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No.1309、2012/7/24 16:36 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・預金者の共同相続人の一人による預金口座の取引経過の開示請求・最高裁平成21年1月22日判決】

質問:先日,父が亡くなりました。相続人は私と,母と弟です。生前弟が父の預金を管理していて,勝手におろして使っていたようです。遺産分割にあたって,弟が勝手におろした分を相続財産に入れて計算すべきと思い,銀行に父の預金口座の取引履歴を請求したところ相続人全員の了解がなければ取引履歴は見せられない,と拒否されました。弟は当然取引履歴の請求には承諾していません。どうすればよいでしょうか。

回答:
1.預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求の可否をめぐっては,金融機関によりその対応が区々であり,高裁レベルの裁判例でも可否の結論が分かれていました。しかし,近年,預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求は,権利の濫用に当たり許されない場合に当たらない限り,認められるとする最高裁の判例が出ました。
2.従って,あなたの場合も銀行の対応は法律上根拠がないものです。解説で後述する判例を示して銀行に交渉するか,弁護士に開示の請求を依頼することが可能です。
3.関連事務所事例集985番808番782番647番579番524番388番195番参照。

解説:
1(相続による権利の帰属)
  被相続人の死亡により,相続が開始し(民法882条),配偶者(890条)及び子(887条1項)は,各人の法定相続分の割合(900条1号)に従い,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(896条本文,899条)。
  そして,相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する(898条)ことになり,遺産分割(906条)がなされることにより,相続財産の終局的な帰属が確定されることになります。

2 (問題の背景)
  遺産分割の際には,遺産分割の対象となる財産を確定させる必要があります。預金債権については,遺産分割を待つまでもなく,当然に分割されるとするのが判例ですが,共同相続人らによる合意によって,遺産分割の対象に含めることも可能であると解されています。
  一般的には,遺産分割の対象となる預金の確定は,金融機関が発行する死亡時点での預金残高証明書で行われます。死亡時点での資産が相続財産となるからです。しかし,相続財産の範囲に争いがあったり,相続財産の持ち戻しを主張する場合,死亡時の残高では不十分で,生前の取引の経過を明らかにする必要があります。

3 (銀行実務)
  これについては共同相続人全員の同意がある場合,あるいは,遺産分割調停等の手続の中で裁判所から文書送付嘱託を受けた場合については,実務上,金融機関は,被相続人名義の預金口座の取引経過の開示請求に応じていました。
  しかし,預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求の可否をめぐっては,金融機関によりその対応が異なっていました。

4 (問題の所在・銀行側の理由)
  預金者から金融機関に対して預金口座の取引経過につき開示請求がなされた場合,法律(預金契約は民法666条消費寄託契約と解釈されていますが,取引履歴開示を認める規定がない。)や約款上(銀行との預金取引約款)明確な規定はありませんが,金融機関は,サービスの一環として預金者からの請求に応じる取扱いがなされてきました。
  また,預金者が死亡した場合にも,共同相続人全員の同意がある場合等には,金融機関は,開示請求に応じる取扱いがなされています。
  しかし,共同相続人の一人からの被相続人名義の預金口座の取引経過開示請求については金融機関により対応が分かれています。この問題の背景には,預金の共同相続については共同相続人全員の了解を得て処理することにより相続人間の争い等を回避するという金融機関の考え方が基本にあります。
  そこで,共同相続人の一人からの被相続人名義の預金口座の取引経過開示請求を金融機関が拒否した場合,金融機関に取引経過開示義務が認められるのかが問題となります。  問題点は@そもそも預金者に金融機関への取引経過の開示請求権があるのか。A預金者に開示請求権が認められるとして,預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求は認められるのかと,以上2点です。
  近時,これらをいずれも認める最高裁判例が出ましたので紹介します。

5 判例の紹介
 (1)(事案の概要)
   最判平成21年1月22日は,被相続人である預金者が死亡し,その共同相続人の一人である被上告人が預金契約を締結していた信用金庫である上告人に対し,預金契約に基づき,被相続人名義の預金口座における取引経過の開示を求めた事案です。
 (2)(判旨)
   最高裁は,上記事案において,下記のとおり判示し,@金融機関の預金者に対する預金口座の取引経過開示義務を認め,A共同相続人の一人が被相続人名義の預金口座の取引経過開示請求権を単独で行使することを認めました。
  まず@の点については「預金契約は,預金者が金融機関に金銭の保管を委託し,金融機関は預金者に同種,同額の金銭を返還する義務を負うことを内容とするものであるから,消費寄託の性質を有するものである。しかし,預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預金の返還だけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,利息の入金,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務(以下「委任事務等」という。)の性質を有するものも多く含まれている。委任契約や準委任契約においては,受任者は委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負うが(民法645条,656条),これは,委任者にとって,委任事務等の処理状況を正確に把握するとともに,受任者の事務処理の適切さについて判断するためには,受任者から適宜上記報告を受けることが必要不可欠であるためと解される。このことは預金契約において金融機関が処理すべき事務についても同様であり,預金口座の取引経過は,預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから,預金者にとって,その開示を受けることが,預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに,金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。
  したがって,金融機関は,預金契約に基づき,預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。」として,@の点について金融機関の契約上の義務を認めました。

  次に,A共同相続人の一人が単独で権利を行使できるかという点については「そして,預金者が死亡した場合,その共同相続人の一人は,預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが,これとは別に,共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条,252条ただし書)というべきであり,他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。
  上告人は,共同相続人の一人に被相続人名義の預金口座の取引経過を開示することが預金者のプライバシーを侵害し,金融機関の守秘義務に違反すると主張するが,開示の相手方が共同相続人にとどまる限り,そのような問題が生ずる余地はないというべきである。なお,開示請求の態様,開示を求める対象ないし範囲等によっては,預金口座の取引経過の開示請求が権利の濫用に当たり許されない場合があると考えられるが,被上告人の本訴請求について権利の濫用に当たるような事情はうかがわれない。」として,原則共同相続人の単独での権利行使が可能であると判断しました。 

6 (検討) 
 (1)金融機関の預金者に対する預金口座の取引経過開示義務の有無
  ア 預金契約の法的性質
まず,預金者による金融機関に対する預金口座の取引経過の開示を請求する権利があるか否かついては,銀行の取引約款等において明確な規定が存在しないことから,預金契約の法的性質にさかのぼって検討することが必要となります。
    預金契約の法的性質については,一般に,消費寄託契約(民法666条)であると解されている。
    もっとも,普通預金口座であっても,預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預金の返還だけではなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,利息の入金等の多種多様な事務が含まれているところ,これらの事務処理は,委任ないし準委任の性質を有するものです。
    したがって,預金契約の法的性質は,消費寄託契約の性質を有するとともに,委任ないし準委任の性質をも併せ持つものといえます。
    上記判例においても,預金契約の性質につき,「預金契約は,預金者が金融機関に金銭の保管を委託し,金融機関は預金者に同種,同額の金銭を返還する義務を負うことを内容とするものであるから,消費寄託の性質を有するものである。しかし,預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預金の返還だけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,利息の入金,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務(以下「委任事務等」という。)の性質を有するものも多く含まれている」と判示されており,預金契約が消費寄託契約の性質を有するとともに,委任又は準委任契約(民法643条,656条)の性質も有するとの判断がなされています。

  イ 預金者による取引経過開示請求
    上記アのとおり,預金契約は,消費寄託契約の性質を有するとともに,委任又は準委任契約としての性質も併せ持つことからすると,民法645条・656条による報告義務に基づいて,金融機関は,預金者に対して,取引経過の開示義務を負うと考えられます。
    したがって,預金契約の法的性質から考えると,預金者は,金融機関に対して,預金契約に基づき,取引履歴の開示請求をすることができるという結論が導かれます。

 (2)(預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求)
   高裁レベルでは肯定否定両者の裁判例がありました。
  ア 否定説
    東京高判平成14年12月4日は,「金銭債権その他の可分債権は,その権利者が死亡した場合において,その権利者に複数の相続人がいるときは,その死亡により,各相続人の相続分に応じて当然に分割承継されて各相続人に帰属することになるのであり,銀行預金債権も,金銭債権と認められる限度では可分のものであるから,預金者の死亡により,各相続人相続分に応じて当然に分割承継されて各相続人に帰属することになる。したがって,各相続人は,銀行に対し,その相続分の割合に応じて分割承継した分の預金債権の払戻しを求めることができるものといえる。しかしながら,このような払戻しを求めるにとどまらず,預金口座の取引経過明細の開示を受け得る地位について考察すると,この地位は,預金者すなわち預金契約当事者としての地位に由来するものであり,このような預金契約当事者としての地位は,一個の預金契約ごとに一個であって,これを可分のものと観念することはできないから,預金者を被相続人とする共同相続人の一人は,いまだ遺産分割等が行われていない段階においては,単独でその地位を取得するに至らず,したがって,そのような相続人は,単独で銀行に対しその開示を請求したとしても,銀行がこれに応じないときには,強制的に銀行をしてその開示をなさしめることはできないものといわざるを得ない(銀行に対しこのように強制的に開示をなさしめることを認める法律上の明文の規定も見当たらない。)」と判示して,預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求を否定しました。
    預金債権は金銭債権なので分割債権となり,共同相続人各人に相続分に応じて帰属するので,当然一人の共同相続人が権利行使できることになるのですが,取引経過の開示請求権は契約上の地位から生じる権利で,当然に分割債権になるわけではないので,共同相続人全員で権利を行使する必要があるという理論です。
  
イ 肯定説
    しかしながら,上記最高裁判決は,「預金者が死亡した場合,その共同相続人の一人は,預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが,これとは別に,共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条,252条ただし書)というべきであり,他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない」と判示して,預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求を肯定しました。

    預金契約者としての権利については共同相続人が債権の準共有者となり(同法264条),取引経過の開示請求権の行使は,保存行為であり,準共有者が単独で行使できる(252条ただし書)という理論です。
    この判例は,否定説をとった上記東京高判平成14年12月4日が預金債権の帰属と関連させて取引経過の開示請求の可否を検討しているのとは異なり,共同相続人全員における預金契約上の地位の準共有を観念した上で,その保存行為として取引経過開示請求権の行使を肯定したものです。

    上記最高裁判決の原審(東京高判平成19年8月29日)は,結論として,肯定説でしたが,上記最高裁判決とは理由づけを異にしていました。すなわち,「預金債権のような金銭債権は可分債権であるから,各相続人は,相続の開始により,相続分に応じた割合で預金債権を分割承継し,直ちに単独でこれを行使することができる。したがって,相続開始後は,各相続人は,その相続分に応じ,それぞれ単独の預金者として金融機関に対し預金債権を有していることになる。そうすると,単独の預金者である各相続人は,上記2で判断したとおり,預金者として,金融機関に対し,預金残高のみにとどまらず,自己の預金に関する取引経過の開示を求める権利を有し,銀行はこれを開示すべき契約上の義務を負うこととなる。そして,各相続人の有する預金に関する取引経過には,相続開始前,すなわち,被相続人が預金者であった当時の預金に関する取引経過が当然に含まれるから,結局,各相続人は,金融機関に対し,被相続人名義の預金について取引経過の開示を求める請求権を有すると解すべきである」と判示している。この判決は,共同相続により分割承継された預金債権の単独行使が可能であることから自らの預金に関する取引経過開示請求権として取引経過の開示請求権の単独行使を肯定するとの見解です。
    この東京高裁の判断と上記最高裁の判断を対比すると,前者では,預金債権の行使と取引経過開示請求権の行使を連動させることになるため,預金債権の帰属に争いがあり,これが確定されない間は,共同相続人の一人というだけでは取引経過開示請求権の単独行使を肯定できなくなるおそれがあるのに対して,後者では,共同相続人全員の預金契約上の地位の準共有を観念することになるため,預金債権の帰属をめぐる紛争と切り離して共同相続人の一人による取引経過開示請求権の単独行使を認めることが可能であることになるとの指摘がなされています。

 (3)(権利濫用)
   上記(1),(2)のとおり,金融機関の預金者に対する預金口座の取引経過開示義務が認められ,預金者の共同相続人の一人による取引経過の開示請求が認められるとしても,当該請求が権利の濫用(民法1条3項)に当たる場合には,当該請求は認められません。
   上記最高裁判決が,「なお,開示請求の態様,開示を求める対象ないし範囲等によっては,預金口座の取引経過の開示請求が権利の濫用に当たり許されない場合があると考えられる」と判示していることも同趣旨であると考えられます。
   上記最高裁判決は,権利の濫用に当たる場合の判断要素として,「開示請求の態様,開示を求める対象ないし範囲等」と挙げるのみで,どのような場合に権利の濫用にあたるのかについて具体的な判断はしていませんが,特段の必要もなく,短期間のうちに開示請求を何回も行う場合や必要以上の期間について開示を求める場合等が考えられます。

 (4)(判決の妥当性)
   本件は,法規,約款ともに不明確で理論上どちらにも解釈できるものであり,要は相続問題を抱える相続人の利益と銀行側の利益考慮のどちらに重きを置くかという問題です。最高裁の判例が示すように,銀行側の主張は,守秘義務とプライバシーの侵害であり,抽象的で具体的不利益の主張はなされていません。取引経過開示による他方の相続人からのクレームを回避したのが本音でしょう。相続人間の争いは相続人間でやってほしいということです。しかし,この態度は信義則上(民法1条)許されません。そもそも,個人の預金契約はいずれ相続が生じることは分かりきっており,このような問題は予測可能な問題ですから銀行が当事者として誠実に対処が求められる契約形態なのです。他方,共同相続人の利益は具体的で経過の開示がなければ,迅速,公正,公平な遺産分割は困難でしょう。どの観点から考えても,最高裁の判決は妥当であると思われます。

7 (事例への回答)
  以上のとおり,預金者が死亡した場合,その共同相続人の一人は,共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができます。したがって,相続人は,自己が相続人としての地位を有するとして,被相続人名義の預金口座の取引経過開示を請求することができます。
  具体的には,相続人であることを証明するための戸籍謄本や本人の証明のための住民票(本籍の記載のあるもの),運転免許証を持参し,更には解説で紹介した最高裁判所の判例を示して取引履歴の開示を請求することになります。それでも開示しない場合は弁護士に相談の上同行を求め,交渉することも考えてください。

《参考条文》

(基本原則)
第一条  
3  権利の濫用は,これを許さない。
(共有物の管理)
第二百五十二条  共有物の管理に関する事項は,前条の場合を除き,各共有者の持分の価格に従い,その過半数で決する。ただし,保存行為は,各共有者がすることができる。(準共有)
第二百六十四条  この節の規定は,数人で所有権以外の財産権を有する場合について準用する。ただし,法令に特別の定めがあるときは,この限りでない。
(受任者による報告)
第六百四十五条  受任者は,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務の処理の状況を報告し,委任が終了した後は,遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
(準委任)
第六百五十六条  この節の規定は,法律行為でない事務の委託について準用する。
(消費寄託)
第六百六十六条  第五節(消費貸借)の規定は,受寄者が契約により寄託物を消費することができる場合について準用する。
2  前項において準用する第五百九十一条第一項の規定にかかわらず,前項の契約に返還の時期を定めなかったときは,寄託者は,いつでも返還を請求することができる。
(相続開始の原因)
第八百八十二条  相続は,死亡によって開始する。
(子及びその代襲者等の相続権)
第八百八十七条  被相続人の子は,相続人となる。
(配偶者の相続権)
第八百九十条  被相続人の配偶者は,常に相続人となる。この場合において,第八百八十七条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは,その者と同順位とする。(相続の一般的効力)
第八百九十六条  相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。
(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する。
第八百九十九条  各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
(法定相続分)
第九百条  同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
一  子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各二分の一とする。
(遺産の分割の基準)
第九百六条  遺産の分割は,遺産に属する物又は権利の種類及び性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

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