてその様なアドバイスは出来ないからです。更に、弁護士が消極的真実義務を負う立場上、間接的に共犯者の証拠を隠避する結果と同様になりますから許されません。ただ、一般的黙秘権の告知は弁護人の職務ですから、この範囲でのアドバイスは可能です。具体的には、微妙な事案も出てくることが予測されますが、ご質問の場合は明らかに共犯者の利益になる事実を共犯者のために秘匿して欲しい、と言う事ですから、被疑者の黙秘権の対象とはなりません。

E次に、詐欺の証拠の所在確認ですがこれは絶対に出来ません。仮に、被疑者より偶然聴取したとしてもお伝えできません。貴方の行為は明らかに被疑者の関係で証拠隠滅になるからです。又、弁護人はその共犯となり刑事罰の対象になってしまうからです。勿論、接見交通権の濫用であり、消極的真実義務にも反する事になります。このように接見で、外部の人の伝言をそのままの形で伝えることはできないことがお分かりいただけると思います。

F以上接見を依頼する際、担当する弁護士と、伝言の内容についてよく協議する必要があります。ご相談の内容の伝言依頼ですと、当事務所としては恐縮ですが費用をお支払いいただいても接見はお受けできない事になります。また、弁護人の選任権は、被疑者本人か配偶者、直系親族,兄弟姉妹等に限定されています(刑事訴訟法30条)から、貴方は被疑者本人と以上の関係がない限りは弁護人を選任する資格はありません。貴方は、被疑者に弁護士を紹介するといことで弁護士に接見を依頼することになります。

[参照条文]

憲法
第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
第三十七条
○3  刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
第三十八条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
○2  強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
○3  何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

刑事訴訟法
第1条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
第三十九条  身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
○2  前項の接見又は授受については、法令(裁判所の規則を含む。以下同じ。)で、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる。
○3  検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
第八十一条  裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。
第百九十八条  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
○2  前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
第二百七条  前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
第二百九条  第七十四条、第七十五条及び第七十八条の規定は、逮捕状による逮捕についてこれを準用する。
第三百十一条  被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。

弁護士法
(弁護士の使命)
第一条  弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2  弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

弁護士職務基本規程
第五条(信義誠実)
弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。
第七十五条(偽証のそそのかし)
弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
第八十二条(解釈適用指針)
1 この規程は、弁護士の職務の多様性と個別性にかんがみ、その自由と独立を不当に侵すことのないよう、実質的に解釈し適用しなければならない。第五条の解釈適用に当たって、刑事弁護においては、被疑者及び被告人の防御権並びに弁護人の弁護権を侵害することのないように留意しなければならない。
2 第一章並びに第二十条から第二十二条まで、第二十六条、第三十三条、第三十七条第二項、第四十六条から第四十八条まで、第五十条、第五十五条、第五十九条、第六十一条、第六十八条、第七十条、第七十三条及び第七十四条の規定は、弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用しなければならない。

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