新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.674、2007/9/20 16:01 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺言・自筆証書遺言】

質問:私は現在80歳ですが,多少の財産があり万が一のことを考え自分で遺言を書きたいと思っています。公正証書遺言という方式があることも知っていますが,あくまで自分で書く際の注意点を教えて下さい。

回答:
1.貴方のご質問に具体的に回答する前に遺言制度(法的には「いごん」と読みますが,「ゆいごん」でも間違いではありません。)についてご説明いたします。遺言とは定義的には一定の方式に従って遺言者が死亡した後の法律関係を定める最終的意思を表示する法律行為を言います。資本主義,自由主義を採るわが国の基本的社会制度として私有財産制度(憲法29条)が定められており,国民の生活関係(私人間の法律関係)では契約自由の原則(法律行為自由の原則)が採用されていますから,原則的に国民は生前誰でも,自分の財産等を自由にどのような方式によっても処分する事ができる事になっています。従って,権利者が死亡後も自由に自分の財産処分ができる事は理の当然であり,法律行為である以上自由に認めてもいいようにも思いますが,遺言という法律行為の特殊性から種々の制限がございます。その特殊性とは,意思表示した遺言者が死亡後に生じる法律関係を内容としており(法律関係,効果が発生した時には肝心の当事者である遺言者がこの世にはいないわけです),遺言者の財産処分等の最終的意思を内容としているところにあります(遺言者死亡後は遺言の内容すなわち意思内容を当然変更できませんから財産等処分の最終意思ということになるわけです。私有財産制を基本とする限りこれがもっとも重要です)。すなわち,遺言者の最終意思である遺言の内容を忠実に実現し且利害関係人の争いをなくすためには,効力発生時遺言者が存在せず事情を確認できませんし意思解釈の違い,偽造変造の可能性もあることから,事前に厳格な方式を定め書面による事を原則とし,書面の記載内容も法律によって詳細に規定しているのです。

従って,以上のような決まりに反すると遺言は基本的に無効と言う事になってしまいます。又遺言は遺言者の最終意思であって財産等の処分を内容としており,遺言者は利益を受ける関係にありませんし,取引行為ではありませんから20歳以上の法律行為能力は不要であり,15歳程度の意思能力(物事に対する一応の判断能力,法的に事理弁職能力といいます。)があれば有効です(民法961条)。貴方の様に80歳でも問題はありません。

2.通常の日常生活を送っている人には普通の遺言の方式があり,自筆証書遺言,公正証書遺言,秘密証書遺言に分かれます。自筆証書遺言とは,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自署し,これに印を押すことによって成立する遺言のことをいいます(民法968条)。公正証書遺言とは,2人以上の証人の立会いを得て,遺言者が,公証人に遺言の趣旨を口授し,公証人が,これを筆記して,遺言者及び証人に読み聞かせ,遺言者及び証人が,筆記の正確なことを承認した後,各自署名押印し,公証人が,方式に従って作成された旨を付記して署名押印する方式の遺言のことをいいます(民法969条)。秘密証書遺言とは,遺言者が,遺言書に書名押印し,その証書を封じて証書に用いた印章で封印し,公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出し,自己の遺言書である旨を申術し,次に,公証人が,封紙に証書を提出した日付及び遺言者の申術を記載し,おわりに,遺言者・証人・公証人が,封紙に署名押印する方式の遺言のことをいいます(民法970条)。尚,遺言が最終意思実現を内容とするため重病,危機的状況等平穏な状態で作成する事が出来ない場合は更に要件が厳格に定められています(976条以下)。一般に多く行われているのは,自筆証書遺言と公正証書遺言ですが,以下では,自筆証書遺言を作成する上での注意点を回答いたします。

3.前述のように遺言は,遺言者死亡後の相続人の権利関係に大きな影響を与える場合が多いといえますが,遺言の内容に不明確な点がある等の場合,その時点で遺言者は既に死亡しているため,遺言者にその意思を聞くことはできません。それ故,遺言者の最終意思を的確に実現するためそして死後の混乱を避けるため法律関係の明確化が強く要請され,遺言の方式は,法律で厳格に定められており,法律の方式に反する遺言は無効となりますので,前もって十分な注意が必要です。

4.そして,自筆証書遺言は,民法968条1項で,遺言者が,遺言書の「全文」,「日付」及び「氏名」を「自書」し,これに「印」を押さなければならないと規定されております。また,加除等の変更をする場合,民法968条2項で,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,変更の記載は無効となる(遺言全体は変更前の文言のまま有効です。)と規定されております。以下,順に説明します。

5.まず,遺言書の「全文」を「自書」する必要があります。これは,遺言者の遺言の最終意思を明確にするとともに,他人による偽造や変造を可能な限り防止するためです。例えば,ワープロ,点字機を用いたものやテープレコーダーに吹き込んだものは,「全文」を「自書」したとは言えず,遺言として無効になりますので,注意が必要です。但し,「全文」を「自書」すればよいので,例えば,欧文その他の外国文字,略字,速記文字を使用することは問題ありません。また,全文は1枚の用紙に書きつくす必要はなく,用紙が数枚になっても1個の遺言書であることが確認されれば,有効となります。ただ,後に問題が生じないように,疑問が生じかねないような文字は使用せず,また,1枚の用紙に書いた方が無難でしょう。

6.次に,「日付」を「自書」する必要があります。特に重要です。これは,遺言者が遺言をなす当時において遺言能力を有するか否かを明らかにする必要があることと,遺言は遺言者の財産等処分の最終意思を内容とするため理由のいかんを問わず何度でも内容を取り消し撤回する事ができる事になっており一番新しいものが有効となっている関係上(民法1022条),そして前の遺言と後の遺言が抵触する場合,その抵触する部分について,後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条)ので,遺言の前後を確定する必要があるためです。よって,日付が記載されていないものは,無効になります。また,年月だけで日の記載のないもの(例えば,「平成19年9月」)も,学説では,遺言能力の有無は年月だけで判断し得るし,同一人の遺言が他に存在しない場合には,遺言の前後を確定する必要もないことから,有効であると解する学説もありますが,判例(最高裁昭和52年11月29日判決)は,法律関係の明確化の要請を重視して,無効と解しています。また,「何年何月吉日」という記載も,判例(昭和54年5月31日判決)は,同様に法律関係の明確化の要請を重視して,無効と解しています。但し,日付は,必ずしも暦日であることを要せず,例えば「第何回の誕生日」というように正確に年月日を知りうるものであれば,有効であると解釈されています。また,日付を誤記した場合にも,誤記であること及び真実の作成年月日が,遺言書の記載やその他の記載から容易に判明する場合には,有効となる場合があると解釈されています。ただ,後に問題が生じないように,特殊な記載の仕方はせず,また,誤記もないように十分に注意すべきでしょう。

7.次に,「氏名」を「自書」する必要があります。これは,遺言者の遺言の最終意思を明確にするとともに,他人による偽造や変造を可能な限り防止するためです。この点,氏と名を併せて書かなくても,氏又は名だけでも同一性を示す場合は,遺言者の遺言の意思が明確であり,また,他人による偽造や変造の危険性も少ないことから,有効となる場合があると解釈されております。ただ,後に問題が生じないように,特殊な記載の仕方はしない方が無難でしょう。

8.最後に,「印」を押す必要があります。これも,遺言者の遺言の意思を明確にするとともに,他人による偽造や変造を可能な限り防止するためです。そして,「印」は,遺言者の遺言の意思の明確化の観点から,遺言者自身の印(例えば,遺言者の氏名が「佐藤一郎」であれば,「佐藤」の印)である必要があります。よって,他人の印(例えば,遺言者の氏名が「佐藤一郎」であるのに,「鈴木」の印)を押した場合は,無効になります。但し,「印」を押せばよいので,印は,実印でなくてもよく,認印でもよいと解釈されています。また,遺言者の遺言の意思が明確であり,また,他人による偽造や変造の危険性も少ないことから,「印」は,拇印でもよいと解釈されています。ただ,後に問題が生じないように,実印で押す方が無難でしょう。

9.自筆証書遺言は,簡単で,費用もかからないというメリットがありますが,他方,遺言書の形式の不備による無効の危険性,そして遺言書の滅失・偽造・変造の危険性があり,その防止のため家庭裁判所の検認が必要(民法1004条)であるというデメリットがあります。遺言は,遺言者の死亡後の相続人の権利関係に大きな影響を与える場合が多いですので,遺言をすることを検討されている場合には,公正証書遺言の方式をとることをお勧めします。公正証書遺言の作成を弁護士に依頼すれば,弁護士と公証人による2重のチェックを受けることができて,遺言書の形式の不備による無効の危険性は極めて低くなり,また,公証人が遺言書を保管しますので,遺言書の滅失・偽造・変造の危険性もなくなり,さらに公正証書遺言の場合,検認も不要(民法1004条2項)であり貴方の財産等の最終処分意思が確実に実現できるからです。

≪参考条文≫

民法967条
遺言は,自筆証書,公正証書,秘密証書によってしなければならない。ただし,特別の方式によることを許す場合は,この限りでない。
民法968条
1項 自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。
2項 自筆証書中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない。
民法969条
公正証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。
1 証人2人以上の立会いがあること。
2 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
3 公証人が,遺言者の口述を筆記し,これを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させること。
4 遺言者及び証人が,筆記の正確なことを承認した後,各自これに署名し,印を押すこと。ただし,遺言者が署名することができない場合には,公証人がその事由を付記して,署名に代えることができる。
5 公証人が,その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名し,印を押すこと。
民法970条
1項 秘密証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。
1 遺言者が,その証書に署名し,印を押すこと。
2 遺言者が,その証書を封じ,証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
3 遺言者が,公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申術すること。
4 公証人が,その証書を提出した日付及び遺言者の申術を封紙に記載した後,遺言者及び証人とともにこれに署名し,印を押すこと。
2項 第968条第2項の規定は,秘密証書による遺言について準用する。
民法1004条
1項 遺言書の保管者は,相続の開始を知った後,遅滞なく,これを家庭裁判所に提出して,検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がいない場合において,相続人が遺言書を発見した後も,同様とする。
2項 前項の規定は,公正証書による遺言については,適用しない。
3項 封印のある遺言書は,家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ,開封することができない。
民法1023条
1項 前の遺言が後の遺言と抵触するときは,その抵触する部分については,後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2項 前項の規定は,遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。

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