新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.564、2007/1/11 13:37 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事 起訴前弁護 自白 検察官の自白調書作成の問題点】
質問:身に覚えのない罪で逮捕された場合、どのように対処するべきでしょうか。逮捕されてしまうと、必ず起訴されるのでしょうか。

回答:
1.日本では、逮捕された人が、罪を犯したとして起訴される確率、起訴された結果、有罪の判決を受ける確率は、共に非常に高いものとなっています。その理由には、様々な要因が考えられますが、「自白の多さ」が挙げられると思います。自白は証拠の王様といわれるように、本人が自白していることは有罪判決の有力な根拠となります。一旦自白してしまったとしても、もちろんその自白が虚偽のものであることを裁判で争うことは可能ですし、自白を証拠として採用するためには、その他の証拠に比べて様々な制約があります(自白法則)。しかし実際には、そのような縛りをかけたとしても、自白していることで有罪の確率が相当程度高まることは否定できません。

2.では、なぜ被疑者はやってもいないことについて自白してしまうのでしょうか。その理由は、身柄を拘束されていることによる精神的ダメージ、そしてそれを利用した厳しい取調べが行われているからです。「自白すれば不起訴にしてやる」「自白すれば罰金で済む」「自白しないならこのままずっと勾留する」など、違法スレスレ(上記のような発言はほぼ違法ですが、取調官は「プロ」ですから、違法にならないような誘導をしてくることが多いのです)の取調べ方法で、被疑者に自白をするよう促します。自白をしてしまえば、あとは簡単です。被疑者の言い分の微妙なニュアンスは全て無視し、私がやりましたという内容の調書を作成し、あっさりと被疑者を起訴します。人間は心理的に、一旦言ってしまったことを覆すことはしにくいものです。取調官はそれを利用します。「一旦言い出したことを覆すならその合理的な理由を説明しろ」と詰め寄るのです。

3.ここで、想定事例として、逮捕されながらも不起訴処分となったケースを紹介します。Aさんは、ある詐欺事件に関わったとのことで、ある日警察に逮捕されました。Aさんは、加害者、被害者双方と面識があったため、警察はAさんが事件に関わっているという疑いをもっているようでした。

4.弁護士は、警察で留置されている被疑者と、係官などの立会いなしで、接見(面談のこと)することができます。特に、逮捕されてから最初の接見は、最高裁の判例でも被疑者にとって非常に重要な権利であると認められており、できるだけ優先して認められなければならないことです。弁護士Bは、直ちにAさんに接見するため警察署に向かいました。警察署で接見を申し込むと、「被疑者は取調べ中のため接見はできない」と拒否されました。前述の通り、初回の接見は被疑者にとって非常に重要な権利であるため、「現に取調べ中であるとき」「捜査に著しい支障がでるとき」などに限って接見指定(日時の指定を受け、その時間まで接見ができない)が可能であること、例え短時間でも即時または近接した時間に接見させるよう配慮すべきことなどを判示しています。B弁護士は、上記のような理由から、取調べ中だという理由では引き下がれない旨主張しました。小一時間粘った末、30分だけならということで即時の接見をさせてもらいました。時間も短かく、Aさんはひどく動転しています。Aさんを落ち着かせるだけでかなり時間を使いました。指導できたのは一点だけ、どんなことがあっても「やりました」とは言ってはいけない、という点だけでした。

5.その後、Aさんはきっちり20日間勾留されました。その間、B弁護士は関係者から事情を聞いたり、何か有利な証拠はないか調査してみたり、検察官や警察に様々な意見書を提出したりという活動を行いました。また、できるだけ時間を作ってAさんに接見に行きました。外での家族の近況を伝えるだけでも励ましになります。また、取調べの状況を聞き、対策を教えることもできます。Aさんへの取調べはとてもひどいものでした。「共犯者は全員お前も関わっていると自白している。うそをついているのはお前だけだ」と何回も言われました。B弁護士が調べたところ、事件に関わっている人たちで、Aさんも共犯だなどと供述している人は一人もいませんでした。実際にあった発言はこうです。「Aさんは、自分(加害者)と、被害者、両方の知り合いである」ということだけです。そこから取調官は、「この事件のことをAは知っていてもおかしくないのではないか?」と尋ね、相手は「そうかも知れません」と答えます。これだけのことで、「Aも共犯者であると皆が自白している」ということになってしまうのです。「お前が自白しないのなら、お前の息子を連れてきて取調べする」と言われたこともありました。子供は全く無関係です。そのようなことが許されるはずがありません。これについてはB弁護士もさすがに担当の検察官に即刻抗議しました。また、「何故うそをつくのか」という質問だけを2時間繰り返されたこともあります。うそをついていないのに、「うそをつく理由」を説明できるはずがありません。「答えられないということはうそをついているということだ」と責められます。よく考えれば、全く意味のない問答なのですが、何日も勾留され、何時間も同じ質問をされ続けると、今の苦しみから抜け出すために、うその自白をしてしまうことが往々にしてあります。

6.取調べの結果は、供述調書のみに現れます。供述調書は、供述者(被疑者)が、一人称で、私は〜です。私は〜をしました。という書き方をします。そして、それを作文するのは取調官です。文字通り、調書は「作文」されるのです。日本語は単純ではないので、いろいろな意味に捉えることができます。「信号が赤だったことに気づいてもおかしくなかったのではないか」と聞かれ、これにイエスと答え、「信号が赤だったことに気づいていました」と書かれてしまうと、さすがにおかしいと思いますが、「そのときの信号は赤だったと思います」と書かれれば、なんとなく同じかな、と思ってしまうでしょう。しかし、これを別の人が見たら、「赤信号を認識していた」と取られる可能性があります。Aさんの事件は、微妙な言い方が自白と取られる可能性のあるケースでしたので、B弁護士はその点をできるだけ丁寧にAさんに説明し、取調官に都合のよい供述を引き出させないように指導しました。弁護活動の結果、Aさんは、20日間の勾留満期経過後、不起訴処分となり釈放されました。B弁護士としては、もっと早くに釈放されてもよかったのではと不満は残りましたが、ひとまずは安心することができました。

7.B弁護士は本件で様々な活動をしましたが、振り返ると、Aさんが不起訴処分になった一番の決め手は、逮捕から一貫して、自分は事件に関係ないと主張し、取調官の様々な脅しや誘導にも一切乗らず、彼らの都合よい供述調書を作成させなかった、という点にあると考えられます。「やってもいないことを自白なんてするはずがない」みなさんそう言います。しかし、取調室の中では、相当な精神力と、冷静な判断力がなければ、取調べに対抗することは絶対にできません。この事実だけでも知っておいて損はないと思います。なお、起訴されてしまった場合、無罪判決を勝ち取るためには、1年以上裁判で戦う時間と、お金と、覚悟が必要です。このことから、早めに罪を認めて、被害者と示談し、罰金刑にしてもらって早期に社会に復帰する、という選択肢を選ぶ人も存在します。長期間の裁判によって、その分様々な面でダメージを広げるという可能性も否定できません。もし逮捕されてしまったら、できるだけ早く弁護士に相談し、取るべき態度、方針を相談することが肝要と思われます。

≪参考条文≫

日本国憲法
第三十八条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2  強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3  何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

刑事訴訟法
第三百十九条  強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
2  被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。
3  前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。

判例
杉山事件(抜粋)
最一小判1978年7月10日民集32.5.820
「弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない」「身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があることからして、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため、刑訴法39条3項は[接見指定を規定したが]…接見等の…指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって…原則として何時でも接見等の機会を与えなければならない「現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防御のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである」

浅井事件
最三小判1991年5月10日民集45.5.919
「現に被疑者を取調中であるとか…いうような場合だけでなく、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、接見を認めたのでは予定通り捜査が開始できなくなるおそれがある場合も含む」「接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、取調等の状況やその予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、接見等の日時等を指定して弁護人等に告知刷る義務がある」

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