新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1164、2011/9/30 13:19 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・捜査機関の告訴状の受領義務・告訴の意義・告訴権の取消,告訴権の放棄は認められるか】

質問:先日,私が喪主となって母の葬式を行いました。私には姉も居りますが,姉は面倒なことはやりたくないと言うので私が単独で喪主を引き受けました。お寺や葬儀社への連絡や依頼や支払いは全て私の単独名義で行いました。姉には香典の管理も一切任せていませんでした。しかし,葬儀の際,お香典の一部が盗難に遭ってしまいました。私は,昔から手癖の悪い実の姉(結婚して私とは別に暮らしています)ではないかと強く疑っているのですが,決定的な証拠がありません。姉を告訴して,警察に調べてもらおうと思いましたが,警察は告訴状を受取ってくれませんでした。警察には,告訴状を受取る義務はないのですか。一旦,告訴したものを取消しすることはできますか。

回答:
1.警察には,要件を満たした告訴状であれば受理する義務があります。しかし,きちんとした根拠がなく,特定の人を犯人扱いしただけでは,要件を満たした告訴とならない可能性があります。このような場合には,受理を断られても違法とはいえないでしょう。
2.本件では,香典は喪主であるあなたに対する贈与と考える事ができますので,窃盗罪(刑法235条)が成立する可能性があります。窃盗は本来親告罪ではないのですが,同居していない親族ですので親告罪となり(刑法244条2項)起訴後の告訴の取消はできません(刑訴237条)。
3.法律相談事例集キーワード検索:528番331番1063番参照。

解説:
1 告訴の意義
  告訴とは,被害者が警察等に対し,犯罪事実を申告して,犯人の処罰を求める意思表示を行う行為です(刑事訴訟法230条)。被害者のほか,被害者の法定代理人等一定の範囲の者にも告訴権があります(刑訴法231から234条)。
 告訴があると,捜査機関は犯罪を捜査し,告訴に関する書類や証拠物を検察官に送付し(同法242条),さらに検察官は告訴人に対し事件の処理結果を通知しなければなりません(同法260条,261条)。
  このように告訴は捜査の端緒となりますが,被害者しかできないことで,告発(刑訴法239条)と異なります。また,捜査機関が特定の義務を負う被害者等の意思表示なので,単に事実を申し出るだけの被害届とも異なります。
 更に,告訴が無ければ刑事裁判が行えない犯罪が定められていてこれを親告罪と言います。親告罪においては告訴が無いかぎりは起訴され刑事裁判の被告となることはありませんが,更にその前提となる強制捜査も行えないと考えられます。すなわち,親告罪で告訴は公訴提起の前提条件ですが,それ以外の罪では単なる捜査の端緒にすぎません。

(告訴権の根拠)
  どうして告訴権が被害者等に認められるか。それは法の支配の理念に求めることができます。個人主義,自由主義から人間は生まれながらに自由であり,本来これを奪うことは出来ませんが(憲法13条),行為者が義務を負い,とりわけ,生命身体の自由を剥奪,制限されるのは,国民が委託した立法府により定められた正義にかなう公正,公平な法によらなければならず,個人による報復,自力救済は一切禁止されることになります。これを適正手続きの保障,自力救済禁止の原則といいます(憲法31条,32条,76条)。法治国家の存在自体がこれを裏付けています。

  このような構造から明文はありませんが, 被害者は自力救済禁止の反射的効果として国家に対して適正な刑事裁判を通じて被告人を処罰して欲しいという抽象的な処罰を求める請求権( 処罰請求権 )を有していると考えることができます。この権利は,刑法(刑罰)の本質(応報刑か目的刑か)をどのようにとらえるかに関係なく,認められるものと思います。 被害者 の刑事告訴権(刑事訴訟法230条)はこのような構造から当然に導かれる権利と考えることができます。従って,規定がなくても理論的に当然認められる権利と言ってよいでしょう。刑事裁判で近時認められた 被害者の公判廷での被害者参加,意見陳述も,この被害者の抽象的処罰請求権の具現化と位置付けることができます(刑訴316条の33,同38以下参照)。

(告訴の取消と放棄 親告罪の起訴前の告訴権放棄)
  又,事実の申し出である被害届と異なり,告訴の取り消し(刑訴237条)も抽象的処罰請求権を根拠にする限り理論的にも認められます。但し,公訴提起後(起訴状が裁判所で受理されるまでという意味です。受理されると刑事手続きが開始されます。)は認められません。被害者に処罰請求権があるとしても,一旦国家機関が有する刑事処罰権が発動された以上,公的手続きを被害者である私人の意思によりこれを覆すことは刑法の目的である公正な法的秩序維持という機能及び訴訟経済上からも妥当ではないからです。刑訴237条は,親告罪についての告訴に限定して適用されると解釈されています。非親告罪の告訴は実質,捜査の端緒の意味しかないので,告訴の取り消しを認めても刑事訴訟手続きに法的影響はないからです(親告罪は公訴提起の条件ですから公訴提起後取り消しを認めると理論的に公訴が無効ということになる。)。従って,非親告罪の起訴後の告訴取り消しは,判決の情状として考慮されるだけです。本件親族間の窃盗は親告罪であり公訴提起後は取り消しができません。

  尚,起訴前の刑事事件について示談する時に,「示談により本事件について告訴権を放棄する」又は「合意により本事件については告訴しない」という合意をすることがありますが,このような事前の告訴権放棄は理論的に無効であると解釈されています。告訴権の根拠は,前述のごとく,国家に対する処罰請求権ですから,単なる私人間で合意しても国家と被害者の公的権利を処分できないと考えられるからです。又,刑事訴訟法は告訴の取消の他「告訴権の放棄」という規定を設けなかったことが形式的理由になります。従って,加害者側(被疑者側)から見れば,親告罪について被害者側と起訴前に被害弁償の示談する場合は,事前に告訴取り消し書に署名してもらい受領しておくか(これも事前の告訴権放棄と解釈される可能性がありますが),刑事事件とする場合の違約金を定め,事実上告訴を回避する必要があるでしょう。ただ,一般的には,親告罪で示談して刑事告訴をしないという合意書があれば,捜査機関としては捜査に着手しないのが実務のようです。

(判例参照)
  名古屋高裁昭和28年10月7日(強姦窃盗外国人登録法違反被告事件)
        
 「控訴趣意第一点について告訴権は刑事訴訟法上被害者に認められた権利であつて本件の如き所謂親告罪にあつては告訴の存在は公訴提起の必要的条件をなし,その法律関係は国家と被害者との間に存する公法上の関係であつて同法に告訴の取消に関する規定があるに拘らず,これが抛棄について何等の規定を設けなかつた点より観察すれば告訴前にその権利を抛棄することは法の認めない精神であると解するを相当とする,然らば即ち仮りに論旨主張の如く被害者より警察官に提出した上申書中告訴権抛棄の意思を含むものであることを認め得るとしても,これに因り法律上何等告訴権消滅の効果を生ずるに由なきものと謂はざるを得ない,論旨はその理由がない。」

2 告訴の受理
  告訴について基本的な事項を定めた刑事訴訟法は,「告訴することができる。」と規定するだけで,告訴を受けた捜査機関が告訴の受理義務を負うとは書いていません。しかし,同法の解釈として,被害者の告訴権を規定しながら,告訴を受理するかどうかは捜査機関の裁量に任されていると考えることは不合理です。原則として,捜査機関は常に告訴の受理義務を負っていると解すべきです。犯罪捜査規範63条以下は受領義務を明確に認めていますし,前述のように告訴の受領義務は法の支配の理念に基づく法治国家における刑事手続きの構造から当然に導かれる権利ですから,国家機関である検察官等捜査機関が受領義務を負うのは勿論です。
  ただし,告訴が上記のような一定の処理義務も伴う以上,どのような告訴もつねに受理義務を負うとかいすると,不当に捜査機関の業務を妨げることにもなりかねません。そこで,学説上,次のような場合は受理義務が無いとされています。被疑者の人権保障は,犯罪捜査の場合にこそ必要であり,刑法の厳格主義,謙抑主義から当然に説明することが可能です。

@ 申告している犯罪事実が不明確で犯罪事実の申告といえないもの。
A 明らかに罪とならない事実を告訴事実とするもの。
B 申告に係る犯罪事実につき,既に公訴時効が完成しているもの。
C 処罰を求める意思の存否が不明確であるもの。
D 民事訴訟を有利に解決することが目的とみられるもの。
E 申告内容それ自体は,罪となるべき事実を含んでいるが,申告人の説明内容や,その挙動,態度から申立てが極めて不合理で,到底信用しがたいと思われるもの。
F 告訴マニアによる濫告訴と見られるもの。

  告訴の内容が「犯罪事実の申告」と「処罰を求める意思表示」であるとすると,そのいずれかが不明確な場合はそもそも告訴としての要件を欠いていると考えられます。この点,あまり厳格に両者を要求しすぎても,被害者の告訴権を害することになり不当ですが,濫告訴による弊害を防止するためには,ある程度の水準に達していなければ,名目は告訴状と記載された書面が提出されても実質的に適法な告訴ではないと解し,受理義務がないと扱うことも許されるべきでしょう。

  本件の場合,被害結果(誰かが香典を持って行って無くなってしまった)が生じていることは明らかですが,誰のどのような実行行為が存在したのかが明らかになっていません。被告訴人の氏名等を特定する必要はありませんが,特定人のいつどのような行為があったのかについては告訴状で明らかにする必要があります。犯罪事実は実行行為と結果と因果関係により成り立っていますが,これではその重要部分が不明確と言わざるを得ないでしょう。もちろん,全体が完全に明確でなければ告訴できないというわけではありませんが,犯罪事実として特定できているととらえるためには,もう少し事実関係の把握(日時・・・葬式が終わった後なのか,場所・・・盗まれたのは葬式の場所か,具体的な実行行為・・・誰が,どこに,どのように香典を保管していたのか)と,それを認めるに足る合理的根拠の存在が必要と思われます。
  通常は告訴状にはこれらの事実を具体的に記載しますが,証拠との関係等より詳細な説明は,告訴状とは別に,報告書や説明書等を作成することになります。

3 窃盗罪の成否と,親告罪と,告訴期間(一定の犯罪について例外もあります。235条1項但し書き)
  本件では香典が窃取されていますが,香典の法的性質は喪主に対する贈与と考える事ができます(津地裁平成14年7月26日判決など,事例集1030番参照)ので,香典の占有者はあなたということになります。葬儀の受付と香典の受取を知人などに依頼していたのであれば,その知人が,香典の直接占有者であり,あなたは間接占有者ということになります。そして,その占有者の了解なく,占有を侵害し,香典を自己の占有に移したのであれば,刑法235条窃盗罪の構成要件に該当することになります。なお,受付担当者の居ないところで参列者から直接香典を受領したということであれば詐欺罪の可能性もありますし,少しでもお姉さんに香典管理を任せていたのであれば横領罪の可能性があることになります。

  窃盗の被害者と犯人が姉妹の関係にあり,かつ別居している場合,窃盗は親告罪となります(刑法244条2項 なお,同居している場合は親族相盗例として刑を免除することになっています。刑法244条)。そして親告罪の告訴権は,犯人を知った日から6か月で時効により消滅します(刑事訴訟法235条1項)。そうすると,本件でこの告訴期間が経過してしまわないかが心配になりますが,これはいまだ進行を始めないと解すべきでないかと思います。なぜなら,上記のとおり犯罪事実の申告として十分な特定に達しておらず,告訴の受理が断られる状況にあるのに告訴期間のみ経過してしまうということは不当だからです。この観点から,「犯人を知った日」とは,犯罪事実として十分特定に達する程度にその者が犯人であるという合理的根拠を把握したときと解すべきと考えます。実際にそのような合理的根拠を把握できて告訴に踏み切る際には,このように主張すべきでしょう。

(参照条文)

刑事訴訟法
第二百三十条  犯罪により害を被つた者は,告訴をすることができる。
第二百三十一条  被害者の法定代理人は,独立して告訴をすることができる。
2  被害者が死亡したときは,その配偶者,直系の親族又は兄弟姉妹は,告訴をすることができる。但し,被害者の明示した意思に反することはできない。
第二百三十五条  親告罪の告訴は,犯人を知つた日から六箇月を経過したときは,これをすることができない。ただし,次に掲げる告訴については,この限りでない。
一  刑法第百七十六条 から第百七十八条 まで,第二百二十五条若しくは第二百二十七条第一項(第二百二十五条の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項の罪又はこれらの罪に係る未遂罪につき行う告訴
二  刑法第二百三十二条第二項 の規定により外国の代表者が行う告訴及び日本国に派遣された外国の使節に対する同法第二百三十条 又は第二百三十一条 の罪につきその使節が行う告訴
第二百四十六条  司法警察員は,犯罪の捜査をしたときは,この法律に特別の定のある場合を除いては,速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し,検察官が指定した事件については,この限りでない。
第二百三十九条  何人でも,犯罪があると思料するときは,告発をすることができる。
2  官吏又は公吏は,その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは,告発をしなければならない。
第二百四十条  告訴は,代理人によりこれをすることができる。告訴の取消についても,同様である。
第二百四十一条  告訴又は告発は,書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。
2  検察官又は司法警察員は,口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。
第二百四十二条  司法警察員は,告訴又は告発を受けたときは,速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。
第二百四十六条  司法警察員は,犯罪の捜査をしたときは,この法律に特別の定のある場合を除いては,速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し,検察官が指定した事件については,この限りでない。
第二百六十条  検察官は,告訴,告発又は請求のあつた事件について,公訴を提起し,又はこれを提起しない処分をしたときは,速やかにその旨を告訴人,告発人又は請求人に通知しなければならない。公訴を取り消し,又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも,同様である。
第二百六十一条  検察官は,告訴,告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において,告訴人,告発人又は請求人の請求があるときは,速やかに告訴人,告発人又は請求人にその理由を告げなければならない。
第二百五十条  時効は,次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
一  死刑に当たる罪については二十五年
二  無期の懲役又は禁錮に当たる罪については十五年
三  長期十五年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については十年
四  長期十五年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については七年
五  長期十年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については五年
六  長期五年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については三年
七  拘留又は科料に当たる罪については一年

犯罪捜査規範
第六十三条  司法警察員たる警察官は,告訴,告発または自首をする者があつたときは,管轄区域内の事件であるかどうかを問わず,この節に定めるところにより,これを受理しなければならない。
2  司法巡査たる警察官は,告訴,告発または自首をする者があつたときは,直ちに,これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。
(自首調書,告訴調書および告発調書等)
第六十四条  自首を受けたときまたは口頭による告訴もしくは告発を受けたときは,自首調書または告訴調書もしくは告発調書を作成しなければならない。
2  告訴または告発の口頭による取消しを受けたときは,告訴取消調書または告発取消調書を作成しなければならない。
(書面による告訴および告発)
第六十五条  書面による告訴または告発を受けた場合においても,その趣旨が不明であるときまたは本人の意思に適合しないと認められるときは,本人から補充の書面を差し出させ,またはその供述を求めて参考人供述調書(補充調書)を作成しなければならない。(被害者以外の者の告訴)
第六十六条  被害者の委任による代理人から告訴を受ける場合には,委任状を差し出させなければならない。
2  被害者以外の告訴権者から告訴を受ける場合には,その資格を証する書面を差し出させなければならない。
3  被害者以外の告訴権者の委任による代理人から告訴を受ける場合には,前二項の書面をあわせ差し出させなければならない。
4  前三項の規定は,告訴の取消を受ける場合について準用する。
(告訴事件および告発事件の捜査)
第六十七条  告訴または告発があつた事件については,特にすみやかに捜査を行うように努めるとともに,次に掲げる事項に注意しなければならない。
一  ぶ告,中傷を目的とする虚偽または著しい誇張によるものでないかどうか。
二  当該事件の犯罪事実以外の犯罪がないかどうか。

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