新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1207、2012/1/10 14:29 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故・後遺障害による逸失利益の基礎となる年収・アルバイト収入者は実年収かそれとも賃金センサスによるか・東京地裁平成7年12月27日判決参照】

質問:私は,先日,自動車を運転していて交通事故で傷害を負い,自賠責保険の等級認定手続において後遺障害10級の認定を受けました。私は,事故前の職業が俳優兼アルバイトで収入が年200万円ほどしかなかったのですが,後遺障害による逸失利益は,その額を基礎として計算するのでしょうか。なお,事故時の私の年齢は満34歳です。

回答:
1.交通事故の後遺障害による場合は,労働能力の喪失による逸失利益が認められ損害賠償請求が可能です。その場合の算定は交通事故の時点での収入が基礎となるのが原則ですから,まず,事故前の数年間の年収を証明して請求することになります。しかし,何らかの事情によりアルバイト等をしているため,平均賃金と比較して年収が低い場合は,具体的な事情にもよりますが,平均賃金に近い年収を得る蓋然性がある場合は,平均賃金を計算の基準とすることになります。そして30歳以下(あるいはそれに近い年齢の)の被害者の場合はその蓋然性は高いと認めらます。保険会社からの提示の金額に納得いかない場合は弁護士に相談する方が良いでしょう。
2.交通事故の当事務所事例集として1199番1184番1118番1050番991番927番902番832番831番776番761番729番701番645番566番522番493番422番238番225番167番130番80番をご参照ください。

解説:
(自賠責保険の後遺障害等級認定手続の意義,解釈の指針についてご説明しておきます。)
  貴方は自賠責保険の後遺障害等級で10級と認定されていますが,まずこの制度趣旨を説明しておきます。自賠責保険とは,「自動車損害賠償責任保険」の略称で,自動車損害賠償保障法(自賠法)により自動車を運転する者が強制的に加入する保険です(自賠法5条)。強制保険ですから保険に入っていなければ車検を受けることができず,自動車を運転することはできません。自賠責保険の内容として,自賠法13条,自動車損害賠償保障法施行令2条により後遺症(治療が終了しても身体に残った障害)に関して後遺障害等級,後遺障害慰謝料,労働能力喪失率等が定められています。自賠法,施行令は民法709条以下不法行為責任の特別法であり,簡単に言うと自動車運転による被害者救済のために昭和30年に制定されました。
  その理由は,私的自治の原則(過失責任主義)に内在する公正,公平の原則に基づいています。交通事故による損害発生の原因は,存在自体に危険性が存在する自動車そのものにあり危険責任,報償責任の原則により,民法の一般原則を修正しています。事故による損害は被害者の生命をも奪い,拡大した損害填補は運転者の財産ではまかないきれず,被害者救済は社会的問題となります。そこで@被害者側の故意過失の立証責任を転換し(自賠法3条),責任主体を拡大し(自賠法3条,運行供用者)さらに強制保険を義務付け(自賠法11条以下)将来の損害額(後遺障害の損害の認定,自賠法,及び自賠法施行令2条)についても特則を置いています。

  自賠責保険が規定する後遺障害等級の認定は,実質的被害者救済のために特に法が認めたもので,民法の一般原則から言えば,損害がまだ生じていない後遺症による損害については理論上計算することはできないのですが,将来損害が発生する度に被害者に損害を請求させるのは費用,手続き上困難になるので公平上被害者救済のために従来の判例,被害実績を考慮し労働者災害補償保険法,同施行規則に準じて損害を14段階に分類して後遺障害を一般的に定型化したものです。従って,後遺障害慰謝料,労働能力喪失率,基礎収入等の解釈,認定については公正,公平な被害者救済の観念から行うことが必要になり,被害者の年齢,職種等社会的地位,被害の内容,程度により場合によって不相当なものは修正を受けることになります。尚,労働能力喪失率は,労働災害補償保険法,同施行規則に関する労働省労働基準局長通牒(昭和32.7.2基発第551号)別表労働能力喪失率表に記載されていますが,自賠責の労働能力喪失率として準用されています。危険な業務により被害を受けた労働者と自動車事故による被害者の救済は公平の理念から同様に保護する必要性があるからです。以上の趣旨から後遺障害も解釈されることになります。

1 (後遺障害による逸失利益について)
  後遺障害とは,「傷害がなおったとき身体に存する障害」をいいます(ここで「なおったとき」とは,「傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療法(以下『療養』といいます。)をもってしても,その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で,かつ,残存する症状が,自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したとき」をいいます。以上,自賠法施行令2条)。簡単に言えば,これ以上医者にかかっても良くならないと診断された場合が後遺症といってよいでしょう。そして,後遺障害による逸失利益とは,後遺障害がなければ労働により得られたであろう利益(収入の減少分)をいいます。
  また,自賠責保険の後遺障害等級とは,被害者救済のために従来の判例や被害実績を考慮し,労働者災害補償保険法,同施行規則に準じて損害を14段階に分類して後遺障害を一般的に定型化したものをいいます。
  本来は,損害の算定を個々に検討しなくてはならないのですが,不確定な要素が多いため,一般的な基準を設けることも公平の見地から必要です。そこで,後遺症の内容によりあらかじめ後遺障害等級を設けているのです。そして,等級に応じて自賠責保険金額を定め,また,それ以上の損害については,労働基準監督局局長通牒で定められた労働能力喪失率をもとに計算することになっています。とはいえ,損害の算定は,本来は具体的に個別の事情を考慮して検討する必要がありますから,このような計算は一応の基準として定められていると考えて下さい。以上,詳しくは当事務所事例集927番をご参照ください。

2 (給与所得者の基礎収入について)
 (1) 給与所得者における逸失利益は,原則として,事故前の給与収入を基礎として算出されます。しかし,将来のことですから何らかの事情により事故当時収入が少ないという場合不公平な結論になってしまいます。そこで,現実の収入が賃金センサスの平均額以下の場合,平均賃金を得られる蓋然性があるのであれば,それが認められます。そして,若年労働者(事故時概ね30歳未満)の場合は,学生との均衡の点もあり(大学生は収入がゼロであるが卒業後も後遺症が続く場合は大卒の平均賃金を基礎に算定されるとすると,それとの比較からして全年齢の平均賃金を基準とするのが公平と言える),全年齢平均の賃金センサスが用いられるのが原則とされています(以上,日弁連交通事故相談センター東京支部・損害賠償額算定基準(上巻)2009」P63)。

 (2) もっとも,上記「若年労働者(事故時概ね30歳未満)」については,自賠責保険の支払基準では,35歳未満の場合に全年齢平均賃金と年齢別平均賃金とを比較して高い金額の値を採用することになっていることに鑑み,35歳くらいまでは具体的状況を判断して賃金センサス値により損害算定を行うべきとの考えがあります(損害賠償算定基準研究会・注解交通損害賠償算定基準(上)P209,269)。

  また,事故時に30歳を超えていたとしても賃金センサス値を参考にして損害算定を行っている裁判例が多数見られます。例えば,東京地裁平成16年7月5日判決(交民37−4−883)は,被害者は事故時43歳の派遣社員,事故前3か月の収入は62万円あまり(年収250万円あまり)であり,事故前3年間の収入を裏付ける証拠がないという事案について,「過去には平均賃金を超える収入を得ていた時期もあり,44歳という年齢では再就職の可能性もあるので,事故当時の低い収入が今後も継続するとも考え難い。したがって,逸失利益の算定においては,前記賃金センサスによる平均賃金の7割をもって基礎収入とする。」(*賃金センサスによる平均賃金の7割=396万1370円)としています。

3(本件についての検討)
  あなたと同様に被害者が俳優兼アルバイトであったという事案について,裁判例(東京地判平7.12.27交民28−6−1874)は,「原告が症状固定時(平成5年9月9日。・・・)において29歳であったこと,舞台俳優の仕事が学歴如何とは全く無関係であること等の事情を勘案し,原告がいわゆる年功序列型賃金体系を背景として相対的に高額の所得を得ている中高年齢層を基礎データとして含む平成5年男子労働者全学歴全年齢平均収入(549万1600円)に相当する収入を将来にわたって得られる蓋然性までは認め難いとしても,同25歳ないし29歳の平均年収(420万0300円)程度の収入は得られる蓋然性は高いと認め,右年収を逸失利益算定の基礎収入とすることが合理的であると考えられる。」としています。
  
  被害者の年齢について,上記裁判例では29歳であったのに対して,本件については34歳という違いがあります。もっとも,前記のとおり,「35歳くらいまでは具体的状況を判断して賃金センサス値により損害算定を行うべき」との考えが有力であること,及び,事故時に30歳を超えていたとしても賃金センサス値を参考にして損害算定を行っている裁判例が多数見られることなどから,必ずしも実際の年収約200万円を基礎にして逸失利益が計算されるわけではありません。

(参照条文)
民法709条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(判例参照)
東京地裁平成7年12月27日判決参照 

3 逸失利益 三九六七万六三六九円
(一)基礎収入
 前記争いのない事実,前記認定事実,甲三,六,八,一〇,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨によれば,本件事故当時,原告は新宿のヒルトンホテルで皿洗いのアルバイトをしながら劇団で舞台俳優の仕事を続けていたこと,収入は右アルバイトからの賃金(日額七六五八円と認められ,年収二七九万五一七〇円となる。)のみであり,劇団からの収入は全くなかつたこと,本件事故当時はコマーシヤルの仕事が入り出したころであり,監督等の人的関係で他の仕事を得られる可能性もあつたこと,現在はコマーシヤルのスタツフとの関係で舞台俳優を映像方面に紹介するマネージメントの仕事を行つており,年収が三六〇万円程度あることが認められるところ,原告の本件事故当時の現実の年収が二七九万五一七〇円であり,本件事故がなければ依然舞台俳優を勤めながら前記アルバイトを継続していたであろうことからすると,たとえ,コマーシヤル等の仕事を新たに得られたとしても,原告が前記アルバイト収入を超えて原告主張に係る大卒男子の平均年収(六五六万二六〇〇円)に達する程度の年収を得られたであろう蓋然性を具体的に認めることができない以上,単に,原告が大卒の学歴を有しているからといつて,直ちに大卒男子の平均年収を逸失利益を算定するための基礎収入とすることは,原告の逸失利益を過大に評価し,適正な損害の填補が図られない失当なものといわざるを得ない。他方,前記アルバイト収入を逸失利益算定のための基礎収入とすることは,本件事故発生時における原告の将来性,発展の可能性等を全く顧慮しないこととなり,必ずしも衡平ではないということができる。
 したがつて,原告が症状固定時(平成五年九月九日。甲五)において二九歳であつたこと,舞台俳優の仕事が学歴如何とは全く無関係であること等の事情を勘案し,原告が,いわゆる年功序列型賃金体系を背景として相対的に高額の所得を得ている中高年齢層を基礎データとして含む平成五年男子労働者全学歴全年齢平均年収(五四九万一六〇〇円)に相当する収入を将来にわたつて得られる蓋然性までは認め難いとしても,同二五歳ないし二九歳の平均年収(四二〇万〇三〇〇円)程度の収入は得られる蓋然性は高いと認め,右年収を逸失利益算定の基礎収入とすることが合理的であると考えられる。
(二)労働能力喪失率
 原告が,自賠責保険における後遺障害認定手続において併合七級の認定を受けたことからすると,労働能力喪失率は五六パーセントと評価するのが相当である(被告の前記主張については,これを認めるに足りる証拠がなく採用しない。)。
(三)以上によれば,逸失利益は以下のとおりとなる。 
四二〇万〇三〇〇円×〇・五六×一六・八六八(二九歳から六七歳までの三八年のライプニツツ係数)=三九六七万六三六九円
4 慰謝料      一〇八〇万円
(一)入通院慰謝料   二三〇万円
 原告の受傷部位,程度,前記認定に係る原告の入通院期間のほか,原告の立証活動が不十分であるために前記のとおり認めることができなかつたものの,原告が一定額の通院交通費や文書料を支出したであろうと思料されること,後記のとおり物損に関する損害が認められないこと,その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案し,入通院慰謝料として二三〇万円をもつて相当と認める。
(二)後遺症慰謝料   八五〇万円
 原告の身体に残存した後遺症の内容や程度のほか,プロデユース等の形で一定程度は舞台の仕事に関わることができるとしても,原告の夢であつた舞台俳優としての自ら活躍する道が断たれたこと等の諸事情を勘案して,本件における相当な慰謝料としては八五〇万円を認める。

法律相談事例集データベースのページに戻る

法律相談ページに戻る(電話03−3248−5791で簡単な無料法律相談を受付しております)

トップページに戻る