新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.675、2007/10/5 11:39 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【親族・認知請求権の放棄】

質問: 交際を解消したばかりの女性から、私の子を妊娠している、できれば産みたい、と告げられました。私も責任を痛感していますが、事情があり、結婚、認知はできない状況にあります。実は私の父は有名な企業を経営し、現在私はその会社に勤務しており将来会社を継ぎ、かなりの資産も受け継ぐ事になっています。勿論両親も結婚、認知に大反対です。彼女の出産への決意は固く、一時金として、ある程度の経済的な支援をしてくれれば、その後の認知等の請求はしない、自分の手で育てていく、と言っています。そうはいっても、子供は成長し、また状況も変わるかもしれません。そもそも、一時金と引き換えに、認知を請求しない、という約束が、法的に認められるものなのかも心配です。本当に、そのような形で、将来のことを解決できるのでしょうか。

回答:ご質問にある「一時金と引き換えに、認知を請求しない、という約束」は法律的には効力はありません。従って、このような約束をしても将来の解決にはなりません。以下、詳しく説明します。

1.質問のように夫婦関係にない男女間で、子供が産まれた場合には、父親と子供の親子関係は、認知(民法779条)によって確定することになります。なお、出産前であっても認知はできます(民法783条)ので、既に現時点から、認知するかどうかの問題は生じています。勿論貴方の子供であることは間違いないでしょうが、念のためDNA鑑定も必要です(20-30万円程度費用が必要になります)。お付き合いしていて女性の人柄もご存知でしょうが、万が一という事もございますので。以下貴方の子であることを前提に説明します。

2.そもそも法的に認知とはどういうものかご説明します。認知とは、法律上婚姻していない男女間に生まれた子供(法的には非嫡出子といいます)とその父親、母親との間に両親の意思表示(任意認知といいます)、又は裁判(強制認知といいます。787条)により法的な親子関係を生じさせることをいいます。婚姻関係にある夫婦から生まれた子は当然に戸籍に両親の子、嫡出子としてとして届けられますから公的に身分関係が明らかになっていますが、両親が婚姻関係になければ、出産した妻が自分の子として自分の戸籍にのみ届ける事になり片親の状態でしか身分が明らかになっていませんので、子の立場からすると父親との身分関係で法的保護の範囲外におかれていることになり、これを救済しようとするのが認知制度です。

父親が自発的に認知すれば(任意認知)非嫡出子ではありますが、親子関係が認められ養育権、相続権、その他の子どもとしての法的保護を受けることが出来ます。また、父親が、自発的に認知しない場合、親子関係があるのに親子関係を認ないことは不都合ですので、強制的に裁判で父親の子供であることを認めさせることが出来るとされています。子は、特に未成熟であればなおのこと、両親から監護、教育を受け、経済的、精神的に有形無形の保護を受け成長し生活し権利を有している事は、個人の尊厳を至上の命題としている法の理想から当然の事であり(憲法13条)、強制認知請求権は子供が、生来的に有している人間として生きていくための基本的人権を基礎に法律上当然に認められているのです。明治時代民法制定前に強制認知を認めるか議論がありましたが、嫡出子でないからといって法的保護の外に置くことは出来ず、現在と捉え方に差異はありますが旧民法の時代からこの権利は規定されています。

3.本件では、彼女は、一時金等経済的援助があれば認知を求めず自分で育てていくといっていますが、その様な経済的援助による認知請求権の放棄を内容とする契約をした場合の有効性を考えてみます。母親は出産した子供の法定代理人になり、将来養育費を請求する権利を有するので、出産を条件に本件契約を締結できるようにも思いますが、原則的にこのような契約は無効であり、子は何時でも認知請求が可能です。その理由は、@子供の強制認知請求権は自分のルーツ、両親を知り子供の存在そのものを確認し成長に必要不可欠なものですから生来的自然権であり、すなわち、生まれながらに持っているもので母親といえども勝手に処分放棄する事は出来ないからです。A強制認知請求権についても、民法881条、扶養請求権の譲渡処分禁止の規定が類推適用されるべきです。この規定は人間らしい生活を保障するため要扶養者にのみ認められた帰属上の一身専属権を明らかにしていますが、認知請求権も子が親を知る生来的人権であり子にのみ帰属し、行使が認められるからです。従って、母親は放棄、処分ができない事になります。

判例も、子供の父親に対する認知請求権は放棄することができない、としています(最高裁判決昭和37年4月10日)。本件は、両親が離婚する時に定めた養育費の請求権放棄と同様な問題であり、親といえども、勝手に子の不利益になる行為は出来ないということです。詳細は当事務所ホームページ事例集NO669号を参照してください。

4.ご質問では母親となる女性は認知を求めないと決断しているそうですが、今の彼女の決意に偽りがなくても、今後、成長したお子様の気持ちがどうなるかは、また別の話です。これまで説明したとおり父親が認知しなくても、子供は、認知の訴えを提起して、強制的に認知をさせることができます(民法787条)。すなわち、母親が認知請求権を彼女の求める一時金を支払い、それと引き換えに、認知を請求しない、という約束を書面で交わしたとしても、その後、その子が、認知を請求してきたら、法的には認められてしまう、ということになります。

5.また、親子関係が法的に認められれば、それに伴い、養育の責任も発生することになります(民法877条)。養育の責任が発生することにより子供には父親に対する扶養請求権が発生し、この扶養請求権については、上記の説明のとおり母親による放棄は認められないとされています(民法881条)。よって、彼女に対して支払った一時金が、何らかの理由で、お子様の今後の成長に伴う養育の費用に不足し、お子様がどうしても生活できなくなってしまった場合には、父親としての扶養義務を請求されるおそれも、ないとはいえません。このことは、母親が受け取った養育費を浪費したような場合も含まれます。なぜなら母親がまとめて一時金を受け取ってもこれを消費し手しまい、子供を育てる経済的な資金がなくなってしまった場合、子に扶養の必要性が生じ、子ども自身が独自に扶養の請求ができるからです。すなわち、本件一時金の給付はこのような観点から危険性を伴います。詳細は当事務所ホームページ事例集NO669号を参照してください。

6.さらに、法的に親子ということになれば、相続の問題も生じてきます。非嫡出子として夫婦間の子供よりも相続分は低くなりますが(民法900条4号)、相続権自体はありますから、請求される可能性も生じてきます。この法定相続分についても、相続開始前に放棄することはできません(民法915条参照)。貴方の両親が心配しているように将来会社を継ぐ貴方にとっては再度、家庭内の問題が再発するおそれがあることは否定できません。

7.以上のように、今、彼女ときちんと合意をしても、子供が生まれた場合の将来的な問題まで精算してしまうことは、法律上はできないことになります。このような法律上の扱いを十分理解され、改めて相手の女性と十分話し合う必要があります。任意での認知を受けられない状態での出産は、現実の養育に直面する彼女にとっても負担なのですから、合意する前に根本的なご相談をされるか、難しい問題ですが、今きちんと検討しておく必要があります。

8.なお、貴方やご両親の意見が子供が生まれた場合の問題を重視され女性の出産に反対するという結論に達した場合は、弁護士に相手の女性の説得を依頼することも可能です。本来妊娠中絶は違法なことで望ましいことであることは言うまでもありませんが、経済的な理由による中絶も適法とされていることも事実です。

このような、問題について弁護士に依頼できるのかご心配かもしれませんが紹介の法律紛争を未然に防止するという点からは、弁護士に依頼できることは間違いありません。但し、子供の命ということもありますので、弁護士の個人的な考え方があることは否定できませんので、そのような依頼は受けられないという弁護士もあるかと思われます。受任した弁護士としては、一度結婚も、任意認知もできないお詫びと、謝罪金(貴方の事情からしてかなりの大金が必要でしょう)を用意して出産自体を思いとどまるようお願いすることになります。女性が本当に出産を決意しているならば、情況を察知し貴方に経済的な相談をせず生んでしまうものですから、出産をあきらめてくれ可能性があるかも知れません。また、出産する場合でも、ご質問にあるような一時金でなく、出生後分割払いにして再度子供からの二重請求が起こらないようにしておく必要があります。また、認知請求しないという条件を付けて大金の支払を合意する場合、事実上(法律上は説明した通りこのような条件は無効になります)、認知請求を思いとどまっていただくために、もし約束を破って認知請求をする場合は、一時金、分割金を返還することという違約条項をつけておくことが考えられます。

但し、このような条件をつけても、この約束に違反した場合に、貴方から約束違反を理由に金銭の返還請求が法律上できるか否かは問題があります。というのは、認知請求という当然の権利の行使を阻止するための約束は違法な目的をもった約束としてそのような約束違反についての賠償金の請求を裁判所に求めることはできないというクリーンハンドの原則(民法708条)に反するのではないかという問題があるからです。この点については、意見の違いがると思われますが、質問のように女性のほうから一時金を要求していること、契約(約束)自体が公序良俗違反とまでは断定できず(現に金員を受け取った認知請求放棄契約も有効とする学説もございます)、養育費分と認められる以外の部分の金員の返還も可能と考えられます。

9.以上のような問題点と解決方法もありますので合意する前に、お近くの法律事務所にご相談下さい。

≪参考条文≫

(嫡出の推定)
第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
(認知)
第779条 嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。
(認知の方式)
第781条 認知は、戸籍法の定めるところにより届け出ることによってする。
(胎児又は死亡した子の認知)
第783条 父は、胎内に在る子でも、認知することができる。この場合においては、母の承諾を得なければならない。
(認知の効力)
第784条 認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者が既に取得した権利を害することはできない。
(認知の取消しの禁止)
第785条 認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができない。
(認知の訴え)
第787条 子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴えを提起することができる。ただし、父又は母の死亡の日から3年を経過したときは、この限りでない。
(扶養義務者)
第877条 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
(扶養請求権の処分の禁止)
第881条 扶養を受ける権利は、処分することができない。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
1.子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各2分の1とする。
2.配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、3分の2とし、直系尊属の相続分は、3分の1とする。
3.配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、4分の3とし、兄弟姉妹の相続分は、4分の1とする。
4.子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の2分の1とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第915条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

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