新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1048、2010/9/1 16:00 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働・業務外での事故による休職と復職を制限する就業規則の効力】

質問:私は保険会社で営業部に所属しているのですが,11ヶ月ほど前に業務外で交通事故に遭い,脳挫傷および外傷性クモ膜下出血の傷害を負い,視野狭窄や複視の症状が残るような後遺症を負いました。治療の甲斐もあって,現在は軽作業を行える程度には回復しましたが,営業には自動車の運転が不可欠で,まだ仕事には復帰できておりません。
私の勤めている会社の就業規則には,傷病休職の規定があり,業務外での傷病による欠勤の場合には最長で1年間の休職期間が定められており,この休職期間満了までに復職できないときには退職とする旨の規定があります。私は,事故の翌日より休職しているのですが,昨日,会社から,前述の就業規則の規定を根拠に1年間の休職期間満了の時点で退職となる旨の通知が届きました。
休職期間中も同僚と連絡をとり,会社の業務の状況は把握するように努めていましたし,デスクワークであればこなせる程度には回復しているので,会社には復職の要望を伝えてあります。私は,このまま休職期間満了の時点で退職しなければならないのでしょうか。できれば,今の会社で働き続けたいのですが,法的に私の主張は認められる可能性があるのかをお尋ねしたいです。

回答:
 会社からの通知は,休職期間満了による自動退職ということですので,休職期間満了までの間に休職事由の消滅が認められれば,会社は自動退職として取り扱うことはできず,あなたは今の会社で働き続けることができます。休職事由の消滅が認められるためには,原則として,従前の職務を支障なく行いうる状態に復帰したことが必要となります。しかし,例外的に,休職期間満了時にそうした状態に達していない場合でも,相当期間内に治癒することが見込まれ,かつ,当人に適切なより軽い業務が現に存在するときには,使用者は,労働者を治癒までの間,その業務に配置すべきであり,契約の自動終了という効果は発生しません。いかなる場合に,契約の自動終了の効果が発生しないのかについては下記の解説を御参照ください。

解説:
1.休職制度について 制度趣旨 就業規則の内容
 休職とは,ある従業員について労働者側の理由で就労させることが不能または不適当な事由が生じた場合に,労働契約を存続させつつ,一時的に労働義務を消滅させることをいいます(使用者側の理由による場合は休業といいます)。国公法と異なり,労働基準法には休職について直接規定がありませんが,通常就業規則に規定されています。どうして休職制度があるのかといいますと,就労不能が本件のように労働者側の理由により生じた場合には労働契約は双務契約ですから,民法の一般原則から賃金の支払は原則としてできませんし,履行遅滞(履行不能)で催告の上契約解除となるはずです(民法541条,543条)。しかし,労働契約は不動産賃貸借と同様に継続的契約関係ですし,日々労働により賃金を得て生活を行う経済的基礎をなすものであり簡単に契約解除を認めることは健康で文化的な生活を維持継続する生存権(憲法25条)の趣旨にもとりますし,労使の精神的,経済的力関係において常に不利益な立場にある労働者にとり実質的に正当な理由のない解雇(解雇権の濫用の防止)と同様の結果となる危険があります。
 そこで,法の理想から労使の公平,公正の原則を担保するため一定の期間労働契約を存続させながら労働義務を免除する休職制度が必要となります。労働者側の責任で休職するのですから基本的に賃金は請求できません(公務員の場合も同様で,但し,意思に反する休職の場合のみ賃金請求は可能。国公法80条4項,23条,地方公務員法23条)。
 しかし,就業規則で休職制度を認めても内容が具体的に考察して実質的に,労働者の地位を不利益,不安定にするものであってはならず,不動産賃貸借の解除と同様に,労使双方の実質的信頼関係を破壊する程度の理由がなければ休職の最も重要な効果である休職期間満了による労働契約解消の効果は生じないと考えられます。労使双方の信頼関係を破壊する基準は,労働者側の経歴,能力,経験,地位,当該企業における労働者の担当業種の内容,配置・異動の実情及び難易さらに当該企業側の規模,業種,等が要素となるでしょう。尚,休職期間は業種,勤続年数,原因等から就業規則の定めがことなり,事故休職は半年前後,私傷病休職は事情により2,3カ月から年単位で,起訴休職等は原因が消滅するまでと考えられているようです。
 以上のようにご相談いただいた休職期間満了の時点で退職となる,会社の休職制度は,出勤できない労働者に対して一定期間解雇を猶予する機能を果たします。それゆえ,労働基準法上の解雇規制の潜脱を防止する必要があります。たとえば,解雇をなすには30日の予告期間が必要されている(労基法20条)こととの均衡上,休職期間は30日以上とすることが必要となります。また,本件のように休職期間満了で自動退職の効果が発生するような事案では,退職を正当化しうる事情が必要となります。

2.ご相談の件と同様に休職期間満了による退職取扱いの有効性が争われた裁判例(大阪地裁平成11年10月4日判決,JR東海事件)の内,復職の可否を判断する際の考慮要素について判示した箇所を引用いたします。
 「労働者が私傷病により休職となった以後に復職の意思を示した場合,使用者はその復職の可否を判断することになるが,労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては,休職前の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,使用者の規模や業種,その社員の配置や異動の実情,難易等を考慮して,配置替え等により現実に配置可能な業務の有無を検討し,これがある場合には,当該労働者に右配置可能な業務を指示すべきである。そして,当該労働者が復職後の職務を限定せずに復職の意思を示している場合には,使用者から指示される右配置可能な業務について労務の提供を申し出ているものというべきである。」
 上記の判旨によれば,まず第一に,職種や業務内容の限定がなされていたのかが重要な判断要素となります。職種や業務内容の限定がなされていたのであれば,復職可能といえるためには,当該職種・業務内容に耐えうる程度の健康状態の回復が求められるからです。
 職種等に限定がない場合には,復職後の業務が休職前の業務に限定されることはありません。上記裁判例は,休職期間満了による自動退職に先立ち,「現実に配置可能な業務の有無を検討し,これがある場合には,当該労働者に右配置可能な業務を指示す」るという負担を使用者に強いることで,労働者保護を図っているといえます。そして,「現実に配置可能な業務の有無」については,労働者の能力・経験・地位という労働者側の事情と,使用者の規模・業種・配置や異動の実情等の使用者側の事情の双方を考慮することで,合理的な結論を導くことができるように配慮しています。

3.ご相談の件とはすこし離れますが,労働者が従前の業務を十分になし得なくなったことを理由に,使用者が労働者の労務提供を拒絶し,賃金の支払をしなかったために,賃金債権の存否が争いとなった判例があります(最判平成10年4月9日判決,判例時報1639号130頁,片山組事件)。
 この判例は,いかなる場合に労働者の労務の提供が,債務の本旨に従った履行の提供(民法415条)といえるのかについて下記のように判示しています。
 「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。そのように解さないと,同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に,その能力,経験,地位等にかかわりなく,現に就業を命じられている業務によって,労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か,また,その結果,賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり,不合理である。」
 上記判例は,労働契約は継続的な関係であること,及び,使用者には広範な人事権や業務命令権が認められており,職種や配置は随時変更される可能性があることを重視して,従前の業務に限らず幅広く債務の本旨に従った履行の提供を認めています。

4.復職時の回復状況が問題となった事案について,下級審レベルでは,従前の職務を遂行できるまでに回復していることを要するとしていた裁判例が複数ありました。しかし,片山組事件では,最高裁判所が,労働者の職務遂行能力が低下した場合の取り扱いにつき,労使双方の事情を考慮した上で結論を導く合理的な判断枠組を示しましたので,今後の傷病休職からの復帰に関する紛争は,片山組事件の判断枠組をもとに争われることが予想されます。
 ご相談の件と同様に休職期間満了による退職取扱いの有効性が争われたJR東海事件の上記判旨も,片山組事件の上記判旨に影響を受けていることは明らかです。

5.これらの裁判例をもとにご相談の件を検討しますと,まずはあなたが採用時に営業社員として職種,業務内容を限定されて採用されたのかが問題となります。職種等に限定のない採用であれば,次に,あなたの能力や経験とともに会社の業種,規模などを考慮した上で,あなたを会社の中で現実的に再配置することが可能かを検討することになります。この点については,あなたの能力や経験が多様なものであり,会社の業種,規模が大きいほど再配置の可能性は高くなり,あなたの主張は認められやすくなります。
 現状のまま,休職期間満了による退職という取扱いをされた場合には,労働契約書や就業規則,会社の業態や規模がわかる資料のほか,軽作業であれば復職可能との医師の診断書があれば,それも持参した上で,お近くの弁護士に相談してみることをお薦めします。

<参照条文>

憲法
第25条  すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
第27条  すべて国民は,勤労の権利を有し,義務を負ふ。
○2  賃金,就業時間,休息その他の勤労条件に関する基準は,法律でこれを定める。

労働基準法
(解雇の予告)
20条 使用者は,労働者を解雇しようとする場合においては,少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は,30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し,天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては,この限りでない。

民法
(債務不履行による損害賠償)
415条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。
(履行遅滞等による解除権)
第541条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において,相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,相手方は,契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第543条  履行の全部又は一部が不能となったときは,債権者は,契約の解除をすることができる。ただし,その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。

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