新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.760、2008/2/22 11:12 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故・過失相殺・横断歩道と車の徐行義務】

質問:私の母(80歳)は,住宅街にある横断歩道を歩行中,進行してきた車に轢かれて,死亡してしまいました。横断歩道には信号機が設置されており,目撃者によると,車に対する信号が青,母に対する信号が赤で,事故が起きたようです。しかし,他方,車の運転手には時速20キロメートルのスピード違反がありました。母にも落ち度があるようですが,車の運転手に損害賠償請求ができますか,また,できる場合,母と車の運転手の過失割合は,どのような割合になるのでしょうか。

回答:
1.一概には言えませんが,過去東京地方裁判所交通部が示している過失相殺等の認定基準(及び東京地裁民事交通訴訟研究会」が作成した「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」)及び日本弁護士連合会交通事故相談センター発行の算定基準(赤い本と呼ばれています)を参考にすると,過失割合は運転手が60で被害者であるお母様は40という評価が可能でしょう。

2.一般論ですが,自動車損害賠償保障法3条による運転者の事実上の無過失責任(推定)により,基本的に運転者の過失100被害者の過失0と言うのが大前提となります。
@具体的にみても,横断歩道上の事故であり,運転者は徐行義務があり(道交法38条1項),急停止できずあなたのお母様を轢き死亡させておりますから,運転者の過失100,被害者の過失0です。
Aしかし,お母様は赤信号による横断ですから,被害者側過失70となり,過失相殺により運転者マイナス70。(過失割合,運転者30対被害者70)
Bところが,住宅街の事故であり,運転者は注意義務の程度が高くなり,過失の加重によりプラス10。(運転者40対被害者60)
C又,被害者が老人であり,運転者の過失がさらに加重されプラス10。(運転者50対被害者50)
D更に,スピード20キロオーバーで運転者の過失が加重されます。プラス10です。(合計運転者の過失60被害者の過失40と言う事になります。)

3.交通事故は運転者の過失により発生しますが,過失すなわち「注意義務に違反して一定の事実を認識しないこと」と言う概念は故意行為と異なり,概念上その範囲が広く特定が困難であり,その内容を類型化しないと適正,公平,迅速な解決,被害者の救済が困難であるところから,裁判所,弁護士会の研究等により,以上のような判例の集積,類型化が昔から進んでいるのです。

解説:
1.冒頭お母様が交通事故でお亡くなりとのことお悔やみ申し上げます。個別的説明の前に,交通事故による損害賠償請求の特殊性についてご説明いたします。交通事故により被害を受けた場合には,明治時代に制定された民法709条(不法行為)により損害賠償することになります。「故意又は過失により」他人に被害を与えた場合に不法行為者,加害者に対して被害者はその損害を請求することが出来るのですが,この「過失」があったということを請求する被害者側が立証するのが原則です。これを立証責任(挙証責任,事例集bV04号参照)と言うのですが,どうしてそのように解釈するかということなのですが,簡単に言えば,金銭賠償請求をして利益を受けるのは被害者ですので,公平上利益を受ける被害者が損害賠償の原因となっている「過失」の存在を裁判所で明らかにする必要があります。民法の体系的理由を申し上げますと,私的法律関係を規律する私的自治の大原則は国民の自由公正な経済活動を保障するために契約自由の原則と過失責任主義から成り立っており,自ら了承した契約以外にどのような人も自らの過失なくして法的責任を負わない事になっております。

したがって,他人の過失責任を追及するためには過失により損害を受けその責任を追及する被害者が責任の原因となっている過失の内容を説明する事になります。しかしながら,交通事故の原因は,走る凶器ともいえる自動車の存在自体にあると言っても過言ではなく,過失の存否を論ずるまでもなく,その様な危険物を運転する加害者側に一定の法的責任(危険責任)を認めるのが私的自治の原則の目的たる公平の理念に合致する事になります。又,過失と言う概念(定義は一定の事実,例えば事故発生を認識できたのに不注意で認識しない事)は故意と異なり,不注意すなわち注意義務違反をその内容にする事から抽象的であり,広く,あいまいな面が多く被害者側にすべて立証責任を負わすと事実上被害者の救済が困難になってしまい公平の理念違反します。

更には,裁判で被害者が勝訴したとしても,加害者に賠償する財産がなければ被害者の事実上の救済は出来ません。そこで,私的自治の大原則である適正,公平の理念に立ち返り昭和30年交通事故ついては民法の特別法として,自動車損害賠償保障法という法律が制定されました。その内容は,簡単に言うと被害者から運転者又は運行供用者(車両の所有者も自賠法では責任があります)への挙証責任の(事実上の)転換と被害救済のための責任保険の強制(自賠法5条,強制保険に加入しないと運転ができません)及び運行供用者という責任主体の拡大です(車両の所有者は運転していなくても責任があります)。挙証責任の転換の内容は,運転者(又は供用者)に過失がなかったこと,被害者(又は加害者以外の第三者)に故意過失があったこと,車両に欠陥等がなかったこと全てを立証した時に責任を負わないと言うものです。ないことの証明は困難であり,事実上の挙証責任の転換となります。では,本件について具体的にご説明いたします。

2.まず,あなたのお母さんは,進行してきた車に轢かれて,死亡してしまったのですから,車の運転手に対して,民法709条及び自動車損害賠償保障法3条に基づき,損害賠償請求をすることが考えられます。この点,前述のように民法709条は,加害者の故意又は過失行為によって損害を受けた被害者の損害賠償請求権を規定した,不法行為による損害賠償請求権に関する最も基本的な規定です。また,自動車損害賠償保障法3条は,民法709条によれば,被害者の損害賠償請求につき,被害者が加害者の故意又は過失を立証する必要があるところ,自動車事故の被害者保護のために,立証責任を転換し,加害者が故意又は過失がないことを立証できない限り,被害者に対する損賠賠償義務を認めた規定です。

3.この点,本件では,目撃者によると,車に対する信号が青,あなたのお母さんに対する信号が赤で,事故が起きたとのことです。この場合,まず,車の運転手に,そもそも過失があり,損害賠償義務を負うのかが問題になります。車の運転手に,そもそも過失がないとされた場合,あなたのお母さんと車の運転手の過失割合の問題を考えるまでもなく,車の運転手は,損害賠償義務を負わないことになるからです。そして,本件の場合,例えば,お母さんが急に車の前に飛び出し,車の運転手がいかなる策を講じても事故が免れなかったような場合には,車の運転手には過失はなく,車の運転手に対する損害賠償請求は認められない可能性が高いと思われます。しかし,上記のように,自動車損害賠償保障法3条では,車の運転手が自らの過失がないことを立証できない限り,車の運転手の被害者に対する損賠賠償義務を認めております。そして,車の運転手が,いかなる策を講じても事故が免れなかったことを立証することは,一般的には,困難であることが多いと言えます。特に,本件では,車の運転手には時速20キロメートルのスピード違反がありますので,車の運転手は,仮に,制限速度を遵守したとしても,事故が免れなかったことを立証する必要がありますが,この立証は,一般的には,困難であると言えます。よって,本件の場合,損害賠償請求が認められる可能性はそれなりにあると思われます。

4. なお,あなたのお母さんは,死亡しておりますので,お母さんの損害賠償請求権は,相続人に相続されることになります。そして,あなたのお父さんとあなた方兄弟が,相続することになります(民法896条,887条,890条)。

5.では,車の運転手に対する損害賠償請求が認められるとした場合,あなたのお母さんと車の運転手の過失割合は,どのように考えるべきでしょうか。この問題は,一般的に,過失相殺の問題と呼ばれております。交通事故が問題となる事件では,ほとんどの事件で,過失相殺が問題になります。過失相殺とは,損害賠償請求事件において,被害者側にも過失がある場合,加害者の被害者に対する損害賠償額を減額することをいいます。過失相殺は,民法709条や自動車損害賠償保障法3条に基づく損害賠償請求権の場合,民法722条2項で,「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる。」規定されております。過失相殺の制度の目的は,被害者側にも過失がある場合,それを考慮することにより,加害者と被害者の間で,被害者に生じた損害の公平な分担を図ろうとした点にあります。

6.では,あなたのお母さんと車の運転手の具体的な過失割合は,どのように考えるべきでしょうか。この点は,交通事故ごとに,加害者と被害者の落ち度の程度やその他の状況,例えば,加害者や被害者の信号無視の有無,加害者のスピード違反の有無,違反している場合は何キロメートルオーバーか,車対車の事故か車対歩行者の事故か,歩行者が被害者の場合,横断歩道上の事故か,事故当時の時間帯(昼間,夜間等),事故当時の天候,被害者の年齢(児童,高齢者等),被害者の属性(身体障害者等)等を具体的に検討して,決めることになります。しかし,交通事故は,日本全国で,毎日のように多く発生しますので,それに関する紛争も,裁判所に多く持ち込まれます。裁判所としても,これらの多くの事件を,迅速かつ公平に処理する必要があります。そこで,過失相殺における過失割合は,事故の態様により,ある程度類型化されており,具体的には,「東京地裁民事交通訴訟研究会」が作成した「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」(別冊 判例タイムズ)(以下,「認定基準」といいます)が,裁判実務で尊重されているのが現状です。よって,本件における過失割合も,上記「認定基準」の考えをもとに,説明いたします。

7.この点,本件は,車対歩行者の事故で,また,横断歩道上の事故になります。車の運転手に課せられる注意義務は,横断歩道上の歩行者に対するものと横断歩道外の歩行者に対するもので異なります。横断歩道上の歩行者は,道路交通法38条1項により,強く保護されており,車は,横断歩道に接近する場合には,横断歩道を通過する際に,横断歩道を横断しようとする歩行者がいないことが明らかな場合を除いて,横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければなりません。また,車は,横断歩道を横断し,又は横断しようとする歩行者がいる場合には,横断歩道の直前で一時停止し,かつ,その通行を妨げないようにしなければなりません。よって,車対歩行者の事故で,横断歩道上の事故の場合,原則として,過失相殺はなされない(過失割合は,車:100,歩行者:0)と考えられております。

8.しかし,上記の考えは,あくまで原則であって,例外が存在します。本件のように,横断歩道に信号機が設置され,歩行者に対する信号が赤である場合,歩行者は,道路を横断することを禁止されておりますので(道路交通法4条4項,道路交通法施行令2条1項),当然ながら,歩行者には過失が認められます。但し,この場合,車に対する信号が青の場合であっても,車対歩行者の事故で,被害者となる歩行者に発生する損害の重大さ(死亡や傷害),車の運行自体の危険性等を考慮しますと,車の運転手に課される注意義務は,この場合でも否定されないと考えるべきです。そこで,この場合,上記「認定基準」では,過失割合の基本は,車:30,歩行者70とされております。

9.ただ,以上の基準は,車対歩行者の事故で,横断歩道上の事故の場合の基本となる基準ですが,それで全てというわけではありません。本件のように,道路が住宅街にある場合,歩行者が多く,事故が起こりやすい環境にあるといえますので,車の運転者に課せられる注意義務はより高度のものが要求されると考えるべきです。そこで,上記「認定基準」では,車の過失割合をプラス10,歩行者の過失割合をマイナス10修正すべきとされております。

10.また,本件のように,歩行者が80歳の高齢者の場合,高齢者は一般的に判断能力が低下しており,交通においても保護すべき要請が強く,また,高齢者の事故は一般的に多いことから,車の運転者に課せられる注意義務はより高度のものが要求されると考えるべきです。そこで,上記「認定基準」では,車の過失割合をプラス10,歩行者の過失割合をマイナス修正すべきとされております。

11.さらに,本件のように,車に時速20キロメートルのスピード違反があった場合,それ自体,車の運転者に課せられる注意義務に違反しております。そこで,上記「認定基準」では,車の過失割合をプラス10,歩行者の過失割合をマイナス10修正すべきとされております。なお,上記「認定基準」では,おおむね時速15キロメートル以上30キロメートル未満の速度違反の場合,車の過失割合をプラス10,歩行者の過失割合をマイナス10修正すべきとされ,おおむね時速30キロメートル以上の速度違反の場合,車の過失割合をプラス20,歩行者の過失割合をマイナス20修正すべきとされております。

12.結局,本件では,質問に挙げられた事実のみを考慮しますと,上記「認定基準」では,過失割合は,車:30+10+10+10=60,歩行者:70−10−10−10=40になるとされております。

13.より詳しく相談したい場合には,交通事故に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。

≪条文参照≫

民法709条「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
民法722条2項「被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる。」
民法887条1項「被相続人の子は,相続人となる。」
民法890条「被相続人の配偶者は,常に相続人となる。この場合において,第877条又は前条の規定により相続人となるべき者があるときは,その者と同順位とする。」
民法896条「相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。」

自動車損害賠償保障法
自動車損害賠償保障法3条「自己のために自動車を運行の用に供する者は,その運行によって他人の生命又は身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし,自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと,被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは,この限りではない。」
第三章 自動車損害賠償責任保険及び自動車損害賠償責任共済
第一節 自動車損害賠償責任保険契約又は自動車損害賠償責任共済契約の締結強制
(責任保険又は責任共済の契約の締結強制)
第五条  自動車は,これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)又は自動車損害賠償責任共済(以下「責任共済」という。)の契約が締結されているものでなければ,運行の用に供してはならない。
(保険者及び共済責任を負う者)
第六条  責任保険の保険者(以下「保険会社」という。)は,保険業法 (平成七年法律第百五号)第二条第四項 に規定する損害保険会社又は同条第九項 に規定する外国損害保険会社等で,責任保険の引受けを行う者とする。
2  責任共済の共済責任を負う者は,次の各号に掲げる協同組合(以下「組合」という。)とする。
一  農業協同組合法 (昭和二十二年法律第百三十二号)に基づき責任共済の事業を行う農業協同組合又は農業協同組合連合会(以下「農業協同組合等」という。)
二  消費生活協同組合法 (昭和二十三年法律第二百号)に基づき責任共済の事業を行う消費生活協同組合又は消費生活協同組合連合会(以下「消費生活協同組合等」という。)
三  中小企業等協同組合法 (昭和二十四年法律第百八十一号)に基づき責任共済の事業を行う事業協同組合又は協同組合連合会(以下「事業協同組合等」という。)

道路交通法4条4項「信号機の表示する信号の意味その他信号機について必要な事項は,政令で定める。」
道路交通法38条1項「車両等は,横断歩道又は自動車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には,当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き,当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは,その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において,横断歩道等によりその進路の前方を横断し,又は横断しようとする歩行者等があるときは,当該横断歩道等の直前で一時停止し,かつ,その通行を妨げないようにしなければならない。」
道路交通法施行令2条1項「法第4条第4項に規定する信号機の表示する信号の種類及び意味は,次の表に掲げるとおりとし,同表の下欄に掲げる信号の意味は,それぞれ同表の上欄に掲げる信号を表示する信号機に対面する交通について表示されるものとする。赤色の灯火 1歩行者は,道路を横断してはならないこと」

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