新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1096、2011/4/7 10:53 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺言と遺留分請求権・遺言書における付言について】

質問:私には,妻及び2人の子(長男,次男)がいるのですが,自分も高齢になりいつ何があるかわからないので,遺言書を作成しておこうと思っています。ところで,長男は,大学を卒業した頃,家業を継ぐのを嫌がって家を飛び出し,以来音信不通の状態が続いています。他方,次男は,長男が家を飛び出したのを目の当たりにしたためか,自発的に家業を手伝ってくれ,現在に至ってします。そのような次第で,私は,もはや長男に財産を遺すつもりは一切なく,全ての財産を妻と次男に相続させたいと考えています。
 もっとも,長男には遺留分というものがあるようですが,さらに民法の964条に「遺言者は,包括又は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分に関する規定に違反することができない。」と書いてあるのを見ました。私は,全ての財産を妻と次男に相続させる旨の遺言書を作成しておいたとしても,意味がないのでしょうか。

回答:
1.意味がない,などということはありません。すなわち,遺留分を侵害する内容の遺言が作成されても,無効となるわけではありません(遺留分を侵害する限りで遺言の内容が実現されないかどうか[=減殺請求権を行使するかどうか]が遺留分権利者の自由意思に委ねられるに過ぎないのです。)。
そして,遺留分権利者の自由意思に働きかけることを狙い,遺言書の最後にいわゆる「付言」という条項を設け,遺留分を侵害する遺言をした理由と共に減殺請求権を行使しないことを希望する旨を記載する例が見られ,このようなことには,それなりの意味があるのが実情です。
2.法律相談事例集キーワード検索:807番812番814番821番900番986番法の支配と民事訴訟実務入門,各論8,遺留分減殺請求を自分でやる。形成権の性質,根拠を参照してください。

解説:
1.遺留分
  遺留分とは,被相続人の生前処分または死因贈与によっても奪われることのない相続人に留保された相続財産の一定割合のことをいいます(民法1028条)。そして,遺留分権利者は,遺留分減殺請求権を行使することにより,遺留分確保を実現することになります(民法1031条)。遺留分制度の趣旨については,事例集No.900をご参照ください。

2.遺留分を侵害する内容の遺言
  「遺言者は,包括又は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分に関する規定に違反することができない。」(民法964条)とされています。もっとも,これは,遺留分権利者は,遺留分を侵害するような指定がされたとしても,遺留分減殺請求権を行使し得る旨を意味するに過ぎず,遺留分を侵害する内容の遺言が無効となるわけではありません。
  すなわち,遺留分を侵害する内容の遺言が作成されても無効となるわけではなく,遺留分を侵害する限りで遺言の内容が実現されないかどうか(=減殺請求権を行使するかどうか)は,遺留分権利者の自由意思に委ねられることになるのです。なお,減殺請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅します(相続開始の時から10年を経過したときも同様。民法1042条)。
  そこで,(法的拘束力はないものの,)遺留分権利者の自由意思に働きかけることを狙い,遺言書の最後にいわゆる「付言」という条項を設け,遺留分を侵害する遺言をした理由と共に減殺請求権を行使しないことを希望する旨を記載する例が見られ,このようなことには,それなりの意味があるのが実情です。

3.本件について
(1)法定相続人は,妻,長男及び次男とのことですから,長男の遺留分は,1/2(民法1028条2号)×1/4(民法900条1号,同条4号)=1/8となります。

(2)全ての財産を妻と次男に相続させたいとのことですので,例えば
 第1条 遺言者は,下記不動産(省略)を,妻○○に相続させる。
 第2条 遺言者は,下記不動産(省略)を,次男○○に相続させる。
 第3条 遺言者は,第1条及び第2条の財産を除くその他一切の財産を,妻○○に相続させる。
 第4条 遺言者は,この遺言の執行者として,次男○○を指定する。
  として,全ての財産を妻と次男が相続する内容の条項を記載します。ここで重要なのが,「その他一切の財産」についての第3項でして,この条項を入れて漏れがないようにします。また,第4条は遺言執行者を指定する旨の条項ですが,預貯金の名義変更,払戻しがスムーズに行われるようにするためにも,遺言執行者を指定しておいた方がよいでしょう。

(3)最後に,ご長男が減殺請求権を行使しないことを期待して,付言の条項を設けます(前記2参照)。例えば
 第5条 遺言者は,次のことを付言しておきたい。
  遺言者が長男○○に財産を相続させない理由は,○○(長男の名前)は,大学卒業後,家業を継ぐのを嫌がって家を飛び出し,それ以来音信不通となっているのに対し,次男○○は,自発的に家業を手伝ってくれ,現在の財産の形成に尽力してくれたことにある。○○(長男の名前)におかれては,以上の遺言者の意思を尊重し,遺留分減殺請求などをしないよう,心からお願いする次第である。

4.相続廃除
  民法892条で,家庭裁判所に申立をして,長男を相続廃除できる可能性もあります。大阪家庭裁判所昭和41年1月25日審判は,妻に対する廃除申立事件ですが,「十分な話し合いをしないまま家を飛び出し,母子ほども年齢の異なる異性と婚外関係を結んで被相続人との同居を拒み,重症に陥った同人の看病はおろか見舞いさえもしなかった」という事案で,相続廃除が認められています。一般に,「音信不通」というだけでは廃除は難しいと言えますが,種々の事情により,廃除が認められる可能性もありますので,関係資料を用意して一度弁護士に相談を受けてみるのも良いでしょう。

≪参考条文≫

民法
第892条(推定相続人の廃除)遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が,被相続人に対して虐待をし,若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき,又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは,被相続人は,その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。
第900条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各2分の1とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,3分の2とし,直系尊属の相続分は,3分の1とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,4分の3とし,兄弟姉妹の相続分は,4分の1とする。
四 子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の2分の1とし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分のあとする。
第964条 遺言者は,包括又は特定の名義で,その財産の全部又は一部を処分することができる。ただし,遺留分に関する規定に違反することができない。
第1028条 兄弟姉妹以外の相続人は,遺留分として,次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の3分の1
二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の2分の1
第1031条 遺留分権利者及びその承継人は,遺留分を保全するのに必要な限度で,遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。
第1042条 減殺の請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは,時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも,同様とする。

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