新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1442、2013/05/22 00:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai-ouryou.htm
【刑事・会社内の高額な横領行為と弁護方法】

質問:私は,会社で営業担当の部署におりますが,勤めている会社から一括して預かっている金員を交通費,出張費,交際費名目で架空の報告書,領収書等を作成し業務に使用せず自らのために使用するという方法で,定期的に金銭を着服していました。着服していたのは,10年間で5000万円以上になると思います。先日,会社の上司から呼び出され,着服の事実を問いただされました。着服してしまった事については反省していますし,会社に対してできる限りのことをしたいとは思います。しかし,私には妻と子どももおりますし,今後の生活がありますから,何とか逮捕や裁判を回避する方法はありませんでしょうか。



回答:
1.あなたの行為は,業務上横領罪(刑法第253条)に該当する行為です。ですから,あなたがこのまま何も対応しなければ,逮捕・起訴されてしまい,裁判で10年以下の懲役刑に処せられる可能性が高いといえます。
2.しかし,会社内で発生した横領事件は,会社が警察等捜査機関に対して被害届を出す等,横領の事実を明らかにしない限り発覚せず,刑事事件とはなりません。したがって,被害届が出されてしまう前に会社と交渉することで,会社の許しを得て,会社が被害届を提出することを回避する必要があります。会社との交渉においては,あなたの謝罪の意と反省を示すことも重要ですが,分割も視野に入れてあなたにとって可能な限りの被害の補てんを行うこと,その際に詳細かつ具体的な弁済の計画を立てることが一番肝心です。なぜなら,会社とすれば被害が弁償されることが最も大切であること,会社の不祥事を刑事事件として公表することはできれば避けたいことから,被害弁償され,将来確実に弁償されるということであれば,被害届け出をしないこともありうるからです。また仮に会社の許しを得ることができず,会社に被害届を出されてしまった場合であっても,具体的な弁済の計画について会社の合意が得られた上,その計画に沿って誠意ある弁済がなされていれば,刑事事件として扱われず,逮捕や裁判を回避することができる可能性がわずかですが残されているからです。
3.尚,@貴方の事案は5000万円という高額な金額が10年間も発覚しなかったという特殊性があります。10年前のことを詳細に立件することは厳格な刑事手続き上困難な面があります。従って,5000万円着服を上司の前で認めたからといって,あわててはいけません。どの範囲で立件できるかどうか会社側の資料も慎重に収集する必要があります。明確な証拠が残っているかどうかということです。A次に,合計5000万円ですからその横領回数は膨大なものになるはずです。これも立証の問題点となり刑事手続き上のハードルになるはずです。Bさらに,交通費,出張費,交際費名目がすべて虚偽であるという立証もこれまた困難といえるかもしれません。すなわち,一部交際費に使い,他の一部を流用したという場合領収書,報告書等の分析も困難を極めるでしょう。従って,会社への詳細な説明の段階で弁護人と協議し慎重なる対応が必要です。なぜなら,真実は貴方しか把握できない場合があり,会社側も貴方の供述が頼りにならざるを得ないからです。C以上の事情から,告訴,被害届けがあっても,刑事的立件は以外に少ない金額になるかもしれません。例えば,常習的窃盗の場合,最終的に立件されるのは逮捕された最後の数件になることが多いからです。D又,告訴されても捜査機関は迅速に動けない可能性も残されています。5000万以上と金額は大きいのですが,このような,知能犯的犯罪は警察署によっては,捜査担当者も限られており捜査体制が整うまで時間がかかるかもしれません。窃盗などの現行犯は逮捕,勾留されるのに,犯罪行為態様が膨大,複雑になると刑事手続きの厳格性,謙抑制から実務上捜査機関は慎重になる場合があります。Eその上,民事上の示談が一部でもなされるとさらに捜査が遅延する可能性があります。事実上被害額の認定がさらに難しくなるからです。そういう意味で被害の一部弁済,退職に伴う給料等の相殺は一定の意味を持つことがあります。F最終的に示談等何もしなければ4年前後の実刑(懲役刑)が予想されます。
4.以上の事情から,この交渉をあなた本人が行うことは事実上困難であると思われますので,是非弁護士等の第三者を事前協議,及び交渉の代理人とされることをお勧めいたします。
5.関連事例集319番,199番参照。

解説:
1 業務上横領について
(1)業務上横領の範囲
  業務上横領とは,「業務上自己の占有する他人の物を横領」することで,刑法253条にその規定があります。ここでいう「業務」とは,社会生活上の地位に基づき反復継続して行われる行為のこととされていますから,社会生活上の地位に基づいて反復継続して他人の物を占有している物を横領することが業務上横領に当たることになります。
  つまり,あなたのように会社で普段から営業用のための金員を預かり保管する仕事をしていた場合,その金員を自らのために着服し使用してしまえば,業務上横領に該当することになります。
  業務上横領は,業務を行う者として課せられている責任に背き,社会的な信頼を損ねたことを根拠として,通常の横領罪(単純横領罪,刑法252条)よりも重く処罰されることになります。具体的には,10年以下の懲役となります。
  なお,業務上横領を含む横領罪には,罰金はありませんから,起訴されてしまった場合,執行猶予が付かない限り,懲役刑となってしまいます。

(2)非親告罪であること
  業務上横領罪は,非親告罪です。
  親告罪とは,告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪,つまり被害者の訴えがなければ刑事裁判とならない犯罪をいいます。具体的には強制わいせつ罪や強姦罪(刑法176条,同177条),名誉棄損罪(刑法230条1項)などがこれに該当します。
  したがって,業務上横領罪については,被害者が告訴や被害届の提出をしなくとも,すなわち被害者が望むと望まざるとに限らず,理論的には刑事事件になりうる犯罪類型である,ということになります。

(3)被害者(会社)の許しを得るべきであること
  それでも被害者である会社の許しを得るために行動することが何より重要です。もちろん道徳的観点から,あなたが行ってしまった行為について被害者である会社に謝罪をし,償いをする必要があることは勿論ですが,それ以外の理由も下記の通りです。
  そもそも会社内での横領行為は,捜査機関に発覚しがたい犯罪類型です。したがって,会社が被害を捜査機関に報告しなければ実質的に捜査機関が事件を知る機会がないので,非親告罪であるにもかかわらず,刑事事件にはなりません。
  会社としても,横領事件が発生してしまったことが明らかになれば管理体制の不備が疑われてしまうため,進んで公にするのではなく,まずあなたの対応を見極めようとする場合があります。規模が大きな会社ではなおさらのことです。但し,上場企業であれば証券取引所の適時開示ルール(東京証券取引所有価証券上場規程402条など)により,業績に影響する損失が発生すればプレスリリースとして直ちに事実を公表しなければならないことになっています。
  ただ,もちろん何もしなくて開き直ればよい,というものではなく,会社に対して誠意ある対応を行い,謝罪の意を示すことで許しを得れば,刑事事件を回避することができる可能性が極めて高いということです。

(4)被害を弁償するべきであること
ア 会社の許しを得るために必要なものとして,謝罪のほかに被害の弁償があります。これは,会社が営利企業であること,業務上横領による被害は金銭的被害であることから当然です。このとき,どの程度弁済する必要があるか,については会社との交渉によって決まります。ただ,いかなる場合も全額弁済しなければならない,というわけではありません。なぜなら,上記の通り会社は営利企業ですから,少しでも被害を補てんする必要があるところ,仮にあなたが刑事事件の被告人として裁かれることになれば,場合によっては一銭も補てんされることがないまま事件が終わってしまう,ということが考えられるからです。会社としても,被害の全額とはいかなくとも,あなたが現実に支払うことができる額を弁済してもらうことの方が,経済的には得であるとして交渉(示談)に応じることがあるのです。といっても,被害額の1割というわけにも中々いきませんから,最初にある程度まとまった額を用意するか,かなり詳細かつ具体的な弁済の計画を立てて説得する必要があります。
イ なお,被害の弁償を行うべき理由は会社の許しを得るということの他にもう一つあります。業務上横領罪のような財産犯においては,弁済(被害の弁償)がなされると捜査機関が刑事事件として取り扱わないことがある,ということです。これは以下で詳しく説明します。

2 刑事事件と民事事件の関連
(1)前提
  まず,前提として会社は被害者ですから,あなたの行為を業務上横領罪の刑事事件として捜査機関に報告することができる権利を持っています。
  加えて,会社はあなたに対して,被った損害を金銭で填補・賠償するよう求める権利を持っています。これは,あなたに対する不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)や不当利得返還請求権(同704条)です。
  ここで区別が必要であるのは,上記告訴・被害届を出す権利は刑事事件に関するものであり,損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権の行使は民事事件に関する権利である,ということです。
  刑事事件と民事事件は全く別の領域の問題ですから,あなたの行為によって被害者である会社は刑事と民事の両面から訴えることができる,ということになります。

(2)被害弁償の効果
  では,被害の弁償はいかなる法的効果を持つのでしょうか。仮に全額を弁償した場合であっても,消滅する相手方の権利はあなたに対する不法行為に基づく損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権です。
  つまり,被害の弁償は,民事事件に関連する相手方の権利に対する効果しか法的には有していないことになります。
  ではなぜ,業務上横領罪のような犯罪において,弁済(被害の弁償)がなされると捜査機関が刑事事件として取り扱わないことがあるのでしょうか。
  これは,民事事件と刑事事件は全く別の区別されるべき領域であると同時に,互いに密接な関連を有しており,本件のような業務上横領事件においては,民事上で責任を果たすことが刑事事件に大きく影響することになることがその理由です。

(3)民事不介入の原則
  そもそも,なぜ本件のような業務上横領事件において,民事事件の問題である被害の弁償が刑事事件に影響するのでしょうか。
  前提として,警察等の捜査機関は,「民事不介入の原則」という制約を自らに課しています。「民事不介入の原則」とは,法律で定められている原則ではありませんが,民事事件に警察等の捜査機関は介入しない,という原則です。これは,本来私的な領域の問題である一般私人の紛争について,行きすぎた捜査機関の介入は謙抑的であるべき,という趣旨に基づくものです。
  つまり,捜査機関は,民事事件に関する紛争については,当事者同士で解決できる(若しくは裁判所の介入によって解決できる)ものとして,積極的に介入しないように努めているのです。自由主義,個人主義(憲法13条)を前提とするわが国においては,すべての私的紛争は私的自治の原則により当事者間で解決され,捜査,刑事手続きは私人間の行為で特に違法性が強いもののみを刑罰により強制的に処罰し法的社会秩序を維持しています。
  したがって,本件のような業務上横領についても,本来は刑事事件,民事事件のどちらも問題となりうるものですが,被害の弁償(弁済)をする,同時に具体的で現実的な弁済の計画を作成し,会社に提出して合意を得ることで,民事事件としての性格が強い,と捜査機関に判断されれば,上記民事不介入の原則から,捜査機関の介入を回避できる可能性があるのです。

3 具体的対応について
 (1)以上から,あなたが逮捕や裁判を回避するためには,まず会社に対して誠意ある謝罪を行うと同時に,少しでも被害の弁償を行いながら,会社が被害届を警察に出さないよう交渉することが必要となります。
  本件では,被害額が約5000万円と高額ですので,一度に全部弁済することは困難であるかと思います。ですから,最初にある程度まとまった額を弁償した上で,どのような形で資金をねん出し,月々いくら支払っていくか,という弁済計画を作成して会社に提出し,納得してもらう必要があります。

 (2)その他,@貴方の事案は5000万円という高額な金額が10年間も発覚しなかったという特殊性があります。10年前のことを詳細に立件することは厳格な刑事手続き上困難な面があります。従って,5000万円着服を上司の前で概括的に認めたからといって,あわててはいけません。どの範囲で立件できるかどうか会社側の資料も慎重に収集する必要があります。明確な証拠が残っているかどうかということです。刑事手続きでは本人の自白だけで有罪を認定することはできません(憲法38条3項)。A次に,合計5000万円ですからその横領回数は膨大なものになるはずです。これも立証の問題点となり刑事手続き上のハードルになるはずです。Bさらに,交通費,出張費,交際費名目がすべて虚偽であるという法的立証もこれまた困難といえるかもしれません。すなわち,一部交際費に使い,他の一部を流用したという場合領収書,報告書等の分析も困難を極めるでしょう。法的にどの範囲で犯罪を行う意思(故意)があったかも最終的に問題となるはずです。従って,会社への詳細な説明の段階で弁護人と協議し慎重なる対応が必要です。なぜなら,事実関係は貴方しか把握できない場合があり,会社側も貴方の供述が頼りにならざるを得ない情況と思われるからです。C以上の事情から,告訴,被害届けがあっても,刑事的立件は以外に少ない金額になるかもしれません。例えば,常習的窃盗の場合,最終的に立件されるのは逮捕された最後の数件になることが多いからです。D又,告訴されても捜査機関は迅速に動けない可能性も残されています。5000万以上と金額は大きいのですが,このような,知能犯的犯罪は警察署によっては,捜査担当者も限られており捜査体制が整うまで時間がかかるかもしれません。窃盗などの現行犯は逮捕,勾留されるのに,犯罪行為態様が膨大,複雑になると刑事手続きの厳格性,謙抑制から実務上捜査機関は慎重になる場合があります。Eその上,民事上の示談が一部でもなされるとさらに捜査が遅延する可能性があります。事実上被害額の認定がさらに難しくなるからです。そういう意味で被害の迅速な一部弁済,退職に伴う未払い給料等の相殺は一定の意味を持つことがあります。F最終的に示談等何もしなければ4年前後の実刑(懲役刑)が予想されるでしょう。

 (3)ただ,着服を実行してしまった当人であるあなたが,会社に対してその宥恕(許し)を求めることは,会社の不興を買うことになりかねませんので,専門家である弁護士等を間に入れて交渉を行うことをお勧めいたします。

【参照条文】

刑法
(業務上横領)
第253条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は,十年以下の懲役に処する。
民法
(悪意の受益者の返還義務等)
第704条  悪意の受益者は,その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において,なお損害があるときは,その賠償の責任を負う。
(不法行為による損害賠償)
第709条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

【参考裁判例】

 仮に,上記のような対応に関わらず,刑事事件として起訴され,裁判になってしまったとしても,あなたがそれ以前に謝罪をして少しでも被害を弁済していた事実は良い事情として考慮されるため,その活動は無駄にはなりません。なぜなら,業務上横領罪のような財産犯において,被害の弁償がなされていることは,あなたの反省の強い意思を示すとともに,そのまま被害の縮小につながるからです。
 以下,良い事情として被害弁償を摘示している最近の裁判例を挙げますので,参考になさってください。
・大阪地判平成20年3月7日(抜粋,横領額は合計3億7200万円)
「被告人は,本件による逮捕以前に,7800万円余りを被害者らに支払っており,さらに本件審理中に合計500万円の被害弁償をし,損害の一部は金銭的に填補されていること,被告人は,各犯行を真摯に反省し,被害者に対して謝罪の手紙を送付して,被害弁償をするとの意思を明らかにしていること,(中略)ことなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。」
・東京地判平成19年9月28日(抜粋,横領額は合計1億7200万円)
「被告人は,業務上横領事件についてはいずれも事実関係を認めるなど反省の情が窺われる上,自宅マンションを売却して得た200万円を年金資金を横領した事件の被害弁償として中央会に支払っている。(中略)その他,弁護人の指摘する被告人のために酌むべき事情もある。」
・福岡地判平成18年10月25日(抜粋,起訴された横領額は合計約1500万円)
「被告人3名と被害者(後任の後見人)との間で平成16年7月30日,告訴人による告訴額3602万1904円のうち,被告人らが最大で3168万9000円を着服横領したことを認め,既払額398万7252円を差し引いた2770万1748円につき,今後23年間にわたって月々10万円ずつ分割して支払うことで示談が成立しており,これまで約定どおりの支払がなされていること,(中略)などそれぞれ酌むべき事情も存在する。」

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