新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.728、2007/12/18 11:58 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・賃料不払いと大家の強制退去・何ヶ月滞納すると契約は解除されるか・賃借人の原状回復の方法】

質問 私はアパートの賃借人ですが(期間2年)、生活費が足りなくなり3ヶ月間家賃を滞納してしまったため、大家さんが、毎日のように部屋にやってきて、「直ちに家賃を払わないと強制的に部屋を明け渡してもらう。すぐに鍵を取り替えて、部屋に入ることが出来ないようにしてやる。言うことを聞かなければ、その筋のやつらに頼むので、どうなってもしらないぞ」などと脅迫されています。また、そのような内容が記載された最終通告書と書かれた書面が送られてきて、賃貸借契約を解除すると記載されています。私が3日ほど不在にしていたところ、ついに部屋の鍵を変えられて、部屋に入ることが出来なくなりました。私の部屋の家財道具も箪笥など一部ですが、勝手に近くの空き地に捨てられて山積みにされていました。このような行為は許されるのですか?解除は認められるのですか?この鍵を壊してアパートの中に入って、再び生活を始めていいでしょうか。

回答:
微妙で一概には言えませんが、特別な事情がない限り3ヶ月の賃料不払いによる解除は、一般的に有効と思われますので、貴方のアパートの賃借権は消滅しています。しかし、大家さんが部屋の中に入ってきて鍵を取り外し、付け替えたのは刑法上器物損壊罪(刑法261、262条)になりますし、家財道具を捨てた行為も同罪です。又、住居侵入罪(刑法130条)脅迫罪(刑法222条)にも該当します。又、建物明け渡しの強制執行等の法的手続きがとられていないので、貴方にアパートに事実上居住する権利がまだ残されています。ただ、3日も経過していますので、貴方が実力を持って新たな鍵を壊し部屋の中に入り、捨てられ山積みにされた家財道具を入れなおして生活することは、とりあえず止めた方がいいでしょう。法手続きとしては、断行の仮処分の申請となるのですが、刑事事件ですので先ず近くの警察署に告訴、被害届を提出し、警察官立会いの下、捜査の一環として捜査機関と協議の上、事実上原状を回復していただき、それを機会に再入居することが無難です。全ての実害は、延滞賃料と相殺するか損害賠償請求することになるでしょう。

解説:
1.大家さんが主張しているアパートの賃貸借契約の解除について先ず考えてみます。
@貴方は、アパートを借りているのに3ヶ月間賃料を滞納していますので、大家さんが延滞賃料を請求するのは当然の事です(民法601条)。家賃の支払義務は賃借人の基本的な義務ですので、家賃の滞納を続けている場合には、賃借人の履行遅滞すなわち債務不履行になりますから、大家さんのおっしゃるとおり、民法541条により賃貸借契約自体の解除(解消)が考えられます。

A541条は、「当事者の一方が債務を履行しない時は」と規定し、催告を条件に解除を認めていますので、賃料不払いがある以上、無条件に解除が認められるようにも思われます。しかし、2年間の期間を定めた本件賃貸借契約は、売買等の1回限りの契約ではなく継続的な契約関係であり、契約期間全体から見ると一部についての支払い義務を怠っていると見ることも出来ます。そこで、541条が規定する「債務を履行しない時」とは、契約内容の一部でも履行しないような場合も含まれるかどうかが問題となります。又、実態的に見るとアパートの賃貸借は大家さんにとっては単なる金銭上の問題なのかも知れませんが、借りている人にとっては日々生活する上で必要不可欠なものですから、安易に契約自体を解消することは公平の理念から問題があるわけです。

B結論から申し上げると、不動産賃貸借関係の賃料不払いの場合、「債務を履行しないとき」というのは、契約期間、不払いの理由、経過、額、当事者の立場、態度言動等を総合的に考えて、信義則上契約全体からもはや契約を継続する事が出来ず契約を解消せざるをえないと認められる程度の「債務不履行」をさすものと解釈します。

C理由をご説明いたします。541条の解除権は、相手方が約束を守らない以上当然の規定のようにも思うかもしれません。しかし、そもそも541条契約解除権を認める真の理由は、適正公平な取引秩序の維持にあります。わが国の法制度は、私的自治の原則から本来自由な国民が制約されるのは、自らの意思による契約によるものであり、このような契約自由の原則に基づく自由な取引により適正で公平な社会秩序が形成され、最終的に社会全体が発展するという考え方に基づいています。従って、約束した債務が履行されなければ、先ず履行を請求し、契約自体からの離脱を認めなければ信義則上適性公平な契約関係を維持することができない場合に、契約それ自体を解消する権利を法が認めたのです。これが541条の解除権です。そうであれば、いかなる契約であっても単に一部の債務不履行があっただけで、当然に解除できるということはありえないわけで、不履行の実体を多方面から法の理想に従い詳細に検討しなければなりません。又、不動産賃貸借関係において賃貸人は、所有権を基にした投下資本の回収という営業的面があるのに対し、他方賃借人は、日常社会生活の前提をなすものであり、生活権、生きる権利の問題であり、賃借人の保護の必要性を個別具体的に十分考慮する必要があります。更に、賃貸借関係は数年の期間を持って一つの継続的契約と考えれば、些細な賃料延滞は履行義務のほんの一部に過ぎず即座に契約自体を解消することは信義則上問題があるからです。

D判例・学説上、当事者の公平、賃借人の実質保護の観点から、履行遅滞の具体的内容を検討し、賃貸人と賃借人間の信頼関係が破られた時に初めて解除権を認めるという信頼関係破壊の法理が確立しています。前述の具体的事情を総合して、一定の場合には解除が制限されていますが、私的自治の原則から当然の理論と考えられます。

Eでは、何ヶ月滞納すると解除になるのかという問題ですが、判例は、延滞賃料の額のみで判断していませんから「それは何ヶ月です」と明確に回答する事は出来ません。しかし、不払いについて特別な事情がない(公平上考慮する事情がない)事案では、概ね、3〜6ヶ月程度の賃料不払いにより、信頼関係の破壊に至ると裁判所は判断することが多いと思われます。

F判例をご紹介します。
(ア)限界事例ですが、解除通知時点で5ヶ月の家賃不払いでは信頼関係破壊に至らない特段の事情が存在しうると判断した名古屋高裁昭和59年2月28日判決(判例タイムス525号122ページ)があります。しかしこの判例は、店舗賃料減額請求に関し賃貸人、賃借人の協議が出来ない場合で、賃借人が家賃を実際準備したが大家さんが受け取らず、減額賃料の供託を法務局が受け付けなかった事情があっての不払いであり、単なる履行遅滞とは異なり、一概に5ヶ月の不払いが許されると決め付けることは出来ません。
(イ)次に、最高裁判例昭和37年7月28日は、家賃3ヶ月の遅滞があったが、過去18年間延滞の事実がない事、延滞額を超える借家の修繕費(台風被害の修繕費)を借主が負担し請求さえしていない事情等を勘案し、信頼関係の理論により信義則上解除権を否定しています。
(ウ)最高裁判例32年9月12日は、6か月分の賃料延滞について大家さん(過去の)受領拒絶の態度にも問題はあるが賃借人に資力があっても支払う努力、提供をしないでいるので、解除権を認めなかった大阪高等裁判所の判決を破棄しています。
(エ)最高裁判所昭和32年9月12日は、土地の賃貸借ですが、供託した延滞賃料が総額の4%程度(1−2ヶ月程度)少なくとも未払いを理由にする解除を信義則上認めていません。
(オ)大審院判決昭和14年12月13日は、1ヶ月の家賃延滞でも賃借人の誠意ある態度、努力を条件に解除権を否定しています。これは、延滞1ヶ月でも家賃支払いの誠意、準備がないような事情があれば解除されると読むことも可能です。

G本件を検討するに、大家さんは法的手続きもとらずに脅迫的言動、一連の犯罪とも言える行動から円満に契約関係を継続する様子もありませんが、これも賃借人の不払いに一因があるでしょうし、他方、大家さんの度重なる請求にもかかわらず賃借人の基本的義務である3ヶ月の不払いは、もはや些細な義務違反とはいえない額であり、2年という全体の契約期間から考えれば10分の1程度の不履行なのですが、支払いのための準備、提案もなく積極的に支払う姿勢も特に伺えませんので、今後の支払いも期待できるかどうか不明ですから、法の理想たる信義誠実、権利濫用禁止、公平の原則から微妙ですが、もはや信頼関係はなく契約自体を解消すること(解除)はやむを得ないものと考えます。

2.@大家さんの契約解除により、賃貸借契約は効力を失いますので、大家さんは早速鍵を取替えアパートに侵入して、家財の一部を運び出していますが、このようなことは許されるかどうか問題です。というのは法的な権利があっても、相手方が自発的に権利行使を認めない場合にこれを許すといたるところで、私人間の実力行使が起きて収拾がつかず法社会秩序の維持は難しくなってしますからです。

Aそこで、私的法律関係においては、民法のような法律(権利関係があるかないかを定める法規を実体法といいます。これに対して認められた権利行使の手続を定めるのが手続法です。)により、権利が認められても相手方等当事者が権利、法律関係を認めない以上、権利行使には必ず公的なお墨付きすなわち裁判所の判断(判決)による権利確定が必要ですし、確定した権利の行使も公的機関に委託しなければならないことになっているのです。これを自力救済禁止の原則といいます。如何に正当な権利があっても、賃貸借契約の解除に基づく不動産の明渡しを適法に行うためには、賃貸人は裁判所に対して訴えを提起して、賃貸借契約の解除、不動産の明渡を認容する確定判決をとり、それを債務名義として、明渡の執行をする必要があるのです。これを規定する直接の条文はありませんが、法治国家である以上当然の原理であり、民事訴訟法等の手続法ははその原理を前提にしているのです。又、法的手続きによらず私人の権利行使を認めた民法720条正当防衛、緊急避難の規定は、自力救済禁止の例外規定ですからこの原理の根拠条文として捉える事ができます。

Bよって、本件のように裁判手続きを利用せずに、大家さんが私的に明渡を執行しているのは、自力救済禁止の原則に違反し、違法といえます。具体的にいうと、大家さんの行為は、住居侵入罪、器物損壊罪に該当する可能性があるといえます。

3.@次に、本件の大家さんの言動には、賃貸人として許容される行為の範囲を超えており明らかに違法です。まず、部屋の鍵を無断で交換する行為は、器物損壊罪(刑法261条)が成立します。アパートの部屋の所有権は大家さんにありますが、賃貸をした場合には、他人の物と同様に器物損壊罪の対象になります(刑法262条)。また、器物損壊罪の損壊行為には、物の本来の効用を失わせる行為も含まれ、部屋の鍵を無断で交換すると本来の効用を失わせるので損壊行為といえます。

Aさらに、相談者の家財道具を勝手に捨てる行為は、住居侵入罪(刑法130条前段)、器物損壊罪(261条)が成立します。滞納家賃を回収するためであるとしても、現行法では、自力救済は禁止されており、法的手続きをとらない方法による執行は禁止され違法であります。

Bまた、大家さんが、毎日のように部屋にやってきて、「言うことを聞かなければ、その筋のやつらに頼むので、どうなってもしらないぞ」などと脅迫する行為は、社会通念上害悪の告知といえ、脅迫罪(刑法222条)が成立します。

C以上のとおり、本件大家さんの行為は、刑事上の犯罪が成立しますが、民事上も当然不法行為が成立しますので、慰謝料等の損害賠償を請求することもできます。具体的には、勝手に捨てられた家財道具の代金、部屋に入ることが出来なかった日数分の家賃の減額分、宿泊費用等を請求することが考えられます。

4.@以上のように、大家さんは契約解除後でも法的手続きを執らないと自分のアパートに勝手に入れないですから、反射的効果として貴方は、明け渡しの裁判、強制執行が終わるまでアパートに住む権利を有する事になります(勿論、家賃相当分の支払い義務は生じます)。解除により賃借権がないのに事実上住めるというのも不思議ですが、裁判の決着が付くまでの厳密に言うと、未確定な仮の権利というような事になります(敗訴判決が出ると解除の時から権利がない事が確定します)。そこで、大家さんの付け替えた鍵を壊し、搬出された家具等を搬入して、再度入居する事が許されるかが問題となります。というのは自力救済禁止の理論からは、居住権を侵害された貴方も本来であれば鍵を開けアパートを引き渡せという仮処分(断行の仮処分)、裁判提起等の法的手続きを執った上で入居しなければならないからです。

Aしかし、3日前まではアパートに住んでいたのに高額の弁護士費用を支払い断行の仮処分を申し立て、その後半年以上もかかる裁判をしなければいけないというのも納得できないと思います。そこで、自力救済禁止の原則の例外規定である緊急行為すなわち、正当防衛、緊急避難(720条)として権利行使ができないか問題になりますが、これらの行為はその名のとおり緊急行為ですから、権利侵害の危険が目の前に迫っていなければならず、本件は3日前に居住権侵害行為は終了しており要件が欠けることになり認められません。

Bこのような不都合を避けるため、条文にはありませんが自救行為(別名自力救済といいます。私人が緊急行為の要件がなくても司法手続きによらないで自己の権利を実現する事)として、例外的に権利行使を認めようとする議論があり、現に認める学説も存在します。しかし結論から言うと、自救行為を認めることが出来ません。気持ちは理解できるのですが、これを認めると自力救済禁止の法理が形骸化し、社会法秩序が揺るぎ安定が保もたれず法の遵守意識の欠如、そしてそれに基づき国家の存立自体が危うくなる危険があるからです(大げさかもしれませんが、イラクを見るまでもなく内戦、内乱はある意味全てが自力救済なのです)。法治国家において、司法手続きによる権利実現はたとえどんなに迂遠であっても、社会共同体の一員である限り受忍しなければならない社会のルールなのです。

Cそこで、このような場合犯罪行為が関係していますから、司法官憲の国家権力を要請し、その手続内での解決を求めるべきです。犯罪行為である以上、捜査機関は被害者の原状回復を行う権限を捜査の一環として有していますから、一旦、警察権力により大家さんの居住権侵害、器物損壊行為の停止行為として新たな鍵の取り外し、アパートへの入居を遂行していただき、それからさりげなく入居を行えば問題はないでしょう。ただ、事情によっては賃料不払いがあり、民事不介入を理由に警察機関がためらう場合もあり、その場合は弁護士等と協議相談しながら権利実現を慎重に行う必要があるでしょう。

D勿論、費用が用意できればの話ですが、弁護士と協議の上断行の仮処分(民事保全法23条以下)により入居は可能となります。

5.@以上の他の手続ですが、相談者が家賃の支払いを滞っていることが事件発生の原因であり、直ちに賃貸人に未払い賃料を支払う意思があることを示して、交渉を開始するべきです。ただ、本件の大家さんの言動には、前記のとおり多数の問題がありますので、大家さんに対して、未払い賃料の支払いの提案と同時に当方の請求も行うべきでしょう。

A具体的な対策としては、警察に対して被害届を提出し、大家さんにその旨を通知し、自発的な部屋の引渡し、損害賠償の請求をすることになります。大家さんが、交渉に応じない場合には、正式に警察に対して刑事告訴をして前述の手続をとり、最終的には大家さんに対しても損害賠償の裁判を提起することも考える必要があります。

Bただ、警察は民事事件の範疇として、民事不介入の原則を主張して、積極的に介入してくれないことが多いようです。滞納家賃については、前記損害賠償請求と相殺することも考えられます。一般的には、滞納家賃を分割で支払う形で和解をすることが多いでしょう。

6.最後に、賃借人個人で、大家さんと交渉する場合には、賃貸人と賃借人との事実上の力関係や法律知識の問題から、大家さんに甘く見られて交渉が出来ないことが多いですので、法律の専門家である弁護士に交渉の代理を委任して、内容証明郵便等の作成を依頼すると効果的でしょう。実際に弁護士が間に入ることによって、法外かつ不当な請求は止まり、有利に交渉が出来ることが多いと思われます。

≪条文参照≫

刑法
(住居侵入等)
第130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
(脅迫)
第222条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
(器物損壊等)
第261条 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。
(自己の物の損壊等)
第262条 自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、又は賃貸したものを損壊し、又は傷害したときは、前3条の例による。

民法
(解除権の行使)
第540条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。
(履行遅滞等による解除権)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(賃貸借)
第601条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

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