新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1423、2013/03/05 00:00 https://www.shinginza.com/keibai.htm

【民事・抵当権設定後に占有を始め賃借権の取得時効に必要な期間全てが経過した場合時効取得者は,抵当権実行による競落人に賃借権を対抗できるか・最高裁平成23年1月21日判決】

質問:裁判所の競売手続きで,土地を取得したのですが,その土地の上に建物が建っています。建物所有者(Y)に対して,建物を撤去して土地を明け渡すよう請求したのですが,Yは「抵当権の設定登記後に占有を始め,時効取得に必要な期間が経過したことにより借地権を時効取得したので,競売で土地を取得した者に対しても,対抗要件がなくても借地権を主張できる。」と反論して立ち退きを拒否しています。建物の撤去を請求できるのでしょうか。



回答:Yの主張は誤っています。判例も「不動産につき賃借権を有する者がその対抗要件を具備しない間に,当該不動産に抵当権が設定されてその旨の登記がされた場合,上記の者は,上記登記後,賃借権の時効取得に必要とされる期間,当該不動産を継続的に用益したとしても,競売又は公売により当該不動産を買い受けた者に対し,賃借権を時効により取得したと主張して,これを対抗することはできない。」(最判平23.1.21)としています。Yの主張は,所有権の時効取得について「第三者のなした登記後に時効が完成した場合においては,その第三者に対しては,登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうる」という判例(最判昭36.7.20)があり,その判例の結論を抵当権と借地権の関係にもあてはめたものと考えられますが,抵当権の場合とは異なるとされています。

解説:
1  抵当権の設定登記と賃借権の関係についての原則
(1)「抵当権の目的不動産につき賃借権を有する者は,当該抵当権の設定登記に先立って対抗要件を具備しなければ,当該抵当権を消滅させる競売や公売により目的不動産を買い受けた者に対し,賃借権を対抗することができないのが原則」です(民事執行法59条1項,2項,国税徴収法124条1項。最判平23.1.21)。これは,抵当権を設定する者は,その不動産の担保価値を把握するため抵当権設定時の不動産の利用関係を調査するのですが,その際,抵当権設定登記の時点で抵当権に優先する権利,例えば賃借権があるか否かを対抗要件の有無で判断できることにしないと,担保価値の把握ができなくなってしまうためです。

(2)ところで,「土地賃借権の時効取得については,土地の継続的な用益という外形的事実が存在し,かつ,それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは,民法163条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解されています(最判昭43.10.8)。
  そして,前記(1)のことは,「抵当権の設定登記後にその目的不動産について賃借権を時効により取得した者があったとしても,異なるところはありません(最判平23.1.21)。抵当権設定権利者は,抵当権を設定する時点での交換価値の把握をして抵当権を設定するわけですから,その登記後の権利関係の創設により抵当権の把握した交換価値が変化することは認めると,抵当権を設定した目的が害されてしまうため,判例の結論は当然といえます。

(3)以上からすると,本件では,Yは,抵当権の設定登記後に賃借権を時効取得したのですから,Yは本件の賃借権をもってあなたに対抗することはできない,と思われます。しかしながら,Yは「抵当権の設定登記後占有を始め,賃借権の時効取得に必要とされる期間,甲土地を継続的に用益するなどしてこれを時効取得した」と主張していることから,本件を単純な「抵当権の設定登記後に賃借権が時効取得された場合」と捉えることはできず,さらに考察を加える必要があります。時効取得という法律効果が「原始取得」の一種であると解釈されているからです。原始取得というのは,従来の権利者の権利を引き継ぐ(これを承継取得と言います)のではなく,従来の権利者の権利とは無関係に独立して新たに権利を取得することを言います。原始取得の場合には,従来の権利者が負担している抵当権などの物権の影響を受けない(自己の権利を対抗できる)と解釈されています。時効取得者は権利者との取引行為に基づいて権利を取得するのではなく,継続した事実状態を根拠として権利を取得するからです。
  抵当権の設定されている土地について,賃借権を時効取得したということを主張して対抗要件なく賃借権を抵当権者にも対抗できるのではないか,という疑問が生じます。所有権の時効取得の場合は対抗要件がなくても(所有権移転登記を受けていなくても),当該目的不動産に登記を取得している第三者に対抗できることから同視できないか,という疑問です。

2  所有権の時効取得の事例との比較
(1)本件で,「Yは,抵当権の設定登記後に占有を始め,賃借権の時効取得に必要とされる期間,甲土地を継続的に用益するなどしてこれを時効取得した」とのことです。
  この点,所有権の時効取得の事例において,同様の問題を扱った判例(最高裁昭36年7月20日判決)があります。同判例は,「第三者のなした登記後に時効が完成した場合においては,その第三者に対しては,登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうる」とします。

(2)同判例の趣旨については,以下のように考えます。
@ 「時効が完成しても,その登記がなければ,その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえない」ことを前提としつつも,
A 「第三者のなした登記後に(占有を始め)時効が完成した場合」は,第三者はもはや完全な所有者となるのであって,この場合は「同一所有者のもとで時効期間が進行し経過した場合」と同視できるところ,
B 「同一所有者のもとで時効期間が進行し経過した場合」においては,所有者に対しては登記なくして時効取得を対抗することができる(大審院大正7年3月2日判決)。
C したがって,「第三者のなした登記後に時効が完成した場合においては,その第三者に対しては,登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうる」
  すなわち,同判例は,「同一所有者のもとで時効期間が進行し経過した場合」においては,所有者に対しては登記なくして時効取得を対抗することができる(上記B)という見解を前提としているのです。

(3)では,「Yは,抵当権の設定登記後,賃借権の時効取得に必要とされる期間,甲土地を継続的に用益するなどしてこれを時効取得した」という本件に,同判例を援用することができるのでしょうか。
  この点,否定すべきであると解釈します。なぜなら,同判例は,「同一所有者のもとで時効期間が進行し経過した場合」においては,所有者に対しては登記なくして時効取得を対抗することができる(前記B)という見解を前提としているところ(前記(2)),同見解(前記B)の根拠は,従前の所有者と時効取得者の関係は,時効取得者が所有権を取得する反面,従前の所有者が所有権を失うという関係に着目すると,権利変動の当事者(前主と後主)の関係(この関係においては,後主が前主に権利変動を主張するのに対抗要件は不要とされます。)に類似することにあります。しかしながら,本件では,抵当権対賃借権が問題となるところ,抵当権は目的物の価値を把握するのみで用益を内容とはしないため,抵当権と賃借権は両立し,抵当権者と賃借権の時効取得者との間では権利の得喪は生じません(権利の得喪〔ないし制限〕が生じるのは,所有者と賃借権の時効取得者との間です。)。すなわち,抵当権者と賃借権の時効取得者との間には,権利変動の当事者(前主と後主)の関係に類似する関係が生じるわけではないのです。したがって,本件には,同判例の前提とする見解が妥当せず,そのため同判例の見解も妥当しないといえるのです。
  前掲最高裁平成23年1月21日判決は,本件と同様の事案において,競売・公売の買受人に対し賃借権の時効取得を対抗することはできないとしましたが(判旨については,次項にて紹介します。),これは上記のような考え方に立っているものと思料いたします。

3  賃借権の時効取得と競売・公売の買受人への対抗 〜 抵当権の設定登記時から時効取得に必要な期間が経過している場合
(1) 最高裁平成23年1月21日判決は,「不動産につき賃借権を有する者がその対抗要件を具備しない間に,当該不動産に抵当権が設定されてその旨の登記がされた場合,上記の者は,上記登記後,賃借権の時効取得に必要とされる期間,当該不動産を継続的に用益したとしても,競売又は公売により当該不動産を買い受けた者に対し,賃借権を時効により取得したと主張して,これを対抗することはできないことは明らかである。」としました。

(2)そして,同判決は,「所論引用の上記判例は,不動産の取得の登記をした者と上記登記後に当該不動産を時効取得に要する期間占有を継続した者との間における相容れない権利の得喪にかかわるものであり,そのような関係にない抵当権者と賃借権者との間の関係に係る本件とは事案を異にする。」として,最高裁昭和36年7月20日判決の理論は本件には当てはまらないとしました(前記2(3)参照)。所有権の時効取得の場合に,原始取得であるから時効完成時の従来権利者の権利を排除することができると考えることと,賃借権の時効取得の場合とは同様には考えることはできない,という結論になります。
  所有権が排他的支配をすることができる絶対性を有する物権であるのに対し,賃借権が当事者間の賃貸借契約に基づいて発生する債権であることが影響していると考えることもできます。債権というのは,元来,債権者と債務者との間で主張することしかできないのが原則になるからです(賃借権は排他性がないので抵当権付き賃借権の存在も矛盾しない。所有権の時効取得の場合は,排他性から抵当権者に取得時効・原始取得を主張できることになります)。
  判例上,抵当権者と賃借権者の優劣は,それぞれが第三者対抗要件を具備した時期の先後によって決することと解釈されていますが,本件では,抵当権者の抵当権設定登記の方が,賃借権者の第三者対抗要件取得(引渡しを受けた時期)よりも先だったのですから,当然に抵当権者が優先すると考えることは,対抗要件主義に立てば自然な解釈ということができます。
  時効の制度趣旨は,公平上権利の上に眠る者を保護しないというものであり,抵当権者は所有者と違い元々目的物の占有を有しないものですから,第三者が占有している状態を放置していたとしても自らの権利を放置し権利主張を怠っていたというわけではありませんので時効の責任を負わせることはできないと考えることもできます。いずれにしても,所有権の二重譲渡があったような事例と,本件の様に,抵当権者と賃借権者の優劣が問題となるような事案では同列に論じることはできないということになります。

≪参照条文≫

民法
(所有権の取得時効)
第162条 20年間,所有の意思をもって,平穏に,かつ,公然と他人の物を占有した者は,その所有権を取得する。
2 10年間,所有の意思をもって,平穏に,かつ,公然と他人の物を占有した者は,その占有の開始の時に,善意であり,かつ,過失がなかったときは,その所有権を取得する。
(所有権以外の財産権の取得時効)
第163条 所有権以外の財産権を,自己のためにする意思をもって,平穏に,かつ,公然と行使する者は,前条の区別に従い20年又は10年を経過した後,その権利を取得する。
(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。
(賃貸借)
第601条 賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
(不動産賃貸借の対抗力)
第605条 不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その後その不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる。

民事執行法
(売却に伴う権利の消滅等)
第59条 不動産の上に存する先取特権,使用及び収益をしない旨の定めのある質権並びに抵当権は,売却により消滅する。
2 前項の規定により消滅する権利を有する者,差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない不動産に係る権利の取得は,売却によりその効力を失う。
3 不動産に係る差押え,仮差押えの執行及び第1項の規定により消滅する権利を有する者,差押債権者又は仮差押債権者に対抗することができない仮処分の執行は,売却によりその効力を失う。
4 不動産の上に存する留置権並びに使用及び収益をしない旨の定めのない質権で第2項の規定の適用がないものについては,買受人は,これらによつて担保される債権を弁済する責めに任ずる。
5 利害関係を有する者が次条第1項に規定する売却基準価額が定められる時までに第1項,第2項又は前項の規定と異なる合意をした旨の届出をしたときは,売却による不動産の上の権利の変動は,その合意に従う。

国税徴収法
(担保権の消滅又は引受け)
第124条 換価財産上の質権,抵当権,先取特権,留置権,担保のための仮登記に係る権利及び担保のための仮登記に基づく本登記(本登録を含む。)でその財産の差押え後にされたものに係る権利は,その買受人が買受代金を納付した時に消滅する。第24条(譲渡担保権者の物的納税責任)の規定により譲渡担保財産に対し滞納処分を執行した場合において,滞納者がした再売買の予約の仮登記があるときは,その仮登記により保全される請求権についても,また同様とする。
2 税務署長は,不動産,船舶,航空機,自動車又は建設機械を換価する場合において,次の各号のいずれにも該当するときは,その財産上の質権,抵当権又は先取特権(登記がされているものに限る。以下この条において同じ。)に関する負担を買受人に引き受けさせることができる。この場合において,その引受があつた質権,抵当権又は先取特権については,前項の規定は,適用しない。
一 差押に係る国税がその質権,抵当権又は先取特権により担保される債権に次いで徴収するものであるとき。
二 その質権,抵当権又は先取特権により担保される債権の弁済期限がその財産の売却決定期日から6月以内に到来しないとき。
三 その質権,抵当権又は先取特権を有する者から申出があつたとき。

≪参照判例≫

最高裁昭和36年7月20日判決
時効による権利の取得の有無を考察するにあたつては,単に当事者間のみならず,第三者に対する関係も同時に考慮しなければならぬのであつて,この関係においては,結局当該不動産についていかなる時期に何人によつて登記がなされたかが問題となるのである。されば,時効が完成しても,その登記がなければ,その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえないのに反し,第三者のなした登記後に時効が完成した場合においては,その第三者に対しては,登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうることとなると解すべきことは,当裁判所の判例とするところであつて(昭和・・・35年7月27日当法廷判決,判例集14巻10号1871頁以下),所論引用の判例も結局その趣旨において前記判例と異ることないものと解すべきである。

最高裁平成23年1月21日判決
1 本件は,公売により・・・本件土地・・・を取得したXが,本件土地の所有権に基づき,〈1〉本件土地上に・・・本件建物・・・を所有して本件土地を占有するY1に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すことなどを求めるとともに,〈2〉Y1からそれぞれ本件建物の一部を賃借して占有しているその余のYらに対し,本件建物の各占有部分から退去して本件土地を明け渡すことを求める事案である。Y1は,本件土地を前所有者から賃借していたが,上記公売により消滅した抵当権の設定登記に先立って賃借権の対抗要件を具備していない。
2 所論は,最高裁昭和・・・36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁を引用するなどして,Y1は,上記抵当権の設定登記後,賃借権の時効取得に必要とされる期間,本件土地を継続的に用益するなどしてこれを時効により取得しており,同登記に先立って賃借権の対抗要件を具備していなくても,この賃借権をもってXに対して対抗することができると主張する。
3 抵当権の目的不動産につき賃借権を有する者は,当該抵当権の設定登記に先立って対抗要件を具備しなければ,当該抵当権を消滅させる競売や公売により目的不動産を買い受けた者に対し,賃借権を対抗することができないのが原則である。このことは,抵当権の設定登記後にその目的不動産について賃借権を時効により取得した者があったとしても,異なるところはないというべきである。したがって,不動産につき賃借権を有する者がその対抗要件を具備しない間に,当該不動産に抵当権が設定されてその旨の登記がされた場合,上記の者は,上記登記後,賃借権の時効取得に必要とされる期間,当該不動産を継続的に用益したとしても,競売又は公売により当該不動産を買い受けた者に対し,賃借権を時効により取得したと主張して,これを対抗することはできないことは明らかである。
これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の上記判例は,不動産の取得の登記をした者と上記登記後に当該不動産を時効取得に要する期間占有を継続した者との間における相容れない権利の得喪にかかわるものであり,そのような関係にない抵当権者と賃借権者との間の関係に係る本件とは事案を異にする。また,所論引用に係るその余の判例も,本件に適切でない。論旨は採用することができない。

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