新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1514、2014/05/14 00:00 https://www.shinginza.com/keibai.htm

[民事,建物賃借権の対抗力,明渡猶予制度,新オーナーとの新たな賃貸借契約の締結交渉]

賃借物件が競売に掛けられた場合の対応方法

質問:
賃貸オフィスを15年契約で借り,デンタルクリニックを開業して10年ほどになります。ところが,今年,そのオフィスビルに設定されていた抵当権が実行されて競売手続が始まってしまいました。オーナーが変わってもこのまま入居し続けることはできませんか。

回答:
1.抵当権の設定登記よりも前からあなたが建物を賃借し,かつ,賃借権の登記または建物の引渡しがあった場合には,新オーナーに賃借権を主張して,入居し続けることができます。
2.抵当権の設定登記がされた後にあなたが建物の借主となった場合(契約時点で既に抵当権設定登記がされていた場合)は,競売により建物の所有者が変更すると,新しい所有者には賃貸借契約の存在を主張できません。ただし,競売の結果建物を買い受けた者の代金納付から6か月間は明渡しが猶予され,そのまま入居し続けることができます。
3.新所有者が本件賃貸オフィスを引き続き賃貸オフィスとして運営し続けることを考えている場合には,交渉して新たに賃貸借契約を締結することで引き続き借り続けるチャンスがあるかもしれません。
4.賃貸借契約の締結,物権の引渡し,抵当権設定登記の時期を確認できる資料を集めて,今後の対応を弁護士に相談してみてください。
5.関連事務所事例集  1436番173番参照。

解説:

【売買は賃貸借を破る】
所有権をはじめとする物権が第三者に対しても主張することができるのに対し,賃貸借契約に基づく賃借権は,物権ではなく債権であるために,その存在・内容は契約当事者間でしか主張できず,新所有者に対しては主張できないのが原則的な考え方です。これを表すローマ法以来の法格言として,「売買は賃貸借を破る」というものがあります。理論的根拠は、近代市民法の基本である私有財産制、所有権絶対の原則(憲法29条)に求めることができます。封建的な権利支配関係を打破し市民の財産的自由を確立するためには必要不可欠な制度です。所有権(物権)は排他的(同じ権利が両立しない。)直接支配性(自らの意思で目的物を支配できる。)を有するのに対し(権力者に対する市民の財産保障には必要不可欠な性質です。)、債権は基本的に私的自治の原則を根拠にするものであり本来排他性も、直接支配性もありません。所有権(物権)はこのように強力な権利ですから特に法律が認めたものに限られますし、(物権法定主義 、民法175条)取引の安全保護のため公示制度も当然要請されることになります(民法177条)。これに対し債権は、当事者間しか法的に拘束しませんからどのような債権でも公序良俗に反しない限り当事者の合意(契約自由の原則)で発生することになります。民歩が定める債権はその一例にすげいません。したがって、当事者間でいくら約束しても、新しい所有者に主張できないのは当然のことになるわけです。「売買は賃貸借を破る」という概念はこの法理を端的に表現しています。

【不動産賃借権の対抗要件としての登記とその実情】
これに対し,不動産賃借権が物権に類似した機能(不動産を利用、支配している状態は同じである。)を有すること,そうした不動産賃借権を一定程度保護することに社会経済上の効用があること,不動産については不動産登記制度があって,その公示機能により取引の静的安全が確保しうることなどから,民法605条により,不動産賃借権も登記を備えればその後の物権取得者にも主張ができることとされています。
しかし,実際上は,不動産賃借権の登記がされる例はほとんどなく,民法605条は,事実上,機能していません。その背景には,判例上,賃借権の登記については,賃貸借契約で登記義務を定めない限り賃借人から賃貸人に対して登記手続を請求できないと解されていることが挙げられます。契約交渉上,一般に有利な立場にあると思われる賃貸人がわざわざ登記義務を盛り込む賃貸借契約を締結しようとは思わないでしょうから,上記のような判例の考え方の下では,不動産賃借権の登記がなされなくなるのも当然の因果の流れといえます。

【賃借建物の引渡しによる対抗要件具備】
だからといって,不動産賃借権に一定の対抗力を認め,これを保護すべき社会経済上の要請が消滅するわけではありません。そこで,このような状況を受けて,旧建物保護法,旧借家法という特別法によって,建物賃借権について登記によらない対抗要件が設けられ,それが今日の借地借家法31条に引き継がれています。
すなわち,借地借家法31条は,「建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。」と規定して,賃借権の登記がなくても引渡しを受けていれば,引渡後の物権取得者に対しても賃借権を主張できるとしています。賃貸借が売買によっても破られない場面であるといえます。

【対抗要件の先後関係の確認】
以上から,あなたが抵当権(物権の一種)の設定登記よりも前に本件オフィスを賃借して,かつ,引渡しを受けていたのであれば,あなたの賃貸借より後に設定された抵当権の実行によって物権を取得することとなった新所有者は,あなたの賃借権の存在を受け入れざるを得ないことになります(民法177条)。
賃借物権に抵当権が設定されていることについては,賃貸借契約の際,宅建業者に説明が義務づけられていますので,おそらく契約時に聞いているはずかと思われますが,念のため,当時の重要事項説明書を確認し,オフィスの不動産登記事項証明書を取り寄せてみることをお勧めします。

【明渡猶予制度】
もし,抵当権設定登記の方が賃貸借契約の締結及び物権の引渡しよりも先になされていた場合には,「売買は賃貸借を破る」の原則に返ることとなり,残念ながら,従前の賃借権を主張することはできません。
もっとも,直ちに明け渡して出ていかなければならないというわけではなく,6か月間ではありますが,明渡猶予の制度があります。
この制度は,平成16年の法改正により新たに認められた制度で、抵当権設定登記後の建物の賃借人であっても,抵当権実行前から当該建物を使用収益している者については,建物競落人(買受人)の買受けの時点から6か月を経過するまでは,その建物を競落人に引き渡さなくてよいという制度です(民法395条1項)。本来は、競落人は代金を納付すれば引き渡し命令の申し立てをすることができ(民事執行法83条)抵当権者や競落人に対抗できない賃借人は、引き渡し命令により直ちに競落人に対して不動産を明渡さなければなりません。ここで、特に6カ月の猶予を認めたのは、従来から競売の妨害として利用されてきた短期賃貸借の制度を廃止し、抵当権に遅れる賃貸借については一律に保護しないとして抵当権を保護することとし、他方で競売手続き開始前から使用収益している賃借人については6カ月の期間だけは保護することにしたのです。
明渡しが猶予されている間の法律関係としては,競落人(新所有者)との間で賃貸借契約がない以上,競落人に対して「賃料」を支払う義務は生じませんが,賃貸借関係がないにもかかわらず競落人の所有不動産を利用しているという関係から,不当利得返還債務として,「建物を使用したことの対価」を支払わなければなりません。対価の金額は従来からの賃料となります。競落人からこの請求を受けた後,相当期間内に支払をしなかった場合は,明渡猶予の適用が否定されて,直ちに明け渡さなければならなくなります(民法395条2項)。
他方,元々の賃貸人に対しては,建物競落人の買受けの時点以後の分については,賃料の支払義務が消滅します。賃貸借の目的物に対する権原を失ったことで,目的物を貸し続けることができなくなることから当然に契約が終了するものと解されるためです。このように、競売手続き開始後も競落人が代金を支払って買い受けるまでは従前の賃貸人との間では賃貸借契約が継続しますから賃料支払い債務は存続します。しかし、保証金等を支払っている場合、通常大家である建物所有者には資金がないため、賃貸借契約終了後も保証金が返還されない危険性があります。このような場合、競売手続きは開始決定から終了まで1年近くかかりますから賃料の支払うにしても注意が必要です。競売開始決定後は直ちに賃貸人と協議し保証金の返還について協議する必要があります。

【新オーナーの意向】
ところで,本件で競売の対象となったのは賃貸用の物件と思われます。競落人(新所有者)がこの物件を引き続き賃貸オフィスとして運営し続けることを考えている場合には,あなたとしては新所有者と新たに賃貸借契約の締結をするチャンスがあるかもしれません。新所有者としても,あなたが優良な顧客であれば,新たにテナントを探す手間が省け,渡りに船でしょう。もっとも,あなたが従前の賃貸借契約の更新を主張することはできず,新たな契約ができなければ明渡しをしなければならない立場にあるとすれば,その点で足下を見られてしまい,従前より不利な契約内容での契約を要求されることも覚悟しておく必要があります。
新所有者がどのような構想をもって競落したのか,事情を聞かせてもらえるよう申し入れるところから交渉が始まります。交渉の準備段階からあらかじめ弁護士に相談・依頼をすることをご検討ください。

【賃料の支払い、敷金返還請求権の行使方法】
あなたは、毎月賃料を支払いながら店舗(デンタルクリニック)を経営されておられるわけですが、あなたの賃借権の対抗要件取得時期(建物の引渡しを受けた時期)が、抵当権の設定登記よりも後の期日である場合は、あなたの賃借権は、抵当権者と競売の落札人に対して対抗できない賃借権ということになりますので、買受人の態度次第ですが、明け渡しを求められてしまう可能性があります。明け渡しをした後に、通常は返還を受けることができる敷金や保証金についても、競売の申し立てをされた建物所有者ということで、弁済を受けることができるかどうか心配な場合もあると思います。そのような場合は、毎月の賃料額と敷金返還請求権の額を比較して、退去数ヶ月前の賃料の支払いを見合わせるという対策を取られる賃借人の方も居られます。退去前の時点では敷金返還請求権は発生していませんので、賃料の支払いと敷金返還請求権を賃借人の立場で相殺することは法的にはできないことですが、事実上の対策として、そのような手段を取られる賃借人の方も居られます。そのような方法を取った場合には、別の法的なリスクを生じる場合もありますので、弁護士に相談されると良いでしょう。

【競売に参加する選択肢】
あなたの賃借権が、抵当権に対抗できない権利の場合、貴方も競売の入札手続に参加して、不動産を落札して所有権を取得するという手段もあります。裁判所で物件明細書などを閲覧して検討すると良いでしょう。事前に銀行と打ち合わせることにより、落札後に、代金納付と同時に抵当権を設定する方法によりローン融資を受けることができる場合もあります(民事執行法82条2項)。この方法は、物件価格や、あなたの経済状態なども関係しますので銀行や弁護士と相談しながら検討されると良いでしょう。


参照法令:

【民法】
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第百七十七条  不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

(抵当建物使用者の引渡しの猶予)
第三百九十五条  抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。
一  競売手続の開始前から使用又は収益をする者
二  強制管理又は担保不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により使用又は収益をする者
2  前項の規定は、買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について、買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし、その相当の期間内に履行がない場合には、適用しない。

(不動産賃貸借の対抗力)
第六百五条  不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。

【借地借家法】
(建物賃貸借の対抗力等)
第三十一条  建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。
2  民法第五百六十六条第一項 及び第三項 の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3  民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。

【民事執行法】
(代金納付による登記の嘱託)
第八十二条  買受人が代金を納付したときは、裁判所書記官は、次に掲げる登記及び登記の抹消を嘱託しなければならない。
一  買受人の取得した権利の移転の登記
二  売却により消滅した権利又は売却により効力を失つた権利の取得若しくは仮処分に係る登記の抹消
三  差押え又は仮差押えの登記の抹消
2  買受人及び買受人から不動産の上に抵当権の設定を受けようとする者が、最高裁判所規則で定めるところにより、代金の納付の時までに申出をしたときは、前項の規定による嘱託は、登記の申請の代理を業とすることができる者で申出人の指定するものに嘱託情報を提供して登記所に提供させる方法によつてしなければならない。この場合において、申出人の指定する者は、遅滞なく、その嘱託情報を登記所に提供しなければならない。
3  第一項の規定による嘱託をするには、その嘱託情報と併せて売却許可決定があつたことを証する情報を提供しなければならない。
4  第一項の規定による嘱託に要する登録免許税その他の費用は、買受人の負担とする。


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