漁業法違反の弁護活動
刑事|漁業法の制度趣旨|漁業法違反と不起訴処分の方法と対策
目次
質問:
私は,東北地方のある町で公務員をしております。先日,海に釣りに行ったところ,何の気なしに,持ち帰って自宅で食べるため,いくつかサザエを採捕してしま いました。サザエを採捕しているところで警察官の方に見つかり,その場で写真撮影の上でサザエを海に返してから,任意同行され,漁業法違反の被疑事実にて,取 り調べを受けました。取り調べにおいて,サザエについて当地漁業の漁業権が及んでいる,との説明を受けました。
正直なところ,漁業法という法律自体を知らなかったのですし,サザエを採ってはいけないという看板が近くにあったそうなのですが,気づきませんでした。た だ,私が行ってしまった行為が,法律に違反しているということであれば,率直に申し訳ないと思っております。公務員ですので,刑事処分や職場での処分が心配で す。今後どうなるのでしょうか。
回答:
1 漁業権は,都道府県知事に漁業権を付与することを申請し,免許が付与されることで認められる権利です(漁業法10条)。いかなる海産物に,漁業権が設定 されているかは,地域によって異なるところではありますが,漁業権は,漁業生産力を発展させ漁業の民主化を図るために設定されるものですから(漁業法1条), その地域で良く採捕される海産物については,漁業権が設定されている可能性が高いと言えます。
サザエについて漁業権が及んでいるのであれば,サザエを採捕することは,漁業協同組合が有する漁業権を侵害することになりますので,漁業法143条1項に より,20万円以下の罰金刑に処される可能性があります。本法律の制度趣旨ですが、漁業組合が有する漁業権の経済的保護と同時に海洋資源全体の保護と漁業の民 主化という社会的法益も含まれています。なお,漁業法を知らなかったとしても,そのことを理由に処罰されない,ということはありません(刑法38条3項本 文)。
2 漁業法143条1項違反の罪は,親告罪(同法2項)ですので,当該海域の漁業協同組合との間で示談が成立し,告訴を取り下げてもらえれば,処罰されるこ とはありません。親告罪とした理由ですが、器物損壊罪と同様に軽微な罪なので被害者の意思を尊重したと考えられます。また,示談が成立しないとしても,その制 度趣旨から贖罪寄付を行い、又は漁業協同組合に対して寄付をしたり,損害賠償金の供託をするなどして,不起訴処分を狙える可能性も十分あります。
3 いずれにせよ,まずは漁業協同組合に接触し,示談交渉を開始する必要がございますので,示談交渉に長けた弁護士に依頼することを推奨いたします。
4 本罪は、迷惑防止条例などと同様に社会的法益も含まれることから検察官によっては示談だけでは不起訴に出来ないという場合がありますので、最悪、告訴取 消が必須となる場合もあります。行業組合側との交渉の方法は、被害の回復、謝罪に加えて本法律の制度趣旨から、海洋資源の保護という趣旨を強調し例えばサザエ の増殖のためこの寄付金(20万円)を利用してくださいという説得も考えられます。その上で告訴取消のお願いです。要は、誠心誠意組合長に制度趣旨からお願い することです。組合によっては関心を示す場合もありますので意外に道が開けるかもしれません。
5 本罪と窃盗罪の関係ですが軽微な漁業資源の侵害(懲役はなく罰金額の上限は20万円です。)は法条競合と考えられます。すなわち漁業法違反のみが成立し ます。
6 漁業法に関する事例集2049番、1755番、1411番、1266番番等を参照してください。
7 その他漁業法に関する関連事例集参照。
解説:
1 漁業権侵害
漁業権の具体的な内容は,①定置漁業権(大型の網などを設置する漁法に関する漁業権),②区画漁業権(養殖業等に関する漁業権),③共同漁業権(その他の 一定の海産物ないし漁法に関する漁業権)の三種類となります(漁業法6条)。いずれの権利も,それぞれ都道府県知事に申請し,免許を付与されることで設定され ることとなります(漁業法10条)。サザエやアワビといった貝類は,共同漁業の中の「第一種共同漁業」の対象であり(漁業法6条5項1号),免許付与の際に漁 場の区域も合わせて定められています。共同漁業権の場合,漁業協同組合または漁業協同組合連合会が免許付与の適格性を有しておりますので(漁業法14条8 項),共同漁業権を有しているのは,原則として漁業協同組合となります。
漁業権は,漁業生産力を発展させるために設定されるものですから,サザエが良く捕れる海域では,サザエを対象とした漁が営まれているのが通常であり,多く の場合,その地域の漁業協同組合による共同漁業権の漁場となっている可能性が高いと言えるでしょう。
漁業権の設定については,免許漁業原簿に登録され(漁業登録令1条,8条1項),誰でも閲覧を請求すれば,免許漁業原簿を閲覧することができます(同令 10条1項)。どの海産物に漁業権が及んでいるかについて,正確に把握するためには,免許漁業原簿を閲覧することが必要になります。
相談者のケースですと,サザエについて,漁業権が及んでいるとのことですから,相談者が,サザエを採捕した行為は,その漁場で漁業権を有している漁業協同 組合の漁業権を侵害しており,漁業法143条1項に該当する行為であると言えます。
なお,刑法38条3項本文は,「法の不知は許さず」という法諺を条文化したもので,違法性を意識していなくとも処罰される,という条文です。そのため,漁 業法を知らず,違法性の意識がなかったため,犯罪が成立しない,ということにはなりません。他方、サザエを採取していたのではなくゴミを拾っていた、ということであれば事実的故意を欠くことになりますので、犯罪は成立しないことになります。
2 示談交渉の必要性
漁業法143条1項は,親告罪ですので,告訴がなされないか,あるいは告訴が取り下げられれば(刑事訴訟法237条1項),あなたが処罰されることはあり ません。そのため,あなたが不起訴処分になるためには,まず示談交渉を行い,漁業協同組合に対して,告訴をしないか,取り下げてもらうかする必要があります。
漁業協同組合は,公益的性格を有して法人であり(水産業協同組合法1条,同法5条),水産資源の管理及び水産動植物の増殖を事業内容としていることもあり (同法11条1号),漁業法違反行為に対しては,一律に告訴をしている,という運用をしている漁業協同組合もございます。その場合には,告訴権放棄,あるいは 告訴の取消を内容とする示談を成立させることは難しいと言えますが,あなたが真摯に反省をした旨を示す反省文を書き,漁業協同組合に反省の意思を明確に示すな どして,他の漁業法違反とは異なり,本件限りで示談をしていただけないかとお願いした上,粘り強く示談交渉をすることになります。示談交渉に際し、被疑事案の サザエ数個という被害品の経済的価値に着目して大した被害ではないという認識で臨むべきではありません。前述の通り漁業権は、国の水産資源の管理維持と、漁業 者の生活権を守るための重要な権利であるという認識が必要です。
仮に,どうしても,示談に応じて頂けない場合には,以下の通り,寄付金の交付や供託をしていくことになります。また,示談に応じて頂けない場合であって も,本件を職場に知られることを回避するため,被疑者の情報を漁業協同組合から外に漏らすことがないよう,漁業協同組合との間で約束を取り交わすことが必要に なります。
3 寄付金の交付
仮に,漁業協同組合が,一律に告訴をしている運用であるため,示談に応じることはできないとした場合には,漁業協同組合に対し,寄付をすることができな いか,というお願いをすることになります。
漁業法は,漁業生産力を発展させることを目的とし(漁業法1条),漁業権とは,漁業を営む権利です(漁業法6条)。そこで,当該海域の漁業協同組合に対 し,水産資源の放流などのために寄付をすることで,漁業権侵害の違法性の実質を減少させるとともに,漁業生産力の回復を図ることができ,有利な情状事実になる と言えます。
漁業協同組合によっては,上述のとおり,一律に告訴をする,という運用をしている漁業協同組合もあり,その場合,示談を成立させることは難しいと言えま す。しかしながら,漁業協同組合の中には,水産資源の養殖・放流のため,広く寄付金を募っている漁業協同組合もあり,その場合には,寄付をするということを認 めてもらえる場合がございます。
寄付金を募っている漁業協同組合であっても,漁業法違反を行ってしまったあなたから,寄付金を受領することを躊躇うこともあるかと思われます。そこで, あなたがしてしまった行為は,水産資源の減少につながる行為なので,水産資源の回復につながるような活動をしたいなどと,丁寧に漁業協同組合に説明する必要が あります。
本来は、寄付金を支払って示談してもらうというのが目的ですが、漁業組合としては、示談はしないが寄付金は受け取るという対応も考えられます。真摯な反 省ということからは、示談できなくても寄付金は支払うという対応が必要です。
寄付金の金額については,漁業法違反による罰金刑が,20万円以下と規定されておりますので(漁業法143条1項),20万円以上とするべきです。漁業 権侵害によって生じた損害は,無形的な損害であるため,その算定は困難ですので,罰金刑として国に対して支払うであろう金額以上の金額を,寄付金として漁業協 同組合に交付し,漁業協同組合の活動に役立ててもらう,という考えから,罰金刑を基準とすることになります。
また,贖罪寄付をすることも考えられます。贖罪寄付とは,被害者なき犯罪や保護法益に公益が含まれる犯罪について,反省の意思を示すため,寄付をする行 為をいいます。漁業法の目的は,「漁業生産力を発展させ」ることにありますから(漁業法1条),保護法益に公益を含むものであると言えます。そこで,漁業協同 組合に対する寄付とは別途に贖罪寄付をすることによって,反省の意思を示すことができ,有利な情状事実として主張することができます。漁業組合が寄付金を拒否 する場合は、贖罪寄付ということになりますが、漁業組合が寄付金を受け取る場合も贖罪寄付をしておく方がより不起訴となる可能性が高くなりますので、検討すべ きです。
4 供託
仮に,漁業協同組合が,示談に応じることもできず,寄付金も受領することができない旨回答された場合には,漁業協同組合に対し,漁業権侵害による損害賠 償金の供託手続を行うという方法があります。
漁業権侵害の被害者は,漁業協同組合ですので,漁業協同組合は,あなたに対し,民事上,漁業権の侵害による損害賠償請求権を有していると言えます。そこ で,損害賠償債務の履行として金員を現実に提供したものの,受領することを拒否されたとして,供託をすることになります。供託をすることによって,漁業権侵害 の実質的な違法性を減少させることになり,有利な情状事実になると言えます。
供託の金額については損害賠償金ということですと、取ったサザエの時価相当額になりますが、謝罪の意味を含めて寄付金と同様の金額を供託したほうがいで しょう。
5 検察官との交渉
仮に,漁業協同組合との間で,示談が成立しない場合には,上記の通り,寄付や供託などをした上,あなたを不起訴処分とするよう,検察官と交渉することに なります。
検察官との交渉では,寄付や供託などをしたことに加え,採捕したサザエの量が少なく,犯行態様の悪質性が低いこと,サザエの採捕が自己使用目的であった ため,動機の悪質性が低いこと,サザエを海に返していることから,水産資源へのダメージは実質的になく,犯行結果も軽微であること,本件犯行を真摯に反省して いること,看板の存在に気づいておらず,違法性の認識の程度が低いことなど,有利な情状事実を主張し,不起訴処分を獲得することを目指すことになります。
以上