新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1146、2011/8/23 15:29 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【破産・自由財産の範囲・退職金と破産財団】

質問: 私は,消費者金融等に多額の借金がありますので,自己破産をすることを考えております。ただ,破産すると自分の財産を出すことになると思いますが,生活費のために残している虎の子の5万円や,家にある洋服や布団も出さなければならないのでしょうか。また,退職金はどうなるのでしょうか,会社を退職しなければならないのでしょうか。

回答:
1.あなたが,裁判所に,破産申立てをして,裁判所から破産手続開始決定が下されても,生活費のために残している5万円や,家にある洋服や布団は,破産者の自由財産となりますので,提出する必要はありません。
2.また,退職金請求権については,破産手続開始決定時の退職金請求権の額を算定し,その4分の1(東京地裁の場合,8分の1)が破産財団(債権者に分配される財産)を構成することになります。そして,計算上の退職金が,一定額を下回る場合は(東京地裁の場合20万円),同時廃止となりますが,一定額を超える場合は,管財人の選任が必要になりますから,予納金として20万円を申立時までに用意する必要があります。但し,緊急に申立をする必要があり20万円用意できない場合は,申立後4カ月以内に用意することもできます。いずれにしても,会社を退職しなければならないことはありません。
3.以下,詳しく説明いたします。尚本事例集は,802番を修正したものです。

解説:

(破産手続きの基本的考え方)
  前もって破産手続きの趣旨をお話します。破産(免責)とは,支払不能等により自分の財産,信用では総債権者に対して約束に従った弁済ができなくなった債務者の財産(又は相続財産)に関する清算手続きおよび免責手続きをいいますが(破産法2条1項),その目的は,債務者(破産者)の経済的再起更生と債権者に対する残余財産の平等な弁済の2つです。その目的を実現するため手続きは適正,公平,迅速,低廉に行う必要があります。なぜ破産,免責手続きがあるのかといえば,自由で公正な社会経済秩序を建設し,個人の尊厳保障のためです(法の支配の理念,憲法13条)。我が国は,自由主義経済体制をとり自由競争を基本としていますから構造的に勝者,敗者が生まれ,その差は資本,財力の集中拡大とともに大きくなり恒常的不公正,不平等状態が出現します。しかし,本来自由主義体制の真の目的は,公正公平な社会秩序建設による個人の尊厳保障(法の支配の理念)にありますから,自由主義体制に内在する公平公正平等,信義誠実の原則が直ちに発動され不平等状態は解消一掃されなければなりません。

  そこで,法は,債務者が再度自由競争に参加できるように従来の債務を減額,解消,整理する権利を国民(法人)に認めています。したがって,債務整理を求める権利は法が認めた単なる恩恵ではなく,国民が経済的に個人の尊厳を守るために保持する当然の権利です。その権利内容は,債務者がその経済状態により再起更生しやすいように種々の制度が用意されているのです。大きく分けると債務者の財産をすべて一旦清算し,残余財産を分配してゼロからスタートする破産(清算方式の内整理)と,従来の財産を解体分配せずに,従来の財産を利用して再起を図る再生型(再起型内整理,特定調停,民事再生,会社更生法)に分かれます。唯,債権の減縮,免除が安易に行われると契約は守られなければならないという自由主義経済の根底が崩れる危険があり,債務者の残余財産の確保,管理,分配(破産財団の充実)は厳格,平等に行われます。但し,人間として生活維持,経済的再起更生のためには必要最小限の資産も必要であり,分配の対象である残余財産の範囲について種々の配慮がなされています。勿論,不法,不当な手段,活動により破産的状態を作出し,陥った債務者は再起更生の法的保護を受ける正当な利益を有しませんので,債務の減縮免除を申し出ることはできない仕組みになっています(法252条,254条。免責不許可,取消等)。破産法の解釈も以上の趣旨から行われます。

1.破産手続
  まず,破産手続について,説明いたします。債務者が,裁判所に,破産申立てをして,裁判所から破産手続開始決定が下されますと,債務者は破産者となり,また,債務者に債権を有していた債権者は,通常,破産債権者となります。また,裁判所から破産手続開始決定が下されますと,債務者が有していた財産は,原則として,破産財団となり,また,破産財団の額が一定額の場合(東京地裁の場合,20万円以上),破産管財人が選任されます。なお,破産財団の額が一定額を充たさない場合(東京地裁の場合,20万円未満),破産管財人は選任されず,破産手続開始決定と同時に破産手続廃止決定(同時破産手続廃止決定)が下されます(破産法216条1項)。また,破産管財人は,主に,債務者が有していた財産を管理し(破産財団の管理処分権は,債務者から破産管財人に移ります。),また,破産財団に属すべき財産を収集換価することによって,破産財団を確定し,他方,破産債権者及びその債権額を確定し,最終的に,破産財団から破産債権者に,その債権額に比例分配する形で配当することを職務としております。

2.破産財団の定義,固定主義
  このように,破産財団とは,破産者の財産又は相続財産であって,破産手続において破産管財人にその管理及び処分をする権利が専属するものをいいます(破産法2条14項)。そして,破産者が破産手続開始決定時において有する一切の財産が,原則として,破産財団となります(破産法34条1項)。このように,破産財団は,破産者の破産手続開始決定時の財産に固定されますので(破産宣告時を基準に破産財団の構成を決めることを固定主義といいます),破産手続開始決定後に,破産者が取得した財産(新得財産)(給与の取得等)は,破産財団を構成しません。かかる新得財産は,破産者の自由財産となり,破産者が自由に管理処分することができます。破産法は,破産者が再起更生しやすいように,破産財団の確定時期をなるべく早めて固定主義(膨張主義は宣告手続中の財産も破産財団に組み入れますので自由財産は少なくなります。フランス民法)を採用し「破産宣告時」にしています。

3.自由財産の定義
  自由財産とは,破産者の財産のうち,破産財団を構成せず,破産者が自由に管理処分することができる財産をいいます。経済的再起更生のため必要不可欠な財産です。上記の新得財産の他にも,様々な自由財産が認められており,破産財団を構成しない破産者の財産は,自由財産になるため,自由財産は破産財団と裏表の関係になります。

4.将来の請求権
(1)そして,破産法34条2項は,「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権は,破産財団に属する」と規定しております。これは,破産手続開始決定前に生じた原因に基づいているのであれば,現時点では未発生の権利でも,期待権として財産的価値を有することから,規定されているものです。実務上,保険契約に基づく解約返戻金請求権等があります。

(2)退職金請求権
  そして,この点に関して,実務上問題となるのが,退職金請求権です。退職金請求権は,賃金の後払的性質を有すると考えられますので,破産者が破産手続開始決定時に有する退職金請求権は,破産手続開始決定前の労働の対価であり,かつ,退職という将来の事実によって具体化する権利ですので,将来の請求権(破産法34条2項)として,破産財団を構成すると考えられます。
  そして,退職金請求権は,賃金の後払的性質を有し,人の生存に関わるものであることから,その4分の3は,差押禁止債権とされており(民事執行法152条2項),破産法34条3項2号から,差押が禁止されている4分の3については,破産財団を構成せず,4分の1についてのみ,破産財団を構成することになります。ただ,破産者は退職しておらず,具体化していないことから,どのように破産財団を構成すべきかが問題になります。
  
  この点,破産者に退職を勧告するのは,破産者に酷であると思われますので,実務では,破産管財人は,破産手続開始決定時点での退職金請求権の4分の1(東京地裁の場合,将来,勤務先の倒産や破産者が懲戒解雇される等の事情で退職金の支給を受けられない危険性を考慮して,8分の1)に相当する額を,破産者の自由財産(破産手続開始決定後に,破産者が取得した給与等)から積み立てさせて破産財団に組み入れさせる運用がなされております。
  
  なお,東京地裁では,引継予納金(破産手続の諸費用を賄うために破産管財人に支払う金銭。東京地裁では原則として20万円。前記1参照)が自由財産(現金99万円まで。後記5(4)参照)から拠出されている場合は,その全部を退職金請求権の組入れに充てることができるという運用がなされています。これを具体的に説明すると,以下のようになります。
 ○ 破産者が現金20万円と退職金請求権400万円を保有していた場合
 引継予納金20万円は,99万円以下の現金,すなわち自由財産から拠出されることになるので,破産者は,この20万円を退職金請求権の8分の1相当額50万円の財団組入れの一部として扱うことができ,残り30万円を,破産手続開始決定後に取得した給与等をもって破産管財人に支払えばよいこととなります。
 ○ 破産者が現金119万円と退職金請求権400万円を保有していた場合
 引継予納金20万円は,99万円を超えた現金,すなわち自由財産を超える部分から拠出されることになるので,原則どおりの扱いとなり,破産者は,この20万円のほかに退職金請求権の8分の1相当額50万円,合計70万円を破産管財人に支払わなくてはならないこととなります。

  破産者の再起更生という面から東京地裁の取り扱いが妥当でしょう。
  以上に対して,破産手続開始決定時点での退職金請求権の4分の1(東京地裁の場合,8分の1)が一定額を充たさない場合(東京地裁の場合,20万円未満),そもそも破産管財人は選任されず,破産手続開始決定と同時に破産手続廃止決定(同時破産手続廃止決定)が下されますので(破産法216条1項),破産財団への組み入れは必要ありません。
  退職金請求権の金額は破産手続開始決定の時点での評価となりますから,破産の申立をする前に勤務先から現時点での退職金の金額を書面で回答してもらう必要があります。勤務先からそのような書面がもらえない場合は,退職金規定と勤務年数を証明できる書類をそろえる必要があります。

5.差押禁止財産(破産者の生活維持権,再起更生という破産法の理想から認められています)
(1)また,破産手続は,包括執行手続の性質を備えることから,差押禁止財産(差押禁止動産(民事執行法131条),差押禁止債権(民事執行法152条))は,破産法34条3項から,破産財団を構成せず,破産者の自由財産となるとされております。

(2)差押禁止動産
  そして,差押禁止動産の主なものとしては,
「債務者等の生活に欠くことができない衣服,寝具,家具,台所用具,畳及び建具」(民事執行法131条1号),
「債務者等の1月間の生活に必要な食料及び燃料」(同法同条2号),
「実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの」(同法同条7号),
「仏像,位牌その他礼拝又は祭祀に直接供するため欠くことができない物」(同法同条8号),
「債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具」(同法同条11号),
「債務者等に必要な義手,義足その他の身体の補足に供する物」(同法同条13号),
「建物その他の工作物について,災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具,避難器具その他の備品」(同法同条14号)
があり,これらは,主に人の生存に関わるものであり,差押えを認めるべきではないと思われるものであることから,差押禁止動産とされており,破産者の自由財産となります。

(3)差押禁止債権
  また,差押禁止債権は,給料債権や退職金請求権ですが(民事執行法152条),実務では,退職金請求権が問題となり,退職金請求権については,上記4(2)に記載のとおりです。なお,破産者が破産手続開始決定時に有する給料債権も,4分の1についてのみ,破産財団を構成することになりますが,金額が少額であるケースが多いことから,実務では,あまり問題とされていないように思われます。

(4)99万円の金銭
  また,差押禁止動産として,「標準的な世帯の2月間の必要生計費を勘案して政令で定める額の金銭」(民事執行法131条3号)があり,これは,66万円とされておりますが(民事執行法施行令1条),破産法34条3項1号は,さらにその額に2分の3を乗じた額の金銭,すなわち,99万円が,破産財団を構成せず,破産者の自由財産となると規定しております。これは,破産法の目的である,破産者について経済生活の再生の機会の確保を図るために規定されており,平成17年の破産法改正で,破産者の生活権,経済的再起更生のため自由財産の範囲が21万円から99万円に拡張されたものです。

6.以上の解説をまとめると,回答に記載した内容になります。より詳しく相談したい場合には,破産等の債務整理に詳しい弁護士に相談するのがよいでしょう。

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