新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.257、2005/6/17 15:33 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

[刑事・起訴前]
質問:私は、会社の給料袋(500万円)が盗まれた事件で犯人ではないかと疑われ、警察に突然同行を求められて事情を聞かれた際に、ポリグラフ(嘘発見器)にかけられ、警察から反応が出たと言われて、つい「私が盗みました。すいません。」と自供してしまいました。勿論私は何もしていません。私は、犯人として処罰されるのでしょうか。ポリグラフは信用できるのですか。

回答:
1、あなたは、現金を盗んでいないわけですから無実であり、本来なら何も心配することはなかったはずです。しかし、自らが罪を認めてしまった場合は、捜査機関としても、もともとあなたに何らかの理由で犯人としての疑いの目があり、その上であなたが、疑った通り自白したということになりますので、通常その場で、逮捕状を取り逮捕されることになるはずです。捜査機関からすれば、やっていないのに自白するはずがないという考えがありますが、警察での取調べについて経験がない一般の人が、警察官の情況証拠などにより追い詰められ説明が苦しくなって、自白を事実上強要されるような場合があります。特にあなたは、捜査機関の要請によりポリグラフにかけられたものと思われますので、反応があったなどといわれてしまえば、精神的動揺はかなりのものと思われます。捜査機関は、取調べをする場合、事前に呼び出す方法だけでなく、事前の準備をされると困るので、隠密に裏付け捜査を行い、突然に同行を求め事情聴取をする方法をとる場合もあります。本件のような場合は、事前の準備により巧妙な説明がなされてしまう可能性もあることから、予告なしに同行を求めることがあるようです。今回の自白は、ポリグラフ(後記参照)と関係が深いのでポリグラフの使用方法についても考察が必要です。
2、自白調書については、裁判の場合は証拠能力を認められると有罪の決め手になってしまうことがあります。刑事手続上、自白調書は、簡単には撤回できません。自分の自由意思で書いたものでないことを証明できないと証拠採用されてしまいます(刑事訴訟法322条)。そこで、起訴前、公判請求前に、とるべき対策として以下の方法が在ります。
@まず、一旦自白したとしても、直ちに撤回することです。自白調書は、撤回されることを懸念して詳細に何通も作られます。従って、1度作られたからといって後戻りできないと考える必要はありません。直ちに、撤回の意思表示をすることです。任意捜査の段階で自白したとしても、逮捕送検後の勾留請求前の検察官との取調べ、検察官による勾留請求後の勾留質問をする裁判官での質問において明確に撤回し、自白した理由をはっきりと捜査官、裁判官に伝えることです。
A自白調書がある場合でも、あなたが真犯人でないのであれば、本来、供述の辻褄が合わないはずです。たとえば、動機、つまり、どうして500万円のお金が必要であったかが問題となります。単にお金がほしいという理由では、自白調書は作れないはずです。金員を持ち出す際の態様、どこにどのように隠して持ち出したのか、窃取した金員はどのように処分したのか、どこに隠したのか、など犯人でなければ知りえないことを供述しなければ、自白といっても信用性十分なものではありません。その他、計画的であったか、突然思いついたのかどうかも詳細に供述する必要がありますから、真実にあっていなければ矛盾が出てくるはずです。以上の点を捜査官に伝え、自白の虚偽の内容を一つひとつあきらかにする必要があります。自白調書は、あなたの供述をそのまま記載するわけではなく、捜査官が一旦事情を聞き、立件しやすいようにまとめ、その内容が違っているかどうか確認する方法で行われますので、部分的に真実と合っていても、捜査官により創作された内容が、いつの間にかところどころに挿入されてしまうことはよくあることです。更に、あなたが供述したのではなく、捜査官が、「盗んだ動機は、借金がかなりあって困っていたからでしょう。」等と自ら提案し、同意を求め調書を作成していくことがあります。従って、いつの間にか、あなたの意思に関係なくそれなりの現実味あふれた調書が出来てしまう場合もあります。この点も明確に弁護人を通じ主張することです。
B犯人でないのに自白調書が作られたのですから、取り調べの中で、それなりの深い理由があるはずです。その理由を弁護人と相談して詳細に記録し弁護人を通じて担当捜査官に伝えその反論を担当捜査官から聞きだすことです。捜査の内容は公開されないのが原則ですが、弁護人が不当な取調べがあり、自白調書が作られた理由を提出すれば、捜査官といえども答えないわけにはいかない場合も出てくるはずです。「自白しないのであれば、逮捕状を取り公にして逮捕勾留する。」「状況証拠上あなたしかありえないし、自白しないと罪がますます重くなってしまう。当分家には帰れない。今なら何とかなる。」と言われたのであれば、不当な取り調べとして、自白調書自体を証拠にできなくしたり、信用性がないとしたりして、争っていく余地が出てきます。
C本件では、自白のキッカケになったのが、ポリグラフ、いわゆる嘘発見器で反応が出たとの説明です。ポリグラフ検査とは、「一般に、心身ともに正常な者が意識的に記憶に反して真実を覆い隠そうとすると、精神的動揺をきたし更に、生理的変化ないし身体的反応を惹起することに着目して、被疑者等の被検者に対し、被疑事実に関係のある質問をして回答させ、その際の被検者の呼吸、血圧、脈搏、皮膚電気反射に現れた反応(生理的変化)を特別の科学的機械(ポリグラフ)の検査紙に記録させたうえ、これを観察分析して被検者の被疑事実に関する回答の真偽あるいは被疑事実に関する認識の有無を判断するもの」(昭和56年7月10日広島高裁判決)とされています。この技術は昭和32年に我が国に導入されましたが、その後、東京高裁で証拠能力が容認され(昭和41年6月30日東京高裁決定)、最高裁でも証拠能力が認められています(昭和43年2月8日最高裁決定)。また、被検者の同意を得て実施した検査は、黙秘権の侵害に当たらないとされています。今日では、ポリグラフ検査の正確度に対する信頼性は、一般に認められていると言えます。このため、検査結果の証拠能力を認めて有罪証拠の一証拠として採用する判例が多くあります(刑事訴訟法321条4号の鑑定経過・結果の書面、あるいは326号書面の同意書面として採用することが考えられます。)ので、ポリグラフ検査自体を、一概に不当なものということはできませんが、一方で、採用した上で信用するかどうか、その証明力については慎重な姿勢が見られますし、被疑者の精神状態を器械によりはかり有力な補強証拠、特に被疑者の自白の事実上強要につながる恐れもありますから、使用については厳格に被疑者に不利益にならないようにしなければなりません。
判例や文献等によると、一般的に検討すべき要件は以下のようなものです。
A 正確に作用する機器を用いており、故障などについても整備が十分であること。
B 使用する担当捜査官が、ポリグラフ利用について十分な経験、技能を有するものによるものであること(機器が適正でも、使用することについて、誤りがあったりしては適正な結果が得られないからです)。
C 質問内容、方法が、適正に行われること(質問方法、内容により被疑者の答えは一変し動揺が生ずる可能性があります。誘導、困惑、強要的質問など被疑者に精神的動揺を与える可能性がある内容、方法は認められないことになります)。
D 被疑者が健康で、意識的に正常であること(突然の任意同行、逮捕など初めての経験、動揺が生じている状態においては、正常な反応は困難であることが窺えます)。
E 検査結果を忠実に記載した書面があること。
あなたは、ポリグラフ利用についてはやむを得ず同意したのだと思いますが(被疑者の自由意思に基づく同意は、ポリグラフ利用の前提条件となります。)、当時ポリグラフを行った当時の捜査官との会話を詳しく復元して、このような要件上の問題について、具体的に検証し弁護人に伝える必要があります。なお、もしポリグラフで本当は反応がなかったにもかかわらず、反応があったと虚偽の説明をしてあなたに自白をさせた場合には、そのことで、自白を証拠とすること自体を争うこともできます。
D今回は、ポリグラフが問題なく利用されて、自白があったとしても、これだけでは、立件が微妙です。あなたを犯人とする物証が何もないからです。たとえば、現金、現金を入れていた保管袋などがあなたの供述から発見されたとなれば、決め手となりますが、あなたは犯人ではありませんから発見は期待できません。そうすると捜査機関としても起訴に踏み切ることに躊躇するでしょう。
3、以上あなたとしては、ポリグラフ反応があるといわれて自白したからといって、あわてたりあきらめたりせず、弁護人と相談し、自白調書やポリグラフ検査結果の証拠能力や信用性を争い、あるいは他の物証の不足を主張する等、無罪の立証を丁寧に主張し、逮捕された場合は早期釈放を求めてください。

≪参照条文 刑事訴訟法≫

第三百二十二条  被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。
2 被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、その供述が任意にされたものであると認めるときに限り、これを証拠とすることができる。
第三百二十一条 4 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。
第三百二十六条  検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。
2 被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、前項の同意があつたものとみなす。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない。

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