新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1483、2014/01/08 00:00 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事  交通事故 3年の時効の起算点 後遺障害認定の場合損害及び加害者を知った時とは具体的にはどのような場合か 最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決】


質問:
 私は,10年前に前方不注意で追突事故を起こしました。被害者の方には,大怪我を負わせてしまいましたが,私自身は任意保険に加入していなかったため,事故の翌日にお見舞い金として直接10万円を支払いました。その後は謝罪とお見舞いに何度か病院や被害者宅を訪れましたが,お金を支払ったのは先ほどのお見舞金だけです。事故から1年程経過したころ,被害者の方が引越しをされたこともあり,そのころから私もお見舞いにうかがうのをやめました。
 先日,突然,被害者の方の代理人弁護士より,10年前の交通事故の損害賠償として約1000万円を請求する内容証明郵便が届きました。内容証明を読むと,先月,被害者の方の症状固定診断がなされ,後遺障害として自賠法施行令別表第二第12級第14号(顔面の著しい醜状痕)が認定されたとの記載がありました。
 被害者の方には申し訳ない気持ちはあるのですが,とても支払える金額ではありません。また,10年前の事故でもありますので,時効なのではないかという疑問もあります。
 内容証明郵便では2週間以内の返事を求められていますが,どのように回答すればよいでしょうか。



回答:
1、相手方の請求に対し消滅時効の主張が認められる余地もありそうです。返答の仕方によっては,時効が成立している場合であっても,時効の利益の放棄や時効の援用権の制限につながることがありますので,相手方弁護士への返答ついては,慎重に行う必要があります。

2、交通事故の損害賠償請求権の消滅時効については,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」(民法724条)と定めています。ご相談の場合事故が10年前ということですから20年の消滅時効は成立していません。そこで、3年の時効期間の起算点である、「損害及び加害者を知った時から」とは具体的にどのようなことを知った時なのかが問題となります。通常の場合は事故があった時点で損害が発生しますからあまり問題にはなりませんが、後遺症の場合は、損害を知った時とはいつを指すのか疑問が残ります。
 この点について判例では「後遺障害の存在を現実に認識し,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害の発生を知った」時が消滅時効の起算点であるとしています。後遺症の存在を知った時とは、通常は症状固定の診断がなされた時と考えられます。しかし、そのような診断以前に特に損害賠償を請求できるような事情がある場合は、その時点が消滅時効の起算点となります。この点の事情を検討してから回答することが必要です。時効についての考え方と,相手方への具体的な対応については,以下の解説をご覧ください。


解説:

1、交通事故による損害賠償請求における時効

  ご相談の件では,あなたは,前方不注意という過失により,自車を被害者の方の車両に追突させるという不法行為を行い,被害者の方に怪我を負わせています。したがって,あなたは,被害者の方に対し,不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります(民法709条)。
  不法行為に基づく損害賠償請求権の時効については,民法724条が規定しています。民法724条は,「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」と定めています。
  上記のとおり,不法行為に基づく損害賠償請求権の時効期間は3年となります。そして,この3年間を数える起算点は,「損害及び加害者知った時」とされています。
  判例によれば「損害及び加害者知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度に加害者及び損害を知った時を意味するとされており,損害を知ったというためには,損害を現実に認識しなければならない(最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決)一方,その程度又は数額を知ることは必要ないとされています。
  交通事故によって負った傷害は,日を追うごとに治癒することから何時の時点で被害者が損害を現実に認識したといえるかが問題となります。
最高裁判所平成16年12月24日第二小法廷判決は,交通事故による後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点が問題となった事案です。この事案では,当初自賠責から後遺障害等級に非該当との認定を受け,その後の異議申し立てにより等級認定を受けたという事情があったため,かかる事情が消滅時効の進行に影響するかも問題となりました。消滅時効に関する判示部分を引用します。
  「被上告人は,本件後遺障害につき,平成9年5月22日に症状固定という診断を受け,これに基づき後遺障害等級の事前認定を申請したというのであるから,被上告人は,遅くとも上記症状固定の診断を受けた時には,本件後遺障害の存在を現実に認識し,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害の発生を知ったものというべきである。自算会による等級認定は,自動車損害賠償責任保険の保険金額を算定することを目的とする損害の査定にすぎず,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の行使を何ら制約するものではないから,上記事前認定の結果が非該当であり,その後の異議申立てによって等級認定がされたという事情は,上記の結論を左右するものではない。そうすると,被上告人の本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも平成9年5月22日から進行すると解されるから,本件訴訟提起時には,上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していることが明らかである。」
  上記のとおり判例は,「遅くとも」症状固定の診断を受けた時と判示しており,等級認定については自賠責保険金額を算定する目的の査定にすぎず,消滅時効の進行に影響しないとしています。


2、ご相談の件における具体的な対応

  相手方内容証明によれば,先月,被害者の方の症状固定診断がなされたとのことですので,症状固定診断時を時効の起算点とすれば,3年間の時効期間は経過していないことになります。しかし,上記判例は,「遅くとも」症状固定の診断を受けた時には,後遺障害の存在を現実に認識し,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害の発生を知ったといえると述べており,単純に症状固定診断時=時効の起算点ととらえているわけではありません。
  症状固定診断時より以前に「後遺障害の存在を現実に認識し,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害の発生を知った」といえるような事情があれば,当該時点が時効の起算点となります。
  ご相談の件では,事故後,約10年経過をしてから症状固定診断がなされていることから,事故時から症状固定診断に至るまでの治療経過を精査することが望ましいです。具体的な対応としては,相手方代理人弁護士に対し,治療経過にかかわる資料の開示を求めることが考えられます。症状固定日を記載した後遺障害診断書の発行という事情はなくとも,医師から被害者に対して治療の終了が告げられている等の事情が存在すれば,上記の事情が存在するとして,当該時点が時効の起算点と考えることができるかもしれません。
  また,相手方への具体的な対応として,時効の利益の放棄や,時効の援用権の喪失につながらないよう細心の注意を払う必要があります。今回の相手方の損害賠償請求について,その存在を認めつつ,減額を求めたり支払い期限について猶予を求めるような返答をした場合,改めて消滅時効の主張はできなくなります。
  ご相談の件は,被害者の治療経過の分析が必須であり,かつ,返答次第では時効援用権を喪失しかねないデリケートな事案ですので,内容証明を持参のうえ弁護士に相談しつつ,対応されることをおすすめいたします。

<参照条文>
709条(不法行為による損害賠償)
 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
724条(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る