新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.762、2008/2/27 15:24 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【民事・労働・管理監督者と残業手当】

私はある会社に勤務しています。仕事はなかなか忙しく、週に2〜3日は数時間残業をして帰ることがあります。しかし、この2年間、私は残業代を会社からもらったことがありません。先日、会社にこのことを抗議したところ、私は労働基準法41条2号の「管理監督者」にあたるので残業代は支払う必要がない。営業部特別手当、管理職特別手当としてそれぞれ1万円を給料にプラスして支給しているからそれでいいだろう、といわれました。確かに私はそのような手当をもらっていますが、残業の時間から考えたら、これで足りるとは到底思えません。私は会社に対して、実際に働いた残業代を請求できないのでしょうか。

回答:
1.行政庁の通達、判例によれば、管理監督者とは、一般的には労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるものであり、名称にとらわれず実態に即して判断すべきものです。実体的には、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にある者、管理監督者の範囲を決めるに当っては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様を総合的に考慮して決められることになります。
2.あなたの会社の実体を以上の基準に照らし、あなたが管理監督者に該当しなければ一般労働者と同様に残業賃金を請求することは可能です。

解説:
1.労使関係は、労働基準法によって、さまざまな規制がなされています。また、その規制は、いわゆる強行規定が多数含まれています。強行規定とは、その行為が法律に従わないときは違法、無効となってしまうものをいいます。これに対して、任意規定とは、当事者間で話し合いにより合意ができれば、法律に書いてある通りに従わなくても構わない、というものです。市民の生活を一般的に規制する民法などでは、ほとんどの条文が任意規定であり、当事者間で民法と異なる約束をしたとしても、公序良俗(社会正義の観点から著しく逸脱していると思われるもの)に反しない限り当事者間の合意が優先されるのです。しかし、労働基準法などでは、このような任意規定ではなく、強行規定が多数存在します。

2.その理由は、使用者と労働者の地位の違いにあります。わが国では、原則として全ての国民(法人)は平等ですが、憲法14条の要請する平等は、各人の地位や力の違いを前提として、一定の修正を加えた実質的、相対的平等を含んでいると解されています。使用者と労働者で言えば、労働者一人一人は、使用者のために仕事をして使用者から給料をもらって生活をしています。ここで、労働者が、いくら自分の権利だからといって使用者に不利益になることを主張すると、使用者はその労働者を簡単に解雇するでしょう。文句をいわずに安い給料で働いてくれる人がいれば、そちらを雇うでしょう。しかし、それでは労働者は正当な理由がなく無限に虐げられる可能性があり、憲法が要請する実質的平等は実現されず、労働者の生存権(憲法25条)すら、危うくなってしまうことでしょう。そのような趣旨から、労働基準法では、労働者の権利を保護するために、様々な強行規定が定められています。もちろん、例外を一切認めないのであれば、そのような法律は非常に使いにくくなってしまいますので、労働基準法でも例外は認めます。しかし、例外を適用するにも厳しい基準があります。そのうちの一つが、法定労働時間と残業の問題です。

3.労働基準法32条には、使用者は労働者に休憩時間を除き一週間について40時間を越えて、また一週間の各日について8時間を越えて労働をさせてはならないと規定しています。また、就業規則などに、始業、終業、休憩時間等について定めを設けなければなりません(所定労働時間)。このような規定により、使用者が労働者を不当に業務に従事させることのないようにしています。一方で、本件のように、いわゆる「残業」をしている人はたくさんいます。先ほどの解説のように、労働時間を厳守することが完全な強行規定であれば、残業は全て違法になってしまいます。しかし、残業することによって仕事の成果を高め、その分多い賃金を獲得したい労働者も存在するでしょうし、割増賃金を支払ってでも労働者にたくさん働いてもらいたい使用者も存在するでしょう。そこで労働基準法(以下労基法)は、使用者と労働者(の代表)との間で、場合によっては所定労働時間を超えた勤務をする場合があること、その際には所定の割増賃金を支払うことを合意し、協定を結び(労基法36条に定められていることから、サブロク協定などと呼ばれます)、これを労働基準監督署に届出なくてはなりません。協定では、割増賃金の割増率なども明確に定められます。上記のような手続を経て、適正な割増賃金を支払って、初めて使用者は労働者に残業をさせることができるのです。

4.ところで、本件では、会社は相談者に対して時間外労働の割増賃金を支払っていません。しかし、会社はただ支払わなかったのではなく、何か言い分がありそうです。会社の言い分は、相談者が、労基法41条2号の管理監督者に該当する、というものですが、この管理監督者とはなんでしょうか。

5.条文では、第四十一条  この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一  別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
二  事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三  監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの。となっており、監督もしくは管理の地位にあるもには、労働時間等の規定の適用がないとするものです。

6.この法律の趣旨は、前述の通り、使用者との関係では弱者たる労働者の平等と生存権を保護するために、様々な強行規定を設けているのが労基法なのですが、現場の実態に即した運用ができなければ意味がありません。そこで、労基法は、管理もしくは監督の地位にあるもの、すなわち、その職場や部署で一定の責任を持つものには、仕事の仕方に一定の裁量を与えることにより、モチベーションの向上や仕事能率のアップを図ることができるようにするものです。では、会社の言うとおり、相談者は管理監督者に当たり、労働時間に関する定めの適用がなくなるので、そもそも残業をしたことにならず、残業手当は支払わなくてよいことになるのでしょうか。

7.この管理監督者については、厚生労働省が、法解釈の基準として「通達」を出しています。「通達」とは、それ自身法律ではないが、行政庁の解釈基準として、一定の法規範性を持つものです。

8.通達によると、管理監督者とは、「一般的には部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるものの意であり、名称にとらわれず実態に即して判断すべきもので」あり、具体的な判断に当たっては次の考え方によることとされています。<労働時間、休憩、休日の規定が適用されない労働基準法第41条の管理監督者の範囲に関する通達>

9.
(1)原則。法に規定する労働時間、休憩、休日等の労働条件は、最低基準を定めたものであるから、この規制の枠を超えて労働させる場合には、法所定の割増賃金を支払うべきことは、すべての労働者に共通する基本原則であり企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要等から任命する職制上の役付者であればすべてが管理監督者として例外的取扱いが認められるものではないこと。

(2)適用除外の趣旨。これらの職制上の役付者のうち、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にある者に限って管理監督者として法第41条による適用の除外が認められる趣旨であること。従って、その範囲はその限りに限定しなげればならないものであること。

(3)実態に基づく判断。一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という。)と、経験、能力等に基づく格付(以下「資格」という。)とによって人事管理が行われている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当っては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。

(4)待遇に対する留意。管理監督者であるかの判定に当っては、上記のほか、賃金の待遇面についても無視し得ないものであること。この場合、定期給与である基本給、役付手当等において、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているか否か等について留意する必要があること。なお、一般労働者に比べ優遇措置が講じられているからといって、実態のない役付者が管理監督者に含まれるものではないこと。

(5)スタッフ職の取扱。法制定当時には、あまり見られなかったいわゆるスタッフ職が、本社の企画、調査等の部門に多く配置されており、これらスタッフの企業内における処遇の程度によっては、管理監督者と同様に取扱い、法の規制外においても、これらの者の地位からして特に労働者の保護に欠けるおそれがないと考えられ、かつ、法が監督者のほかに、管理者も含めていることに着目して、一定の範囲の者については、同法第41条第2号該当者に含めて取扱うことが妥当であると考えられること。

10.判例は、以下のように解釈しています。
@(静岡地裁判決昭50年(ワ)第234・308号、静岡銀行事件、昭53・3・28)。「第41条第2号の管理監督者とは、経営方針の決定に参画し或いは労務管理上の指揮権限を有する等、その実態からみて経営者と一体的な立場にあり、出勤退勤について厳格な規制を受けず、自己の勤務時間について自由裁量権を有する者と解するのが相当である。」とし、「毎朝出勤すると出勤簿に押印し、30分超過の遅刻・早退3回で欠勤1日、30分以内の遅刻・早退5回で1日の欠勤扱いをうけ、欠勤・遅刻、早退をするには、事前或いは事後に書面をもって上司に届出なければならず、正当な事由のない遅刻・早退については、人事考課に反映され場合によっては懲戒処分の対象ともされる等、通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由がなく、自らの労働時間を自分の意のままに行いうる状態など全く存しないこと……部下の人事及びその考課の仕事には関与しておらず、銀行の機密事項に関与した機会は一度もなく、担保管理業務の具体的な内容について上司(部長、調査役、次長)の手足となって部下を指導・育成してきたに過ぎず、経営者と一体となって銀行経営を左右するような仕事には全く携わっていないこと。

A(大阪地裁判決昭56年(ワ)第6733号サンド事件、昭57・7・12)従業員40人の工場の課長について、決定権限を有する工場長代理を補佐するが、自ら重要事項を決定することはなく、また、給与面でも、役職手当は支給されるが従来の時間外手当よりも少なく、また、タイムカードを打刻し、時間外勤務には工場長代理の許可を要する場合には、管理監督者にあたらない。

B(大阪地裁判決昭60年(ワ)第2243号レストラン・ビュッフェ事件昭61・7・30)ファミリーレストランの店長について、コック等の従業員6〜7名を統制し、ウエイターの採用にも一部関与し、材料の仕入れ、売上金の管理等をまかせられ、店長手当月額2〜3万円を受けていたとしても、営業時間である午前11時から午後10時までは完全に拘束されて出退勤の自由はなく、仕事の内容はコック、ウエイター、レジ係、掃除等の全般に及んでおり、ウエイターの労働条件も最終的には会社で決定しているので、管理監督者にあたらない。

Cこれらの判例からみると、課長代理、という役職がどのような仕事をしているかは不明ですが、手当の金額からすると、役職に見合った地位と待遇に当たらない可能性が大きいでしょう。

11.労働問題では、最初の相談先で結果が大きく変わることがあります。できれば、お早めにお近くの弁護士や労働基準監督署に相談されることをお勧めいたします。なぜなら、数ある法律問題の中でも、労働問題については、主張の仕方に工夫が必要となるためです。一般的に雇用主と労働者は、主従の関係にあり、圧倒的に「力」の差があるからです。上記のような議論も、法律上はごく当然のことですが、労働者が会社に対し一人で抗議しても「それなら解雇です」というような取り扱いをする会社がないとはいえません。労働者は、あまり抗議すると事実上職を失うという最悪の結果になることを懸念して、主張できる権利を主張できないことが往々にしてあります。会社に対して正当事由を主張しているにもかかわらず会社側が何ら協議に応じてくれないようであれば、労働組合があれば労働組合、労働基準監督署、そしてもちろん弁護士など、専門性があり、また交渉能力をもった機関にできるだけ早く、相談協議することをお勧めいたします。

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