新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.695、2007/10/29 10:25 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・賃料増額、減額・供託】

質問:私はアパートの一室を10年前から期間2年契約し、その都度更新されて当初からの家賃月額5万円で賃借して生活していたのですが、昨年更新され1年経過したときに、大家さんから突然内容証明郵便で家賃を月額8万円にする旨の通知がありました。アパートの周辺の地価も上がっているとは聞いていましたが、このような家賃の増額は認められるのですか。

また、私としてはこのような一方的な通知だけで家賃の増額には応じられないので、今までどおりの5万円を支払おうとしましたが、大家さんは8万円でないと家賃としては認められないとして、受取りを拒否しています。どのようにすればよいのでしょうか。具体的にはどのように判断されるのでしょうか。

回答:内容証明がきても納得できなければ増額に応じる必要はありません。大家さんの調停、増額請求の裁判を待って支払えば契約を解除される事はありません。適正な賃料が裁判所によって判断されるまで相当と思う現在の賃料を供託してください。

解説:
1、先ず、そもそも大家の8万円の賃料増額請求が認められるか問題です。なぜなら、貴方と大家さんは2年間の賃貸借契約を賃料5万円で合意の上契約していますから契約自由の大原則から大家さんの一方的意思表示により契約内容の変更は認められないと思われるからです。しかし建物の賃貸借契約(土地の賃貸借も同じです。)には、法律上、契約途中でも賃料増額請求権が認められています。すなわち、建物の賃料が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の賃料に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の賃料の額の増減を請求することができるとされています(借地借家法32条1項)。この賃料の増額請求権の法的性質は、形成権(権利者の一方的意思表示のみで目的とする法律効果が生じてしまう権利です。同じものとして取消権、解除権があります。類似概念として請求権、例えば債権があり、請求された相手の行為により初めて法律効果が生じます。貸金、賃料の請求権がこれに当たります。相手方が支払わなければ支払いの効果が生じません。)と考えられており、増額請求の意思表示が相手方に到達すれば、相手方(借主)の行為、考えに関係なくそれによって同条所定の事由のある限り、以後賃料は相当額において増額したものとなるわけです。(最判昭32,9,3民集11,9,1467)。

2、どうしてこのような規定、請求権(形成権)を認める必要があるのでしょうか。この制度趣旨の第一の理由は、不動産賃借権の特殊性にあります。本来私的法律関係の大原則である私的自治の原則、契約自由の原則から言えば、賃料額についても当事者の契約に委ねられるべきものです。しかし、不動産賃借権は所有権のような物権と異なり本来単なる債権関係ですから、経済的に強い立場にある所有者である貸主と経済的に弱者たる借主の自由な意思に任せておいては、事実上借主に不利益な契約になる可能性が十分ありますし、権利の内容が、借主の社会生活の基本をなす居住、建物利用権ですから生活のための基本的人権を確保する必要上これを法的に厚く保護する必要があり、債権たる賃借権は物権と同様に(準じて)保護され、勝手に契約を解除したり、賃料を変更したりできない事になっているのです(賃借権の物権化の派生効果です。賃借権の物権化については事例集NO678を参照してください)。すなわち、当事者に合意が出来なければ、法定更新により従前と同様の契約内容となり、事実上賃料額も変わりません。そこで、賃借人との実質的公平を図るため、所有者たる貸主に賃料増額請求権が判例で昔から認められ、大正10年借家法、借地法そして平成3年借地借家法に規定され引き継がれたのです。不動産賃借権は物権と同様に厚く、強力ですから、バランスを取るため賃貸人の増額請求権も賃貸人に請求し協議することが出来るという債権ではなく、意思表示をすれが即座に効果が生じるという強力な形成権としたのです。後に賃借人についても公平を図る観点から法律上減額請求権も認められていますが本来は賃貸人、所有者の失われた権能の補填として生まれてきたのです。

第二の理由は、事情変更の原則です。これは、条文にはありませんが、契約を締結した当時の社会的環境、情勢が著しく変わったときは契約の内容の変更、破棄が出来るという概念でです(第一次大戦後超インフレとなったドイツで生まれたといわれています)。そもそも契約自由の原則の存在理由は、対等で自由な法律行為により公平で適正な正義にかなった社会秩序建設を目的としているのですから、契約締結時の状況が大きく変化し法の理想たる正義の観点から契約の拘束を認めることが不都合であれば、自ずと契約の内容は変更される事になり契約自由の原則の理念と相反することにはなりません。すなわち、この原則は、権利濫用の法理(民法1条3項)と同様に具体的事件の解決に当たっては正義、衡平の理念に基づき判断されなければならないという信義誠実の原則(民法1条)の一内容ということが出来ます。不動産賃借権の賃料について社会環境、経済事情の変化により著しく公平を欠くようであれば保護される賃借人といえども応じなくてはなりません。従って、以上のような視点から具体的賃料は決定される事になるわけです。

3、判例も同様に考えており、賃料増額請求権が行使された場合、増額の範囲について当事者間に争いがあるときは、既に客観的に定まった増減の範囲が裁判所によって確定されることになります(最判昭33,9,18民集12,13,2040)。形成権の性質上当然の判断です。

4、当事者の協議が出来ない場合には、裁判所に最終的な金額を判断してもらうことになります。借地借家法では、まず簡易裁判所において調停の申立てをしなければなりません(調停前置主義、民事調停法24条の2、)。この点は、旧借家法が適用される借家契約の場合も同じです。調停前置主義の制度趣旨は、賃貸借契約は当事者間の個人的信頼関係が重視される契約類型でありますので、いきなり裁判所が一方的に判断をするのではなく、できる限り貸主、借主当事者の話し合いでこれからの賃料の金額を決めるべきであり、その方が継続的な契約関係を将来続けていく上でもより望ましいとの考えにあります。又本件は、判断材料が、周囲の賃料の格差、経済事情、社会環境状況の変化等広範囲にわたるため更に衡平な解決をめざし、裁判所が後見的権能を発揮する非訟事件手続(民事調停法22条)である調停が望ましいと考えたからである。調停は、1人の裁判官と2人の調停委員からなる調停委員会において、事実調査、当事者の意見聴取などを行い当事者の話し合いによる解決を目指すものです。調停が成立すると、調停調書が作成され、調書には確定判決と同一の効力が認められます。調停の管轄裁判所は、原則として、不動産の所在地を管轄する簡易裁判所です。調停によっても合意に至らない場合には、賃料の増額又は減額を請求する訴訟を提起して、判決により裁判所に適切な賃料の判断を仰ぐことになります。

5、家賃の判断基準としては、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料との比較などがあげられます(借地借家法32条1項)。アパートの周辺の地価が下がっているような場合には、家賃の減額が認められる可能性があります。

6、本件を検討すると、契約更新の時賃料は5万円ということで更新されていますが、10年前から同額であり、事実上の法定更新となっているような事情があり、かつ租税公課の引き上げ等経済事情の大きな変化によって、増額の裁判では敗訴の可能性はあるものと思われます。以上の事情がなければ、大家さんの賃料の増額変更請求は認められることはないでしょう。

7、係争中の家賃の支払についてですが、家賃の変更の係争中であっても賃借人には家賃の支払義務はあります。建物の賃料の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の賃料を支払うことで足りるとされています(借地借家法32条2項)。したがって、賃借人は賃貸人に対して自分が相当と考える家賃を支払う必要があります。しかし、賃貸人は金額の齟齬から家賃の受取りを拒否しているようですが、そのまま家賃の支払ができない状態にしておいた場合、法律的には賃料の不払いということになり、賃貸人から賃貸借契約の解除を請求されるおそれがあります。そこで、賃借人としては賃貸人の受取拒否を理由に家賃を法務局に供託することになります。供託をすると供託をした金額を賃貸人に支払ったのと同じ効果が認められます。これにより賃貸人から家賃の不払いの主張がなされることを封じることができます。家賃の供託は、債務者である賃借人が、債務履行地の供託所に赴き、供託所に備え付けてある供託書に所定の事項を記載して記名捺印して提出して行います。債務履行地の供託所は、家賃を支払う方法によって決まりますが、賃貸人方に持参して払うことになっている場合には、賃貸人の住所地を管轄する法務局内の供託所となります。よって、あなたとしては、自分で相当と考える賃料を法務局に供託すべきでしょう。あなたが今までの家賃である5万円が相当と考えるならば5万円を法務局に供託すべきでしょう。

≪参照条文≫

借地借家法
第32条@建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
A建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
B建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年1割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。

民事調停法
(非訟事件手続法 の準用)
第22条  特別の定がある場合を除いて、調停に関しては、その性質に反しない限り、非訟事件手続法 (明治三十一年法律第十四号)第一編 の規定を準用する。但し、同法第十五条 の規定は、この限りでない。
第24条  宅地又は建物の貸借その他の利用関係の紛争に関する調停事件は、紛争の目的である宅地若しくは建物の所在地を管轄する簡易裁判所又は当事者が合意で定めるその所在地を管轄する地方裁判所の管轄とする。
第24条の2@ 借地借家法(平成3年法律第90号)第11条の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第32条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない。
A 前項の事件について調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、受訴裁判所は、その事件を調停に付さなければならない。ただし、受訴裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは、この限りでない。

民法
第494条 債権者が弁済の受領を拒み、又はこれを受領することができないときは、弁済をすることができる者(以下この目において「弁済者」という。)は、債権者のために弁済の目的物を供託してその債務を免れることができる。弁済者が過失なく債権者を確知することができないときも、同様とする。
495条@ 前条の規定による供託は、債務の履行地の供託所にしなければならない。
A供託所について法令に特別の定めがない場合には、裁判所は、弁済者の請求により、供託所の指定及び供託物の保管者の選任をしなければならない。
B前条の規定により供託をした者は、遅滞なく、債権者に供託の通知をしなければならない。

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