新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.654、2007/8/7 9:53 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【親族法・離婚・売春行為と離婚原因・破綻主義・その修正】

質問:私は,結婚し子供(未成年)も3人いますが,昨年,失業してしまい,生活費を家にいれることができませんでした。その後,私は,妻が生活費に困り,売春行為を3回働いたことを知り,ショックを受けましたが,妻も深く反省し私に許しを請い,また,妻の行為は私の失業が原因でもあるため,いったんは妻を許しました。しかし,その後,私は,妻の行為がどうしても許せなくなり,妻と離婚しようと思い,家庭裁判所で調停も行いましたが,妻が離婚に同意せず,調停は不成立となりました。離婚することはできますか。

回答:
1、妻の売春を理由に離婚するためには,妻が離婚を拒否している以上離婚を求める裁判を提起し,裁判所に離婚原因があると認められる必要があります。この場合,妻が離婚に同意しなくても,離婚することができます。この点,裁判上の離婚原因は,民法770条1項に規定されており,「配偶者に不貞な行為があったとき」(1号),「配偶者から悪意で遺棄されたとき」(2号),「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき」(3号),「配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき」(4号),「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(5号)が揚げられております。

2、そして,本件で問題となる「配偶者に不貞な行為があったとき」(1号)とは,配偶者のある者が,自由な意志に基づいて,配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいいます。そして,不貞行為は,自由な意志に基づけば,それに至る理由は問わないと解釈されておりますから妻の売春行為は,「不貞行為」に該当することになります(最高裁昭和38年6月4日判決)。

3、但し,民法770条2項では,「裁判所は,前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる」と規定されておりますから「不貞行為」があってもそれだけでは離婚が出来ないようにも読むかとが出来ます。

4、そこで、770条の2項の「一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認める時」とはどのような場合か問題になります。結論を先に申し上げますと、「不貞行為」があっても夫婦関係の総合的事情を考慮して婚姻関係が事実上破綻しているかどうかを判断するというもので、不貞行為の具体的内容、原因、不貞行為の回数、期間、当事者の言動、不貞行為後の夫婦生活状況などが判断材料になります。更に夫婦関係においては破綻状態にあったとしても離婚を認めることが婚姻当事者の公平に欠け、婚姻による家族共同体に不利益を及ぼすような場合に限り例外的に離婚を認めない趣旨をも含む規定であると解釈すべきです。

その理由は、
(1)わが民法においては当事者の合意によれば理由のいかんにかかわらず自由に離婚する事は出来ますが、一方が離婚に応じない場合は訴訟によりどちらに離婚原因を作った責任があるかどうかに関わらず夫婦関係が実質的に破綻している場合には離婚を認めるという破綻主義を採用しています(対立する概念として離婚を求める相手方に責任がある場合のみ離婚を認めるという有責主義があります)。そのため770条1項5号(3号、4号も同様です)は婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合はどちらの当事者に責任があるかどうかに関係なく離婚を認めています。婚姻の実態がなく実質的に破綻している夫婦関係を継続させても婚姻の目的たる幸福な生活は期待できませんので一方が離婚を拒否していても婚姻解消を認めているのです。しかし、不貞行為があったという理由だけで夫婦の関係が完全に破綻しているとは限りませんので夫婦関係の総合的事情を勘案し実質的に破綻しているかどうかを判断しようとするものです。すなわち裁判所に離婚の裁量権を一定の範囲で認め離婚訴訟の弾力的運用を図ろうとしたのです。

(2)従って、本来この規定は夫婦間の婚姻関係が破綻しているかどうかを実質的に検討するために設けられたのですが、本条はそれにとどまらず、夫婦関係が破綻していても(離婚原因があっても)離婚により婚姻関係、家族当事者の実質的利益、権利を侵し法の理想たる正義の観点から不都合な場合は離婚を認めないとした規定と一歩踏み込んで解釈すべきです。というのは破綻主義を形式的に適用していくと結果的に夫婦間当事者の実質的公平にかける場合や、家族の一員である子供の権利を不当に侵害するような場合が考えられます。例えば、正当な理由なく身勝手に他に愛人を作り家庭生活を放棄、破壊するような行為を法が結果的に認めることになり、離婚により何の責任もない未成熟の子の実質的に教育、監護を受ける権利を侵害する事態が生じることになります。いかなる法的関係、法理論においても当事者個人の尊厳、公平の原理、子供の生きる権利は実質的に保障されなければならないわけです(憲法13条、14条)。以上のような権利は人間が生まれながらに持っている自然法的権利で元来国会が制定する具体的法律によっても制限は出来ません。せっかく本条により離婚訴訟の弾力的運用を図ろうとしたのですから法の理想から夫婦の破綻状況以外の理由も考慮に入れ総合的に判断するのが制度趣旨に合致すると思われます。

(3)具体的にいえば、破綻にいたった当事者の責任の程度、子供の年齢、離婚の場合の家族構成員に対する精神的、経済的影響その他の事情をも総合的に考えて判断する事が必要です。

(4)本件とは事案が異なりますが、いわゆる「有責配偶者からの離婚請求」でも請求を認める理論的根拠、離婚を容認する条件の整備は法の理想という視点から検討されています。当事務所ホームページ事例集NO523を参照してください。最高裁昭和62年9月2日判決(最高裁民事判例集1-6-1423)も、36年間別居しその原因を作ったことについて責任がある夫からの離婚請求に対して社会正義に反すような特段の事情がない限り有責配偶者からの離婚請求も認められる場合があることを判示しています。「社会正義に反する特段の事情」として、家庭に未成年者の子がいるかどうか、妻が離婚後過酷な状態になるかどうかなどを挙げています。この判例も最終的には法の理想を判断の基準においているといえるでしょう。

(5)そこで,本件について検討しますと,
@ 妻の売春行為は生活費に困ったことによるものであり家族を思いやむを得ず行ったもので動機においてはむしろ同情すべき点があります。他方夫は失業したとはいえ特別な努力もしていないようですし生活費を入れませんから売春の原因を作ったのは夫とも言えないこともないわけです。自ら原因を作りながら他方で妻の責任を追及すること自体公平の観点から認めることは出来ないでしょう。責任という点からは妻が一方的に非難されるべきものではありません。
A家庭生活を保持するための売春行為も3回であり一時の軽率な行為と評価できますし、他方夫は家庭の経済的柱として勤労義務を果たしていませんからこの点からも妻の責任は大きいとはいえません。
B一般の浮気行為と異なり本件は売春行為であり精神的には完全に夫を裏切っているとは評価する事ができないわけですからやり直せる可能性がないわけではありません。
C更に妻は深く反省していること,夫も自分の非を考慮しいったんは許していることから完全に夫婦関係が破壊されたと言い切れないこと、
D両親の愛情、経済的保護が必要な未成年の子供が3人いること、
E離婚に当たり無職の夫が妻子供に対し経済的保証をする事情が見られないこと、
F別居のような事実関係がなくやり直しの可能性がわずかであるが残されていること、
G以上を総合評価しますと,本件は破綻状態といえないと思いますし、公正、公平、子供の生きる尊厳の観点から裁判所に,離婚は認められないと判断される可能性は十分あると考えられます。
H 他方,生活費に困ったとはいえ売春行為を働くのは常識を逸脱した行為と評価できますので,裁判所が,この点を重視して,離婚を認める可能性もあるでしょうがこの点のみを持って離婚を認めることは当事者の事情を総合的に勘案したかどうか疑問が残ります。
Iいずれにしても,本件事案に類似した事案についての明確な最高裁判例は見当たりませんので,明確な結論を断言することはできませんが,裁判所に,離婚は認められないと判断される可能性が高いと考えます。

6、但し,より詳しい事情を聞かないと,より正確な判断をすることはできませんので,離婚問題に詳しい弁護士に一度相談してみてください。

≪参考条文≫

民法770条
1項 夫婦の一方は,次に掲げる場合に限り,離婚の訴えを提起することができる。
1号 配偶者に不貞な行為があったとき。
2号 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
3号 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
4号 配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき。
5号 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2項 裁判所は,前項第1号から第4号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る