新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1390、2012/12/18 16:40

【債務整理・福祉・自宅不動産所有と生活保護・住宅ローンの有無との関係】

質問:ローン付きの住宅に住んでいます。住宅ローンの完済まであと10年くらい(残高約1200万円)の予定でしたが,失業してしまい,うつ病で再就職の目途も立ちません。当面の生活資金としての蓄えも底を尽きそうです。銀行からは「支払の猶予はできない。滞納が続けば保証会社から保証履行を受けるしかない。」と言われてしまい,繋ぎとして生活保護が受けられないか,福祉事務所に相談に行きましたが,「ローンが残っていても自宅を持っている人には生活保護は出せない。」と言われてしまいました。持ち家がある場合,生活保護は受けられないのでしょうか。住宅ローンが残っているかどうかで違うのでしょうか。

回答:
1、持ち家がある場合でも,当該不動産の処分価値が利用価値に比べて著しく大きくない限り,持ち家を処分することなく生活保護を受けることが可能です。
2、ただし,ローン付きの住宅を保有する人による生活保護の申請については,却下されるのが原則です。例外がないわけではありませんが,本件はあてはまらないでしょう。
3、自宅の売却を含む債務整理に着手しつつ,並行して生活保護の申請をするという方向で弁護士に依頼することをお勧めします。
4、関連事例集1313番、1175番参照。

解説:

【生活保護と補足性の原則】
  生活保護法は,生活保護の開始要件として,「保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と規定しています(生活保護法4条1項)。生活保護が最後のセーフティーネットであることに鑑み,資産を保有している場合には,生活保護を受けるよりも先にその資産を利用することが求められます。
  生活保護は,憲法25条が定める生存権を具体化するために,国が生活に困窮する国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行うものです(生活保護法1条)。
  もっとも,生活保護はあくまでセーフティーネットであり,個人が可能な努力を尽くしてもなお最低限度の生活を維持できない場合に行われるべきものです。これを生活保護の補足性といいます(同法4条1項)。この補足性の一内容として,通常民法上の扶養義務は生活保護に優先して行われるものとされています(同条2項)。私有財産制度(憲法29条)を基本にしている以上,相続も原則的に親族関係にあるものに分配され,それと相待って生活困窮者の援助も第一義的には親族が国家に先立って義務を負うことになりますから,常に国家は親族の援助を受けられない場合の予備的機能を持つことになります。  従って,扶養義務を履行しなければならない者がいる場合に生活保護費が支出されたときは,保護費を支出した自治体の長は,その履行されるべき扶養義務の範囲内でその者から徴収することができるとされています(同法77条1項)。又親族がいなくても補足性の趣旨から本人が生活の糧となる何らかの財産を有する場合は生活保護は開始されないことは当然です。

【居住用不動産の活用方法,処分価値と利用価値の比較】
  では,居住用不動産,いわゆる持ち家がある場合,生活保護は一切受けられないのかというと,必ずしもそうではありません。
  生活保護法の運用を所管する厚生労働省の通知(昭和38年4月1日社発第246号社会局長通知)においても,生活保護を受給する世帯の居住の用に供される家屋や家屋に付属する土地については,当該不動産の処分価値が利用価値に比して著しく大きくない限り,保有が認められるとされています。相続した小規模の農地であるとか,老朽化した狭小な戸建住宅などは,所有したままでも受給できる可能性があります。所有する不動産の固定資産評価額を調べて,例えば,土地30万円未満,建物20万円未満の免税点以下の不動産であれば,基本的に障害とはならないと考えることができるでしょう。また,特別な事情により家屋の処分ができない,例えば第3者に占拠されていて売却できないというような場合にも生活保護は受けられます(もちろん処分が可能となれば売却してこれまで受領した生活保護費は返還する必要があります)。

【住宅ローン付きの場合】
  以上が持ち家がある場合の生活保護開始に関する一般原則ですが,持ち家といっても住宅ローンが残っている場合には,原則として保有が認められていません。住宅ローンがついていれば資産価値はないと言ってよいのですが,実質的に生活保護費で住宅ローンが返済されて,資産形成ができてしまうというのでは不公平が著しく,不相当だからです(昭和38年4月1日社保第34号厚生省社会局保護課長通知,問14参照)。
  もっとも,厚生労働省も一切の場合に生活保護適用を認めないというのではありません。まず,一般の持ち家の場合と同様の基準(処分価値が利用価値に比して著しく大きくない)を満たしたうえで,(1)住宅ローン債権者によってローンの返済の猶予が認められている場合か,あるいは,(2)ローン返済期間が短期であって,かつ,ローン支払額が少額である場合かのいずれかにおいては,生活保護を適用して差し支えないとしています(生活保護手帳別冊問答集,問128参照)。
  なお,上記(2)については厚生労働省は具体的な基準を示していませんが,東京都福祉保健局生活福祉部保護課の「生活保護運用事例集(平成22年度修正版)」においては,「保有を容認するかどうかは,地域の住宅事情,世帯の状況も含めて判断すべきであり,返済期間,ローン支払い額の基準を一律に示すのは困難である。目安としては,例えば,期間は5年程度,金額は月毎の支払額が世帯の生活扶助基準の15%以下程度,ローンの残額が総額で300万円以下程度が考えられるが,個別事例ごとに慎重に判断すべきであろう。」とされています。

【債務整理の必要性】
  あなたからのご相談の事案については,住宅ローン債権者から明確に返済猶予を拒否されてしまっていて,再考を促す根拠となるような事情も見当たらないこと,ローンの残高,返済期間,返済額についても相当の多額を残していることから,残念ですが,ローン物件を維持したままでの生活保護受給は認められる目途が立ちません。
  申請をするだけはしてみて却下決定を受けたうえで,自治体の運用とそれを指導する厚生労働省の基準の違法性を主張して訴訟で争うということも理論的にはありえますが,当該基準自体については行政に関する裁量の範囲内であるとされる可能性が極めて高く,病気と失業で困っているあなたの生活を成り立たせる助けになるとは見込めません。
  自宅に対する思い入れは捨てがたいでしょうが,維持することが困難な固定資産に拘るあまり,日々の生活に不安を抱えるというのでは本末転倒です。住宅ローン付きの自宅不動産の保有は断念して,任意整理か自己破産による債務整理に着手すべきではないかと思います。債務整理の方法がいずれになるかについては,自宅不動産の売却見込額とローン残高の比較や,他の債務の状況などによりますので,ここで結論を出すことはできませんが,債務整理自体は最後には必ず終結させることができます。
  弁護士が債務整理に介入した後であれば,たとえ住宅ローン付きの物件の売却が未了であっても,もはや保護費が返済に使われる虞はないとして,早期に生活保護を開始するよう求めることもできるでしょう。債務整理を開始し,生活保護を受けて,その後で今の自宅からの転居費等についても保護費から支給してもらって,生活を立て直していくことを選ぶ方があなたの心の平穏のためにも良いことではないか,お考えになってみてください。

≪参照法令≫

生活保護法
(保護の補足性)
第4条第1項 保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
第2項 民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は,すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
第3項 前二項の規定は,急迫した事由がある場合に,必要な保護を行うことを妨げるものではない。

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