新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.672、2007/9/18 10:29 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【親族法・離婚の意思内容・離婚の届出の意思】

質問:
1.私は以前、夫とケンカしたときに、もう離婚しかないと思い、離婚届にサインをしたのですが、その時は結局離婚せずにやり直すことにしました。その後、その用紙は夫がどこかにしまっています。それから、何かあるたびに「あのときの離婚届を提出する」と夫に言われるのですが、夫にそれを提出されてしまうと離婚が成立してしまうのでしょうか。
2.私は事業に失敗し、多額の借金を抱えています。この借金が妻に降りかかることを避けるため、妻と一旦離婚することにし、離婚届を出しました。借金整理に目処が立ってきたので、もう一度妻と暮らそうと思い、妻に連絡をしましたが、別の男性と再婚すると言い出しました。離婚するつもりはなかったとして、離婚は無効だと主張できないでしょうか。

回答:
1.協議離婚は、届提出時に離婚意思がないと無効ですので、質問のような離婚は無効です。しかし、届の受理はされてしまうので、裁判で無効を主張する必要があります。ご心配なら、市役所に対して「離婚届不受理申し出」を行うことも考えられます。
2.離婚自体はする意思があったのですから、離婚は成立します。配偶者が相談者との再婚を望まない場合には再婚はできません。

解説:
1.まず、本件では離婚が問題になりますので、一般論として離婚の成立要件についてご説明いたします。離婚の成立要件は離婚の自由な意思による法的婚姻関係解消の合意と当事者双方の自由な意思による離婚の届出とされています。離婚の意思については、離婚が婚姻関係の解消であることから実質的に婚姻の意思の裏返しとなります。そこで婚姻の意思について説明すると、婚姻の意思とは、男女が精神的にも肉体的にも一体とした社会的な共同生活関係を形成する意思とされています。そこで、離婚の意思とは、基本的に婚姻により形成された社会的な共同生活関係を解消する意思ということになります。憲法24条が「婚姻は両性の合意に基づいてのみ成立し、」と明言するように婚姻は基本的に両性の合意のみにて成立するのですが、両性の合意とはこのような婚姻の意思の合意であり、婚姻の解消である離婚も当事者の合意により成立するとされているのです。

婚姻の目的は、個人の尊厳の保持するため当事者が幸福な生活を目指し共に社会的に認められた生活共同体を形成努力していこうとするものであり、人間が生まれながらに有する自然権を基礎にしていますから、当事者の自由な意思のみを基本とすることは当然であり、離婚の場合ももはや当事者に共同生活体を作ろうとする意思がない以上、婚姻関係継続の理由はありませんし、双方の合意のみにより解消を認めているのです。ところで我が民法では、婚姻も離婚も当事者の合意の他に、戸籍法上の届出が必要とされています。これを婚姻の面から法律婚主義といいます(民法739条 離婚では法律離婚主義という言葉はありませんが厳密に言うとそう呼べないこともありません)。婚姻は、社会的に認められた共同生活体ですから居住の関係、相続関係、その他の財産関係、親子関係、扶養関係 公的補助等第三者の利害、公的利害を有する以上公の戸籍という書類により明確にすることが要請されますし、離婚の場合はそのような関係が解消、変更されるのでやはり戸籍への記載を必要としているのです。婚姻が両性の合意に基づいてのみ成立するとしていながら、このような届け出を婚姻の要件とすることは、憲法に反するのではないかという疑問もあるかもしれませんが、戸籍制度をとっている我が国においては、法律婚主義をとることが必要であり、そのため戸籍の届出をすることについても両性の合意が必要になると考えられています。

以上法律婚主義を採っている関係上、離婚の意思とは厳格に定義すると、婚姻により形成された社会的な共同生活関係を解消する意思のみならず、法的に届けられた婚姻関係を解消する意思をも含むと解することになります。すなわち離婚の意思とは、端的にいえば法律的婚姻関係を終了せしめる意思、合意があれば足りるという事になります。婚姻が自然権を基にして個人の尊厳を確保するため当事者の自由意志にのみに基づき認められる以上、離婚する自由も認められ婚姻の実態があっても法的な届出をしないという意思、合意(内縁関係)も当然に尊重されるからです。

では、個別的に説明いたします。離婚は、協議離婚、調停離婚、審判離婚、裁判離婚という類型に分けることができます。そのうち、協議離婚は、文字通り協議による離婚であり、特に家庭裁判所などを介さずに当事者同士の話し合いで離婚するものです。協議が整ったら、お互いに離婚届に署名し、市区町村の役所に提出します。ここで、協議離婚が成立するためには、「協議が整っている」ことが必要です。すなわち、離婚することに双方が合意している(離婚意思がある)ことです。一見当たり前のように感じますが、今回の各質問のようなケースでは問題になります。

まず、質問1に関連して、離婚意思はいつの時点で必要なのでしょうか。質問1の相談者は、離婚届を作成した時は、離婚する意思(離婚意思)があったと考えられます。しかし、その後離婚意思はなくなっています。このようなケースでは、離婚は成立しません。協議離婚では、届出時に離婚意思が必要だと考えられています。協議離婚においては離婚の合意は大前提でありその合意が届出時に存在しないのに、すなわち婚姻解消の意思がないのに形式的届出により離婚を成立を認めることはできないからです。設問のケースでは、現在相談者に離婚意思がないのですから、以前に作成した離婚届を提出しても、離婚は無効ということになります。また、本件では、実際の届出のとき、妻の気持ちが変わり自由意志による離婚の届出の意思がありませんから夫が勝手に届けててもやはり無効ということになります。以上実質、形式の両方の面から無効といわざるを得ないでしょう。

2の相談者について、相談者は、「妻に借金が降りかかるのを防ぐため」いわゆる偽装離婚のつもりで協議離婚届を提出しています。この点、離婚意思の内容について、離婚を成立させる意思すなわち法的婚姻関係を終了せしめる合意があれば足り、その原因、動機はいかなるものであっても差し支えありません。なぜなら、どのような理由があるにせよ生まれながらの自然権として婚姻の自由が無制限に認められる以上婚姻の実態があろうとなかろうと法的婚姻関係を終了せしめる自由も当然に認められるからです。判例も同様な考え方です。相談者も、自由意志に基づき法的婚姻関係を終了しようとする合意すなわち離婚を成立させる意思自体はあったと考えられるので、離婚自体は成立しているといえるでしょう。再度配偶者と婚姻関係に入るためには、元配偶者と再度婚姻届を出す必要があり、相手方がこれを拒否する場合には再婚することはできません。

ここで、協議離婚届についてですが、市町村の役所では、形式的な審査権しかありませんので、署名と捺印があり、離婚届の形式が整っていれば、役所はこれを受理します。受理されてしまうと、戸籍には離婚した旨が記録されます。このとき、上記のように、本当は離婚することができない事由があったとしても、役所はそれを知る由もないからです。そのような場合に、役所にクレームをつけても、役所は対応できません。裁判で「離婚の無効」を主張し、認めてもらうしかないのです。

とすると、実際のところは、以前に書いた離婚届を勝手に提出されたり、離婚届を偽造されたり(犯罪です)した場合でも、一応形の上では離婚が成立してしまうことになり、これをひっくり返すには裁判が必要になりますので注意してください。これを防ぐため、市区町村では、離婚届の「不受理申請」というものを受け付けています。これは、あらかじめ「私達夫婦の離婚届を誰かが持ってきても受理しないでください」と役所に届出ておくもので、これが出ていると、役所は離婚届を受理しません。上記の質問のようなケースや、離婚の条件で折り合いが付かないなど、まだ離婚届を提出されたくないのに、勝手に提出されるような心配のある方は、事前にこのような届を提出しておくことをお勧めいたします。裁判所もこの届出により一定の法的効果(昭和34年8月7日判決参照)を認めています。

万が一、不受理届け出(不受理届け有効期間は6ヶ月です。)がしてあるのに離婚届け出が受理された場合は、戸籍係の方の単純な誤記ですから、本籍の戸籍係が、訂正してくれてもいい様にも思いますが、一旦記載された以上戸籍係の人が勝手に戸籍訂正する権限があるか問題があり訂正に応じないようであれば離婚無効の訴えを提起することになるでしょう。ただ現在は、戸籍はほとんどがコンピュータ化してますから、不受理届けがあると事前登録により機械に離婚の記載が出来ない仕組みになっており問題が生じる可能性はほぼないと思います。

≪参照条文≫

民法
第七百三十九条  婚姻は、戸籍法 (昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2  前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。
第七百六十三条  夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。
第七百六十四条  第七百三十八条、第七百三十九条及び第七百四十七条の規定は、協議上の離婚について準用する。
第七百六十五条  離婚の届出は、その離婚が前条において準用する第七百三十九条第二項の規定及び第八百十九条第一項の規定その他の法令の規定に違反しないことを認めた後でなければ、受理することができない。
2  離婚の届出が前項の規定に違反して受理されたときであっても、離婚は、そのためにその効力を妨げられない。

最高裁判所昭和34年8月7日判決、抜粋
原審の引用する第一審判決によれば、本件協議離婚届書は判示の如き経緯によつて作成されたこと、右届出書の作成後被上告人は右届出を上告人に委託し、上告人においてこれを保管していたところ、その後右届出書が光市長に提出された昭和二七年三月一一日の前日たる同月一〇日被上告人は光市役所の係員○○○○に対して上告人から離婚届が出されるかもしれないが、被上告人としては承諾したものではないから受理しないでほしい旨申し出でたことおよび右事実によると被上告人は右届出のあつた前日協議離婚の意思をひるがえしていたことが認められるというのであつて、右認定は当裁判所でも肯認できるところである。そうであるとすれば上告人から届出がなされた当時には被上告人に離婚の意思がなかつたものであるところ、協議離婚の届出は協議離婚意思の表示とみるべきであるから、本件の如くその届出の当時離婚の意思を有せざることが明確になつた以上、右届出による協議離婚は無効であるといわなければならない。そして、かならずしも所論の如く右翻意が相手方に表示されること、または、届出委託を解除する等の事実がなかつたからといつて、右協議離婚届出が無効でないとはいいえない。

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