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No.1449、2013/06/17 00:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続 祖父の孫は、祖父が死亡し、その後父が祖父の相続の承認放棄をしないで死亡した場合、祖父の相続を放棄して父の相続は承認することはできるか。最高裁三小昭和63年6月21日判決】

質問:
 父の父(祖父)が亡くなりました。子は父1人でした。祖父には多額の借金の他は,特に財産はなかったため,父は相続の放棄をしようと考えていました。しかし,祖父が亡くなってから2か月後,父は突然,脳梗塞で倒れてしまい,そのまま亡くなってしまいました。父の相続人として,母と私と妹がいます。
 相続については,熟慮期間というものがあるというのは私も知っていたのですが、現在,父が亡くなってからは2か月ですが,祖父が亡くなってからは4か月となってしまっています。熟慮期間というのは3か月だそうですが,このような場合,熟慮期間を経過しているということで,祖父の借金を私たちが相続したことになってしまっているのでしょうか?
 また,幸い,父にはそれほど多くの負債はなく,持ち家もあることから,これらを相続したいとも考えているのですが,祖父の借金は相続せず,父の財産は相続するということは果たして可能なのでしょうか?



回答:
 結論としては、可能です。
相続人が熟慮期間内に承認も放棄もしないまま亡くなり,相続が発生した場合は講学上,再転相続と呼ばれており,本件はこの再転相続の場合に当たります。
再転相続の場合において,熟慮期間がどのように起算されるかにつき,民法916条は「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは,熟慮期間は,その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算される」と規定しているため,お祖父さんの相続についてはいまだ熟慮期間は経過しておらず,相続放棄をする余地は残されています。
 そして,最高裁判所は,「丙が乙の相続を放棄して,もはや乙の権利義務をなんら承継しなくなった場合には,丙は,右の放棄によって乙が有していた甲の相続についての承認又は放棄をすることはいわざるをえないが,丙が乙の相続につき放棄をしていないときは,甲の相続につき放棄をすることができ,かつ,甲の相続につき放棄をしても,それによつては乙の相続につき承認又は放棄をするのになんら障害にならず,また,その後に丙が乙の相続につきした放棄の効力がさかのぼつて無効になることはないものと解するのが相当である。」(最三小判昭和63年6月21日金法1206号30頁)と判示しているため,お祖父さんの相続につき放棄をしつつ,お父さんの相続については承認をするということも認められるということになります。

 ↓

解説:

1.相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(包括承継。民法896条。)。この相続の効果は,相続人の意思とは無関係に,相続開始時に生じます。
  その一方で,相続人の意思を尊重して,相続の承認や放棄をすることについての自由な選択が認められています(民法915条以下)。
  相続の承認及び放棄の内容としては,相続の効果を全面的に承認する単純承認,相続の効果を相続財産の限度においてのみ責任を負うとする条件つきで承認をする限定承認,相続の効果を全面的に否定する相続の放棄があります。
  これら相続の承認等をすることが可能となる期間というものが存在し,これを熟慮期間といいます。この熟慮期間が経過してしまった場合,相続人は単純承認をしたものとみなされるため(民法921条2号),単純承認を望んでいるのであれば,そのまま放っておいても良いのですが,そうでない場合には,熟慮期間内に限定承認または相続の放棄のいずれかをしなければなりません。

2.民法915条本文において,相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に,相続について,単純もしくは限定の承認または放棄をしなければならない,と定められていますが,この「自己のために相続の開始があったことを知った時」というのが,具体的にいつのことを指すのかが問題となります。
  この点について判例は,相続人が相続開始の原因たる事実の発生を知り,かつ,そのために自己が相続人になったことを覚知した時を指す,としています(大決大15年8月3日大民集5巻679頁)。相続開始の原因たる事実の発生というのは,被相続人の死亡の事実のことですが,これを知るだけでは足りず,それによって自分が相続人になったことをも知ることが必要だということです。
  本件においては,被相続人はお祖父さん,相続人はお父さん1人ですが,お父さんが,お祖父さんが亡くなってから2か月後に,相続の放棄をしないまま亡くなっています。熟慮期間のスタートは,被相続人の死亡したときが最も早いものであり,これ以上は早くなりようがないですから、お父さんがお祖父さんが亡くなった日に自分が相続人になったことを知ったとして熟慮期間を考えたとしても,熟慮期間が経過する前にお父さんは亡くなられたということになります。

3.本件のように,相続人が熟慮期間内に承認も放棄もしないまま亡くなり,相続が発生した場合のことを講学上,再転相続と呼んでいます。この再転相続の場合において,熟慮期間をどのように起算するのかについても,民法に規定されています。民法は916条において,「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは,熟慮期間は,その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算される」と規定しています。
  本件について当てはめてみると,相続人(お父さん)が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは,熟慮期間は,その者の相続人(お母さん,あなた,妹さん)が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算される,ということになります。つまり,お祖父さんの相続についての熟慮期間が,お父さんの相続についての熟慮期間と同じ期間まで延長されるということです。本来相続人は被相続人の権利を引き継ぐ訳ですから、放棄の期間も被相続人と同様に解することになるはずですが、本条項で被相続人とは別に相続人に固有の熟慮期間を与えたことになります。
  したがって,お父さんが亡くなってからまだ2か月である本件においては,お祖父さんの相続についての熟慮期間は,まだ経過していないということになりますので,お祖父さんの相続について相続放棄の手続きを採る余地があることになります。
  なお,本件では問題は生じませんが,相続人が数人いる場合には,相続人がそれぞれ自己のために相続の開始があったことを知った時から各別に起算されると解されていますので(最一小判昭和51年7月1日集民118号229頁),お母さん,あなた,妹さんの熟慮期間の起算点については,個別に考えることになります。

4.
(1)では,ご相談のお祖父さんの相続については放棄をし,お父さんの相続については承認をするという希望は叶うのか否かについてですが,この点について判断をした判例がありますので,ご紹介します。
    「民法916条の規定は,甲の相続につきその法定相続人ある乙が承認又は放棄をしないで死亡した場合には,乙の法定相続人である丙のために,甲の相続についての熟慮期間を乙の相続についての熟慮期間と同一にまで延長し,甲の相続につき必要な熟慮期間を付与する趣旨にとどまるのではなく,右のような丙の再転相続人たる地位そのものに基づき,甲の相続と乙の相続のそれぞれにつき承認又は放棄の選択に関して,各別に熟慮し,かつ,承認又は放棄をする機会を保障する趣旨を有するものと解すべきである。そうであつてみれば,丙が乙の相続を放棄して,もはや乙の権利義務をなんら承継しなくなった場合には,丙は,右の放棄によって乙が有していた甲の相続についての承認又は放棄をすることはいわざるをえないが,丙が乙の相続につき放棄をしていないときは,甲の相続につき放棄をすることができ,かつ,甲の相続につき放棄をしても,それによつては乙の相続につき承認又は放棄をするのになんら障害にならず,また,その後に丙が乙の相続につきした放棄の効力がさかのぼつて無効になることはないものと解するのが相当である。」(最三小判昭和63年6月21日金法1206号30頁)。

 (2)この判例の具体例に沿って説明すると,丙の態度としては,甲の相続について承認をするか放棄をするか,乙の相続について承認をするのか放棄をするのかのパターンがあり,これらの組み合わせにより,合計4パターンが考えられますが,さらに,甲の相続についての選択をした後,乙の相続についての選択をするのか,乙の相続についての選択をした後,甲の相続についての選択をするのかの2パターンも加わることになりますので,丙には全部で8パターンの選択の方法があるということになります。
   
8パーターン=甲の相続承認or放棄 × 乙の相続承認or放棄 × 放棄承認手続きの前後(甲が先or乙が先)

    上記判例では,先に乙の相続について放棄をした後,甲の相続について承認または放棄をするという2つのパターンは認められないということと,甲の相続について放棄をした後,乙の相続について放棄をするパターンについては問題がなく認められるということが述べられています。前者の2パターンが認められないことについてですが,相続人が相続の放棄をすると,初めから相続人とならなかったこととみなされます(民法939条)。したがって,先に乙の相続について放棄をしてしまうと,初めから乙の相続人ではなかったことになってしまい,もはや乙に代わって甲の相続についての承認,放棄をすることができないということになります。
    乙の相続を放棄→甲の相続を承認または放棄するのは認められないというのは分かるけれども,甲の相続を放棄→乙の相続を放棄することに何の問題があるのか,と思われるかもしれません。
    これは,乙の相続について放棄をすると,丙は初めから乙の相続人ではなかったことになることは直前で述べました(民法939条)が,初めから乙の相続人ではなかった者が,甲の相続について乙に代わって相続の放棄ができたとするのはおかしくはないか,甲の相続についての放棄は,丙が乙の相続人ではなかったことになることに伴って,遡ってなかったことになってしまうのではないのか,との疑問が生じるのですが,判例はこの点について,それでも問題はないのだと判断をしているのです。この場合、甲の相続を放棄する時点では、まだ乙の相続人たる地位にあるのですからその時点での放棄の手続きは有効と考えられ、その後乙の相続を放棄すれば確かに初めから乙の相続人ではなかったのですが、だからと言って時間的に前に行った甲の相続の放棄の手続きまで無効とする必要はないからです。実質的にもまず甲の相続の放棄を検討しその後、乙の相続の放棄を検討するという方法を否定する必要はないと考えられます。仮に甲の相続の放棄を無効としても、乙の相続を放棄している以上、初めから乙の相続人ではないので甲の相続の法的効果を受けることはないからです。
    結局のところ,全8パターンのうち,後の相続について放棄をする2パターン以外は順序を問わず認められるという結論になります。

 (3)以上から,お祖父さんの相続については放棄をし,お父さんの相続については承認をする,ということは可能だということになります。また,後の相続であるお父さんの相続について承認をするというパターンであるため,その順序はどちらでも良いということにもなります。
    もっとも,仮に,家庭裁判所に限定承認や放棄の申述が認められていたとしても,一定の行為をしていることで法律上当然に承認をしたものとみなされてしまう法定単純承認事由(民法921条)がありますので注意が必要です。
    お近くの法律事務所へご相談なさってみても良いかもしれません。


<参照条文>
民法
(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
第九百十六条 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。
(法定単純承認)
第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
 一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
 二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
 三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
(限定承認の方式)
第九百二十四条 相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。
(相続の放棄の方式)
第九百三十八条 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
(相続の放棄の効力)
第九百三十九条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。



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