新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.824、2008/12/29 14:58 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・即決和解・公正証書との違い】

質問:アパートの大家をしていますが、家賃を支払ってくれない入居者がいて困っています。家賃の不払いが数ヶ月に及んだため、先日その入居者と協議して、3ヶ月以内に退去してもらうことになりました。約束どおり3ヶ月以内に退去してもらえれば問題ないのですが、退去してもらえなかった場合に備えて、何かよい方法はありませんか。

回答:
1.ご相談のケースでは、「即決和解」制度を利用されると宜しいでしょう。まず相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に、和解の申立てをします。その後、裁判所から和解期日が指定されますので、当事者双方が裁判所に出頭し、予め合意している内容に従って、和解を成立させます。ご質問の事例であれば、『賃貸借契約の解除』及び『建物明渡しの時期』等の条項を盛り込んだ和解になると思います。
2.和解が成立しますと、万が一、相手方が約束どおりに退去してくれない場合には、別途訴訟手続を経ずに即決和解の調書に基づいて建物明渡しの強制執行をすることができます。
3.事例集bV41号参照してください。

解説:
1.即決和解制度とは
即決和解とは、紛争当事者が裁判所において和解をする手続で、当事者同士の話し合いの間に裁判所が関与することで、和解内容を明確にし、法的拘束力を持たせる手続です。通常1回の期日で和解が成立することから、実務上「即決和解」と呼ばれていますが、正式には「訴え提起前の和解」(民事訴訟法第275条)といいます。この手続は、一般的な民事の紛争を対象としており、紛争があることが前提ですが、訴訟を経ずに最初から和解をする手続ですから、実際上、即決和解の申立てがなされる事案は、概ね当事者間で協議がまとまっています。

2.即決和解の効果
即決和解が成立し、その内容が調書に記載されると、「確定判決」と同一の効力が認められます(民事訴訟法第267条)。「確定判決」と同一の効力というのは、簡単に言いますと、その調書に基づいて強制執行が可能ということです。ご質問の事案で、即決和解が成立していれば、3ヶ月の期間が経過しても入居者が退去しなかった場合には、建物明渡請求の訴訟手続を経ずに、直ちに即決和解の調書に基づいて強制執行を行うことができます。これに対し、即決和解の手続きをしなかった場合には、強制執行をする前提として訴訟を提起し、勝訴判決等を得る必要があります。

3.即決和解手続の流れ
紛争当事者間で事前にある程度の合意ができていることを前提に、まず相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てを行います。申立ては口頭でも可能とされていますが、実務上は申立書を提出して行います。申立手数料は一律1500円で、収入印紙を申立書に貼って納付します。この手数料額は、訴訟に比べて非常に低く設定されています。なお、申立の段階で和解の内容が決まっていれば、和解条項案として裁判所に提出しておく必要があります。申立後、裁判所から期日が指定され、呼出状が送られて来ますので、指定された期日に、当事者双方が裁判所に出頭します。和解条項案に違法な内容が含まれる等の問題がなければ、基本的に、裁判所は、当事者双方の意思を確認した上で和解を成立させてくれます。

4.公正証書との比較
公正証書とは、一般の方からの依頼により公務員である公証人が作成する公文書です。公証人が作成するため、その信頼性は高く、内容によっては強制執行をする効力まで認められる強力なものです。即決和解も公正証書も当事者双方の合意がなければできない手続であるという点は共通ですが、強制執行の可否、その他の手続面で違いがあります。その違いを踏まえて事案ごとに使い分ける必要があります。

(1)強制執行
公正証書の場合、約定違反があったときに直ちに強制執行を認めるのは、以下の2つの要件を満たす場合に限られ、建物明渡し等は対象になっていません(民事執行法22条5号)。
@合意した内容が、金銭の一定の額の支払又はその他の代替物もしくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求であること。
A債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されていること。

これに対して即決和解の場合には、公正証書のような限定はありませんから、ご質問の事例のような建物明渡しに関しても、約定違反があれば和解調書に基づく強制執行が可能です。この違いは、裁判所の権限と、公証人の権限の違いに起因するものです。裁判所は、法の支配の理念による司法権の独立(憲法76条)に基づき当事者の申立に基き、権利義務の存否を判定し、強制執行することにより紛争を解決する権限があります。即決和解は、裁判官の面前で意思確認が行われ裁判所書記官により記録されますので、通常の裁判上の和解と同じ効力を持ちますので、明け渡しについての強制執行も当然に為しうることになります。手続の代理人は、原則として、訓練を受けた弁護士・司法書士などの法律職資格者に限定されています。これに対し、公証人は公務員ですが裁判官ではありませんし、裁判権も有しません。その権限は、公証人法1条1号により「法律行為その他私権に関する事実につき公正証書を作成すること」と定められており、事実関係及び権利義務の存否について当事者の合意を公証する書面を作成することが基本となっています。委任状があれば誰でも当事者の代理人として作成することができます。そして、公証人の作成する文書のうちの一部(金銭等の支払いについての執行証書)について、民事執行法が、例外的に「債務名義」としての効力を認めているために強制執行ができるに過ぎず、建物の明け渡しについては、原則どおり、債務名義は作成できないこととされているのです。建物の明け渡しは、人の居住権を左右する重大な権利関係ですので、裁判所における意思確認を行うことが、国民の権利保護のために必要だと考えられたものと思います。公正証書は、実務上、債権者である金融会社が、貸付時に、債務者の印鑑証明書や委任状を受領し、金融会社の社員が代理人となって作成されることも多く、意思確認が不十分ではないか、問題となることがあります。勿論、金融取引を促進することにより、国民の利益もありますので、金銭等の支払いに限定して、執行証書を作成しうる権限を公証人に与え、裁判所との役割分担を行うこととしたものと評価することができます。

(2)手続を行う場所
即決和解は、前述のとおり相手方の住所地を管轄する簡易裁判所において手続を行います。これに対し、公正証書は、公証役場で公証人に作成してもらいます。原則として管轄等の決まりはありませんので、どこの公証役場で作成していただいても構いません。

(3)時間と費用
即決和解は、前述のとおり裁判所からの期日指定、呼出状の送達という手続を踏みますので、1ヶ月程度の期間は掛かるようですが、手数料は公正証書に比べて低額に設定されており、一律1500円です(なお若干ですが、郵券を裁判所に提出する必要がありますので、申立をする際には裁判所に事前に確認をしてください。)。これに対し、公正証書は、事前に合意内容を公証人に連絡し、公証役場に行く日程を決める必要はあるとしても、即決和解のような手続はありませんから短期間に作成が可能です。作成に要する費用は内容によって異なりますが、即決和解に比べると割高にはなってしまいます。

5.まとめ
ご質問の事案の場合、大家さんと借主さんとの間で、賃貸借契約の合意解除、明渡猶予期間等の内容を書面化して、お互いに署名押印しておくだけでも後日の紛争解決のために一定の効果は期待できます。しかしながら、3ヵ月後に退去してもらえなかった場合に備えるという意味からしますと、直ちに強制執行に移れるように即決和解の手続をとっておくことをお勧めします。本事例以外でも、「当事者間で既にある程度の合意ができており、裁判までする必要はないけれども、その合意内容自体に法的な拘束力・強制力を持たせたい」というような場合には、事案に応じて、即決和解の手続と公正証書の作成を使い分けると宜しいでしょう。

≪条文参照≫

民事訴訟法 第275条1項
民事上の争いについては、当事者は、請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して、相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。

民事執行法 第22条
強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
1号〜4号 省略
5号 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
6号 省略
7号 確定判決と同一の効力を有するもの(第3号に掲げる裁判を除く。)

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