新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1244、2012/3/8 13:26 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【被相続人である債務者の死亡から3か月経過後にされた相続放棄に対し,相続債権者として不服がある場合の対応】

質問:私は,数年前,Xに対して金銭の貸付けを行いました。少額の分割弁済はされましたが,貸付金の大半が未返済のままXは死亡してしまいました。Xの法定相続人は妻Yと息子Zで,YとZに返済してもらおうと連絡したところ,「お支払するつもりはありません。これから相続放棄の手続をします。」と言われてしまいました。Xの死亡から既に3か月以上経っていますし,YとZはXの銀行預金などの遺産を処分している可能性もありますから,私としては相続放棄に納得がいきません。相続放棄の申述に対して不服がある場合,債権者として何かとりうる方法はないでしょうか。

回答:
1.相続放棄の申述受理申立事件には,被相続人(X)に対する債権者(あなた)が相続放棄に対して異議を述べる手続・制度はありません。
2.相続放棄の申述が受理されたとしても、債権者としては,法定相続人ら(YとZ)に対する貸金請求訴訟を提起して,その訴訟の中で相続放棄の効力を争うことができます。
3.債権者から貸金債権の主張をされた法定相続人らとしては,当然,相続放棄したという反論をすることが予想されます。債権者のこれに対する再反論の例として,(1)熟慮期間の3か月が過ぎている,(2)相続財産を処分したことで単純承認をしたものと擬制される,というものが考えられます。再反論の内容によって証明責任がどちらに課されるかが異なります。詳しくは以下の解説をお読みください。
4.解説は,主張立証責任の分配という専門的な訴訟技術に関する事項に及ぶためやや難解かもしれません。とはいえ,主張立証責任の分配を正しく把握することは,訴訟遂行の前提ともいえることですから,理解が難しければ,訴訟を弁護士に依頼することも検討してよいでしょう。
5.挙証(立証責任)の分配に関連して当事務所事例集1140番1072番1014番1022番720番704番322番参照。相続放棄の要件3か月の熟慮期間に関し820番754番参照。法定単純承認に関して1128番917番754番参照。

解説:

【相続放棄の申述受理申立事件の審理】

 家庭裁判所に対して相続放棄の申述受理申立てがされた場合,裁判所は,審理の結果,申述の実質的要件を欠くことが明白であるときは,当該申述は却下することができるとされています。
 この点,相続放棄の申立受理申立事件における申立人(相続人)は,(1)自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月が経過したことが一見して明白でないこと,(2)相続の承認をしたことが一見して明白でないこと,(3)法定単純承認事由があることが一見して明白でないことについて立証する必要がありますが,立証としてはその限度で足りるとされています。
 したがって,申述に対する審理において,申述の実質的要件を欠くか否かは申立人の申述自体から検出されることとなると一応いえるうえ,被相続人の死亡から3か月が過ぎたこと自体が揺るがない場合であっても,後記のとおり,自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月が経過したことにつき一見して明白でない限りは申述が受理されることになりますので,本件においても,相続放棄の申述が認められる可能性は充分あると思われます。
 また,法定単純承認事由等の存在についても「一見して明白でない」程度の立証でよいとされています。申述人にとってはそれ程困難ではないと思われます。

【相続放棄の申述の受理の法的性質】

 債権者であるあなたとしては,相続放棄の申述受理申立ての審理が上記のようなもので,異議を述べる機会がないことにご不満かもしれません。しかし,相続放棄の申述の受理という手続の法的性質から考えると,このこと自体は不合理なものではありません。
 相続放棄の申述の受理は,家庭裁判所が後見的立場から行う公証的性質を有する準裁判行為であって,申述を受理したとしても,相続放棄が有効であることを確定するものではないと解されています。相続放棄の効力は,後に訴訟において当事者が主張を尽くし,証拠調べがされることによって決せられるということです(大阪高裁平成14年7月3日決定同旨。)。

【相続放棄の抗弁に対する再反論と主張立証責任の分配】

 上記のとおり,(1)熟慮期間の3か月が過ぎている,(2)相続財産を処分したことで単純承認をしたものと擬制される,というあなたの主張を相続放棄の申述受理申立事件の段階で反映させることはできません。
 したがって,あなたとしては,相続人らに対する貸金請求訴訟を起こし,それに対して相続人らが相続放棄の反論をしてきた際に,その相続放棄申述によって相続放棄の効果は生じないという再反論をすることでその主張を通すことになります。
 ところで,(1)熟慮期間の3か月が過ぎている,(2)相続財産を処分したことで単純承認をしたものと擬制される,という再反論は,どちらも相続放棄の効力を争うものである点で共通していますが,訴訟における攻撃防御方法としての位置づけが異なることから,主張立証責任の所在も異なります。
 以下,攻撃防御方法の構造に従って見ていきましょう。

【攻撃防御方法の構造】

 相続人は,相続の開始により,被相続人の一身に専属するものを除き,被相続人の財産に属した一切の権利義務を法律上当然に承継します(民法896条)。
 したがって,本件においても,借主Xが死亡した場合,債権者であるあなたは,相続人Y及びZに対して各法定相続分に応じて貸金の返還請求をすることができるのが原則です。
 これに対して,相続人らは,仮に貸金債権の発生自体を争わないとしても,相続放棄をした(民法915条1項)と主張して当該請求を拒むことが考えられます。
 このY及びZの主張に対して,あなたとしては,当該相続放棄は無効であると再反論することが考えられます。具体的には,先程来繰り返している(1)熟慮期間の3か月が過ぎている(民法921条2号),(2)相続財産を処分したことで単純承認をしたものと擬制される(民法921条1号),というものです。
 ただし,(1)及び(2)は,同じ「再反論」としては同じであっても,(2)は,民法915条1項の要件を満たすとしても,その抗弁事実と両立して,その抗弁事実による法律効果を排斥することとなる別個の事実の主張(再抗弁)であるのに対し,(1)は,そもそも民法915条1項の要件を満たす相続放棄がされたという抗弁事実の否認として位置づけられます。
 したがって,(2)の再反論をする場合には,法定単純承認事由があることをあなたの側で主張立証しなければならないのに対し,(1)の再反論をする場合には,熟慮期間が経過していなかったことについて相続人Y及びZが主張立証しなければならないという違いがあります。

【熟慮期間経過の主張(相続放棄の抗弁に対する否認)】

 相続放棄は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければならないとされており,この期間を実務上「熟慮期間」と読んでいます(民法915条1項)。
 この「自己のために相続の開始があったことを知った時」に関し,最高裁昭和59年4月27日判決(以下,「最高裁昭和59年判決」といいます。)は,「熟慮期間は,原則として,相続人が前記の各事実(注:相続開始原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実)を知った時から起算すべきものであるが,相続人が,右事実を知った場合であっても,右各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際関係その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって,相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには,相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり,熟慮期間は相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時又はこれを通常認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である」としています。
 なお,最高裁昭和59年判決後,「自己のために相続の開始があったことを知った時」を同判決の解釈よりもさらに相続放棄をしようとする者にとって有利に解する裁判例も複数出ています。当事務所事例集754番で紹介していますので,合わせてご覧ください。

 最高裁昭和59年判決の解釈に従えば,本件では,(1)相続人らが,被相続人Xの相続財産が全くないと信じ,かつ,(2)相続人らと被相続人Xとの交際関係その他の諸般の状況からみて相続人らがXの相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情が認められ,相続人らが被相続人Xの相続財産がまったくないと信じるについて相当な理由があれば,X死亡から3か月経過した現在においても,相続人らが相続財産の認識時または認識可能時から3か月を経過していなければ,相続放棄が可能ということになります。
 そこで,相続人らが,既に債務者であった被相続人が死亡してから3か月が経過しているにもかかわらず,相続放棄をした旨の反論をした場合には,あなたは,相続人らがXの相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情が認められないから,熟慮期間は経過していると指摘して争うことが考えられます。このように争った場合,相続人らにおいて,本件が最高裁昭和59年判決の示した要件を満たすことを主張立証する責任を負うことになります。

 その判断に際しては,具体的には,Xの生活歴からみて被相続人が相続財産を残したとは考え難い状況で死亡したか,Xと相続人らとの交際状況からみて相続財産の有無を調査することが困難な状況にあったか(その際は,別居していたか同居していたか,別居していた場合にはその原因,期間,地理的関係,別居期間中の交際状況が考慮要素になるでしょう。),あなたやその他の債権者の対応状況(請求の有無,程度,時期等)等に鑑みて検討されることになると思われます。
 例えば,仮に,Xが死亡した頃,相続人らとXとが同居していたという事情があれば,相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情が認められず,熟慮期間の起算点が繰り下がる可能性は低くなると解されます。他方,仮に,相続人らとXとが別居していた場合には,相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情が認められるか否かについては,別居の原因,期間,地理的関係,別居期間中の交流状況等の事情が考慮されると考えられます。
 そして,前述のとおり,前記(1)及び(2)の事実については相続人らが主張立証責任を負っています。そのため,あなたとしてはその事実の不存在を積極的に証明できなくても,真偽不明にまで持ち込めれば,「相続人らが,少なくとも,自ら主張する時期に自己のために相続の開始があったことを知ったとは認められない」というふうに判断され,相続放棄の抗弁が退けられて,貸金請求が認められることになるでしょう。

【法定単純承認事由の主張(相続放棄の抗弁に対する再抗弁)】

 相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは,単純承認したものとみなされます(民法921条1号,法定単純承認)。
 したがって,あなたとしては,相続人らがXの相続財産の全部または一部を処分したことを主張することでも,相続人らが相続放棄をした旨の反論に対する再反論とすることができます。
 ただ,前述のとおり,この主張については,熟慮期間経過の主張と異なり,あなたの側に主張立証責任が課せられます。相続人らとしては,そうした財産処分の事実はないと争ってくるものと予想され,その場合はあなたにおいて相続人らによる相続財産処分の事実を証明しない限り,「相続人らが相続財産の処分をしたとは認められない」というふうに判断され,法定単純承認事由が存在するという再抗弁は退けられてしまうでしょう。
 ですから,財産処分の疑いを主張するのであれば,何かしらの手掛かりだけでも得ておく必要があるかと思われます。相続財産の処分の態様やその事実に関する証拠方法については個別的性格が強いところでもありますので,具体的にどういう事実がどういう根拠から疑われるのかを弁護士に説明して,訴訟で主張するのに十分かどうかを相談するのがよいでしょう。
 なお,法定単純承認としての相続財産の処分については,当事例集1128番917番754番などでも解説していますので,合わせてお読みください。

≪参照法令≫

【民法】
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。
2  略
(法定単純承認)
第九百二十一条  次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは,この限りでない。
二  相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る