新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.657、2007/8/10 9:31 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働法・上司への暴行、暴言を理由に解雇できるか・その対策】

質問:会社の従業員で上司の指示に従わず、暴言に及び「襟首をつかんで壁に押し付ける」という暴行行為を起こした者がいます。上司に対して「ばかやろう」などの暴言もありました。暴行について、警察に被害届けを出しましたが、なかなか捜査してくれません。役員会の意見として、解雇処分としたいということで一致していますが、具体的にはどのように手続したらよいでしょうか?

回答:解雇とは使用者(雇用主)が雇用契約を解約することの意思表示です。期間の定めの無い雇用契約(いわゆる正社員契約)について、民法627条では「各当事者が何度にても解約の申入れを為すことを得、この場合においては、雇用は解約申入れの後2週間を経過したときに終了する」と規定されていますが、使用者側の一方的な解雇により、労働者は生活基盤を失ってしまいますので、解約の申し入れに合理的な理由が無い場合は解雇権の濫用として解雇が無効であるという判例(「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」(日本食塩製造事件 昭和50年4月25日)など)が集積されてきました。これを解雇法理と言います。そして、平成15年の労働基準法改正で、解雇法理が条文に明記されるに至りました。合理的理由のない解雇は不当解雇と呼ばれています。

≪参照条文≫
労働基準法18条の2 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

この条文の「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当である」という内容は法律の性格上抽象的に規定されていますから個々の事件で具体的に検討していくことになりますが、考え方の基本は労働者の働く権利と、経営者側の企業、営業の自由の対立になりその調和をどこに求めるのかという事に行き着くことになります。この点について事例集NO642を参照してください。

ところで条文では特に区別されていませんが、学問上また判例上、解雇は3つの種類に分類されて議論されております。
@ 普通解雇・・・就業規則による解雇事由をもっておこなわれる雇用契約の解除のこと
A 懲戒解雇・・・重大な違反をした場合に懲罰としてする解雇。ただし、懲戒解雇についても解雇事由は就業規則に記されているものでなくてはならない。
B 整理解雇・・・会社の経営が困難な場合に、倒産などを避けるための人員整理としてする解雇。

いずれの場合にも解雇事由が就業規則に規定されていなくてはいけません。単に「気に食わない」というだけではその解雇は無効とされてしまいます。社会通念上合理的な解雇事由を示すことができて、初めて解雇ができるのです。解雇の理由は書面で交付しなければなりません。解雇理由については、雇用主側に立証責任があると考えられています。

≪参照条文≫
労働基準法22条1項 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇にあっては、その理由を含む)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。

上司の襟首をつかんで壁におしつけた従業員を解雇させたいとのことですので、@普通解雇ないし、A懲戒解雇、に相当すると考えられますが、あなたの会社の懲戒解雇規定を確認してみてください。

一般的に就業規則に定められている解雇事由を挙げてみます。
・正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき
・会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為をおこない、その犯罪事実が明らかになったとき
・素行不良で著しく会社内の秩序又は風紀を乱したとき
・数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に監視、改善の見込みがないと認められたとき

このような解雇規定があることを前提にお話をいたします。
襟首をつかんで壁に押し付ける行為は刑法違反(刑法208条、暴行罪)である暴行行為ではありますが、まだ起訴もされていない段階ですので、刑罰の規定を理由に解雇することは難しいと考えられます。捜査の終了を待っていてもいつまでかかるかわかりません。

最高裁では、従業員が職場で上司に対する暴行事件(本件と同じように襟首をつかんで首を締め上げたり、小指をつかんでねじり上げたりする行為)を起こしたことなどが就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとして暴行事件から7年以上経過した後にされた退職処分が権利の濫用として無効、(平成18年10月6日第二小法廷判決)という判決がでていますので、このまま待ちつづけるのも使用者にとって不利な状況を招くことになりかねません。この判例は、一部、反対解釈することにより、今回の事件にも参考になると思われますので、少し長くなりますが、引用してみたいと思います。

「前記事実関係によれば、本件諭旨退職処分は本件各事件から7年以上が経過したした後にされたものであるところ、被上告人においては、C課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について警察及び検察庁に被害届や告訴状を提出していたことからこれらの捜査の結果を待って処分を検討することとしたというのである。しかしながら、本件各事件は職場で就業時間中に管理職にたいして行われた暴行事件であり、被害者である管理職以外にも目撃者が存在したものであるから、上記の捜査の結果を待たずとも被上告人において上告人らに対する処分を決めることは十分に可能であったものと考えられ、本件において上記のように長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見出し難い。しかも、使用者が従業員の非違行為について捜査の結果を待ってその処分を検討することとした場合においてその捜査の結果が不起訴処分となったときには、使用者においても懲戒解雇処分のような重い懲戒処分は行わないこととするのが通常の対応と考えられるところ、上記の操作の結果が不起訴処分となったにもかかわらず、被上告人が上告人らに対し実質的には懲戒解雇処分に等しい本件解雇処分のような重い懲戒処分を行うことは、その対応に一貫性を欠くものといわざるを得ない。」

「上告人Bが、『こら、C、おい、C、でたらめC、あほんだらC』などと大声で暴言を浴びせてC課長代理の業務を妨害し、上告人AにおいてもC課長代理に対して同様の暴言を浴びせるなどしてその業務を妨害したというものであって、仮にそのような事実が存在するとしても、その一事をもって諭旨退職処分に値する行為とは直ちにいい難いものであるだけでなく、その暴言、業務妨害等の行為があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでには18ヶ月以上が経過しているのである。これらのことからすると、本件各事件以降期間の経過とともに職場における秩序は徐々に回復したことがうかがえ、少なくとも本件諭旨退職処分がされた時点においては、企業秩序維持の観点から上告人らに対し懲戒解雇処分ないし諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況には無かったものということができる。」

裁判所が次のように考えていることが読み取れます。
1、就業時間中に管理職に対する暴行があった場合は、退職処分は可能。
2、暴行について被害者である管理職以外の目撃者などの客観的証拠が必要。
3、大声で暴言をあびせる行為は、それだけでは退職処分は困難。
4、一時的に職場の秩序が乱れたとしても事件から18ヶ月以上が経過すれば、秩序は回復したと言わざるを得ない。
5、被害届や刑事告訴を行い、刑事処分の結果を待って、退職させるかどうか決める、という方法を選択した場合は、刑事処分の結果に反する処分を行うことは困難。

これを逆に考える(反対解釈する)と、「暴行事件があった場合は、被害届けを提出した場合でも刑事処分の結果を待たず、客観的証拠を確保した上で、18ヶ月以内に、退職処分を通知すれば、退職処分は有効となり得る。暴言についても補助事情となり得る。」と考えることができます。従って、役員会で意見が一致したのであれば、暴行事件に関する証拠を保全した上で、早急に、解雇通知を行ってください。暴行事件に関する証拠としては、目撃者全員の陳述書(見聞した事実を記載した書面)や、加害者本人の始末書(事実関係を自ら認めた書類)、受診した病院の診断書や、暴言内容を録音したテープなどです。その場では傷害まで至らないと考えていても、小さな内出血でもあれば傷害罪になる場合があります、医師に良く診察してもらってください。

本件では「ばかやろう」という暴言があったと言うことですが、職場で日常的に上司から暴言が繰り返されていた、などという事情があれば、従業員からの暴言が一度あっても、直ちに職場の秩序を乱したとは認定されない恐れもあります。事件前の職場の状況も含めて、事情を確認する必要があるでしょう。普段職場内で罵詈雑言などは誰も言ったことが無いのに、突然、そのようなことを言い出した、というような事情であれば就業規則違反が認められやすいと思います。

(傷害に至らない)暴行事件に関する刑事告訴状は、どうしても、警察検察でも受理に消極的にならざるを得ません。重大事件の捜査を優先させてしまうからです。スムーズに受理し捜査してもらうには、告訴状の記載や、添付する証拠関係を法的に整理して提出することが必要となります。また、解雇通知に関しても、後日の紛争の際に争点となりますので、法的に精査した記載をすることが必要となります。弁護士などの専門家に書面作成を依頼する方法も考えられます。お近くの法律事務所にご相談なさってみてください。

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