新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1224、2012/1/31 11:03 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺言(遺贈)無効の主張と遺留分減殺請求除斥期間の進行時期・最高裁昭和57年11月12日判決,民集36−11−2193】

質問:先日,私の妻が亡くなったのですが,妻は,生前,ほとんど全て財産を私以外の第三者に遺贈する旨の公正証書遺言を残しておりました。たとえ全ての財産が遺贈されたとしても,私には遺留分というものがあると聞きました。しかし,私は,そもそも公正証書遺言は有効要件を欠き,遺贈は無効であると主張して争うつもりなので,遺留分減殺請求権を行使する必要はないと考えています。それでよろしいでしょうか。

回答:
1.遺留分減殺請求権行使には民法1042条で期間の制限があります。たとえ遺言が無効であると主張するとしても,その主張が裁判で認められず敗訴した場合,消滅時効(民法1042条)を理由に減殺請求権の行使すらできなくなるという事態も予測されます。そのような事態を回避するため,遺言(遺贈と減殺できるという事実)の存在を知ってから1年以内に予備的に遺留分減殺請求権を行使しておかれることをお勧めします。具体的な遺留分減殺請求権行使の仕方については,権利を行使したことの証明のために内容証明郵便で請求しますが,一般の遺留分減殺請求の場合の通知と異なり,遺言や遺贈が無効であることを一言触れ,その上で仮に有効だとしても遺留分の減殺請求をする,ということを付け加えておくことになります。詳細については弁護士等法律専門家に相談されるとよいでしょう。
2.遺留分減殺請求に関し当事務所事例集900番873番814番,法律用語集 「除斥期間」参照。

解説:
1(遺贈無効と遺留分減殺請求権の除斥期間1年)
  確かに遺留分減殺は遺贈が有効であることを前提とするので,遺贈は無効であると主張して争う場合には減殺請求する必要はないのではないかとも思われます。また,遺留分減殺請求をすることは遺言の有効性を認めてしまうのではないか,という疑問も生じるでしょう。しかし,減殺請求権の行使には「遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間」という期間制限(消滅時効)があります(民法1042条)。この規定の趣旨は,時効と規定されていますが,解釈上「除斥期間」を定めたもので相続における法律関係の早期安定を図ることにあります。
  ここで,遺贈は無効であると主張して争っている場合は減殺請求権の消滅時効は進行しない,ということであれば,あなたが言うように,遺留分減殺請求権を行使する必要はないでしょう。では,遺贈は無効であると主張して争っている場合,減殺請求権の消滅時効は進行しないのでしょうか。この問題は,民法1042条の「減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時」とは,何をどの程度に知ったことをいうのか,という問題に引き直されます。

2(除斥期間の開始時期,判例の立場)
  この点,判例(最判昭57.11.12民集36−11−2193)は,一方で「『減殺すべき贈与があつたことを知つた時』とは,贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知つた時と解すべきであるから,遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟上抗争しているような場合は,贈与の事実を知つただけで直ちに減殺できる贈与があつたことまでを知つていたものと断定することはできないというべきである」としつつも,以下のように述べております。

  すなわち,「民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば,遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば,それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であつても時効は進行を始めないとするのは相当でないから,被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者が右事実を認識しているという場合においては,無効の主張について,一応,事実上及び法律上の根拠があつて,遺留分権利者が右無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかつたことがもともと首肯しうる特段の事情が認められない限り,右贈与が減殺することのできるものであることを知つていたものと推認するのが相当というべきである。」としたのです。

  判例のいう「特段の事情」とは具体的にどのようなものなのか,ということはさらに問題となるものの,この判例から,少なくとも,遺贈は無効であると主張して争っている限り「減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った」ことにはならない(すなわち減殺請求権の消滅時効は進行しない),とはいえないことがわかります。

  最高裁判決の事件内容ですが,夫(74歳)が,お世話になっていた女性に,唯一の財産である土地,建物の2分の一を贈与した契約を,妻が妾契約であり公序良俗に反し無効であるとの理由で所有権移転登記抹消請求を求めたが,不法原因給付の抗弁を提出されて妻は第一審で敗訴した。妻は敗訴後,控訴審で遺留分減殺請求基づき16分の一の減殺請求を予備的に主張した。しかし,不法原因給付の抗弁が第一審準備書面で提出された日時に,「当該贈与が減殺請求できる贈与であることを知っていた」と認定して,控訴審の減殺請求はすでに除斥期間に係り請求できない旨判断しています。

  最高裁の判断は,除斥期間の開始時期,「贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知つた時」の内容を広く解釈しています。すなわち,不法原因給付の抗弁が提出されたという事実だけで(裁判上認められるかどうかを問わず),その時点から減殺請求権行使の進行を認めています。理論的に妥当な判断でしょう。遺留分減殺請求権は,私有財産制による遺言自由の原則の例外的権利であり,主に遺族の生活保護の観点から法が特別に認めた権利です。時効と異なり中断,停止もない除斥期間が認められる根拠はここにあります。従って,「減殺できるものであることを知ったとき」とは広く解釈され,減殺請求を行使しなかった特段の事情は限定的(通常誰が考えても明らかに遺贈,贈与が無効であるような事情)に解釈されることになるでしょう。

3(最後に)上記判例からすると,本件の場合,仮に遺贈は無効であるとの主張が認められず敗訴した場合,上記消滅時効(除斥期間)を理由に減殺請求権すら行使できなくなるという危険があります。そこで,たとえ勝訴の見込みがあったとしても,減殺請求権すら行使できなくなるという事態を回避するため,予備的に遺留分減殺請求権を行使しておかれることをお勧めします。

《参考条文》

民法
第1042条 減殺の請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも,同様とする。

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