法の支配と民事訴訟実務入門(平成20年9月2日改訂)
各論2、公正証書を自分で作成する。強制執行ができる範囲。

質問
 公正証書について知りたいので教えてください。
お金を貸す際に、公正証書を作成しておくと強制執行ができると聞きましたが本当ですか。
また、家を貸す際にも公正証書を作れば明け渡しを強制的に行うことができるのでしょうか。

回答
1 公正証書とは
 公正証書は、公証権限を有する公務員が正規の方式に従って作成した公文書と定義されます。分かりにくいので、ご質問との関係では「公証人が、当事者(貸主、借主)の依頼により金銭消費貸借に関して作成した文書」と考えて下さい。公証人については公証人法に詳しく規定されていますが、法務大臣が、裁判官、検察官を退職した人から法務大臣が任命しているのが実際です。公証人は法務局に所属する公務員で公証役場を設置していますので、近くの公証役場を探せば見つけることができます。裁判所のように管轄があるわけではありませんから自分の都合のよい公証役場を選ぶことができます。
 公正証書について、ご質問との関係で知っておくべきことは、「一定額の金銭の支払いについて」、「支払いについて強制執行されること」が記載された公正証書によって強制執行ができる(民事執行法22条5号)ということです。法律の条文には「金銭の一定の額の支払、又はその他の代替物若しくは有価証券の一定数量の給付を目的とする」請求となっていますから金銭に限定されるわけではありませんが、家の明け渡しについては、特定物ですから公正証書では強制執行はできません。これは、法律でそのように定められているためですが、なぜ法律でそのように定めたかといえば、強制執行という法的な強制の根拠となる権利があるか否かは裁判所が関与している判決等で確認するのが法治国家の大原則であること(憲法76条、司法権の独立、独占の原則。公証人は裁判官ではありませんので事実の認定はできても法律の解釈適用はできないので公的権利確定の権限がありません。公証人法1条1項)、一定の金額の支払い等単純な債務については、公正証書で強制執行を認めても弊害が少ないが、家の明け渡しなどは、一度執行されてしまうと取り返しがつかないことになることが理由とされています。簡潔にいえば債務の内容が複雑な場合はやはり裁判所が権利関係を確認する必要がある、ということでしょう。強制執行をする権利があるか否かを判断するのは本来裁判所の判決に基づくべきですが、すべての案件を裁判所に任せるとすると、裁判所の負担が多くなるため、単純な金銭の支払いに債務等については、公正証書でも強制執行を可能とし、裁判所の負担を減少させるとともに迅速な契約を可能とするのが公正証書の制度の趣旨と理解して良いでしょう。
 公証人の仕事としては、このような公正証書の作成のほか、
@ 私文書の認証(文書の作成について確認しその旨書類上明らかにすることで、会社の定款の認証が典型的な例です。)
A 確定日付の付与(文書の作成日を確認し、その旨書面に記載する)という仕事があります。

2 公正証書の作成
 そこで次に公正証書をどうやって作成するかについて説明します。これまで説明したとおり、公証人は公証役場にいますから、まず公証役場に電話連絡することになります。その際、金銭の貸借について公正証書作成したいことを説明すれば、その場で必要な書類等について説明してくれます。公証人は公務員ではありますが、公証役場には管轄はありませんし、その運営は独立採算制をとっていますから、受付の担当者もお役所仕事とは違う対応をしてくれるはずです。お客様として、気軽に電話をして下さい。必要な書類を質問することや、いつ公証役場に行ったら良いのか電話で問い合わせすることができます。ここで知っておくことは、原則として貸主と借主が一緒に公証役場に行って、公証人の前で公正証書の作成を依頼することが必要とされていることです。もちろん、委任状を持参すれば代理人が公証役場に行くことは可能ですが、間違いのないように借主貸主双方本人が公証役場に行くことが望ましいでしょう。
費用について
 金銭の貸借についての公正証書作成の手数料は貸し付ける金額を基準に次のとおり全国一律に定められています。その他、公正証書の送達という手続きがあります。これは、公正証書を間違いなく貸主借主本人が受け取った、ということを確認する制度ですが、郵便でするのでその費用が必要になります。

(目的の価額) (手数料)
100万円以下 → 5000円
100万円を超え200万円以下 →  7000円
200万円を超え500万円以下 → 11000円
500万円を超え1000万円以下 → 17000円
1000万円を超え3000万円以下 → 23000円
3000万円を超え5000万円以下 → 29000円
5000万円を超え1億円以下 → 43000円

3 金銭消費貸と準消費貸借あるいは債務弁済契約の違いについて
  公証役場に金銭返還の公正証書の作成を依頼する際、法律知識として知っていた方が便利なことがありますので簡単に説明します。
まず、借金を頼まれ、返済することを約束して金銭を貸し渡す契約を金銭消費貸借契約といいます。その際、利息を支払う約束をすることが普通ですが、それは金銭消費貸借契約とは別の契約です。法律上は二つの契約が成立したことになります。金銭消費貸借契約はこのように、お金を貸し渡すことが、契約成立の要件とされこのような契約を要物契約といいます。お金を渡さない場合は金銭消費貸借契約は成立していませんので、公正証書を作成することはできません。ですから、公証人にはお金を渡したことを説明し、明らかにする必要があります。
「お金を新たに貸すのではないが、支払ってくれない。」という場合に公正証書を作成する場合は債務弁済契約あるいは準消費貸借契約という契約になります。たとえば、売掛金が滞納しているという場合、「代金000円を支払う。」という内容の公正証書を作成することになります。このような契約を債務弁済契約といいます。
他に、金銭の支払い債務を借金に変えて新たに契約し、その支払いに利息をつける場合は準消費貸借契約といいます。
このような契約があることを知っていれば、公証人に依頼する際も便利でしょう。

書式(公証役場への依頼FAX)
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    FAX送信票
○○公証役場 御担当者殿
平成○年○月○日
○県○市○町○番地
電話012−345−678
FAX012−345−679
送信者 氏名 ○○○○

債権者 氏名○○○ 住所○○○ 生年月日○○ 職業○○
債務者 氏名□□□ 住所□□□ 生年月日□□ 職業□□

前略 お世話になります。
添付の金銭消費貸借契約を締結予定です。可能であれば、両当事者本人が出頭し、○月○日以降に、貴公証役場にて、公正証書(執行証書)を作成したいと考えております。添付の契約書について、条項案を作成する際に不都合な部分があればご指摘いただきたいと思います。日程調整について御返事頂きたくお願い申し上げます。当日持参するものは、両当事者の運転免許証と三文判のみで宜しいでしょうか。当日持参すべき費用の概算も事前にお知らせ頂けますようお願い申し上げます。以上よろしくお願い申し上げます。
草々
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書式(金銭消費貸借契約書)
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金銭消費貸借契約書

甲(貸主)と乙(借主)とは、本日、次の通り、金銭消費貸借契約を締結した。

第1条(契約内容)
  貸付金額 金○○円
利息   年率○○パーセント
損害金  年率○○パーセント
弁済期  ○年○月○日
第2条(担保)
  乙は本契約の担保として、次のものを差し入れる。

不動産担保権(抵当権)
    土地 所在 ○県○市○町
       地番 ○○
       地目 宅地
       地積 ○○平米
人的担保
連帯保証人  住所 ○県○市○町○○番地
       氏名 ○○○○

第3条(金銭の交付)
甲は、乙から差し入れられた前条の登記申請必要書類及び保証人の印鑑証明書付き保証書と引き換えに、金○○円を乙に交付し、乙はこれを受領した。
第4条(期限の利益喪失)
乙が破産・民事再生・負債整理を行い、又は、資産状態に重大な変化が生じた場合は、第1条の期限の定めに関わらず、乙は期限の利益を喪失し、残額を一度に支払う。
第5条(強制執行認諾)
  乙は、本契約の支払いを1日でも遅れた場合は、強制執行に服する旨認諾した。
第6条(専属的合意管轄裁判所)
  甲乙は、本契約に関して万一紛争が生じた場合の第一審の管轄裁判所を東京地方裁判所と定めた。
以上の通り契約したので、本合意書2通を作成し、甲乙各1通を所持することとした。
平成○年○月○日
甲:住所

  氏名

乙:住所

  氏名

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4 尚、公正証書で強制執行できない土地建物の明け渡しについては両当事者の合意により即決和解制度を利用する場合がありますが詳細については新銀座法律事務所ホームページ、事例集NO741号を参照してください。

≪条文参照≫
憲法
第七十六条  すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
○2  特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
○3  すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される

公証人法
第一章 総則
第一条  公証人ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ嘱託ニ因リ左ノ事務ヲ行フ権限ヲ有ス
一  法律行為其ノ他私権ニ関スル事実ニ付公正証書ヲ作成スルコト
二  私署証書ニ認証ヲ与フルコト
三  会社法 (平成十七年法律第八十六号)第三十条第一項 及其ノ準用規定ニ依リ定款ニ認証ヲ与フルコト
四  電磁的記録(電子的方式、磁気的方式其ノ他人ノ知覚ヲ以テ認識スルコト能ハザル方式(以下電磁的方式ト称ス)ニ依リ作ラルル記録ニシテ電子計算機ニ依ル情報処理ノ用ニ供セラルルモノヲ謂フ以下之ニ同ジ)ニ認証ヲ与フルコト但シ公務員ガ職務上作成シタル電磁的記録以外ノモノニ与フル場合ニ限ル
   第二章 任免及所属
第十三条  裁判官(簡易裁判所判事ヲ除ク)、検察官(副検事ヲ除ク)又ハ弁護士タルノ資格ヲ有スル者ハ試験及実地修習ヲ経スシテ公証人ニ任セラルルコトヲ得
   第三章 職務執行ニ関スル通則
第十七条  公証人ノ職務執行ノ区域ハ其ノ所属スル法務局又ハ地方法務局ノ管轄区域ニ依ル
第二十五条  公証人ノ作成シタル証書ノ原本及其ノ附属書類、第五十八条ノ二第四項ノ規定ニ依リ公証人ノ保存スル証書及其ノ附属書類、第六十二条ノ三第三項ノ規定ニ依リ公証人ノ保存スル定款及其ノ附属書類並法令ニ依リ公証人ノ調製シタル帳簿ハ事変ヲ避クル為ニスル場合ヲ除クノ外之ヲ役場外ニ持出スコトヲ得ス但シ裁判所ノ命令又ハ嘱託アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス
○2 前項ノ書類ノ保存及廃毀ニ関スル規程ハ法務大臣之ヲ定ム
   第四章 証書ノ作成
第三十六条  公証人ノ作成スル証書ニハ其ノ本旨ノ外左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
一  証書ノ番号
二  嘱託人ノ住所、職業、氏名及年齢若法人ナルトキハ其ノ名称及事務所
三  代理人ニ依リ嘱託セラレタルトキハ其ノ旨並其ノ代理人ノ住所、職業、氏名及年齢
四  嘱託人又ハ其ノ代理人ノ氏名ヲ知リ且之ト面識アルトキハ其ノ旨
五  第三者ノ許可又ハ同意アリタルトキハ其ノ旨及其ノ事由並其ノ第三者ノ住所、職業、氏名及年齢若法人ナルトキハ其ノ名称及事務所
六  印鑑証明書ノ提出其ノ他之ニ準スヘキ確実ナル方法ニ依リ人違ナキコトヲ証明セシメ又ハ印鑑若ハ署名ニ関スル証明書ヲ提出セシメテ証書ノ真正ナルコトヲ証明セシメタルトキハ其ノ旨及其ノ事由
七  第三十二条第二項但書ノ場合ハ其ノ旨及其ノ事由
八  急迫ナル場合ニ於テ人違ナキコトヲ証明セシメサリシトキハ其ノ旨
九  通事又ハ立会人ヲ立会ハシメタルトキハ其ノ旨及其ノ事由並其ノ通事又ハ立会人ノ住所、職業、氏名及年齢
十  作成ノ年月日及場所
第四十四条  嘱託人、其ノ承継人又ハ証書ノ趣旨ニ付法律上利害ノ関係ヲ有スルコトヲ証明シタル者ハ証書ノ原本ノ閲覧ヲ請求スルコトヲ得
○2 第二十八条第一項及第二項、第三十一条並第三十二条第一項ノ規定ハ前項ニ依リ公証人証書ノ原本ヲ閲覧セシムヘキ場合ニ之ヲ準用ス
○3 公証人嘱託人ノ承継人ニ証書ノ原本ヲ閲覧セシムヘキ場合ニ於テハ承継人タルコトヲ証スヘキ証書ヲ提出セシメ其ノ承継人タルコトヲ証明セシムヘシ
○4 検察官ハ何時ニテモ証書ノ原本ノ閲覧ヲ請求スルコトヲ得
第四十七条  嘱託人又ハ其ノ承継人ハ証書ノ正本ノ交付ヲ請求スルコトヲ得
第五十条  公証人証書ノ正本ヲ交付シタルトキハ其ノ証書ノ末尾ニ嘱託人又ハ其ノ承継人何某ノ為正本ヲ交付シタル旨及其ノ交付ノ年月日ヲ記載シ之ニ署名捺印スヘシ
第五十一条  嘱託人、其ノ承継人又ハ証書ノ趣旨ニ付法律上利害ノ関係ヲ有スルコトヲ証明シタル者ハ証書又ハ其ノ附属書類ノ謄本ノ交付ヲ請求スルコトヲ得
○2 第二十八条第一項及第二項、第三十一条、第三十二条第一項並第四十四条第三項ノ規定ハ前項ニ依リ公証人証書ノ謄本ヲ作成スヘキ場合ニ之ヲ準用ス
第五十三条  証書ノ謄本ハ其ノ一部ニ付之ヲ作成スルコトヲ得
○2 前項ノ謄本ニハ抄録謄本タルコトヲ記載スヘシ
第五十四条  前二条ノ規定ハ証書ノ附属書類ノ謄本ノ作成ニ之ヲ準用ス
第五十七条ノ二  民事執行法 (昭和五十四年法律第四号)第二十二条第五号 ニ掲グル債務名義ニ付テハ其ノ正本若ハ謄本又ハ同法第二十九条 後段ノ執行文及文書ノ謄本ノ送達ハ郵便又ハ最高裁判所規則ノ定ムル方法ニ依ル
○2 郵便ニ依ル送達ハ申立ニ因リ公証人之ヲ為ス


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