No.1709|公務員の犯罪・懲戒免職・退職撤回問題

 

公務員の横領事件|刑事手続および懲戒処分への対応

刑事|業務上横領罪・虚偽公文書作成罪の起訴前弁護、不起訴処分の可能性と手続

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私は市役所にて地方公務員をしている者です。担当する業務は事務職で、市役所内における事務用品の購入や、市役所の修繕が必要となった場合に業者に修理を依頼するといったことを内容としています。

今回、私は、私的に購入した事務用品を市役所名義で領収書を発行してもらい、商品相当額の金銭を取得してしまいました。また、市役所の予算は項目ごとに目安が決まっているのですが、特定の箇所の修理費用が大幅に予算を超えてしまったため、別の個所の修理を行ったものとして項目を付け替え、その修理業者に対して、その別の個所の修理を行う旨の虚偽の発注書(役所名義)を作成してしまいました。これらの行為については経理を通じて発覚し、市役所の上司からは、業務上横領罪、有印公文書偽造罪(広義の意味の偽造罪)に当たるのではないかという指摘がありました。

私は今後どのようになってしまうのでしょうか。弁護士を立てて、何かしらの活動を行った方が良いのでしょうか。

回答

1 お伺いした事情につき、事務用品相当額の金銭の取得は業務上横領罪、別の個所への修理費用の付け替えに関する発注書の作成は有印虚偽公文書作成罪が成立する可能性が高いといえます。これらの法定刑はいずれも重いものであり、特に公文書偽造は公文書ないし公務員に対する信用の失墜の程度が大きいものとされており、原則として公判請求(公開の裁判における刑事裁判)がされ、懲役刑判決となる可能性が高いでしょう。また、職場である市役所から地方公務員法ないし懲戒処分規則に基づいて懲戒処分がなされ、懲戒免職という重い処分がなされる可能性が十分に想定されます。

2 本件は虚偽公文書作成という一般的には被害者がいない類型ですが、金銭的な損害及び社会に対する信頼失墜ということで、勤務先である市役所が実質的な被害者と評価できます。また、発注書の相手方である業者も市役所からの事情聴取などで業務上の損害を被っているといえるでしょう。したがって、市役所ないし業者との示談交渉が、刑事処分の重さを決める上で極めて重要な地位を占めますので、これを行うことが必要不可欠といえます。

市役所に対しては、本件を刑事告訴(告発)しないように円満かつ早急に示談をまとめる必要があるでしょう。下記の刑事処分の結果が不起訴処分など軽いものであるなど、有利な事情を積み重ね主張していけば、停職処分に留めたり自主退職を承認するなど、免職処分を回避できる可能性は十分にあります。

3 仮に本件が刑事告訴されてしまった場合には、捜査機関(検察庁)に対して不起訴処分とするように交渉を行う必要があります。上記のとおり示談交渉の経過(理想は刑事処分前に成立していること)を詳細に説明し、また被害事実が軽微であること、その他本人が反省していることなどを伝え、何とか不起訴処分にするように交渉を行うことになります。捜査機関との交渉次第では、示談などの事情を十分に考慮の上、不起訴処分(起訴猶予)になることも大いにあり得るところです。

いずれにせよ、早期の交渉開始が重要となりますので、お困りの場合にはお近くの弁護士に相談されることを強くお勧めします。

解説

第1 現在置かれている法的な地位

1 成立する犯罪

まず、前提として、あなたが現在置かれている法的な地位について説明します。あなたは市役所の上司から業務上横領、有印公文書偽造ではないかと指摘を受けているので、どのような犯罪が成立するかについて検討していきます。

(1)業務上横領罪

まず、私的に購入した事務用品について、領収書を市役所名義とし、商品相当額の金銭を取得したという点については、業務上横領罪(刑法253条)が成立する可能性が高いといえます。

あなたは、継続的に市役所の事務用品を購入する立場にあり(業務)、その立場を利用して事務用品を購入してその商品相当額の金銭を取得したのですから、横領行為(領得行為)があるとして、業務上横領罪が成立することになります。

業務上横領罪の法定刑は、10年以下の懲役刑となっており、単純な横領罪よりも法定刑が重くなっています。

(2)虚偽公文書偽造罪(広義の偽造罪)

次に、修理費用の付け替えの点ですが、虚偽の発注書を発行した点は、有印虚偽公文書作成罪(刑法156条)が成立する可能性が高いといえます。

通常の私文書(公務所ないし公務員が発行する書面でない)の場合には、内容虚偽の文書作成(無形偽造といいます。)は処罰されることはありません。文書の作成名義を偽ったのみ処罰される(有形偽造といいます。)のが原則となります。

これに対し、公文書の場合には、内容虚偽の文書作成一般が処罰の対象とされており、処罰の範囲が広くなっています。これは、公文書は私文書の場合に比べて、その性質上証拠力ないし証明力が一般的に高いとされているため、内容虚偽の文書を作成したというだけで公文書に対する信用が失われるとして、公文書等一般の虚偽作成について、犯罪の成立を認める立場が取られています。また、公文書の重要性に鑑みて、私文書偽造よりも、法定刑は重くなっています。

さらに、公務員の印章若しくは署名がある公文書の場合には、有印公文書偽造として、これがない場合よりも重い法定刑となっています。印章等がある場合には、公文書としての信用性、証拠価値がさらに大きいためです。

本件について、虚偽公文書作成罪が成立するか否かについて検討していきます。

ここにいう「公文書」とは、公務所・公務員が、職に関し所定の形式にしたがって作成すべき文書をいうものとされています。すなわち、公務員が「職務に関して」 作成されたものであればよいと比較的広く解されており、特定の形式の文書でなければならないということはありません。

また、公文書の記載内容から本来の用法上、有効な文書であるとの外観を呈していることは必要ではないと解釈されていますし、私文書偽造のように「権利義務・事実証明」に関する文書である必要もありません。

一般的に公務所ないし公務員が発行した文書であれば、それだけで十分な証拠力・証拠価値が高いとされているので、実務上、処罰される「公文書」性については比較的広い解釈が取られています。

本件でも、市役所名義でその建物の修理のために修理業者に対する発注書を発行したということですので、公務所がその名義で、その職務に関連して作成した文書といえます。

したがって、上記定義からすると公文書に該当することになります。また、別の個所の修理ということで内容自体も虚偽ですので、虚偽作成の要件も充たすことになります。

また、発注書であれば通常公務所の印章がありますので、結論的には有印虚偽公文書作成罪が成立することになる可能性が高いといえます。

2 被疑者としての地位

以上のとおり、あなたには業務上横領罪及び有印虚偽公文書作成罪が成立することになり、1年以上の10年以下の懲役刑を受けうる被疑者としての地位にあります。

仮に、市役所が本件を刑事事件化するということになれば、所轄の警察署に刑事告訴(告発)がなされ、所定の捜査の上、検察庁が最終的な処分を下すことになるでしょう。

所定の捜査において必要がある場合は、逮捕勾留という強制捜査手続きも予測しておく必要があります。虚偽公文書作成は、公務員としての地位や公文書一般に対する信頼を失墜させかねない犯罪であり、犯罪としてはかなり悪質な事案となります。

したがって、仮に本件が刑事告訴(告発)された場合、検察庁としては、逮捕勾留はないとしても、通常不起訴処分にすることはなく、公判請求(正式起訴)をするのが原則となります。

公判請求された場合、公判廷における公開裁判(正式起訴)によって裁かれ、懲役刑判決が下されることは間違いないといえます。執行猶予が付くか否かはケースバイケースですが、実刑判決となってしまう可能性も否定はできないところです。

3 職場の懲戒処分

本件で想定される不利益は、刑事処分にとどまりません。公務員が刑事事件を起こした場合、職場の懲戒処分規則及び地方公務員法にのっとり、懲戒処分がなされることとなります。懲戒処分の内容としては、重いものから懲戒免職、停職、戒告処分となります。

本件で犯したのは虚偽公文書偽造という犯罪であり、公務員としての信頼を失墜させる程度としては極めて大きい行為類型となります。したがって、公務員としての 非違の程度としては大きいものであり、最悪の場合懲戒免職という重い処分が下される可能性は十分高いといえるでしょう。

以上のとおり、本件では刑事処分及び懲戒処分いずれにおいても重い処分が想定されますので、可能な限り早期に対処に当たる必要があります。具体的な方法については、以下のように検討していきます。

第2 具体的な弁護活動

1 市役所および業者との示談交渉、懲戒処分の軽減交渉

まず、早急に代理人弁護士を立てて、実質的な被害者ともいえる市役所及び発注先業者との示談交渉を行うことが必須です。

(1)市役所との示談

虚偽公文書偽造罪は、公文書一般に対する社会的な信用をその保護法益とするものであり、直接の被害者というものは存在しません。

しかし、今回の文書作成によって、市役所は本来支出が不要な事務用品相当額の金銭の支出を余儀なくされたものであり、民事的(金銭的)な損害は生じていますし、当該公文書の発行によってその信 頼が失墜するのは発行名義人である当該市役所なのですから、実質的な被害者は市役所であるといえます。

したがって、市役所を実質的な被害者として示談交渉を行うことは、刑事処分の重さを決定する上で、必要不可欠のものといえるでしょう。

市役所が被害弁償に応じるかはその判断によるところが大きいところですが、適切な被害弁償額の提示(実際の損害額に加えて、迷惑を掛けたことへの謝罪金を含めた提示が必要になるでしょう)及び交渉のやり方次第では、公務所であっても示談ないし被害弁償に応じる可能性はあるといえます。

示談の金額については、実際の用品相当額に加え、捜査機関への対応及び公務員としての信用を失墜させかねない行為をしたということで、迷惑料として十分に上乗せした金額を提示する必要があるでしょう。

仮に示談が成立しそうな場合、本件については先方が刑事告訴をしないなど、終局的な解決とする和解合意書を作成することが必要不可欠となります。

(2)業者との示談

また、発注書の相手方となる業者との示談交渉が必要な場合もあるかもしれません。この点、当該業者は、虚偽の発注書であることは認識しており、場合によっては虚偽の公文書作成の共犯にもなり得る立場です。犯行に積極的に関与しているのであれば、示談の必要まではないのが通常です。

ただ、虚偽の発注書であることは担当者のレベルでしか認識がなく、業者の代表者等はその旨の認識がないケースもあります。そのような場合、警察への対応を余儀なくされたとすれば、それは無関係の第三者に実質的な被害が生じているとも評価できるともいえます。

また、当該業者は、市役所から所定の支払を受けており、実質的な金銭面での損害はないかもしれません。しかし、支払いは正規のルートによる支払ではなく、返還を要求される可能性もあります。市役所による事情聴取などで、業務に本来割くことのできた時間がなくなってしまい、休業損害などが生じている可能性もあります。

以上のような意味で、法的な損害ないし迷惑を掛けていると評価できる場合もあるので、当該業者との間でも示談交渉を行っておくことが必要なときもあります。

(3)懲戒処分の軽減

その他、市役所に対しては刑事事件の他に懲戒処分が想定されますので、可能な限り懲戒免職を回避できるよう、本人にとって有利な事情については、最大限主張しておくべきです。

示談(被害弁償)の交渉に加え、本人の反省の意思、さらには責任を持って辞職する旨の意思を示し、免職を回避できるよう交渉をすることが必要不可欠です。刑事事件が不起訴処分となれば、懲戒免職処分を回避し、諭旨免職(勤務先が自主退職を受け入れ、退職金の支給を受けられる点で、懲戒免職と異なります。)や停職処分など、より有利な結論を得られることも十分に考えられます。

この点については、顛末書(事実関係を報告する文書)に加え、代理人弁護士による懲戒処分を軽減する旨の意見書を提出し、更には懲戒権を有する担当者との綿密な交渉が必要といえます。

2 捜査機関との交渉

(1)警察との交渉

以上のとおり、本件については刑事告訴をされる前に市役所と示談交渉を来ない、刑事告訴をしないように交渉することが必要不可欠であり、その点からも早期に活動を開始する必要があります。

ただ、本件は重大な犯罪であり、市役所としては刑事告訴をしなければならないという立場も十分に理解できるところです。本件が刑事告訴されてしまった場合には、捜査機関(検察庁、警察)に対し刑事処分を可能な限り軽くするように交渉が必要となります。

まずは、送検前に警察署の担当官と面談を行い、本件については示談交渉をする予定であること、交渉の経過を伝えつつ、報道機関への連絡を阻止するよう要請を行うことになります。また、逮捕勾留等の強制捜査にならないように注意しておく必要があります。具体的には、被疑事実に間違いがないのであれば、被疑事実を素直に認め捜査に協力すること、取り調べの必要があれば直ちに出頭することを約束するなどして強制捜査を免れるようにする必要があります。

(2)検察との交渉

本件が警察から検察庁に送致(送検)された場合、検察庁に対して、最終的な刑事処分を可能な限り軽減すること、すなわち不起訴処分(起訴猶予)とするように交渉をすることが必要です。

上記のとおり、本件では実質的な被害者である市役所及び業者との示談交渉の経過が極めて重要となります。仮に示談が成立しているのであればその内容、交渉中ということであればその状況を詳細に検察官に報告することが必要となります。

また、犯罪事実としての軽微性(公文書自体は業者間とのやり取りに使われたのみであり実害がないこと、対外的に行使されたものではないこと、犯行手口は悪質なものではないこと、業者側の協力する部分が大きかったことなど)や、本人の反省状況、その他有利な事情を詳細に主張しておくことが必要です。

検察庁として最も興味があるのは、やはり被害者との示談交渉の経過であり、仮に示談が成立まではいかなくても。十分な被害弁償の提示をしており、今後も示談成立の見込みが十分あると判断され、犯罪自体がそれほど悪質なものとまではいえないと十分に理解してもらった場合には、例外的な処分として不起訴処分になることもあり得るところです。

いずれにせよ、実質的な被害者(市役所、業者)との早期示談交渉を含め活動開始のタイミングが極めて重要ですので、お早めに弁護士に相談されることを強くお勧めします。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。
参照条文

刑法

(公文書偽造等)
第百五十五条 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章 若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
2 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3 前二項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、三年以 下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。

(虚偽公文書作成等)
第百五十六条 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前二条の例によ る。

(偽造公文書行使等)
第百五十八条 第百五十四条から前条までの文書若しくは図画を行使し、又は前条第一項の電磁的記録を公正証書の原本としての用に供した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変 造し、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は不実の記載若しくは記録をさせた者と同一の刑に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。

(横領)
第二百五十二条 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。

(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。