新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1637、2015/09/30 12:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続、離婚と相続人の廃除、廃除の理由の解釈、遺留分制度と廃除、東京高裁平成4年12月11日決定】

推定相続人廃除の審判に対する対応


質問:
先日,私の夫が他界しました。私と夫は,結婚してから30年経ちますが,実は10年ほど前からは別居状態であり,1年程前から離婚裁判で係争中でした。離婚については合意していたので,主に財産分与について争点となっていました。
夫は,公正証書で遺言を残しており,その内容は,私が,夫から預かっていた通帳から預金を引き出して夫に無断で車を購入したことや,離婚訴訟を提起し夫を侮辱するような主張をしたこと等を理由に,私を推定相続人から廃除し,全財産を夫の友人に包括して遺贈するとの内容でした。
それを受けて,先日,夫の遺言執行者が,家庭裁判所に推定相続人廃除の審判を申し立てました。
このような遺言があった場合,私は夫名義の財産を一切取得できないのでしょうか。法律上,遺留分というものが認められると思うのですが,それすら認められないのでしょうか。
夫名義の財産には,私が財産分与で貰えるはずであった財産も有るはずですので,納得ができません。



回答:

1 相続財産を第三者に全部包括して遺贈するとの遺言が残されていた場合でも,法定相続人である妻は,当該第三者に対して遺留分の減殺を請求することができます(民法1028条)。

2 しかし,妻であっても,「推定相続人の廃除」が認められる場合には,相続財産に対して一切の権利を主張することができなくなってしまいます。
  本件のように,遺言で推定相続人の廃除の意思が表示されている場合は,遺言執行者が,家庭裁判所に対して廃除の審判を請求し,家庭裁判所が廃除の事由に該当するかを判断することになります。

3 廃除が認められるのは,「推定相続人が,被相続人に対して虐待をし,若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき,又は推定相続人にその他の著しい非行があったとき」です。
  具体的な廃除事由については,事実上申立人が主張・立証することになりますので,廃除の対象となった者は,当該廃除事由の不存在や,それを裏付ける事実を主張する必要があります。

4 この点,裁判例では,廃除事由の該当性について,当事者間の関係性,特に「家族的共同生活関係」が存続しているか,破壊されているとして修復可能か,という点を重視されています。
 そのため,本件のように,離婚訴訟で係争中であり,当事者間の関係が悪化している場合,家族的共同生活関係の破壊の観点から,廃除事由の該当性が認められてしまう可能性も考えられます。
 一方で,判例では,例え廃除事由に該当するような重大な非行・共同関係の破壊があっても,それが被相続人の行為により誘発されたものである場合等には,廃除該当性を否定しているものもあります。
 そのため,反論の際には,単に廃除事由の不存在を主張するのみでなく,家族的共同関係の悪化が,主に被相続人の行為によるものであること等を積極的かつ具体的に主張・証明する必要があるでしょう。
 判例の見解は基本的に妥当であり、廃除が後述のように遺留分の権利を剥奪する以上、法定相続人に遺留分制度を認めた制度趣旨を覆す程度の正当で具体的理由が求められることになります。そう解釈しなければ離婚等で争いが生じた場合法定相続人は後の廃除を恐れ被相続人に対し適正な主張さえもできない状態になるからです。

5 廃除の審判が認められてしまうと,相続人でないことになり、遺留分すら取得することができなくなり,その不利益は非常に大きなものとなってしまいます。
 遺留分は,遺族の今後の生活の保障を目的の一つとして法律上認められた大変重要な権利です。不当な廃除が認められることの無いよう,十分な対策をもって,審判に臨む必要があるでしょう。廃除については事例集845番参照。

審判後の遺留分分割請求については,弊所事例集821番等をご参照下さい。


解説:

1 推定相続人廃除の制度

(1)原則的な遺留分の減殺請求

  遺産相続の問題において,亡くなられた方(被相続人)が遺言を遺されていた場合,相続財産は,当該遺言に従って分割されることになります。

   但し,相続財産を第三者に全部包括して遺贈するとの遺言が残されていた場合でも,法定相続人である妻や娘は,当該第三者に対して遺留分の減殺を請求することができます(民法1028条)。

  この遺留分は,遺言によっても侵害することはできません。

  本件では,妻が法定相続人となりますが,法律上,相続財産の4分の1を遺留分として請求できることになります(同条2号)。

(2)推定相続人の廃除

  一方で,当該推定相続人が「廃除」の事由に該当する場合には,例え遺留分が認められる相続人であっても,相続財産を一切取得することができなくなってしまいます。

  推定相続人の廃除を行うための手続としては,被相続人が生前に自ら家庭裁判所に審判を請求する方法と,被相続人が遺言で廃除の意思を表明する方法が存在します(民法893条)。遺言で廃除の意思が表示された場合は,遺言執行者が家庭裁判所に対して請求をすることになります。

   以下では,どのような場合に廃除が認められるかについて,検討します。

2 推定相続人の廃除が認められる場合

(1)法律上の規定

  法律上,廃除に相当する事由としては,「遺留分を有する推定相続人が、被相続人に対して@虐待をし、若しくはこれにA重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にBその他の著しい非行があったとき」と規定されています(民法892条)。

  このうち@虐待及びA重大な侮辱については,基本的に字義通りに知ら得られています。Bその他著しい非行があったときについては,明確な線引きは無く,具体的な事例に基づき個別に判断されることになります。

(2)具体的な廃除の基準について

  いかなる行為が廃除事由に該当するか,その判断基準を検討するにあたっては,廃除の制度の趣旨が,遺留分制度の例外として特別に規定された制度であることから考える必要があります。

  そもそも遺留分の制度は,被相続人の意思に関わらず,@被相続人と密接な家族関係にあった相続人の生活の保障や,A潜在的な持分の取り戻し,B共同相続人間の公平を図るための社会通念的な最低限の基準として定められたものです。

  これに対して,推定相続人の廃除の効果は,法が定めた最低限度の基準である遺留分すらも認めないという強い効力を有するものとなります。

  従って,廃除の相当性の判断にあたっては,「当該非行により,社会通念からしても,もはや保護すべき家族関係は破壊されており,遺留分をはく奪することが相続人間の公平にも叶う,と十分に考えられる程度に重大であること」が必要と考えられます。すなわち、法定相続人に遺留分制度を認めた趣旨を覆す程度の正当で具体的理由が求められることになります。そう解釈しなければ離婚等で争いが生じた場合法定相続人は廃除を恐れ被相続人に対し適正な主張さえもできない状態になるからです。

  この点,通説及び裁判例では,廃除事由の該当性について,当該非行が「家族的共同生活関係」を破壊されているか否か,という文言を用いていますが,大凡前記のような基準によって判断していると考えて良いでしょう(東京高裁平成4年12月11日決定等)。

  裁判例等においても,特に具体的な一つの行為のみを捉えて「著しい非行」と捉えるよりは,様々な状況・要素を総合的に判断して,廃除に相当するかを判定しているといえます。

  以下では,各裁判例を検討しつつ,より詳細な廃除の判断要素について検討します。


3 裁判例の検討

@ 被相続人の意思の明確性(相続的共同関係の回復可能性)

   多くの裁判例は,相続人による行為が廃除原因に該当することに加え, 被相続人の廃除を求める意思が,明確であることを要求しています。

   廃除の意思が遺言で明確に表示されている場合は特に問題となることは多くありませんが,生前に相続人本人が廃除を請求している場合などは,その後の死亡までの事情の変更により一旦破壊された相続的共同関係が回復する可能性もあるため,本人の廃除の意思が変わることは無いか等を,審判において言及しています(前記東京高裁平成4年12月11日決定等)。

   一応,廃除の事後的な取消の手続は存在していますが(民法894条),実務上は,被相続人の廃除の意思が強固であることも,廃除の審判の要件
であると言えます。

A 非行の直接の相手方が被相続人以外の場合

   「著しい非行」は通常は、直接被相続人に向けられた非行を指していると考えられます。しかし、非行が直接的に被相続人に対して行われたものでなく,相続人の行為により,被相続人に間接的に著しい苦痛を生じさせた場合であっても,廃除の事由に該当することはあり得ます。

  例えば,神戸家裁伊丹支部平成20年10月17日審判は,相続人がヤミ金融等から借金を重ね,それにより被相続人が20年以上に渡り過酷な借金の取立て等の被害を受けていた事例ですが,裁判所は,当該行為により被相続人を経済的,精神的に苦しめてきたものといわざるを得ない,として,廃除を認めています。

  つまり,被相続人に対する影響が相続人の直接的な悪意によるものかは決定的な問題ではなく,間接的なものであっても,それが重大な苦痛を被相続人に及ぼすものであれば,廃除事由に該当し得るといえます。

B 財産的行為による非行

  裁判例の中でも多く見られる廃除の事例として,財産的行為による非行,すなわち,相続人が,被相続人の財産を大きく減少させるような行為を行っていた事例が挙げられます。

  例えば,大阪高裁平成15年5月31日決定は,相続人である息子が,被相続人から管理を任されていたビルの賃料などをギャンブルにつぎ込み,被相続人に数千万円の損失を与える等したことを,実質的な横領行為であるとして,廃除を認めています。

  単に財産を減少させただけでは,廃除事由に該当するものにはなりませんが,それが社会通念上の管理処分を越えた横領行為となるような悪質な事例では,財産的な非行も廃除事由になり得ると言えるでしょう。

C 被相続人との間に紛争が生じている場合

   被相続人との間で,明確な紛争が生じている場合は,相続的共同関係が 破壊されているとみなされる傾向が強いと言えますが,単に訴訟中であるというだけでは,廃除が認められることにはなりません。民事訴訟を提起することは,当然の憲法上の権利ですから,当然の帰結といえます。

   裁判例(名古屋高裁昭和61年11月4日決定)は,相続人から被相続人に対する軽度の暴行に加え,家屋の持分に関しての民事訴訟が係属中の事案でしたが,「金銭問題の訴訟であり止むを得ない」とし,廃除の請求を認めませんでした。

   つまり,被相続人と紛争関係が生じている場合でも,廃除事由の該当性の判断においては,当該訴訟の内容に加えて,当該訴訟提起が共同関係の中でも止むを得ない訴訟であると言えるか,誠実な解決に対応していたかなどの被相続人の態度を総合的に考慮しているものといえます。

4 本件の検討

(1)類似の裁判例

ア 以上を踏まえて,本件について検討します。

  本件は,妻である相談者と被相続人との間で,離婚訴訟が係属中であったとのことですが,その争点は主に財産分与にあり,離婚については合意していたとのことです。

  この点からすると既に婚姻関係が破綻していた以上,相続的共同生活関係は失われていたと認定される可能性も高いといえます。

  しかし,例え裁判が係属中であっても,当該訴訟がやむを得ないものであり,誠実な訴訟追行がされていたのであれば,直ちに廃除事由に該当するものでないことは,前記第3項(3)Cでも述べたとおりです。

イ また,本件類似の事例として,名古屋高裁金沢支部昭和60年7月2 2日決定の事例が挙げられます。同事例は,養親子間の離縁訴訟が係属中に被相続人が死亡した事例であり,まさに相続の根拠となる身分関係自体が係争中であった点において,本件に類似する事例でした。

  同決定では,まず,廃除事由における「著しい非行」は,「離縁原因としての「縁組を継続し難い重大な事由」と実質的にはその趣旨を同じくする」としています。

  その上で,同事例において,「被相続人死亡のころは、両者はすでに長年の反目・確執の結果、離縁の訴、同反訴、告訴、地位確認の訴など強度の抗争手段をもつて相争つていた状況であつて、本件養親子関係は現実にはすでに確定的に破綻していたと認めるのが相当」で有るとしながらも,離縁が認められるか否かについては,「これを破綻に至らしめた有責性の帰属・分担・換言すれば、その責任がどちらにあるのか、かりに双方にあるとした場合どちらがより大であるか」によって決せられるとし,仮に「離縁請求が認容可能である場合には、離縁よりも効果が限定されている廃除は、特段の事情がない限り許されて然るべきである」判示しています。

  つまり,当事者同士の親子関係が破綻していても,その破たんの主な責任が相続人の側にあるならば,それは離縁の事由=廃除事由に該当し得ると判示しているものといえます。

  当該判例からすると,本件のような夫婦関係の事例において,例え婚姻関係が破綻していたことが認められるとしても,それだけでは廃除事由に該当することは無く,廃除事由に該当するためには,その夫婦関係破綻の主な責任が相続人(本件では妻)にあると認められることが必要であると言えるでしょう。

  その為,廃除の審判においては,身分関係の破綻の原因が被相続人に大きく存在することを,離婚訴訟に準じて,積極的に主張すべきです。実質的には,離婚訴訟における主張が流用可能な例も多く,離婚訴訟で検出した事実関係を,廃除の要件に即して主張することが重要といえます。

  特に、離婚訴訟で財産分与が問題となっている場合に、廃除を認めてしまうと、死亡により離婚訴訟は終結し財産分与を求める道はなくなり、他方では相続が廃除によりできなくなってしまいます。夫婦関係の解消に伴う財産の清算は、生前の離別であれば財産分与、死亡による離別であれば相続という制度によるのが民法の建前ですから、離婚訴訟をしているからといって廃除が認められることにはならないと考えられます。

(2)その他本件において主張すべき要素の検討

  なお,本件では,御主人に無断で車を購入していたことも具体的な非行として主張されているとのことですので,この点についても反論の必要があります。

  上記第3項(3)Bで述べたとおり,被相続人の財産を減少させる行為であっても,廃除の原因として認められるのは,当該財産減少行為の態様が社会通念からしても許容できる範囲を超えている場合です。

  車の購入は,金額が大きいため,無断で行えば廃除の原因となり得るとも考えられます。しかし本件は,夫婦間という基本的には財産共有となる関係性であり,車の購入も生活に必要な物資の購入としての行為であれば,それが明確に被相続人の意思に背くようなものや,被相続人の生活を脅かすような高額な買い物で無い限り,廃除原因とはならない可能性が高いといえます。

  また,本件では,財産分与について争点が生じていたとのことですので,廃除の該当性の判断においても,この点を十分に考慮することが必要です。すなわち,相続には,単に家族間での生活の保障,扶養という側面だけではなく,当該相続財産の潜在的持分の清算という側面も強く含まれていることを,廃除の審判でも主張すべきです。

  なぜならば,夫名義の財産であっても,その形成に妻の尽力があったことが認められれば,当該財産には妻の潜在的持分が認められますから,本来であれば離婚時の財産分与や,死亡時の遺留分によりその精算が図られることになります。つまり,本件のような離婚裁判中の事例では,仮に夫の死亡前に離婚が成立していれば,被相続人名義の財産であっても,自己の潜在的持分については一定の財産分与を受けることが可能です。
一方で,死亡後に廃除が認められてしまえば,自分の潜在的な持分すら相続出来ないことになり,非常に不公平な結論となってしまいます。

  そのため,上記遺留分制度の趣旨,特に財産の清算的要素の観点からすれば,廃除の相当性については,相当に制限的に捉えられる必要があります。

  廃除の審判においては,相続財産の中には,妻の潜在的持分が多いに存在している点,それ故に財産の処分が,遺留分をはく奪すべき程の非行とは言えないことを,十分に主張・立証する必要があるでしょう。

(3)小括

  上記の点からすれば,本件での離婚訴訟の提起や訴訟中での主張等は,廃除の事由に該当しないものとして,請求を却下させることは十分に可能であると考えられます。

5 まとめ

  廃除の審判が認められてしまうと,遺留分すら取得することができなくなり,その不利益は非常に大きなものとなってしまいます。

  遺留分は,遺族の今後の生活の保障を目的の一つとして法律上認められた大変重要な権利です。不当な廃除が認められることの無いよう,十分な対策をもって,審判に臨む必要があるでしょう。

  審判において廃除の請求が却下された場合,通常通り遺留分の請求が可能となりますので,その後は,遺留分の減殺(遺産の具体的分割方法)の協議を行う必要が生じます。

  遺産の分割方法は,当事者では解決が難しいことが多く,自己の権利を保全するためには,やはり早期に専門家に相談をした方が良いと思われます。

  廃除の手続と併せて,弁護士への相談をご検討下さい。


【参照条文】
≪民法≫
(推定相続人の廃除)
第八百九十二条  遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。
(遺言による推定相続人の廃除)
第八百九十三条  被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
(推定相続人の廃除の取消し)
第八百九十四条  被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
2  前条の規定は、推定相続人の廃除の取消しについて準用する。
(推定相続人の廃除に関する審判確定前の遺産の管理)
第八百九十五条  推定相続人の廃除又はその取消しの請求があった後その審判が確定する前に相続が開始したときは、家庭裁判所は、親族、利害関係人又は検察官の請求によって、遺産の管理について必要な処分を命ずることができる。推定相続人の廃除の遺言があったときも、同様とする。
2  第二十七条から第二十九条までの規定は、前項の規定により家庭裁判所が遺産の管理人を選任した場合について準用する。
(遺留分の帰属及びその割合)
第千二十八条  兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一  直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
二  前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一

【参考判例】
東京高裁平成4年12月11日決定
『ところで、民法第八九二条にいう虐待又は重大な侮辱は、被相続人に対し精神的苦痛を与え又はその名誉を毀損する行為であつて、それにより被相続人と当該相続人との家族的協同生活関係が破壊され、その修復を著しく困難ならしめるものをも含むものと解すべきである。
 本件において、前記認定の事実によれば、相手方は、小学校の低学年のころから問題行動を起こすようになり、中学校及び高等学校に在学中を通じて、家出、怠学、犯罪性のある者等との交友等の虞犯事件を繰り返して起こし、少年院送致を含む数多くの保護処分を受け、更には自らの行動について責任をもつべき満一八歳に達した後においても、スナックやキャバレーに勤務したり、暴力団員の丙川五郎と同棲し、次いで前科のある暴力団の中堅幹部である乙山夏夫と同棲し、その挙げ句、同人との婚姻の届出をし、その披露宴をするに当たつては、抗告人らが右婚姻に反対であることを知悉していながら、披露宴の招待状に招待者として乙山の父乙山松夫と連名で抗告人甲野太郎の名を印刷して抗告人らの知人等にも送付するに至るという行動に出たものである。そして、このような相手方の小・中・高等学校在学中の一連の行動について、抗告人らは親として最善の努力をしたが、その効果はなく、結局、相手方は、抗告人ら家族と価値観を共有するに至らなかつた点はさておいても、右家族に対する帰属感を持つどころか、反社会的集団への帰属感を強め、かかる集団である暴力団の一員であつた者と婚姻するに至り、しかもそのことを抗告人らの知人にも知れ渡るような方法で公表したものであつて、相手方のこれら一連の行為により、抗告人らが多大な精神的苦痛を受け、また、その名誉が毀損され、その結果抗告人らと相手方との家族的協同生活関係が全く破壊されるに至り、今後もその修復が著しく困難な状況となつているといえる。そして、相手方に改心の意思が、抗告人らに宥恕の意思があることを推認させる事実関係もないから、抗告人らの本件廃除の申立は理由があるものというべきである。』

神戸家裁伊丹支部平成20年10月17日審判
『3 推定相続人廃除の可否
 推定相続人の廃除は,相続的協同関係が破壊され,又は破壊される可能性がある場合に,そのことを理由に遺留分権を有する推定相続人の相続権を奪う制度であるから,民法892条所定の廃除事由は,客観的かつ社会通念に照らし,推定相続人の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものでなければならないと解すべきである。
 これを本件についてみるに,前記1,2の各認定事実によると,相手方は,競馬,パチンコや車の購入,女性との交際費等で借金を重ね,被相続人に度々返済させるなどいわゆる尻ぬぐいを長年にわたってさせており,しかも被相続人が相手方から返済を受けられなかった出費の合計額は2000万円以上に上っており,被相続人死亡時の被相続人の財産1000万円相当に比べて相当過大であるだけでなく,被相続人が長年○○や○○株式会社に勤務し,ある程度の収入や蓄財が予想されるにもかかわらず,立替金の財源に不足し,娘であるEからも借金をしなければならなかったことも考慮すると,被相続人の経済的な負担は極めて大きかったものと認めることができる。
 また,相手方の債権者らには,いわゆるヤミ金や相手方の友人がおり,相手方が殴られて帰宅したことや,関係者が被相続人の自宅を見張ったり押しかけたことがあり,近所にも聞こえるような大声で罵倒し警察を呼ぶ事態も生じたことなどがあるのであるから,被相続人の親としての心の平穏や住居の平穏を著しく害されたことは否定できない。
 さらに,相手方は,被相続人からいわゆる「勘当」までされたにもかかわらず,再び借金を重ねて破産,免責の決定を受けたほか,破産,免責決定後も,改心したとまではいいがたく,被相続人にまで再び引越代の無心をしたりしている。
 そうすると,相手方の行為は,相手方が成人に達するころから約20年間,被相続人を経済的,精神的に苦しめてきたものといわざるを得ず,被相続人の苦痛は被相続人の死亡まで続いており,被相続人が心情を吐露したとみられる本件手紙及び本件遺言書の各内容,並びにいわゆる「勘当」の存在及び葬式への相手方出席に関するEへの指示などは,被相続人の怒りが相当激しいものであったことを示しているところ,相手方の行為による被相続人への経済的,精神的な苦痛の大きさやその継続に鑑みれば,被相続人の怒りも十分理解できるものであって,結局,相手方の行為は,客観的かつ社会通念に照らし,相手方と被相続人の相続的協同関係を破壊し,相手方の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものであり,民法892条の「著しい非行」に該当するといわざるを得ない。』

大阪高裁平成15年5月31日決定
『2 廃除請求の当否について
  (1) 以上に認定のとおり、相手方は、平成6年6月ころ以降、自己が管理する被相続人の多額の財産(cマンションの賃料)を、「競馬ビジネス」などという事業に投資するとして、競馬のレースにつぎ込んだものである。相手方がGに心酔していたことに照らせば、相手方は、Gに吹き込まれるままに、主観的には「競馬ビジネス」なるものが本件会社の事業として成り立ち得ると誤信していたのかもしれないが、相手方の行為は、客観的には、被相続人の多額の財産をギャンブルにつぎ込んでこれを減少させた行為と評価するしかないものである。
 前記第1の3(1)のとおり、被相続人は、平成3年4月以降、自己の唯一の収入であるcマンションの賃料を、本件会社の事業資金として使用することはあらかじめ許容していたものであるが、その賃料を賭け事(競馬)に投じることを許容していたはずがなく、相手方の行為は、被相続人の財産を自己のために横領した行為といわなければならない。
  (2) cマンション及びeビルからの賃料収入は、これを普通に管理しておれば、公租公課を支払った後でも年間2600万円以上の黒字が残ることは前記1(3)に認定のとおりである。そして、相手方が支払うべき平成6年ないし8年分の固定資産税や所得税(前記1(10)に認定の3年分合計3300万円余り)すら滞納してしまったということは、cマンションの賃料から相手方が「競馬ビジネス」に投じるために横領した金額も租税滞納額を下回るものではありえないものというほかない。
 しかも、前記1(10)のとおり、相手方は、「競馬ビジネス」にのめり込んだ結果、被相続人をして、自宅の売却までせざるをえない状況に追い込んだものである。
  (3) さらに、前記1の(5)ないし(9)に認定の事実関係に照らせば、相手方は、本件会社の取締役を解任されたことを不満に思い、GやHと共謀して虚偽の金銭消費貸借契約や虚偽の賃貸借契約を作出し、被相続人を困惑させよう、あるいは被相続人の財産を減少させようと意図して、民事紛争を惹き起こしたものであり、訴訟になった後も、被相続人と敵対する不正な証言を行っているのである。
 被相続人がこれら訴訟への対応のため、高齢であるにもかかわらず、多大の心労を背負ったことは間違いがないところである。
  (4) 以上のような平成6年6月ころ以降の相手方の一連の行動は、民法892条所定の「著しい非行」に該当することが明らかであるから、本件遺言により、相手方を被相続人の推定相続人から廃除するのが相当である。』

名古屋高裁昭和61年11月4日決定
『しかし、虐待、侮辱、非行はいずれも被相続人との相続的協同関係を破壊する可能性を含む程度のものでなければならないと解すべきところ、右認定事実によれば、これに該当すると一応考えられる行為は昭和58年8月4日の暴行のみであつて、その余の抗告人が指摘する行為についてはいずれも双方に責任がある小規模紛争であつて右の程度に至つているものとは認め難い。相手方が家屋の持分返還要求に応じず、広明と民事上の抗争をしている点は、金銭問題であつて止むを得ないと解される。』
 
名古屋高裁金沢支部昭和60年7月22日決定
『三 そこで、本件についてみるに、前認定事実によると、被相続人死亡のころは、両者はすでに長年の反目・確執の結果、離縁の訴、同反訴、告訴、地位確認の訴など強度の抗争手段をもつて相争つていた状況であつて、本件養親子関係は現実にはすでに確定的に破綻していたと認めるのが相当であり、従つて離縁訴訟についていえば、縁組を継続し難い重大な事由の存否が問題になつていたというよりも、それは当然に認められるとしたうえで、これを破綻に至らしめた有責性の帰属・分担・換言すれば、その責任がどちらにあるのか、かりに双方にあるとした場合どちらがより大であるかに争点が移行していたと認めるのが相当である。すると、原審としては、抗告人ら申出の右離縁訴訟の記録を検討し、被相続人提起にかかる離縁の訴の認容の可否即ち双方の帰責ないしはその割合を考察し、もつて被相続人からの右請求が認容されるべきものか否かを判断し、かりにこれが肯定されるべきものであるということになると、同訴訟が当事者死亡により終了した後の本件廃除の申立は、ゆうに認容するに足るもの、換言すれば養子に非行があつて養親からの離縁請求が認容可能である場合には、離縁よりも効果が限定されている廃除は、特段の事情がない限り許されて然るべきであるとの判断が成立ち得るのであつて、結局本件廃除申立の直前まで係属していた離縁訴訟の審理経過並びにその内容は、本件廃除申立を判断するうえで、重要な一資料というべきところ、原審判を検討するも、この点を審理判断した形跡がない。また相続人からの告訴は、その当否に拘わらず、被相続人との共同生活関係を破壊するに足る危険性を有するものであるから、かかる手段に訴えることが真に止むを得なかつたか否かが問われなければならないところ、原審判はこの点について何らふれるところがない。一方原審は、相手方が被相続人と感情的に対立し、同人に対ししばしば暴言をはいたり、時には手をかけるといつた行動のあつたこと、また女性関係についても誠実でなかつた事実を認定しているが、その内容が若干あいまいであるうえ、それらが本件協同関係破壊の原因になつたか否かの考察をしていない。右の点について事実の有無並びに具体的内容が明らかにされ、右因果関係が肯定されるならば、相手方の右各行為は、廃除原因としての被相続人に対する重大な非行に該当する可能性があるというべきであるのに、原審は、これらを明らかにせず、両者の出合いの不自然さから考えると、自ら招いた結果という面もあるとし、被相続人に相手方の非行を指摘する資格がないかの如き判示をしている。ところで相続人の非行が被相続人の挑発によつてもたらされたものであれば、一般にこれを廃除原因とすることはできないというべきであるが、養子縁組に至る経過に偶然性があつたからといつて、これを不自然であるとし、これを右の意味での挑発行為と同視するかの如く判示するのは相当でない。養親子関係が一旦両者の合意で成立した以上、双方は協力してその円満な維持に努める義務があるのであつて、その出合いが仮に不自然であつたとしても、縁組継続中の当事者の一方の有責行為が故なく免責されたり、他方に責任が転嫁されることは特段の事情がない限りあり得ないと解されるから、結局右の点に関する原審の判断は理由が不備であるといわざるを得ない。』


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