新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1358、2012/10/22 12:42 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺留分請求額と相続負債の関係・遺留分権利者は,遺留分の額に相続債権者に対する法定相続分に基づく相続債務額を加算することができるか・最高裁平成21年3月24日判決】

質問:私は弟と2人兄姉で,父はかなり以前に亡くなっているのですが,先日母が亡くなりました。母は,その財産全部を私に相続させる旨の遺言を残しておりました(民法902条1項本文前段,908条前段参照)。相続財産としては時価2億円の不動産があるのですが,他方で,1億8000万円の相続債務があります。不動産について,私が遺言に基づき所有権移転登記の手続をしたところ,弟は,遺留分減殺請求権を行使し(民法1031条参照),2億分の9500の共有持分の移転登記手続を請求してきました。弟による遺留分侵害額の算定方法は,2億円から1億8000万円を差し引いた2000万円の4分の1である500万円に,1億8000万円の2分の1である9000万円を加えるというものです。弟の主張の前提には,財産全部を私に相続させる旨の遺言があるとしても,1億8000万円の相続債務は,法定相続分(1/2,民法900条4号本文参照))に従って当然に分割され,自分は9000万円の債務を負うことになる,という考えがあるようです。弟の主張は正しいのでしょうか。

回答:
1.遺留分請求権の趣旨から考えると,財産全部をあなたに相続させる旨の遺言により1億8000万円の相続債務は,あなたと弟さんとの間においては(債権者との関係については異なりますので,解説を参考にして下さい),すべてあなたが負うことになるのであって,弟さんの遺留分侵害額は,2億円から1億8000万円を差し引いた2000万円の4分の1である500万円,ということになります。すなわち,遺留分侵害額を9500万円とする弟さんの主張は誤っています。
2.なお,1億8000万円の相続債務はすべてあなたが負うことになるといっても,これはあなたと弟さんとの間のことに限られるのであって,相続債権者が弟さんに対し,1億8000万円の相続債務は法定相続分(1/2)に従って当然に分割されると主張して,9000万円の債務の履行を請求してきた場合は,弟さんは,この請求を拒むことはできませんし弁済後は,貴方に対して9000万円を求償できます。他方で,相続債権者があなたに対し,財産全部をあなたに相続させる旨の遺言により相続債務はすべてあなたに承継されると主張して,1億8000万円の債務の履行を請求してきた場合,あなたとしても,この請求を拒むことはできません。
3.関連事例集論文1236番1096番986番900番821番814番812番807番565番を参照。その他,減殺請求と寄与分に関して1132番981番790番676番参照。

解説:
(遺留分請求の趣旨)
 遺留分請求権について解釈が求められる場合,常に遺留分制度の制度趣旨から考える必要があります。遺留分とは,被相続人の生前処分または死因贈与によっても奪われることのない相続人に留保された相続財産の一定割合のことをいいます(民法1028条)。この遺留分制度は,相続人の生活保障の要請等から,私有財産制による被相続人の財産処分の自由を,一定限度で制約する制度です。つまり,遺留分は,相続開始以前における被相続人の財産処分の自由までも奪うものでなく,遺留分を侵害する被相続人の処分があっても,当然には無効とならず,一定限度で取り戻すことができるにすぎない制度となっています(遺留分減殺請求権(民法1031条))。これは,残された相続人の生活の安定や家族財産の公平な分配という要請がある反面,被相続人の個人財産処分の自由や取引の安全という要請も考慮しなければならないことから,両者を調和して制度化されています。もともと我が国の私法関係は,私的自治の原則と私有財産制(憲法29条)により構成されており,私有財産制の内容は理論的に死亡後の財産処分の自由も認めることになります。

 従って,遺言自由,優先の原則が基本となり,本来遺産の本来の所有者である被相続人は,誰にどれだけの贈与,遺贈をなすか全く自由意思で決めることができるのです。しかし,遺産形成についての相続人の精神的寄与,遺産で生活してきた遺族の期待権を無視することはできませんので,例外的に一定割合の請求権,すなわち,請求の意思表示をしたときに権利を認める形成権を遺族に認めました。これが遺留分請求権です。例外的権利ですので,取引の安全,権利関係の早期確定のため除斥期間(時効期間ではありませんから中断もありません。)も1年と短期間になっています(民法1042条)。したがって,遺留分請求権の解釈にあたっては,相続制度の基本である被相続人の財産処分の最終意思(遺言自由の原則)を最大限尊重し,それを前提にして例外的に認められた遺留分の請求権利行使の範囲を解釈していくことになります。

1 (遺留分侵害額の算定方法)
遺留分侵害額は,以下のように算定されます。
(1) 遺留分算定の基礎となる財産
ア まず,遺留分算定の基礎となる財産は,「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して,これを算定」します(民法1029条1項)。

イ 本件に即していうと,遺留分算定の基礎となる財産は,
2億円(「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」)
+0円(「被相続人・・・の贈与した財産の価額」)
−1億8000万円(「債務の全額」)
=2000万円
となります。

(2) 遺留分率と全体の遺留分額
ア 次に,「兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,」「直系尊属のみが相続人である場合」は「被相続人の財産の3分の1」,それ以外の場合は「被相続人の財産の2分の1」の「割合に相当する額を受け」ます(民法1028条)。この3分の1や2分の1の割合を遺留分率といいます。
  そして,遺留分算定の基礎となる財産(前記(1))に遺留分率を掛けたものが,全体の遺留分額となります。

イ 本件に即していうと,「直系尊属のみが相続人である場合」以外の場合に該当しますので,遺留分率は2分の1となります。
  そして,全体の遺留分額は,2000万円(前記(1)イ)×1/2=1000万円となります。

(3) 個別の遺留分額
ア 個別(各人)の遺留分額は,全体の遺留分額に各人の法定相続分を掛け(民法1044条,901条),ここから各人の特別受益額を差し引いた(民法1044条,903条 )額となります。

イ 本件に即していうと,弟さんについて個別の遺留分額は,1000万円×1/2−0円=500万円となります。

(4) 遺留分侵害額
ア 遺留分侵害額は,「算定した遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し,同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するもの」とされます(最判平8.11.26[後掲最判平21.3.24にて引用])。

イ 本件に即していうと,弟さんは「相続によって得た財産」はないので,個別の遺留分額である500万円(前記(3)イ)から控除すべき額は0円となります。
  では,個別の遺留分額である500万円に加算すべき,弟さんが「負担すべき相続債務・・・の額」は,1億8000万円(相続債務額)×1/2(法定相続分)=9000万円(弟さんの主張)なのでしょうか(遺留分侵害額は,500万円+9000万円=9500万円となります。),それとも,財産全部をあなたに相続させる旨の遺言を根拠に0円ということになるのでしょうか(遺留分侵害額は,500万円+0円=500万円となります。)。
  前掲最高裁平成8年11月26日判決では,この「負担すべき相続債務・・・の額」について具体的算定方法を明らかにしておらず,この点を明らかにしたのが後掲最高裁平成21年3月24日判決となるわけです。

2(財産全部を相続させる旨の遺言がある場合における相続債務額の加算の許否)
(1) 問題の所在
遺留分侵害額は,前記1のとおり
(「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」+「被相続人・・・の贈与した財産の価額」−「債務の全額」) (前記1(1)参照)
×遺留分率 (前記1(2)参照)
×法定相続分−特別受益額 (前記1(3)参照)
−「遺留分権利者が相続によって得た財産・・・の額」+「遺留分権利者・・・が負担すべき相続債務・・・の額」 (前記1(4)参照)という算定式により求められます。
  もっとも,財産全部を相続させる旨の遺言がある場合,上記「遺留分権利者・・・が負担すべき相続債務・・・の額」につき,@上記遺言により遺留分権利者は相続債務を負わないと考えて0円とするのか,それともA上記遺言の存在によっても遺留分権利者は法定相続分に従った相続債務を負うと考えて法定相続分相当額とするのか,ということが問題となります(後記(3))。この問題の前提には,財産全部を相続させる旨の遺言がある場合における相続人による相続債務の承継をどのように考えるのかという問題(後記(2))があります。

(2) 相続人による相続債務の承継
  財産全部を相続させる旨の遺言がある場合における相続人による相続債務の承継をどのように考えるのかという問題について,最高裁平成21年3月24日判決は,以下のとおり,相続人間の法律関係と,相続債権者との間の法律関係とを分けて考える立場を採用しました。

ア 相続人間の法律関係
  最高裁平成21年3月24日判決は,「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」としました。

イ 相続債権者との間の法律関係
  上記アのとおり「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,・・・特段の事情のない限り,・・・当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになる」とされます。もっとも,相続債権者(相続債務の債権者)に不利益を被らせることがあってはならず,以上のことは,上記最高裁判決自体が述べるとおり,あくまで「相続人間において」のこととされます。
  すなわち,前掲最高裁平成21年3月24日判決は,「上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,・・・相続債権者・・・の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。」としたのです。妥当な解釈です。

(3) 遺留分侵害額の算定
ア 財産全部を相続させる旨の遺言がある場合,遺留分侵害額の算定における「遺留分権利者・・・が負担すべき相続債務・・・の額」につき(前記(1)参照),@上記遺言により遺留分権利者は相続債務を負わないと考えて0円とするのか,それともA上記遺言の存在によっても遺留分権利者は法定相続分に従った相続債務を負うと考えて法定相続分相当額とするのか,という問題について,前掲最高裁平成21年3月24日判決は,「特段の事情のない限り,・・・相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになる」との見解に立つことを前提とした上で(前記(2)ア),@の見解に立つことを明らかにしました。
  すなわち,同判決は,「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ,当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合,遺留分の侵害額の算定においては,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。」としました。
  この理由について,同判決は,「遺留分の侵害額は,確定された遺留分算定の基礎となる財産額に民法1028条所定の遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し,同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものであり(最高裁平成8年11月26日第三小法廷判決・・・後記参照判例A),その算定は,相続人間において,遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものというべきである。」と述べます。

イ 同判決は,上記の見解に立ちつつ,他方で,「各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければなら」ないとの見解に立つことから(前記(2)イ),遺留分権利者が遺留分義務者の無資力のリスクを負担することとなります。もっとも,このことについては,同判決が,遺留分侵害額「の算定は,相続人間において,遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するもの」と捉える以上(前記ア),当然の帰結といえるのかもしれません。この点,同判決自身も,「遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ,これに応じた場合も,履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず,相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。」と述べるところです。遺留分請求権は私有財産の例外的権利として特別に認められたものである以上,最終的に取得することができる額を基準として請求する侵害額を算定すべきであり相続債権者に対して責任を負う負債額を請求額に加算することは許されません。最高裁の考えは,妥当な解釈と考えられます。

3 (本件について)
(1) 以上からすると,財産全部をあなたに相続させる旨の遺言により1億8000万円の相続債務は,あなたと弟さんとの間においては,すべてあなたが負うことになります(前記2(2)ア参照)。
  そして,このことを前提として,弟さんの遺留分侵害額は,(2億円(「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」)−1億8000万円(相続債務額)×1/2(遺留分率)×1/2(法定相続分)=500万円となります(前記1及び同2(3)ア参照)。

(2) なお,1億8000万円の相続債務はすべてあなたが負うことになるといっても,これはあなたと弟さんとの間のことに限られるのであって,相続債権者が弟さんに対し,1億8000万円の相続債務は法定相続分(1/2)に従って当然に分割される(民法427条,899条)と主張して,9000万円の債務の履行を請求してきた場合,弟さんは,この請求を拒むことはできません(前記2(2)イ参照)。そして,履行に応じた弟さんがあなたに対し履行した額を求償してきた場合,あなたはこれを拒むことはできません(前記2(3)イ参照)。
  他方で,相続債権者があなたに対し,財産全部をあなたに相続させる旨の遺言により相続債務はすべてあなたに承継されると主張して,1億8000万円の債務の履行を請求してきた場合,あなたとしても,この請求を拒むことはできません(前記2(2)イ参照)。

≪参照判例≫

最高裁平成21年3月24日判決
1 本件は,相続人の1人が,被相続人からその財産全部を相続させる趣旨の遺言に基づきこれを相続した他の相続人に対し,遺留分減殺請求権を行使したとして,相続財産である不動産について所有権の一部移転登記手続を求める事案である。遺留分の侵害額の算定に当たり,被相続人が負っていた金銭債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Aは,平成15年7月23日,Aの有する財産全部を被上告人に相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。本件遺言は,被上告人の相続分を全部と指定し,その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利を被上告人に移転する内容を定めたものである。
(2) Aは,同年▲月▲日に死亡した。同人の法定相続人は,子である上告人と被上告人である。
(3) Aは,相続開始時において,第1審判決別紙物件目録記載の不動産を含む積極財産として4億3231万7003円,消極財産として4億2483万2503円の各財産を有していた。本件遺言により,遺産全部の権利が相続開始時に直ちに被上告人に承継された。
(4) 上告人は,被上告人に対し,平成16年4月4日,遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
(5) 被上告人は,同年5月17日,前記不動産につき,平成15年▲月▲日相続を原因として,Aからの所有権移転登記を了した。
(6) 上告人は,Aの消極財産のうち可分債務については法定相続分に応じて当然に分割され,その2分の1を上告人が負担することになるから,上告人の遺留分の侵害額の算定においては,積極財産4億3231万7003円から消極財産4億2483万2503円を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円に,相続債務の2分の1に相当する2億1241万6252円を加算しなければならず,この算定方法によると,上記侵害額は2億1428万7377円になると主張している。これに対し,被上告人は,本件遺言により被上告人が相続債務をすべて負担することになるから,上告人の遺留分の侵害額の算定において遺留分の額に相続債務の額を加算することは許されず,上記侵害額は,積極財産から消極財産を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円になると主張している。
3(1) 本件のように,相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。もっとも,上記遺言による相続債務についての相続分の指定は,相続債務の債権者(以下「相続債権者」という。)の関与なくされたものであるから,相続債権者に対してはその効力が及ばないものと解するのが相当であり,各相続人は,相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときには,これに応じなければならず,指定相続分に応じて相続債務を承継したことを主張することはできないが,相続債権者の方から相続債務についての相続分の指定の効力を承認し,各相続人に対し,指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないというべきである。
そして,遺留分の侵害額は,確定された遺留分算定の基礎となる財産額に民法1028条所定の遺留分の割合を乗じるなどして算定された遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し,同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものであり(最高裁平成5年(オ)第947号同8年11月26日第三小法廷判決・民集50巻10号2747頁参照),その算定は,相続人間において,遺留分権利者の手元に最終的に取り戻すべき遺産の数額を算出するものというべきである。したがって,相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ,当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合,遺留分の侵害額の算定においては,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ,これに応じた場合も,履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず,相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである。
(2) これを本件についてみると,本件遺言の趣旨等からAの負っていた相続債務については被上告人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情はうかがわれないから,本件遺言により,上告人と被上告人との間では,上記相続債務は指定相続分に応じてすべて被上告人に承継され,上告人はこれを承継していないというべきである。そうすると,上告人の遺留分の侵害額の算定において,遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存在しないことになる。
4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

(参照判例A)
最高裁平成8年11月26日第三小法廷判決
「一 原審の確定した事実関係は,次のとおりである。
1 ○○Aは,平成二年六月二九日,すべての財産を上告人に包括して遺贈する旨遺言した。
2 ○○Aは,平成二年七月七日死亡した。同人の法定相続人は,妻である被上告人○○B並びに子である被上告人○○C,同○○D,上告人及び○○Eである。
3 ○○Aは,相続開始の時において,第一審判決別紙物件目録の本件不動産の項の一ないし二九記載の不動産(以下「本件不動産一」などという。)及び同目録の売却済み不動産の項の(一),(二)記載の不動産(以下「売却済み不動産(一)」などという。)を所有していた。
4 被上告人らは,上告人に対し,平成三年一月二三日到達の書面をもって遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
5 平成二年一二月一八日,本件不動産六ないし八につき,平成三年二月七日,本件不動産二,五及び二八につき,それぞれ相続を登記原因として上告人に所有権移転登記がされ,また,同日,本件不動産二九につき上告人を所有者とする所有権保存登記がされた。
6 上告人は,被上告人らから遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示を受けた後,同人らの承諾を得ずに,売却済み不動産(一)を三億二七三二万〇四〇〇円で,同(二)を七二三七万五〇〇〇円で,それぞれ第三者に売渡し,その旨の所有権移転登記を経由した。
二 被上告人らの本件請求は,遺留分減殺請求により被上告人らが本件不動産一ないし二九につき,本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分(被上告人○○Bは四分の一,同C,同Dは各一六分の一の割合の持分)を取得したと主張して,本件不動産一ないし二九につき右各持分の確認を求め,かつ,本件不動産二,五ないし八,二八及び二九につき,遺留分減殺を原因として,右各持分の割合による所有権一部移転登記手続を求めるものである。なお,被上告人らからは,前記一3記載の不動産のほか普通預金債権,預託金債権等の相続財産が存在する旨の主張がされており,上告人からも,第一審判決別紙相続債務等目録記載の相続債務の存在等が主張されている。
三 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判示して,被上告人らの請求を認容した。
1 上告人は,遺留分減殺の意思表示を受けた後,遺産を構成する売却済み不動産(一),(二)を第三者に合計三億九九六九万五四〇〇円で売却し,その旨の所有権移転登記を経由したことにより,遺留分減殺請求により被上告人らに帰属した右各不動産上の持分を喪失させたから,被上告人らは,上告人に対し,右持分の喪失による損害賠償請求権を有する。
2 被上告人らは,本訴において,右各損害賠償請求権と上告人が相続債務を弁済したことにより被上告人らに対して有する各求償権とを対当額で相殺する旨意思表示した。上告人が弁済したとする相続債務の額に被上告人○○Bは四分の一,同C,同Dは各一六分の一の割合を乗じて求償権の額を算定すると,その額が右各損害賠償請求権の額を超えないことは明らかであるから,右求償権は相殺により消滅したというべきである。
3 そうすると,上告人主張の相続債務は,遺留分額を算定する上でこれを無視することができ,したがって,負担すべき相続債務の有無,範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定するまでもなく,被上告人らは,遺留分減殺請求権の行使により,本件不動産一ないし二九につき,本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したというべきである。
四 しかしながら,原審の右判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
1 遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合,遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属するところ,遺言者の財産全部の包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないものであって(最高裁平成三年(オ)第一七七二号同八年一月二六日第二小法廷判決・民集五〇巻一号一三二頁),前記事実関係の下では,被上告人らは,上告人に対し,遺留分減殺請求権の行使により帰属した持分の確認及び右持分に基づき所有権一部移転登記手続を求めることができる。
2 被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合の遺留分の額は,民法一〇二九条,一〇三〇条,一〇四四条に従って,被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え,その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し,それに同法一〇二八条所定の遺留分の割合を乗じ,複数の遺留分権利者がいる場合は更に遺留分権利者それぞれの法定相続分の割合を乗じ,遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときはその価額を控除して算定すべきものであり,遺留分の侵害額は,このようにして算定した遺留分の額から,遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合はその額を控除し,同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するものである。被上告人らは,遺留分減殺請求権を行使したことにより,本件不動産一ないし二九につき,右の方法により算定された遺留分の侵害額を減殺の対象である○○Aの全相続財産の相続開始時の価額の総和で除して得た割合の持分を当然に取得したものである。この遺留分算定の方法は,相続開始後に上告人が相続債務を単独で弁済し,これを消滅させたとしても,また,これにより上告人が被上告人らに対して有するに至った求償権と被上告人らが上告人に対して有する損害賠償請求権とを相殺した結果,右求償権が全部消滅したとしても,変わるものではない。
五 そうすると,本件では相続債務は遺留分額を算定する上で無視することができるとし,負担すべき相続債務の有無,範囲並びに相続財産の範囲及びその相続開始時の価額を確定することなく,被上告人らは本件各不動産につき本件の遺留分の割合である二分の一に各自の法定相続分のそれを乗じて得た割合の持分を取得したとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。その趣旨をいう論旨は理由があり,その余の点を判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,右の点につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すことにする。」 

≪参照条文≫

民法
(分割債権及び分割債務)
第427条 数人の債権者又は債務者がある場合において,別段の意思表示がないときは,各債権者又は各債務者は,それぞれ等しい割合で権利を有し,又は義務を負う。
(共同相続の効力)
第899条 各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,3分の2とし,直系尊属の相続分は,3分の1とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,4分の3とし,兄弟姉妹の相続分は,4分の1とする。
四 子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
(遺言による相続分の指定)
第902条 被相続人は,前2条の規定にかかわらず,遺言で,共同相続人の相続分を定め,又はこれを定めることを第三者に委託することができる。ただし,被相続人又は第三者は,遺留分に関する規定に違反することができない。
2 被相続人が,共同相続人中の一人若しくは数人の相続分のみを定め,又はこれを第三者に定めさせたときは,他の共同相続人の相続分は,前2条の規定により定める。
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が,相続分の価額に等しく,又はこれを超えるときは,受遺者又は受贈者は,その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは,その意思表示は,遺留分に関する規定に違反しない範囲内で,その効力を有する。
(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
第908条 被相続人は,遺言で,遺産の分割の方法を定め,若しくはこれを定めることを第三者に委託し,又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて,遺産の分割を禁ずることができる。
(遺留分の帰属及びその割合)
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の3分の1
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の2分の1
(遺留分の算定)
第1029条 遺留分は,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して,これを算定する。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は,家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って,その価格を定める。
(遺贈又は贈与の減殺請求)
第1031条 遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
(代襲相続及び相続分の規定の準用)
第1044条 第887条第2項及び第3項,第900条,第901条,第903条並びに第904条の規定は,遺留分について準用する。

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