新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.710、2007/11/28 14:53 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【遺言・検認手続・開封・訂正・遺言無効確認訴訟】

質問:数か月前,姉が亡くなりました。姉と同居していた姉の息子たちから,遺言書があると聞かされ,先日,家庭裁判所で検認というものをしました。そこで見せられた遺言書の文字は,たしかに姉の字のようであり,署名押印もありました。しかし,その遺言書はすでに開封されており,財産を分ける相手として私の名前の記載があったのに,その部分の上に二重線が引かれて姉の印が押してありました。姉は生前,妹である私を大変可愛がってくれていたため,姉がそのような訂正を加えるはずがありません。私としては,姉の息子たちが遺言書に勝手に訂正を加えたものと考えています。私は,財産をもらえないのでしょうか。そもそも,開封された遺言書は無効ではないのですか。

回答:遺言書は,開封されているからといってただちに無効にはなりません。あなたは受遺者として財産を譲り受ける権利を文言の削除によって失った(と主張されてしまう)状態です。ただ,検認手続が済んだことでその効果が確定したわけではなく,削除の有効性を争って裁判を起こすこともできると思われます。お近くの法律事務所等にご相談ください。

解説:
1.妹であるあなたの相続権
亡くなったお姉さんには息子がいるとのことですので,法定相続人は息子と夫(ご存命であれば)となり,あなたは相続人ではありません。相続人の範囲について,詳しい説明は当ホームページ事例No.660をご覧ください。

2.遺言による財産処分
もっとも,亡くなった人(被相続人)には,自分の財産を自由に処分する権利がありますので,遺言によって相続人以外の人に財産を遺すことができます。ただ,遺言する人の意思をできるだけ明確にしておくため,遺言をするには,法律が定める方式にしたがった遺言書を作成する必要があります(民法967条)。遺言書の方式について,詳しくは,当ホームページ事例No.674をご覧ください。問題のお姉さんの遺言書は,自筆証書遺言の方式で書かれているようですね。お姉さんの遺言があなたに財産を譲る内容を含んでいるとすれば,あなたは受遺者として財産を譲り受ける権利を有していることになります。

3.遺言書の訂正
しかし,お姉さんの遺言書には文言を削除した部分があるとのことです。そこで,自筆証書遺言の加除訂正(加筆,削除,訂正)についてご説明します。せっかく遺言書に厳格な方式を要求しても,加除訂正が容易にできてしまうのでは,遺言する人の意思を明確にしておくという目的が損なわれてしまいます。そこで,法律上,遺言書の加除訂正についても厳格な方式が定められています(民法968条2項)。その方式とは,@加除訂正をする(訂正の場合の例:二重線を引いて横に新たな文言を記載),A加除訂正の場所に印を押す,B文末等に,遺言者が,加除訂正の場所を指示して加除訂正をした旨を付記し(訂正の場合の例:「第○項第○行目中「○○○(3文字)」とあるを「○○○○(4文字)」と訂正する。」),そこに署名をする,というものです。@〜Bはすべて満たす必要があります。

4.方式違反の効果
法律に定めた方式に従わない遺言は,原則として無効です。同様に,方式に従わない加除訂正も,無効となるのが原則ですし,その加除訂正が遺言全体に占める重要性によっては,遺言自体が無効となることもあります。ただ,あまりこの原則にこだわると,かえって遺言者の意思に反する結果を招くおそれもあります。難しい問題ですが,判例は,遺言者の意思内容が明確といえる一定の場合には,例外的に,些細な方式違反があっても有効と扱うことを認めています(方式の緩和)。加除訂正に関する例をあげると,遺言書を書く際に,書き損じた文字を抹消して正しい文字を記載したが,とくに訂正印や変更の付記をしなかった事案において,最高裁は,「自筆証書中の証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については,たとえ民法968条2項所定の方式の違背があっても遺言者の意思を確認するについて支障がないものであるから,右の方式違背は,遺言の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である」と述べて,有効としています(最高裁昭和56年12月18日判決)。本件のお姉さんの遺言書には,二重線による削除と訂正印はあるようですが,変更の付記および署名があるのかどうか不明です。もしこれらがないとすれば,明らかに方式違反といえますし,特定の受贈者に対する遺贈を取り消すという重要な内容の変更ですから,削除が有効とされる余地はないものと思われます。

5.偽造の場合の効果
遺言が法律に定めた方式を満たしていたとしても,その遺言が別人によって偽造されたものであれば,遺言者の意思に基づかないのですから,当然に無効です。お姉さんの遺言に変更の付記と署名があったとしても,その削除部分や署名等がだれかの偽造である場合,削除が無効となります。ただし,偽造であることの立証はしばしば困難であることにご注意ください。

6.無効な遺言書と検認手続
では,無効な遺言書や,無効な加除訂正のある遺言書が,「検認」を受けるとどうなるのでしょうか。検認手続とは,遺言の内容を実現する段階(遺言の執行)に入る前に,家庭裁判所で遺言の状態や内容を確認してもらう手続きです(民法1004条1項)。確認した結果は「検認調書」に記載され,通常,これに遺言書のコピーを添付するという形で保存されます(家事審判規則123条)。このような手続きをすることで,各関係者に遺言の内容を知らせるとともに,そのとき以降に遺言書が変造されたり隠匿されたりすることを防ぎ,遺言の執行がスムーズに行えるようにすることを狙いとしているのです(したがって,変造や隠匿のおそれがない公正証書遺言には適用されません。民法1004条2項)。ここで大事なことは,検認手続はあくまで事実上の状態を確認する手続きであり(一種の証拠保全),遺言書の実体法上の効果(有効か無効か,偽造でないかどうか)を判断するものではないということです。ですから,もともと無効な遺言書であれば,検認手続を経たからといって有効になることはありません。無効な加除訂正部分についても同様です。たとえば,変更の付記および署名を欠く削除部分がある場合には,その状態そのものが確認保存されるにすぎないわけです。

7.遺言書の開封
本件では,遺言書が検認手続の前に開封されていたということですので,この点について解説しておきます。封印のある遺言書は,家庭裁判所で開封の手続きを受けなければなりません(民法1004条3項)。実際には,検認期日に同時に行われるのが一般です。この開封義務に違反して,家庭裁判所外で遺言書を開封した者には,5万円以下の過料という罰則もあります(民法1005条)。ここで,注意すべき点が二つあります。第一に,「封印」とは封をしてその上に押印することをいいます。単に封筒がのりづけされているにすぎない場合,「封印」にはあたらず,開封義務の規定は適用されません。第二に,開封手続制度も,その狙いは偽造変造の防止ということにありますが,遺言書自体の有効性とは無関係であるということです。つまり,家庭裁判所で初めて開封された遺言書であるからといって有効と確定するわけではないし,逆に,家庭裁判所外で開封されてしまった遺言書も,そのことによってただちに無効とはならないのです。また,開封されてしまった遺言書も検認手続を経る必要があることに変わりはありません。本件でも,開封された状態で遺言書が検認されています。検認調書には,開封された状態であることが記載されているはずです。

8.遺言書の有効性を争う方法
このように,開封や検認の手続きは,遺言の有効無効を判断するものではなく,これらの手続きを経たことによって,遺言の効果は有効無効のいずれにも確定しません。ただ,検認が済むと,遺言書に検認済証明書が付され,それによって不動産の相続登記や預貯金の名義変更が可能になってしまいます。遺言を無効と考え,遺言書の内容を実現することに異論がある人は,積極的に遺言は無効であると主張して,争う必要があるのです。その方法として,一般的に選ばれるのは「遺言無効確認訴訟」です。本件は遺言のうちの削除部分の無効が問題となる場合ですから,一部無効の一種として,「遺言一部無効確認訴訟」を提起することが考えられます。

9.確認の利益
ただ,ここで「確認の利益」という問題に注意が必要です。民事訴訟では,ある法律行為の有効・無効の確認だけを求めるという形態の訴え(確認の訴え)も可能ですが,何でも無制限に確認を求めることができるとすると,裁判の対象が広がりすぎ,限りある訴訟資源(裁判所の人手や時間,費用)が浪費されてしまうことにもなります。そこで,その確認を求めることが,問題となっている紛争を解決することに役立つかという観点から,確認の訴えは制限されています。ある法律関係を確認することが紛争解決に役立つ場合,「確認の利益」があるといいます。「確認の利益」は確認の訴えの適法要件であり,これを欠く確認の訴えは却下されてしまうことになります。

10.遺言無効確認訴訟の確認の利益
遺言のような過去の法律行為の有効・無効を確認する事例では,その法律行為が現在のさまざまな権利関係の基礎になっていて,紛争解決のためには法律行為自体の確認を求めた方が抜本的で適切である場合,「確認の利益」があるといえます。遺言は一般的にいろいろな関係者の権利関係の基礎となりますから,遺言全体の無効が問題になる事例では,「確認の利益」が認められる場合のほうが多いでしょう。もっとも,遺言の内容と現在問題になっている権利関係が表裏をなしており,直接に現在の権利関係の確定を求めた方が適切な場合もあります。たとえば,遺言が「・・・の土地を○○に遺贈する。」という一文のみのものだった場合,遺言無効確認訴訟を起こすよりも,相続人から受贈者に対する共有持分権確認訴訟や所有権移転登記請求訴訟等を起こし,その中で前提問題として遺言の効力を争う方が直接的です。このような場合には,個別の権利関係の確定を求めた方が紛争処理のため適切ですから,「確認の利益」は認められにくくなります。そして,遺言の一部を問題にする場合,やはり遺言がさまざまな権利関係の基礎となっている場合は少なくなるわけですから,確認の利益が認められない場合も増えると考えられるのです。したがって,具体的な事例でどのような形態の訴えを選択することが適切であるかは,ケースバイケースといえます。

11.まとめ
本件のご相談では,そもそも削除の方式が満たされていない可能性もあるうえ,遺言書が家庭裁判所外で開封されてしまい,それを保管していた人たちに都合の良い内容の削除がされていたという場合ですから,偽造の疑いも強いといえるでしょう。裁判で争う場合には,削除の有効性についていかなる主張をするべきか,どれだけ証拠があるか等も問題になってきますから,お近くの法律事務所や法律相談窓口にて,より詳しいご相談をなさることをおすすめいたします。

≪参考条文≫

民法
第968条(自筆証書遺言)
1 自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない。
第1004条(遺言書の検認)
1 遺言書の保管者は,相続の開始を知った後,遅滞なく,これを家庭裁判所に提出して,その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において,相続人が遺言書を発見した後も,同様とする。
2 前項の規定は,公正証書による遺言については適用しない。
3 封印のある遺言書は,家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ,開封することができない。
第1005条(過料)
前条の規定により遺言書を提出することを怠り,その検認を経ないで遺言を執行し,又は家庭裁判所外においてその開封をした者は5万円以下の過料に処する。

家事審判法
第9条(審判事項)
1 家庭裁判所は,次に掲げる事項について審判を行う。
甲類第34号 民法第1004条第1項の規定による遺言書の検認

家事審判規則
第122条(遺言書検認と調査)
家庭裁判所は,遺言書の検認をするには,遺言の方式に関する一切の事実を調査しなければならない。
第123条(検認調書)
遺言書の検認については,調書を作り,左の事項を記載しなければならない。
一 申立人の氏名及び住所
二 検認の年月日
三 相続人その他の利害関係人を

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る