新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.701、2007/11/13 11:54 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故・逸失利益の計算・後遺症確定後の死亡は計算に影響あるか】

質問:私の息子は,昨年,交通事故に遭い,足に重傷を負い,重い後遺障害(後遺障害等級12級,症状固定時18歳)が残りました。加害者であるトラックの運転手には前方不注意の過失があったため,加害者に対して,損害賠償請求をしようとしておりました。しかし,今年になって,息子は,水難事故に遭い,死亡してしまいました(死亡時19歳,学生,未婚)。この場合,最初の交通事故の加害者に対して,どのような損害を請求することができますか。また,損害として,後遺障害による逸失利益を請求する場合,死亡時までの分に限られてしまうのでしょうか。

回答:
1.まず,あなたの息子さんは,交通事故に遭い,足に重傷を負い,重い後遺障害(後遺障害等級12級)が残り,加害者には前方不注意の過失があったのですから,あなたの息子さんは,加害者に対して,民法709条及び自動車損害賠償保障法3条に基づき,損害賠償請求をすることができます。ちなみに,民法709条は,加害者の故意又は過失行為によって損害を受けた被害者の損害賠償請求権を規定した損害賠償請求権に関する最も基本的な規定です。また,自動車損害賠償保障法3条は,民法709条によれば,被害者が損害賠償請求できるためには,被害者が加害者の故意又は過失を立証する必要があるところ,自動車事故の被害者保護のために,立証責任を転換し,加害者が故意又は過失がないことを立証できない限り,被害者に対する損賠賠償義務を認めた規定です。ただ,あなたの息子さんは,死亡してしまおりますので,息子さんの損害賠償請求権は,相続人に相続されることになります。そして,息子さんは未婚で子供もいないということであれば,あなた(と父親)が相続することになります(民法896条,887条,889条)。

2.そして,あなたは,加害者の過失行為によって受けたあなたの息子さんの損害の賠償を請求することができます。この点,どの範囲の損害まで請求することができるかが問題となります。例えば,事故に遭わなければ,その日に買った宝くじで1等が当たったかもしれない等と,損害というものは可能性まで考えると,無限に考えることができるからです。この点,判例や学説の多数説は,加害行為と「相当因果関係」の範囲内の損害の賠償を請求することができると考えております(相当因果関係説)。相当因果関係とは,一般の社会生活上の経験に照らして,通常その行為からその結果が発生することが相当と認められる関係にある場合をいいます。(相当因果関係説の根拠については事例集655号参照して下さい)

例えば,本件では,加害者の過失行為により,あなたの息子さんが足に重傷を負い,治療費がかかったと思われますが,それは,一般の社会生活上の経験に照らして,通常その加害者の過失行為からその結果(治療費の負担)が発生することが相当と認められる関係にありますので,治療費を請求することができることになります。他方,例えば,本件で,加害者の過失行為により,あなたの息子さんがその日に買おうと思っていた宝くじを買うことができず,1等が当たっていたら1億円を手にできた可能性があるとしても,それは,一般の社会生活上の経験に照らして,通常その加害者の過失行為からその結果(1億円の受領)が発生することが相当と認められる関係にはありませんので,認められません。ただ,この考えも「一般の社会生活上の経験に照らして」判断するため,曖昧な面があることは否定できません。結局のところ,常識の範囲内の損害を請求することができると考えてもらえばよろしいかと思います。

3.そして,本件では,一般的に,@治療費・入院費,A入通院交通費,B傷害による慰謝料,C後遺障害による慰謝料,D後遺障害による逸失利益が,相当因果関係の範囲内の損害として認められると考えられます。以下,順に説明します。まず,本件では,あなたの息子さんは,交通事故に遭い,足に重傷を負い,重い後遺障害(後遺障害等級12級)が残っておりますが,後遺障害とは,一般的に,それ以上治療を継続しても症状の改善が望めない状態になったときに残存する障害のことをいいます。そして,そのような状態になった日を,症状固定日といいます。そして,症状固定日前の段階の損害として,上記の@〜Bの損害,症状固定日後の段階の損害として,上記CとDの損害に分けて考えるのが一般的です。

4.そして,まず,@治療費・入院費,A入通院交通費(入通院する病院までかかった交通費)は,必要かつ相当な実費全額が認められます。この点,必ず実費全額が認められるわけではないことに注意が必要です。例えば,Aについて,病院まで電車やバスで通院が可能であるにもかかわらず,タクシーを利用した場合,「必要かつ相当な実費」とは言えません。電車やバス代の範囲内の損害が,相当因果関係の範囲内の損害だと考えられますので,その範囲内の損害しか認められません。

5.次に,B傷害による慰謝料と,C後遺障害による慰謝料についてですが,慰謝料とは,加害者の加害行為によって受けた被害者の精神的苦痛の対価をいいます。そして,症状固定日前の段階の慰謝料がB,症状固定日後の段階の慰謝料がCになります。ただ,精神的苦痛といっても,被害者毎でその苦痛の感じ方は千差万別です。被害者毎に,その受けた苦痛の程度を評価するのは困難を伴いますし,被害者間の不公平をもたらす可能性もあります。そこで,裁判実務では,慰謝料はある程度定型的に決められる傾向にあります。そして,裁判実務で尊重される基準として,財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部発行の「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(通称「赤本」)があります。その基準(平成19年度版赤本)によりますと,C傷害による慰謝料は,例えば,1か月間通院した場合は,28万円,2か月間通院した場合は,52万円とされております。一般的に,入通院期間が長い程,被害者の精神的苦痛は大きいと考えられますし,入通院期間は客観的に決めることができ,慰謝料の定型化にもなじみやすいので,裁判実務では,基本的に,入通院期間の長短を基準としております。また,E後遺障害による慰謝料は,本件のように,後遺障害等級12級の場合,224万円とされております。一般的に,後遺障害の程度が重い程,被害者の精神的苦痛は大きいと考えられますし,後遺障害の程度は客観的に決めることができ,慰謝料の定型化にもなじみやすいので,裁判実務では,基本的に,後遺障害の等級を基準としております。

6.次に,D後遺障害による逸失利益についてですが,逸失利益とは,仮に,加害者の加害行為がなければ,将来の労働等によって得られたであろう経済的損害のことをいいます。この点,本件では,あなたの息子さんは,症状固定時に18歳の学生でしたので,このような未就労者にも逸失利益が認められるかが問題となりますが,裁判実務では,一般の社会生活上の経験に照らして,将来就労していた蓋然性は極めて高いと考えられますので,相当因果関係の範囲内の損害として認められております。ちなみに,仮に,あなたの息子さんが有職者であった場合で,症状固定日前の段階で,治療のために会社を休み給料の減額を受けた場合,その減額分は,休業損害として請求することができます。そして,次に,後遺障害による逸失利益をどのように計算すべきかが問題となります。この点,裁判実務では,一般的に,「基礎収入額×労働能力喪失率×就労可能年齢に達する年齢に対応する中間利息控除係数」で計算しております。以下,順に説明します。

まず,「基礎収入額」は,有職者の場合,原則として,事故前の年収額を基礎とします。ただ,未就労者の場合,まだ就労しておりませんが,裁判実務では,一般的に,賃金センサスによる男女別学歴計全年齢平均賃金を基礎として考えます。未就労者は,将来,高収入を得る者もいれば,そうでなかった者もいると思われますが,仮定の将来のことは誰にも分かりませんので,平均賃金を基礎と考えるのが公平だと考えられるからです。そして,平成19年版赤本の基準によりますと,平成17年男性労働者学歴計全年齢平均賃金は,552万3000円とされておりますので,本件でもこれを基礎とすべきと考えられます。次に,「労働能力喪失率」とは,労働能力の低下の程度のことをいいます。裁判実務では,全国の裁判所に提訴される多くの損害賠償請求訴訟を迅速から公平に処理する必要性から,上記の慰謝料のように損害をある程度定型的に決める傾向にあり,平成19年版赤本の基準によりますと,労働能力喪失率は,後遺障害等級12級の場合,0.14とされております。すなわち,足に後遺障害等級12級の後遺障害が残ったことにより,後遺障害が残らなかった場合に比べ,14%労働能力が低下し,その分収入も減額になったと考えられているということになります。

最後に,「就労可能年齢」は,裁判実務では,一般的に,67歳とされております。すなわち,67歳まで働くことができたと考えられております。また,「中間利息控除係数」とは,仮に,後遺障害が残らなければ,67歳まで収入がありますが,将来に及んで発生する損害額を,通常は一時払いされることになりますので,その間の利息相当額を控除すべきとの考えに基づくものです。そして,本件の場合の「就労可能年齢に達する年齢(67歳−18歳=49歳)に対応する中間利息控除係数」は,平成19年版赤本の基準によりますと,18.1687とされております。以上より,本件の場合,後遺障害による逸失利益は,「552万3000円×0.14×18.1687=1404万8402円」認められる可能性があります。

7.しかし,本件では,息子さんは,今年になって,水難事故に遭い,死亡しております。そこで,このような場合,後遺障害による逸失利益は,死亡時までの分に限られるのかが問題となります。なぜなら,逸失利益とは交通事故がなければ将来得ることが出来たであろうと思われる利益(入院,治療費のような現実的に生じた損害ではないので消極的損害といわれています。治療費は積極損害といわれています)ですから利益を受ける被害者当人がその後死亡していますので利益が生じる可能性がなくなったわけで損害が生じていないとも考えられるからです。この点,従来は,被害者が死亡した場合,それ以降の逸失利益が生じる余地はないことを理由として,逸失利益は,死亡時までの分に限られるとする見解もありました。

しかし,最高裁平成8年4月25日判決は,交通事故により後遺障害(後遺障害等級12級)が残った被害者が,海でリハビリテーションを兼ねた貝採り中に,水難事故に遭い死亡した事案で,交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより,賠償義務を負担する者がその義務の一部を免れ,他方,被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのは衡平の理念に反することを理由として,「交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害のために労働能力の一部を喪失した場合における財産上の損害を算定するに当たっては,その後に被害者が死亡したとしても,交通事故の時点で,その死亡の原因となる具体的事由が存し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り,右死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。」と判示しております。

また,最高裁平成8年5月31日判決も,交通事故により後遺障害(後遺障害等級12級)が残った被害者が,別件の交通事故で死亡した事案で,同様の判断を下しております。最高裁の判決内容は,基本的に妥当な判断であると思います。なぜなら,交通事故すなわち不法行為による損害賠償権の発生時期は,事故発生のときでありそのときに損害賠償請求権として理論上成立していますから,被害者はその時その請求権を有するわけで,その後その被害者が死亡したとしても相続の問題となるだけでその権利,算定額に影響がないのが当然だからです。この理屈は,将来の得べかりし利益である消極的損害でも同様であり,事故発生時に権利が成立している以上被害者当人の死亡は権利成立に影響はありません。ただ,損害の性質上損害額の確定が症状固定日になるというだけです。

一般の人から見ると損害は将来の利益であり損害賠償請求権は将来その時々に発生すると考える事も出来るように思われるでしょうが,前述のように事故発生による損害は,事故による相当因果関係の範囲内にある全ての損害を事故発生時から請求できるものと理論構成し被害者の権利を保護しているので,請求権は事故発生時に生じるのです。ですから,時効20年(民法724条)も事故発生時から全て進行することになります。又もしそれを認めないと,被害者がそもそも現存しない死亡による逸失利益の計算が出来なくなり矛盾を生じてしまいます。前期判例の「衡平の理念」とは,以上の意味に解釈できると思います。判例の見解は,理論上当然の帰結といわざるをえません。従って,事故とは無関係の原因による被害者の死亡が症状固定日以前でも,相続人は逸失利益による損害賠償請求権を相続するということになります。ただ,額の確定をどうするかが問題として残ることにはなります。よって,逸失利益は,死亡時までの分に限られることはなく,本件では,あなた(とあなたの配偶者)は,最初の交通事故の加害者に対して,後遺障害による逸失利益として1404万8402円全額を請求すべきです。

8.より詳しく相談したい場合には,交通事故に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。

≪参考条文≫

民法
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
第896条 相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。
第887条1項 被相続人の子は,相続人となる。
第889条1項 次に掲げる者は,第887条の規定により相続人となるべき者がない場合には,次に掲げる順位に従って相続人となる。
1 被相続人の直系尊属。ただし,親等の異なる者の間では,その近い者を先にする。
2 被相続人の兄弟姉妹 

自動車損害賠償保障法3条
自己のために自動車を運行の用に供する者は,その運行によって他人の生命又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし,自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと,被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは,この限りではない。

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