新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.721、2007/12/11 12:15 http://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

[労働,従業員の解雇,解雇が無効とされた場合のバックペイ,労働審判に対する異議の申立て]

質問:食品販売業を目的とする会社を経営し,首都圏に支店をいくつか出しています。そのうち1つの支店の店長(正社員として雇用)を成績不良のため解雇しました。ところが,その2か月後に解雇の効力を争う労働審判を申し立てられて,次が3回目の期日ですが,どうやらこのままでは負けてしまいそうです。そうなったら訴訟にして争いたいとも思っているのですが,訴訟が長引いて結局負けてしまった場合,その間の給料やボーナスも全額遡って支払わなければならないのでしょうか。その元店長は,来月から次の就職先が決まっているようです。

回答:
まず,解雇の翌日から事実審の口頭弁論終結時(第一審で終わるなら第一審の結審時,控訴審以上に進むなら控訴審の結審時)までの全期間分の給料及びボーナスのうち,次の就職先で働き始める前までの期間分については,全額支払わなければなりません。次に,よそで働き始めてからの期間分の給料のうち,労働基準法第12条に基づいて計算する平均賃金の6割にあたる部分ついても過去に遡って支払わなければなりません。他方,働き始めてからの期間分の給料のうち残り4割にあたる部分及び働き始めてからの期間分のボーナスについては「元店長が次の就職先でもらった給料及びボーナス全額を差し引いて,余りが出るようであればその分だけ支払う。」と主張することができます。

解説:
【はじめに】
使用者たる貴社がした解雇が無効であり,労働者たる元店長が貴社に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることが確認されてしまった場合,貴社は,元店長に対し,賃金の遡及的な支払い(=バックペイ)の義務を負うことになります。このバックペイには,民法及び労働基準法並びにこれらに関する判例によって一定のルールが確立されているといえますので,以下にご紹介します。また,貴社が労働審判に対する異議申立てをご検討中とのことですので,この点についても簡単にご説明します。

【バックペイの義務】
元店長が貴社に対し雇用契約上の権利を有する地位があるとの判決が出た場合,貴社が解雇したとして支払ってこなかった賃金については,本来であれば雇用契約に従って支払うべきだったものがずっと遅配になっていたということになってしまいます。したがって,各支払時期からの利息を付けて直ちに全額を一括で支払わなければなりません。しかし,雇用契約においては,労働に従事したことの対価として賃金が支払われるのが本来ですから,元店長が貴社での労働に従事していない以上,賃金を支払わなくていいのではないでしょうか。ここで,民法第536条第2項の規定が問題となります。

【民法第536条第2項】
条文が本稿の末尾に添付してありますので,同条項の「債権者」を貴社,「債務者」を元店長と読み替えてみてください。そして,雇用契約(民法第623条)における労働者の債務は「労働に従事すること」,これに対する使用者の反対給付は「報酬を与えること」ですから,同条項の「債務」,「反対給付」を同じようにそれぞれ読み替えてみてください。そうすると,その意味するところは「貴社の責めに帰すべき事由によって労働に従事できなくなったときは、元店長は,給料の支払いを受ける権利を失わない。この場合において,店長が貴社の労働に従事すること免れたことによって利益を得たときは,これを貴社に償還しなければならない。」となるはずです。貴社の解雇が無効と判断された場合,上記規定により,元店長は,貴社の責めに帰すべき事由によって貴社の業務に従事できなくなったことになりますから,貴社から賃金の支払いを受ける権利を失わないのです。

他方で,労働者は,労働日の全労働時間を通じて使用者に対する勤務に服すべき義務を負っています。とすれば,使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは,この利益が副業的なものであって解雇がなくても当然に取得できたというような特段の事情がない限り,同条項によって使用者に返させるべきであると解することができます(昭和37年7月20日最高裁第二小法廷判決同旨)。では,その全額を返させたり,貴社から支払わなければならない賃金と相殺したりすることができるでしょうか。ここで,労働基準法第26条の規定が問題となります。

【労働基準法第26条】
労働基準法第26条は「使用者の責めに帰すべき事由」による休業の場合に,使用者に対し平均賃金(労働基準法第12条参照)の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定しています。そして,この手当がきちんと支払われるように,違反に対しては付加金や罰金の制度を設けて,強い姿勢を示しています。これは,労働者の労働に従事するとの給付が使用者側の事情で不可能となった場合に,使用者の負担において労働者の最低限の生活を上記の限度で保障しようとする趣旨に出たものといえます。そうだとすれば,労働基準法第26条の規定は,労働者が民法第536条第2項にいう「債権者の責めに帰すべき事由」によって解雇された場合にも適用があると解されます(前記最高裁判決同旨)(ただし,違法な解雇をした使用者が平均賃金の6割だけを支払えば免責されるという趣旨ではなく,次の段落で述べるとおり,労働者が使用者に対して償還しなければならない利益を得ている場合を前提としていると解されます。)。

そして,労働基準法第26条が平均賃金の6割以上の賃金を支払わなければならないとしているということは,労働者が使用者に償還しなければならない利益がある場合に,その決済手続を簡便にするためにあらかじめ賃金額から控除することができることを前提としたうえで,その控除の限度を,特約がない限り平均賃金の4割まではすることができるが,それ以上は許さないとしたものと解することができます(前記最高裁判決同旨)。

こうした判例理論を踏襲したうえで「使用者が労働者に対して有する解雇期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の6割を超える部分から当該賃金の支給期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり,右利益の額が平均賃金の4割を超える場合には,更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労働基準法12条4項所定の賃金)の全額を対象として利益控除することが許されるものと解せられる」としたのが,本件のような事例における先例となっています(昭和62年4月2日最高裁第一小法廷判決,あけぼのタクシー事件)。

さらに近年,上記一連の理論に従って,中間利益の控除を厳密に計算した判例(平成18年3月28日最高裁第3小法廷判決)も登場し,こうした考え方が判例法理として確立されたものといえます。少し難しい話になりましたが,要するに,最高裁の理論に従うと冒頭に記載した回答のとおりになるということです。文字による説明だけを追うよりも,弁護士と面談して図を書いてもらいつつ説明を受けた方が分かりやすいかと存じますので,上記一連の裁判例を知っている弁護士にご相談なさるとよいでしょう。

【補足――危険負担の制度趣旨からの分析】
本件では,民法第536条2項と労働基準法第26条が主要な関連法規として登場しますが,各規定の趣旨から,上記の理論を紐解いてみたいと思います。

≪民法における危険負担の一般論≫
民法第536条は「危険負担」という概念についての原則と例外を定めています。「危険負担」とは,双務契約において,債務の一方が債務者に責任がない事由によって履行不能となった場合,他方の債務もそれに対応して消滅するか(債務者主義),それとも存続するのか(債権者主義)という問題を指します。我が国の民法では,当事者の公平の観点から,他方の債務もそれに対応して消滅する「債務者主義」が原則とされています(民法第536条第1項)。しかし,債権者に責任がある事由によって債務が履行不能となった場合には,債権者に危険を負担させた方がむしろ公平であるため,他方の債務は消滅しないという「債権者主義」が例外として採用されています(同条第2項前段)。もっとも,その場合でも,債務者が自己の債務を免れたことによって得た利益までも債務者に保有させておく必要はないため,それは債権者に償還するように定められています(同条同項後段)。これも,公平の観点から導かれています。

理解を助けるために具体的な例をあげると,冷蔵倉庫業者が,食品販売業者から商品を預かる契約を結んだ後,倉庫が全くの第三者による失火によって,商品を預かることができなくなった(債務が履行不能となった)場合は,債務者主義(倉庫業者が危険を負担する原則的な考え方)に従い,食品販売業者に対して倉庫料を請求できないが,火災が債権者(食品業者)の行為によって生じた場合は,債権者主義(食品販売業者が危険を負担する例外的な考え方)に従い,食品を預からなくても倉庫料を請求できるものの,倉庫の冷蔵費用で不要となったもの電気代や管理費用等は食品販売業者に返還しなければならないということです。

≪労働契約に対する法の考え方からの修正≫
これと同じように,使用者の責任で労働者が働けない場合も,危険負担の問題となります。そして,上記の民法の考え方をそのままあてはめると,労働者は,働けなかった間の賃金は全額請求できる一方,その使用者の下で働かなくて済んだことによって得られた利益(例えば,本件のように余所で働いて得た賃金)を全額償還しなければならないということになります。この点,労働者としては働けなかった間の賃金を請求できる以上,余所で働いた分の賃金全額の償還を認めてもいいようにも見えます。しかし,労働者が債権者の責任による事由によって働けなかった間,やむを得ず余所で働いて得た賃金を全額償還させることは労働者にとって酷であるといえます。また,使用者が自分の責任で働けない状態にしておきながら,実質的に休業補償をしなくていい結果にもなりかねず,労働者が余所で働くことを当てにして,安易に不当な休業や解雇をすることにも繋がります。

ここで危険負担の制度趣旨に戻ると,それは「当事者間の公平」です。一般法たる民法は,あくまで力関係が対等で自由意思により契約できる当事者を前提にしています。ところが,労働契約の当事者である使用者と労働者は,契約の性質上,そもそも不平等で,経済力・組織力・調査力等において労働者に優越し,契約締結後は労働者を業務において指揮命令する立場にあります。他方,労働者は,生活の糧を労働の対価として得られる賃金に依存しなければならず,従属的な立場に置かれます。そこで,労働者の地位を守ることによって,労使間の実質的な公平を図るという目的で労働基準法が置かれ,使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合の手当に関する同法26条が定められています。そして,同条の考え方は,使用者の責めに帰すべき解雇についても同じようにあてはまるため,民法第536条第2項後段による利益償還の際に,この民法の規定を労働者に有利になるように制限する形で働くのです。こうして,民法の原則に従えば全額償還を受けられる(使用者が支払うべき賃金から控除できる)利益について,労働基準法により,その一部しか償還を受けられない(控除できない)ことと修正されてしまうのです。

中小企業経営者にとっては手痛い話であることは重々承知ですが,これが裁判所の考え方だという理解のもとで対応していかなければなりません。このような労働法規や労働契約を解釈する際の姿勢については,当事例集のNo.700の中に「雇用契約に関する法律解釈の基本的な姿勢について」と題して記載してありますので,そちらも併せてご参照ください。

【賃金全額払いの原則との関係】
なお,労働基準法には「賃金全額払いの原則」というものがあります(同法第24条第1項)。使用者が前借金だとか損害賠償金だとかの理由をつけて,労働者の生活の糧となる賃金の支払いを免れようとすることを防止する趣旨に出たものです。前記の判例理論については,労働基準法第26条が,同法第24条第1項が賃金全額払いの原則の例外として定める「法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合」の「法令」にあたると解され,上記原則との抵触の問題はクリアされているといえます。

【労働審判に対する異議の申立て】
ところで,本件は労働審判の期日を既に2回終えたとのことですが,労働審判手続は原則として3回以内の期日で審理を終結しなければならず(労働審判法第15条第2項),次回期日で調停がまとまらなければ,おそらくその場で審判が言い渡されるでしょう。審判に不服がある場合は,審判書の送達を受けた日か,審判手続において口頭で告知を受けたときはその日から,2週間以内に異議申立書を当該裁判所に提出することができます(同法第21条第1項)。異議を申し立てれば,労働審判は効力を失って通常訴訟に移行するので,労働審判によって強制執行を受けることなく,仕切り直すことができます。しかし,解雇の適法性・相当性自体がおよそ認められる余地がないのであれば,労働審判の段階で調停をまとめることで早期解決を図った方がよい場合もあります。紛争が長期化すればするほど,元店長に対して支払わなければならなくなる総額が大きくなってしまうからです。

反対に,通常訴訟手続において解雇の主張立証を尽くしてみる価値がある事案であれば,貴社に不利益な審判が出ても,通常訴訟で逆転勝訴したり,労働審判よりも有利な条件で和解したりできる可能性も出てくるでしょう。労働事件を取り扱う法律事務所であれば,話し合いで解決する際の相場観というのもそれなりにあるといえます。このように,大切なのは手続として仕切り直せるかどうかではなく,解雇の適法性を争っていくことが最終的に貴社にとってどれだけの価値を見込めるかということです。こうした点を見極めるためにも,できるだけ早く,事件の一件記録を持って弁護士にご相談なさってください。時間の余裕がないのは確かですが,調停成立の可能性が少しでもあるとなれば,裁判所も第3回期日を延期したり,第4回期日を指定したりするなどの例外的な対応を取ってくれることがありますし,弁護士が受任すれば裁判所に対してそのような説得を試みることも可能です。

【参照法令】

■ 民法 ■
(債務者の危険負担等)
第536条第1項 略
第2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
(雇用)
第623条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

■ 労働基準法 ■
第12条第1項 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一  賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二  賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
第2項 略
第3項 略
第4項 第一項の賃金の総額には、臨時に支払われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金並びに通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないものは算入しない。
第5項 略
第6項 略
第7項 略
第8項 略
(賃金の支払)
第24条第1項  賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
第2項 略
(休業手当)
第26条  使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

■ 労働審判法 ■
(異議の申立て等)
第21条第1項 当事者は、労働審判に対し、前条第四項の規定による審判書の送達又は同条第六項の規定による労働審判の告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。
第2項 略
第3項 適法な異議の申立てがあったときは、労働審判は、その効力を失う。
第4項 略
第5項 略

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