新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1081、2011/2/4 13:59 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・遺留分制度・遺留分の放棄許可基準】

質問:元妻との間に生まれた息子が私に対し,私所有の特定の不動産を譲ってくれと言ってきています。これに対し,私は,彼が私の相続につき遺留分を放棄してくれるのであれば,この不動産を贈与してやってもよいと考えています。息子が私の案に同意するかどうかはともかく,そもそも遺留分放棄許可の審判は,そう簡単に下りるものなのでしょうか。

回答:不動産の所有権移転登記や引渡しが相当将来のことである等,贈与契約の内容があまりに息子さんに不利なものである場合を除き,遺留分放棄許可の審判が下りる可能性は高いといえます。この案の詳細を詰めるため,弁護士等法律専門家にご相談ください。

解説:
1.遺留分放棄の制度
 遺留分は遺留分権利者の権利ですから,自ら放棄することは自由にできるはずです。しかし,相続開始前の遺留分の放棄は,家裁の許可を受けたときに限り,その効力が生じるとして,放棄について制限をしています(民法1043条1項)。遺留分の制度は,一定の相続人については遺言で相続分をゼロとすることを制限して,相続人の相続財産に対する期待権を保護しようとする制度です。そこで,遺留分権利者の保護を徹底するため,相続発生前の放棄については放棄により遺留分権利者の権利が侵害されていないかについて,家庭裁判所が調査して許可することが必要としたのです。被相続人等から放棄を強要される事態(家督制度温存のために悪用される場合等)が予測されることから,そのような悪弊を防止することにあります。なお,相続開始後の遺留分放棄については,家裁の許可は不要です。遺留分権利者の保護を徹底すればこの場合も家庭裁判所の許可を必要とする立法論も考えられますが,放棄の自由という原則を考慮すれば具体的に遺留分が発生しているのであれば放棄を強制されるという弊害は少ないことから相続開始前に限って家庭裁判所の許可を必要とするのが妥当でしょう。
 このように,遺留分権利者の保護という点から,学説は一般に放棄の許可は厳格に運用されるべきであるとするものの,実際の運用における許可率はかなり高いものとなっています(85%を超えるともいわれています。)。

 ところで,相続の放棄は,相続開始前は一切許されませんが(民法938条)、どうして相続財産に関する権利である遺留分の放棄は裁判所の許可という条件付きで許されるのでしょうか。双方とも権利である以上,本来であれば,処分自由の原則により,相続発生前の権利でも放棄できるのが原則です。ではどうして,相続開始前の相続権の放棄を禁止したのでしょうか。それは,日本特有の戦前の家制度の存続につながる危険があったからです。戦前の旧民法時代は家という制度は,家長,すなわち 戸主 が戸籍上家という親族集団に属するものについて統率権(家族の婚姻の同意権,居所指定権等)を有し,家の財産は家長,戸主 となる長男子が単独相続する制度です。この制度は,明治維新前の武家社会の家族関係を踏襲したもので,構造が絶対権を有する天皇を中心にした国家の国民統率に適していたので,明治維新後不安定な社会状況を統一化するために政治的イデオロギーの手段として採用されています。
 しかし,戦後の新日本国憲法の基本理念は個人の尊厳確保を最終目的とし,基本的人権尊重主義,自由主義,個人主義(憲法11,12,13条,14条)が採用されていますから,人間は生まれながらに自由であり,その自由を保障する種々の権利を生まれながらに享有し,この権利を例外的に制限できるのは国民が自ら建設した国家,公共団体等社会組織,及びその社会構造組織自体から生じ派生する「公共の福祉」そして,自由意思による契約しかありません。従って,家族を統率する権利なるものは理論的にありえませんし,夫婦は,契約関係となり,親子関係は子の成長する権利を保障する観点から権利義務として規律されます。経済的には,私有財産制から,相続は,相続人の推定的意思により配偶者,子の平等の権利として保障されることになります。これを憲法24条は明言しています。
 しかし,新憲法のもとでも家制度の影響により事実上,相続権の事前放棄により長男単独相続の可能性がありこれを禁止しています。相続開始後は,権利放棄自由の原則によりこれを制限することはできません。それではどうして,遺留分放棄は禁止されなかったのでしょうか。それは遺留分の権利の性格に起因します。遺留分は,戦後新しく認められたもので,元々本来の相続権そのものではなく(被相続人の推定的意思を根拠にしない),私有財産制から認められる被相続人の財産処分を行う意思を,残された遺族の生活保障,遺産に対する寄与,清算という公平の見地から制限する相続上むしろ例外的権利として位置づけることができます(形成権の性格もここから生じます。)。従って,家制度の存続とは直接関係が薄く(放棄しても相続権は残されています),権利放棄自由という原則に戻り,法定相続人の意思を確認して裁判所の許可を条件に事前の放棄を認めています。従って,裁判所の許可も権利放棄の自由意思の存在,遺族の最低限の生活権侵害,生活保障があるかどうかという見地から行われることになります。

2.許可の判断基準
(1)家裁における遺留分放棄の許可の判断基準として,以下のものが挙げられます。
@ 放棄が本人の自由な意思に基づくか否か
A 放棄の理由に合理性・必要性が認められるか否か
被相続人等から放棄を強要される事態の防止という前記趣旨に鑑みると,@が中心といえるでしょう。
(2)許可されなかった審判例として,以下のものがあります。
@ 神戸家裁昭和40年10月26日審判(家月18−4−112)
「申立人が父金作から既に金300万円の贈与をうけとっているというのであれば兎も角,本件においては,唯単に5年後に金300万円を贈与するという契約がなされているに過ぎないのであって,それが果して現実に履行されるか否かについては,現在のところ,たやすく予断を許さないのであるから,このような事情の下で遺留分の放棄を許可するときは,他日申立人にとって,予想外の事態を招き,思わぬ損害を惹起する虞れがないとはいえない。そうすると本件遺留分放棄は相当でないから,それを許可することはできないという外はない。」
A 大阪家裁昭和46年7月31日審判(家月24−11−68)
「申立人は審判期日に任意に出頭し且つ平静に遺留分を放棄する旨申述べているものの,申立人と同人の両親の間では約6か月間に亘り○○との結婚問題に関しかなり激しいやりとりや干渉が繰りかえされて来た事情がうかがわれ,又,他に申立人が本件申立をなすに至った動機も見当らない点から考えると申立人が本件申立をなすに至った理由は,やはりかかる両親からの自己の結婚問題に関するかなり強度の干渉の結果と言わざるを得ない。そうすると,本件申立は憲法第24条第1項の趣旨に照らしこれを許可するに足りる合理的な理由があると認められない。」
(3)なお,家裁は,申立人(本件でいうと「息子さん」)や被相続人(本件でいうと「あなた」)に照会書(質問事項の例としては,以下のとおりです。)を送り回答を記入して返送してもらうといった方法を中心として,事実関係を調査します。照会書は,必ずしも申立人と被相続人の両者に送られるというわけではなく,まずは申立人に照会書を送り,その回答をもって許可してもよいとの判断に至れば被相続人には照会書を送らない,という扱いも多いようです。また,申立本人が家庭裁判所に出向き家庭裁判所の審判官と面談してその自由な意思を確認するのが原則ですが,回答書等で自由な意思が確認できるのであれば照会書だけで許可される場合もあります。できるだけ詳しく照会書に記載することが必要です。

照会書は次のような形式です。
<申立人に対して>
「あなたの名前で当裁判所に遺留分放棄についての許可申立手続がされたことを知っていますか。」
「あなたの外に被相続人の相続人となり得る人の氏名と被相続人との続柄を書いてください。」
「被相続人と同居している家族の氏名を書いてください。」
「被相続人の財産にはどのようなものがありますか。(わかる範囲で書いてください。)」
「遺留分放棄の申立ては,あなたの真意に基づくものですか。」
「あなたはどういう理由で遺留分放棄をするのですか。」

<被相続人に対して>
「あなたは,申立人が当裁判所に遺留分放棄についての許可申立手続をしていることを知っていますか。」
「申立人が遺留分放棄についての許可申立手続をするにあたり,あなたは申立人と話し合いをしましたか。」
「あなたの相続人となり得る人の氏名と続柄を書いてください。」
「あなたと同居している家族を書いてください。」
「あなたの財産はどのようなものがありますか。」
「申立人はどういう理由で遺留分放棄をすると思いますか。」
「申立人が遺留分放棄をした場合,他の相続人と比べ不利益,不公平な結果をきたすと思いますか。」

3.本件について
 本件においては,移転登記や引渡しが相当将来のことである(前記審判例@参照)等,贈与契約の内容があまりに息子さんに不利なものである場合を除き,遺留分放棄許可の審判が下りる可能性は高いといえます。
もっとも,移転登記や引渡しを相当将来とまではしないにしても,先に移転登記や引渡しをしてしまう(前記審判例@冒頭の例示参照)ということについては抵抗があるかもしれません。そのような場合には,遺留分放棄許可の審判が下りることを条件とした贈与契約を締結する(さらには即決和解の手続をしておく等債務名義まで与えておく)といった方法があります。
 最後に,生前贈与と引き換えに遺留分放棄の申立をしてもらう場合,生前贈与を受けた息子さんに対して課税される贈与税額についても事前に検討・説明されることをお勧めいたします。贈与税の最高税率は50パーセントになりますので息子さんがこの税額を理解せずに遺留分放棄を了解しているような場合は,後日のトラブルの原因となってしまいます。

《参考条文》

憲法
第十一条  国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へられる。
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであつて,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
第十四条  すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。
○2  華族その他の貴族の制度は,これを認めない。
○3  栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴はない。栄典の授与は,現にこれを有し,又は将来これを受ける者の一代に限り,その効力を有する。
第二十四条  婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
○2  配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。

民法
(相続の放棄の方式)
第938条  相続の放棄をしようとする者は,その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
第1043条 相続の開始前における遺留分の放棄は,家庭裁判所の許可を受けたときに限り,その効力を生ずる。
2 共同相続人の一人のした遺留分の放棄は,他の各共同相続人の遺留分に影響を及ぼさない。

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