新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1845、2018/10/06 17:53 https://www.shinginza.com/qa-seikyu.htm

【民事、留置物に関する旧所有者からの使用承諾と新所有者からの留置権消滅請求、最一小判平成9年7月3日民集51巻6号2500頁、大判昭和14年8月24日大民集18巻877頁、大判昭和18年2月18日大民集22巻91頁】

建築請負代金の請求


質問:
 私は、事務所建物の建築を請け負って完成させましたが、請負代金の全額の支払いを受けることができていません。請負代金は三分割とし、契約時に1000万円、棟上げ時に1000万円、引渡し時に1000万円としました。
 最後の1000万円については、500万円しか支払いを受けられなかったのですが、1か月待ってもらえれば支払えるという注文者の言葉を信じ、建物の保存登記がなされました。しかし、3か月経っても支払いの目途が一向に立たないので、注文者と話し合って賃貸に出し、賃料収入を未払い請負代金に充当することにし支払いを待つことになりました。
 しかし、それでも一向に支払いの目途は立たず、そうこうしているうち、注文者は、土地、建物を売却して、所有権の移転登記までしてしまいました。支払いが追いつかず、売却するしかなかったようです。ただ、この売却代金は全額、他の債権者への支払いに充てられてしまったので、私は支払いを受けることができませんでした。
 新所有者は当初、注文者がこれから得る収入で、比較的短期に私の請負代金の支払いを済ませられるということで買受けたようなのですが、当初の予定どおり収入が得られず、請負代金の支払いが一向に終わらないことに痺れを切らし、最近、私と賃借人に対して、現在の所有者は自分であるし、そもそも自分は賃貸を許可していない、いい加減明け渡して欲しい、と言うようになって来ました。
 私としては、請負残代金の支払いが受けられない以上、このまま賃料収入を得続けることで回収を図りたいと思っているのですが、やはり新所有者からの明渡しに応じなければならないのでしょうか?



回答:
1 ご相談の場合、建物所有権は注文者から買い取った人に移転していると考えらえます。
建物の建築工事を請け負って完成した場合、建物の所有権が注文者か請負人のどちらに帰属するかについては、ケースバイケースで異なりますが、注文者の保存登記を請負人が了承し、さらに所有権移転登記がなされているということですから、建物所有権は注文者が取得し、売買により譲渡され買主が現在の所有者となっていると考えられます。

2 建物を買い取った人は所有権に基づいて、建物の引き渡しを請求しているわけですから、あなたにこの要求を拒否する権利があるか問題になりますが、あなたには留置権が成立しており、事務所及び敷地の明渡しを拒むことが可能です(民法295条)。
 問題となるのは事務所とその敷地の所有権が新所有者へ譲渡されていますが、その後も賃貸を続けており、あなたはこの新所有者から賃貸についての承諾は得ていない状況です。留置権者は、債務者の承諾を得た場合に限って留置物を賃貸することが出来るのですが、新所有者の承諾を得ていないことから、新所有者が留置権の消滅を請求できるのではないか問題となります(298条2項、3項)。
 ご相談のケース類似の事案において、最高裁は、「留置物の所有者が譲渡等により第三者に移転した場合において、右につき対抗要件を具備するよりも前に留置権者が民法二九八条二項所定の留置物の使用又は賃借についての承諾を受けていたときには、留置権者は右承諾の効果を新所有者に対し対抗することができ、新所有者は右使用等を理由に同条三項による留置権の消滅請求をすることができないものと解するのが相当である。」(最一小判平成9年7月3日民集51巻6号2500頁)と判示しており、ご相談のケースにおいても同様に、新所有者からの留置権の消滅請求は認められず、あなたの留置権による事務所とその敷地の明渡しの拒絶は認められることになると解されます。
 ただ、敷地に関しても明渡しの拒絶が認められるのは、事務所に関しての留置権の反射的効果としてであり(大判昭和14年8月24日大民集18巻877頁参照)、敷地を占有したことによる利得は、不当利得として返還しなければならないと解されます(703、704条。大判昭和18年2月18日大民集22巻91頁参照。)。公平の観点からみても、土地建物の買主は、占有状態から賃貸関係を知りうる立場にあり、他方、留置権者、建物賃借人は、承諾という適正な手続きにより占有関係を得ているので保護の必要性が高く判例の判断は妥当であると思われます。


解説

1 留置権の成立

 (1)あなたとしては、留置権という権利の主張が考えられ状況です。留置権とは、他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる権利のことをいいます(民法295条1項本文)。
    この留置権は、当事者の公平の原則から認められる法定担保物権であり、質権や抵当権のように当事者間の担保権設定契約によることを要せず、民法その他の法律により当然に成立する担保物権です。
    例えば、甲が修理屋乙に腕時計の修理を依頼し、乙は腕時計の修理をしたので修理代金の請求をしたが甲が支払わないという場合、乙は甲から修理代金の支払いを受けるまで、甲の腕時計の引渡しを拒絶することができるということです。
    この具体例における修理代金を被担保債権といいます。

 (2)留置権の成立要件として、a他人の物を占有していること(295T本文)、bその物に関して生じた債権を有すること(295T本文)、cその債権が弁済期にあること(295Tただし書き)、d占有が不法行為によって始まった場合ではないこと(295U)が求められます。
    本件で留置権の対象となるのは、建築した建物です。建物の請負工事により新築された建物の所有者が誰なのか、理論的に議論がありますし、請負代金の支払い状況により結論が異なりますが、一般的には注文者が建物完成時に原始的に所有権を取得するものとして扱われます。本件の場合保存登記も注文者名義で完了しているということですから、建物所有者は注文者であり、請負人にとっては「他人のもの」といえます。また、ご相談のケースにおいては、賃貸に出してしまっており、占有が失われていると思われるかもしれませんが、民法302条は、そのただし書きにおいて、債務者の承諾を得て、留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、留置権は消滅しないとしていますから、貸し出していても留置権は消滅しません。
    更に、あなたは無断で賃貸に出した訳ではなく、建物の所有者であった注文者から事務所の使用収益についての全面的な承諾を得て事務所を賃貸に出していますから、留置権は消滅していません。また、賃貸人というのは賃借人を通じて占有をする者です。この賃貸人の占有を間接占有といい、これとの対比で賃借人の占有を直接占有といいます。
    よって、あなたは占有を失っている訳ではありません。
    さらに、そのものによって生じた債権を有することという要件についても、被担保債権は、事務所建物の建築についての請負代金であり、正にその物に関して生じた債権といえます。そして、あなたは、当初の弁済期である引渡し時から1か月支払いを猶予していますが、その期間も経過しているのですから、債権が弁済期にもあります。特に不法行為に該当するような事情もありません。
    したがって、ご相談のケースでは、留置権が成立していると解されます。

2 留置権の効力

(1) 留置権の効力の一つとして、留置的効力というものがあります。これは、目的物の引渡しを留置して拒み、債務者に心理的プレッシャーを与えて債務の弁済を促す効力のことをいいますが、留置権の本質ともいうべき効力です(留置権は債権の履行を担保するための権利ですが、抵当権のように交換価値を把握するものではありません。担保物を留置することにより権利の履行を受けることしかできない権利です)。
    このほか果実収取権(297条)という権利もあります。留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立って、これを自己の債権の弁済に充当することができるとされています(297条1項)。
    なお、民法上、被担保債権の弁済に充当「できる」と規定されており、弁済に充当しても、しなくても良いように読めるのですが、弁済に充当しなければならないと解されています。
    ここで、果実について少しご説明しておきますと、果実には天然果実と法定果実とが存在します(88条)。天然果実の具体例としては、牛乳、卵、野菜、石炭などが挙げられます。法定果実の具体例としては、家賃や利息が挙げられます。家賃は法定果実ですから、当然留置権が及ぶはずですが、賃貸にするには債務者の承諾が必要とされています。使用、賃貸することにより、物が劣化することが予測されますから、賃貸には債務者の同意が必要とされています。
    ご相談のケースでは、あなたは所有者である注文者から使用収益についての全面的な承諾を受けて事務所を賃貸に出し、賃料を得続け、請負代金の回収を図りながら、注文者からの支払いを待っていますが、これは、留置権の果実収取権に基づいて家賃という果実を収取し、請負残代金債権の弁済に充当しているという状況ということになります。

3 留置権消滅請求

 (1)ご相談のケースではその後、建物の所有権は、注文者の売却により、新所有者へと移転しています。あなたは、新所有者からは特に賃貸についての承諾を得ていないようですが、そのまま賃貸を継続していますのでまずこの点が問題です。
    民法298条は1項において、留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならないとし、2項において、留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができないとし、3項において、留置権者が前二項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができます。
    いわゆる善管注意義務に違反した占有を行った場合、債務者の承諾を得ないで賃貸等を行った場合に、当然に留置権が消滅する訳ではなく、留置権を消滅させたい場合には消滅請求がなされる必要があります。
    もっとも、この留置権消滅請求は、上記の違反行為が終了したか否か、その違反行為によって損害が生じたか否かを問うことなく、違反行為があったことのみによってなすことが可能な権利です。判例もありますので、ご紹介しておきます。
    「民法二九八条三項の法意に照らせば、留置権者が同条一項および二項の規定に違反したときは、当該留置物の所有者は、当該違反行為が終了したかどうか、またこれによって損害を受けたかどうかを問わず、当該留置権の消滅を請求することができるものと解するのが相当である。」(最二小判昭和38年5月31日民集17巻4号570頁)

 (2)ただ、民法298条3項は、「債務者」は留置権の消滅を請求することができる、と規定しており、事務所の新所有者は、留置権の被担保債権である請負残代金債権の債務者ではありません。この「債務者」に所有者も含まれるかが問題となります。
    この点、最高裁判例は、以下のように判示して、所有者も留置権消滅請求を行使し得るとしました。
    「留置権者が民法二九八条一項および二項の規定に違反したとき、その留置物の第三取得者がある場合は、第三取得者である所有権者も同条三項により留置権の消滅請求を行使し得ると解するを相当とする(昭和三三年(オ)第五二七号同三八年五月三一日第二小法廷判決民集一七巻四号五七〇頁参照)。」(最一小判昭和40年7月15日民集19巻5号1275頁)

 (3)所有者が留置権消滅請求をなし得る者だとしても、あなたは当時事務所の所有者であった注文者から、事務所の使用収益について全面的な承諾を得ていますが、新所有者からは承諾を得ていません。そこで新所有者は、あなたの賃貸を理由とした留置権の消滅請求をすることができるのかが問題となります。
    この点、ご相談類似の事案において、最高裁は以下のように判示しました。
    「留置物の所有者が譲渡等により第三者に移転した場合において、右につき対抗要件を具備するよりも前に留置権者が民法二九八条二項所定の留置物の使用又は賃借についての承諾を受けていたときには、留置権者は右承諾の効果を新所有者に対し対抗することができ、新所有者は右使用等を理由に同条三項による留置権の消滅請求をすることができないものと解するのが相当である。
    原審の適法に確定した事実関係等によれば、Y会社は、Aに対する係争建物の建築請負残代金債権に関し、同建物につき留置権を有し、Xが右建物の所有権を取得する原因となった不動産競売が開始されるよりも前に、Aからその使用等について包括的な承諾を受けていたというのであるから、Xに対し、右建物の使用及び右競売開始後に第三者に対してした賃貸を対抗することができるものというべきである。そうすると、Y会社による右建物の使用及び賃貸を理由とするXの留置権の消滅請求の主張は採用することができず、Xの本件建物の所有権に基づく明渡請求に対するY会社の留置権の抗弁は理由があり、原審の判断は、右と同旨をいうものとして、是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものであって、採用することができない。」(最一小判平成9年7月3日民集51巻6号2500頁)。
    このように判示して、新所有者からの留置権の消滅請求を否定しました。これは、留置権の使用、賃貸などについての承諾も、留置物についての債務者の処分行為の一つであると解して、この承諾をすることは、その留置物についての処分権限の帰趨と一種の対抗関係に立つこととなるとの考え方を採ったということです。難しい言い方をしましたが、ご相談のケースで置き換えていうと、つまりは、旧所有者であった注文者のあなたへの承諾と、新所有者への所有権移転登記の先後によって勝敗を決する、ということです。
    このような結論を採ったのは、留置権者が留置物の旧所有者から承諾を得て、賃貸等をすることで被担保債権の回収を図っていたところ、留置物の所有権が移転されることで、留置権の消滅請求が可能となってしまうのは、留置物の所有権の移転について常に知り得る立場にない留置権者にとってあまりに酷であること、又、善意、無過失の建物賃借人の保護にも欠けることになり妥当性を欠きます。他方、買主は、建物の占有状態を知りうる状況にありそのほほの必要性は低いといえます。さらに留置権者に賃貸等を認めた方が、被担保債権の回収が進み、新所有者が留置権の負担から早期に免れることが可能となることが挙げられます。

 (4)ご相談のケースでは、新所有者から明確に留置権の消滅請求がなされてはいないものの、それに当たり得るものとして新所有者は「自分は賃貸を許可していない、いい加減明け渡して欲しい」と述べて来ています。
    しかし、あなたは、事務所の旧所有者である注文者から、その使用収益についての全面的な承諾を受けて賃貸をし、その後、事務所の所有権が移転され、その移転登記がなされたというのですから、新所有者からの留置権の消滅請求は認められず、あなたの留置権は消滅しないということになります。
    したがって、あなたは請負残代金の全額の弁済がなされるまでは、事務所を明け渡す必要はなく、このまま家賃を得ることで請負残代金の回収を図ることが可能となります。

 (5)今回、直接のご相談内容とはなっていませんが、土地に関しても問題が生じるところです。つまり、あなたが留置権に基づくものとはいえ、事務所を占有することで、新所有者は土地(建物の敷地)の使用もできない状況にあります。建物に関する留置権の反射的効果として、その敷地の明渡しをも拒むことができると解されているのですが(大判昭和14年8月24日大民集18巻877頁参照)、敷地を占有したことによる利得は、建物の果実ではありませんから、不当利得として返還しなければならないとも解されています(703、704条。大判昭和18年2月18日大民集22巻91頁参照。)。
    したがって、あなたは事務所もその敷地も新所有者に明渡しを拒むことは可能なのですが、敷地についてはその使用利益を不当利得として返還しなければならない状況にあると考えられます。不当利得となるのは、土地の利用分ですから借地における地代相当額、例えば土地の固定試案税等租税公課の3倍程度の金額となるでしょう(承諾をした債務者との関係では、土地の利用も了承しているといえますから不当利得とはならいないと考えられます)。現在は、新所有者からその点のことは何も言われてはいないようですが、今後言われないとも限りません。お近くの法律事務所へご相談なさることをお勧めいたします。


<参照条文>
民法
(天然果実及び法定果実)
第八十八条 物の用法に従い収取する産出物を天然果実とする。
2 物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物を法定果実とする。
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
(留置権の内容)
第二百九十五条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
(留置権者による果実の収取)
第二百九十七条 留置権者は、留置物から生ずる果実を収取し、他の債権者に先立って、これを自己の債権の弁済に充当することができる。
2 前項の果実は、まず債権の利息に充当し、なお残余があるときは元本に充当しなければならない
(留置権者による留置物の保管等)
第二百九十八条 留置権者は、善良な管理者の注意をもって、留置物を占有しなければならない。
2 留置権者は、債務者の承諾を得なければ、留置物を使用し、賃貸し、又は担保に供することができない。ただし、その物の保存に必要な使用をすることは、この限りでない。
3 留置権者が前二項の規定に違反したときは、債務者は、留置権の消滅を請求することができる。
(占有の喪失による留置権の消滅)
第三百二条 留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。ただし、第二百九十八条第二項の規定により留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、根限りでない。
(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
(悪意の受益者の返還義務等)
第七百四条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。


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