新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.822、2008/12/29 12:57 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・建物賃借権と競売・敷金の引継ぎ・平成15年民法改正】

質問:私の住んでいる賃貸マンションが競売にかけられて、新しい所有者から「1ヶ月以内に退去してください」という内容証明郵便が来ました。どうしたらよいでしょうか。
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回答:
1.あなたがマンションに一番最初に入居したのが、建物に登記された第一順位の抵当権設定登記(又は差押登記)よりも後の日付の場合、原則として、賃借権を新所有者に対して主張することができません。但し一定期間の猶予がございます。猶予期間については平成15年の改正で新所有者の競売物件取得の日から6か月です。
2.新所有者の同意が得られれば再度賃貸借契約を締結して住み続けることも可能ですが、同意が得られない場合は、明け渡しについて穏便に話し合いをして、退去するしかないでしょう。
3.マンション入居が抵当権設定登記よりも前であれば、新所有者に対し賃借権を主張することができ居住が可能です。以下に順次説明したいと思います。

解説:
1.【調査】
まず、あなたが住んでいるマンションの登記事項証明書(登記簿謄本)を法務局で取得し、内容を確認してみてください。抵当権(根抵当権)に基づく競売であれば、甲区欄に「競売開始決定」という記載とともに、(根)抵当権者が「申立人」として記載されているはずです。これに対して、一般債権者が不動産競売の申立をした場合には、甲区欄に「強制競売開始決定」という記載とともに、当該申立を行った「債権者」が記載され、税金(国税)の滞納による競売の場合には、甲区欄に「税務署差押」という記載とともに、「債権者」として「財務省」が記載されているはずです。

2.【基本的な考え方】
あなたが引っ越さなくてはならないか否かは、あなたの建物賃借権(以下「借家権」といいます。)を新所有者に主張できるか否かという問題になります。賃借権は債権といって人に対して請求する権利で、貸主に対して家を貸すことを請求できる権利です。従って、建物の所有者が変わるとその建物を借りることができなくなってしまいます(正確には旧所有者に対して家を貸すように請求する権利はありますが、新所有者から返せと言われると拒否できないということです)。しかし、そうすると借りている家の所有者が変わるたびに家を借りられなくなるという不都合が生じます。そこで、借家法という法律で借家人が居住している建物については借家権を新所有者に対しても主張できる、その結果、新所有者と借家人との間に賃貸借関係が発生することにしたのです。新所有者にも賃借権を対抗できるかどうかいという問題として、このような関係を民法では「対抗問題」といいます。基本的には、民法177条が対抗問題の規定です。ここでは登記の前後により対抗できるか否かが決められるのですが、賃貸借に関しては登記以外の対抗要件も認められており、建物の賃貸借であれば、登記がなくても建物の引渡しを受けた場合には、以後、その建物について物権を取得した者に対して対抗できるとされていますので(借地借家法第31条1項)、その点の考慮が必要になります。建物賃借権は居住権という人間の生活に不可欠な権利の基礎をなすものであり、登記という公示方法よりもっと簡易な占有に登記と同じ公示の効力、対効力を認め居住者を保護し、公正な社会秩序を維持しているのです。基本的に、競売の原因となる登記と賃貸借契約に基づく建物引渡しの先後によって、新所有者と賃借人との優劣が決まることになります(新所有者の登記の時期を基準にするようにも考えられますが、競売の原因となっている権利の保護が必要になります)。ただし、競売の申立をした債権者が賃借権に劣後する場合でも、賃借権に優先する(根)抵当権設定登記がある場合には、賃借権は消滅しますので、注意が必要です。以下、上記競売の原因ごとに説明をしていきます。

3.【抵当権に基づく競売の場合の賃借人の法的地位】
抵当権等に基づく競売によって競落人が新所有者になった場合には、抵当権等の設定登記の日と、賃借人がマンションの賃貸借契約を締結して引渡しを受けた日(入居日)の前後によって、結論が異なります。また、平成15年の民法改正(平成16年4月1日施行)前後によっても結論が異なりますので、場合分けをして説明します。

(1)抵当権等の設定登記日が、入居日よりも後の場合
この場合、賃借人の権利は、競売の原因となった抵当権設定登記よりも先に建物賃貸借の対抗要件を備えていますので抵当権者に対抗することができ、新所有者にも対抗できます(優先します)。つまり、賃借人は従来の契約どおりに住み続けることができます。この結論は、改正前後を通じて同じですが、改正前後で、敷金等の承継に関して以下のとおり違いが出ます。改正前においては、敷金等は新所有者に承継される扱いでしたが、改正後においては、敷金が賃借権の登記の登記事項とされた(不動産登記法第81条第4号)関係で、敷金に関する登記がなされていなければ、第三者である新所有者に敷金の存在を対抗できず、賃借人は新所有者に対して敷金の返還を請求できません。通常の建物賃貸借では、賃借権の登記は行われませんので、多くの事例では、敷金返還義務は引き継がれないと考えて良いでしょう。

(2)抵当権等の設定登記日が、入居日よりも前の場合
原則として、賃借権は消滅しますので、新所有者から退去を求められた場合には、退去しなければなりません。ただし、改正法施行前(平成16年3月31日以前)に締結した短期賃借権(建物賃借権であれば、契約期間が3年を超えないもの)については、当該契約期間の範囲で抵当権者に対抗でき、競売で取得した新所有者にも対抗できます(旧民法第395条、602条)。つまり賃借人としては、上記期間内に限り、新所有者に対して賃料を支払って住み続けられるということです。改正法施行後は、短期賃貸借を保護する制度は廃止され、競売手続の開始前に賃貸借契約に基づいて入居している場合に、新所有者が競売によって取得した日から6ヶ月間明渡しを猶予される扱いになりました(民法第395条)。ただし、この期間の使用対価を新所有者に支払う必要があります。また、入居時に抵当権設定登記がなされていても、全ての抵当権者が同意し、その旨を登記しておけば抵当権者に対抗することができます。その結果、賃借人はその権利を新所有者にも対抗できますので、従来の契約どおりに住み続けることができます(民法387条)。

4.【一般債権者又は滞納処分による競売の場合の賃借人の法的地位】
抵当権設定登記がされていない場合で、一般債権者等からの競売申立によって競落人が新所有者になった場合には、差押の登記がなされた日と、賃借人がマンションの賃貸借契約を締結して引渡しを受けた日(入居日)の先後によって、結論が異なります。

(1)差押登記が入居日よりも後の場合
この場合には、賃借人は競売により取得した新所有者に対して、賃借権を対抗できます。つまり賃貸借契約はそのまま新所有者に承継され、賃借人は同じ条件で住み続けることができます。ただし、賃借権に優先する(根)抵当権設定登記がある場合には、競売により賃借権も消滅することになりますので、賃借人は新所有者から退去を求められればこれに応じなければなりません。

(2)差押登記が入居日よりも前の場合
この場合には、賃借人の権利は競売による差押登記に劣後するため、賃借人は競売により取得した新所有者に対して、賃借権を対抗できません。賃借権は消滅しますので、新所有者から退去を求められればこれに応じなければなりません。

5.【結論】
(1)賃借権が新所有者に対抗できない場合
そのマンションを退去せざるをえないということになります。改正前の短期賃貸借の契約期間又は改正後の6ヶ月間の明渡し猶予期間の規定により、一定期間の使用が認められる場合(使用期間分の賃料を支払う必要があります。)には、その期間内に別の場所を見つけて退去する必要があります。猶予期間等を経過しても退去しない場合には、新所有者の申立により強制執行される可能性もありますので、注意してください。なお、新所有者の側で、早くそのマンションを利用したいなどの事情があるときは、話合いで立退料(引越費用等)を出してもらえる場合もありますので、上記賃貸借の残余期間又は猶予期間を主張して明渡時期を遅らせるよりも、新所有者の申し出に応じて早めに退去した方が有利な場合もあります。ただし、立退料というのは、法律上当然に請求できる性質のものではありませんので、その点は誤解しないでください。

(2)賃借権が新所有者に対抗できる場合
新所有者からの明渡し要求に応じる必要はありません。そこに住み続けたければ、賃借権を主張してそのまま住み続けることができます。とは言っても、賃貸借契約は継続的な契約ですから、新所有者との関係が壊れた状態ではその後の生活がやりにくい等の問題もありますので、新所有者から出される条件(転居先の斡旋、立退料等)次第では、立退きを検討するのも一つの方法だと思います。立退料すなわち賃借権買取の計算については、当事例集bT26を参照してください。

以上のとおり、競売不動産の賃借人の立場というのは非常に複雑ですから、新所有者等からの説明に疑問を感じたら事前に弁護士・司法書士等に相談をされた方がよろしいかもしれません。

≪条文参照≫

民法177条
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
民法旧395条
第六百二条ニ定メタル期間ヲ超エサル賃借権ハ抵当権ノ登記後ニ登記シタルモノト雖モ之ヲ以テ抵当権者ニ対抗スルコトヲ得但其賃貸借カ抵当権者ニ損害ヲ及ホストキハ裁判所ハ抵当権者ノ請求ニ因り其解除ヲ命スルコトヲ得
民法旧602条
処分オ能力又ハ権限ヲ有セサル者カ賃貸借ヲ為ス場合ニ於テハ其賃貸借ハ左ノ期間ヲ超ユルコトヲ得ス
一、二 省略
三 建物ノ賃貸借ハ三年
四 省略
民法387条1項
登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる。

借地借家法31条1項
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。

不動産登記法81条
 賃借権の登記又は賃借物の転貸の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一  賃料
二  存続期間又は賃料の支払時期の定めがあるときは、その定め
三  賃借権の譲渡又は賃借物の転貸を許す旨の定めがあるときは、その定め
四  敷金があるときは、その旨
五〜八 省略

≪条文判例≫
昭和37年9月18日最高裁第三小法廷判決
昭和46年3月30日最高裁第三小法廷判決

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