新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.700、2007/11/12 16:38 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【民事・労働・管理職労働者の退職手続】

質問:中小企業で課長として勤務していますが,この度,転職が内定しました。転職先からはすぐに来てほしいと言われているのですが,今の勤務先に退職したい旨を相談したところ「うちの会社では,役付き(課長以上)の者が退職するときは,3か月前までに退職願を副社長(人事部長を兼務)に提出し,会社の許可を得なければならない。就業規則にもそのように記載してある。もし,これを破って出て行くなら無断欠勤扱いとして懲戒解雇にする。その場合,退職金は払わないし,損害賠償も請求する。」と言われ,辞めさせてもらえません。就業規則がある以上,退職はできないのでしょうか。

回答:上記のような就業規則の規定があったとしても,あなたは,民法第627条の規定に従って退職の申入れをすることで一方的に雇用契約を終了させ,退職することができます。なお,以下の解説では,上記一方的な退職を,使用者との合意による退職と区別する意味で,便宜上「辞職」という用語に統一して説明します。

解説:
【あなたと勤務先の契約】
あなたは今の勤務先との間で,期間の定めのない雇用契約を締結しています。そして,民法第627条が期間の定めのない雇用契約(契約書の書き換えを行わない,いわゆる正社員契約)の解約に関するルールを定めています。なお,雇用契約に関する法律解釈の基本的な姿勢についても本稿で後述しますので,もっと詳しく知りたい方は併せてご覧ください。

【民法第627条】
民法第627条には第1項から第3項までがあります。まず,第1項が,雇用契約の当事者はいつでも解約の申入れをすることができ,解約申入れの日から2週間が経過すれば,雇用契約は自動的に終了すると規定しています。ただし,使用者側からの解約(=解雇)については,労働基準法で別の定めがされていて,そちらが優先しますので,本稿では労働者側からの解約だけを想定することにします。次に,第2項が,期間によって報酬を定めた契約の場合の解約申入れのタイミングについて定めています。あなたのような月給制の方に関係のある条項です。あとで具体的に説明します。最後に,第3項が,年俸制などの半年以上の期間を基準に給料を定めた契約の場合について定めていますが,今回は関係ないので割愛します。

【月給制の場合の申入れのタイミング】
あなたの月給が毎月20日締めで計算されて支払われていると仮定して考えてみましょう。民法第627条第2項本文は「期間によって報酬を定めた場合には,解約の申入れは,次期以後についてすることができる。」としています。今日は9月23日です。すると,9月21日から10月20日が当期,10月21日から11月20日までが次期になります。したがって,今日9月23日にすることができる解約申入れは,「次期以後について」ですから,雇用契約が終了するのは,2週間経過後である10月8日ではなく,次期初日の10月21日です。つまり,その前日にあたる10月20日までは雇用契約が存続します。さらに,第627条第2項は,但書で「ただし,その解約の申入れは,当期の前半にしなければならない。」としています。

このことから当期の前半である10月5日までに解約申入れをすれば,次期以後について解約をすること,つまり当期末日限りで辞職することができます。他方,解約申入れが10月6日以降になってしまうと,次期からの解約はできず,次々期からの解約になってしまいます。つまり,次期末日である11月20日までは雇用契約が存続します。1日の違いが1か月を左右しかねず,ひいては転職の成功不成功をも左右しかねませんので,十分ご注意ください。

【就業規則と民法第627条の関係――高野メリヤス事件】
では就業規則の規定はどうなるのでしょうか。これは,就業規則により(1)民法第627条第1項の解約予告期間を使用者のために延長することができるか,(2)辞職に使用者の許可を要するとすることができるかという問題です。結論としては,上記(1)(2)のいずれも許されず,就業規則の当該部分は無効であると解することができるでしょう。この点については,下級審の裁判例(「高野メリヤス事件」,昭和51年10月29日東京地裁判決)がありますので,この裁判例がどのような考察をしているかを掻い摘んで見てみると次のとおりです。

■ 高野メリヤス事件判決における考察のポイント ■
≪民法第627条の趣旨≫
期間の定めのない雇用契約について,労働者が突然解雇されることによってその生活の安定が脅かされることを防止し,合わせて,使用者が労働者に突然辞職されることによってその業務に支障を及ぼす結果が生じることを避けるためにある。

≪労働基準法による修正の有無≫
解雇については,第20条により予告期間を延長し,労働者の保護を厚くしているが,辞職については,何ら規定を設けていない。

≪労働基準法によるその他の規定≫
(ア)民法第626条が期間の定めのある雇用契約によって拘束できる期間を定めているが,この期間について,一定の例外を置きつつも短縮させている(第14条)。
(イ)労働契約の不履行について違約金を定めたり,損害賠償を予定したりする契約を禁止している(第16条)。
(ウ)前借金等と給料の相殺を禁止している(第17条)。
(エ)使用者が強制的に貯蓄をさせたり,貯蓄金を管理したりすることを禁止している(第18条第1項)。労働者が自発的に貯蓄金の管理を使用者に委託する場合についても詳細な取締規定がある(同条第2項以下)。
(オ)上記各条の違反に対して罰則が設けられている(第120条第1項,第119条第1項)。

≪上記各規定の趣旨≫
第14条は,長期の契約期間によって労働者の自由が不当に拘束を受けることを防止するものである。第16条と第17条は,労働者が違約金や賠償額または前借金等の支払いのため,その意に反して労働の継続を強制されることを防止する趣旨を含む。第18条は,貯蓄の強制や貯蓄金の使用者による管理が場合によっては労働者の足留めに利用され,結局,労働者の自由が不当に拘束されることを防止する趣旨を含む。

≪解約予告期間を使用者のために延長することの可否≫
以上のことから,法は,労働者が労働契約から脱することを欲する場合にこれを制限する手段となりうるものを極力排除して労働者の解約を保障しているものとみられる。とすれば,民法第627条の予告期間は,使用者のために延長できないと解すべきである。

≪上記解釈に対する補充説明≫
本条について,明治時代の民法制定当時は,期間の定めがない労働契約において,労働者が突然解雇されることによってその生活の安定が脅かされることを防止すると説明されていました。しかし,現在は,労働者が生活し,生きる権利を実質的に保障するため労働法が制定され,期間の定めがなくても正当な理由がなければ解雇されませんので(労働基準法第18条の2),労働者の解雇による不利益を守る意味は失われており,むしろ労働者の働く自由を実質的に確保する規定と解釈する必要があります。すなわち,労働者は,自らの労働力しか頼るものがないため,経済的強者に対抗し,対等に交渉する手段としては,事実上,働く職種,場所,程度を選択する自由しか有しないと考えられます。そのためには,自ら自由に退職(辞職)し,一刻も早く新たな職場で再出発しうる機会を保障しなければならず,この規定は労働者にとって譲ることができない強行規定であると解されるのです。他方,経済的強者たる使用者に期間延長を認める合理的理由は見当たりません。

≪辞職に使用者の許可を要するとすることの可否≫
もし,これを許すと,労働者は使用者の許可ないし承認がない限り退職できないことになる。とすれば,労働者の解約の自由を制約する程度は予告期間の延長よりも顕著であるから許されないと解すべきである。

≪上記解釈に対する補充説明≫
すなわち,労働者が働き,生存するための権利である労働の自由を保障する強行規定たる民法第627条の制度趣旨をないがしろにし,労働者が働く場所を選択する自由,生活権を侵害する危険があるので無効ということになるわけです。

【前記とは異なる裁判例――大室木工所事件】
前記の高野メリヤス事件における裁判所の考え方が現在も事実上の標準だと思いますが,これと一部異なる下級審裁判例(「大室木工所事件」,昭和37年4月23日浦和地裁熊谷支部決定)が存在しますので,ご紹介しておきます。この裁判例は,民法第627条第1項の予告期間を使用者のために延長できるかという点は争点になっておらず,この点についての判断はしていません。他方,就業規則により,労働者の辞職に使用者の承認を要するとすることができるかという点については,前記の高野メリヤス事件における考え方とは違う判断をしているとみることができます。この部分を思い切って要約すると「民法第627条第1項の規定を排除する特約(=就業規則の規定)は無制限には許容できない。労働者の解約の自由を不当に制限しない限度で効力を認めるべきである。そこで,労働者の辞職には使用者の承認が必要とする特約がある場合も,使用者が承認するかしないかを自由に決めていいものではなく,承認しない合理的理由がある場合のほかは,使用者は承認を拒否してはならない,という限度で有効と考えてよい。」とまとめることができるでしょう。

もっとも,この大室木工所事件は,その背景に(1)労働者が労働争議の過程で住居侵入罪,暴力行為等の処罰に関する法律違反罪を犯したとして公訴を提起されていた,(2)その刑事事件の審理中に,使用者が労働者の加入する労働組合の組合長に対し,当該労働者について有罪判決が出ることを停止条件(=効力発生の条件)とした懲戒解雇を通告したが,労働者本人に通告したとは認められない,(3)もし懲戒解雇になれば使用者は退職金を支払わないで済んだが,その前に辞職されたら退職金を支払わなければならなかったというようなやや特殊な事情があり,これに対して裁判所が,上記(2)の懲戒解雇通告は無効だが,そうだとしても当該労働者が後日懲戒解雇を受ける現実の可能性があることから,使用者が辞職を承認しないことについて合理的な理由があるという例外的な場合にあたるとして,就業規則の規定を本件への適用において有効と認め,労働者側の主張を排斥したものです。裁判例の法源性や裁判例の射程距離といった一般の方には難解な議論を横に置いたとしても,こうしたことに照らし,上記裁判例の判断を簡単に一般化することはできないというべきでしょう。

【勤務先への対応方法】
以上のとおり,あなたは勤務先に雇用契約を解約する旨の申入れをすることで,民法第627条2項の規定のとおり,辞職することができるでしょう。申入れについては,配達証明付きの内容証明郵便で行うべきです。もっとも,民法上は上記のとおりとはいえ,会社を辞める際には会社の業務に支障が生じないようにきちんと引継ぎをしてほしい,今後の人事配置・補充を考えるのに十分な期間がほしいという使用者側の要望も一理あるといわなければなりません。また,使用者側と合意さえ成立すれば,わざわざ民法第627条の規定を持ち出さなくても,それより早く退職することもできます。それに,合意によって円満に雇用契約を終了させ,一切の法律関係を清算することができれば,よりすっきりと次のステップに進めるのではないかと思います。こうしたことから,もちろん事案によりますが,もし合意退職の余地があるのなら,まずは話し合いをすることがよいかもしれません。ご本人での交渉の余地がなければ,弁護士に依頼して弁護士を交渉窓口とすることもできます。そのうえでどうしても折り合える余地がない場合は,内容証明で解約の申入れをすればいいのです。解約申入れの具体的方法や退職交渉についてご不明の点があるときは,お近くの弁護士に相談・依頼なさってください。

【雇用契約に関する法律解釈の基本的な姿勢について】

ここで個別的にご説明する前に雇用契約,別名労働契約(民法の特別法である労働法上の概念です)の内容及びこれに関連する法律を解釈する際の基本的な姿勢についてご説明いたします。

雇用(労働)契約とは,労働者が使用者の指揮に従って労務を提供し,使用者が労務の対価に対して報酬を支払う契約です。労働者は,使用者の業務上の指揮命令に従って働きますので,同じ労務の提供を行う委任と異なり裁量権がなく契約の性質上従属的立場に立つことになります。また,請負と異なり一定の仕事の完成を目的としませんから契約に拘束される期間も長期になる場合が多いといえます。

さらに,我が国が採用する資本主義制度の下では,事実上の問題として,事業者たる経営者,使用者が経済力,情報力,交渉力,組織力において個別一労働者より圧倒的優位に立っています。このように,労働者は,使用者との関係では常に弱者の立場に置かれているといえます。私的法律関係の基本は私的自治,契約自由の原則であり,労働契約も当事者が納得,合意する限りその内容に従い法的効果が生じるのが原則ですが,上記のような事情から,労働契約の締結,内容,解消について当事者に任せることには,事実上労働者側に不利益となる危険が常に内包されているといえます。

もともと契約自由の原則は,実質的に対等な当事者を前提とし,自由な法律行為により社会,経済を活発化して自由で適正な社会秩序を建設することにその目的があります。そこで,経営者,事業者にも営業の自由,経営の自由(憲法第29条)が保障されていることを踏まえつつも,憲法の至上命題である実質的平等,働く自由,生きる権利,個人の尊厳(憲法第13条)を保障するため,労働契約,民法,労働法の解釈にあたって,特に経済的弱者である労働者に不利益にならないように十分な配慮,修正が必要とされています。

【参照法令】

民法
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条  当事者が雇用の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2  期間によって報酬を定めた場合には,解約の申入れは,次期以後についてすることができる。ただし,その解約の申入れは,当期の前半にしなければならない。
3  六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には,前項の解約の申入れは,三箇月前にしなければならない。

憲法
第十三条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
第二十九条  財産権は,これを侵してはならない。
○2  財産権の内容は,公共の福祉に適合するやうに,法律でこれを定める。
○3  私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用ひることができる。

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