新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.549、2006/12/29 14:32 https://www.shinginza.com/chikan.htm

【刑事 起訴前弁護 迷惑防止条例 飲酒による犯罪 鉄道警察隊の内容】
質問:私は一流企業に勤務しております。現在課長であり、今後幹部クラスへの昇進が期待されています。昨日飲酒をして満員列車内で女性にもたれかかったところ手が女性のお尻の部分にあたり、その後数分間同じ状態でいました。そうしたところ、被害女性に腕をつかまれ最寄りの鉄道警察隊というところに連行され取調べを受けました。私は逮捕された当初否認をしていましたが、そのまま身柄を拘束されると仕事に支障が生じるため、納得はいかなかったものの痴漢行為をしたことを認め調書に署名・指印をし、4時間後に釈放されました。前科前歴はありません。鉄道警察隊の捜査担当の刑事から、今後検察庁に事件が送検され、検察庁から呼び出しを受け、最終的には罰金を支払って終了することが予想されると言われました。検察庁に送検され呼び出しを受けるまでに何とか起訴猶予等有罪とならないための活動をしていただけないでしょうか。

回答:
1、「飲酒酩酊時に満員電車で知らぬ間に女性の下半身などに手があたったことで警察に逮捕され取調べを受けたのだが、今後どうしたらよいか。」という相談を受けることがある。今回のケースがまさにそのようなケースである。お話しによると、納得はいかなかったが早期に釈放されるために自己の犯行を認め捜査機関側の調書に署名・指印をしたという。最初に申し上げたいことは、調書に署名・指印をした時点で今後無罪を争うことは難しくなるということである。その意味で納得いかないのであれば調書に署名・指印する前に弁護士に相談をすることをお勧めする。ただ、「弁護士に連絡を取るのでそれまで捜査には協力できない。」などと言っても、捜査機関側はかまわず取調べを継続するであろうし、弁護士に連絡を取るというような余裕は実際上ないのが通常である。このようなケースで自分は触るつもりはなかったと言い逃れをすることはかなり難しい。

2、釈放後に弁護士が相談を受けた場合にまず聞くことは、どのくらいの時間女性の下半身等に触れていたのか、当たっていたという認識は全くなかったのかという点である。冤罪であるかどうかということはその後の弁護の方針を決定するに当たり最も重要なポイントである。先にも述べたが、一度自白調書に署名・指印をした場合、それを覆すことは極めて難しいというのが現在の裁判実務である。しかし、当人が事実を争うという以上は十分に事情を聴取し、無罪であると主張する根拠がもっともであり、本人が裁判で争うという明確な意思を有するのであれば、起訴前・起訴後を問わず否認の弁護をすることをいとわない。

3、ただ、質問のようなケースでは、事情聴取してみると、多くの場合、「最初から女性の身体に触れるという意図はなかったものの、その後女性の下半身等に触れたということを認識していた。そのような状態でいたら捕まった。」というようなことを言う。この場合、結論から言うと、最初から意識的に触れたのでなくとも、その後女性の下半身等に自分の手が触れているという認識があるのにやめない以上、迷惑防止条例(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例)に違反したと言わざるをえない。女性の下半身等に自分の手が触れているという認識がある以上、飲酒酩酊を理由に責任無能力(刑法41条1項)を主張する事もほぼ不可能である。その意味で飲酒後に満員電車に乗る際は細心の注意をはらう必要がある。ただ、そもそも被害女性の立場からすると、被疑者側の事情とは関係なく性的被害を受けているのであり、その点はいくら強調しても強調しすぎることはない。

4、今回のケースも、当初お尻に触れる意図はなかったものの、その後お尻に触れたことを認識しつつその状態を維持したのであり、迷惑防止条例に違反したことはほぼ間違いない。その意味では、自白調書に署名・指印をしたことも結果的には間違っていなかったともいえる。問題は、やったことを素直に認めることを前提に今後どうするかにある。というのも、痴漢をしたという事実自体に争いがなく、しかも、前科前歴がないという場合、担当検察官の取調べの後に「略式起訴」がなされるのが通常である。略式起訴では、裁判所が本件事件記録を検討したうえで,事実関係に争いがなければ、50万円以下の罰金刑に処することとなる。鉄道警察隊の捜査担当の刑事が、「最終的に罰金を支払って終了することになる。」といったのは略式起訴に基づく裁判を指すものであり、ある意味では適切な指摘である。ただ、このことは絶対に略式起訴されることを意味するものではない。というのも、最終的に起訴するかどうかを判断するのはあくまで検察官である(刑事訴訟法247条)。前科前歴のない者が迷惑防止条例違反を犯した場合、担当検事は原則として略式起訴相当として処理するが、被疑者の反省と被害者側の宥恕(許し)など諸般の事情を考慮して起訴猶予の判断を下す場合があるからである。そのために、相談を受けた弁護士は一方で、被疑者本人の反省や謝罪の意思があるかという点や被害者との示談解決を望むかどうかなどの意思を確認する。他方で、罰金を支払って終了するということは罰金刑という有罪判決を受けることになることの不都合性についても説明する。有罪判決を受けて「前科もん」となることと起訴猶予との違い、つまり、前科が付くことが社会生活上どの程度の影響を与えるかという観点からの説明である。前科は前科調書などに記載され検察庁が保管する。ただ、現在個人情報保護法が施行され、正当な理由なく前科の存否・内容についての情報を私人が知ることはできない。だからといって、前科の事実が公にならないという保障はない。例えば、国家公務員などが痴漢などで逮捕されれば捜査担当刑事から担当記者などに情報が伝わることが多い。したがって、警察官は国家公務員などの痴漢事件などでは罪を認めている場合は逮捕をせずに任意に取調べをするというように配慮することも多いわけである。ただ、いずれにしても、逮捕直後はもちろん、その後においても完全に情報漏洩を食いとめることは困難であるし、特に正当な理由があれば前科であることの情報の入手は可能である。そこから情報が市民に漏れる可能性も否定できない。そして、何らかの事情で職場にその事実が知られた場合、職場内において迷惑防止条例違反の事実があったのか否かの確認をとられることが予想される。特に大企業などでは、雇用条件として事実上前科・前歴がないことを要求していることもあるし、内定後でも前科があることが何らかの事情により知られてしまうと事実上の解雇となるか、いかなる犯罪か否かを問わず、前科があるという一事をもって幹部クラスへの昇進の道が絶たれるくらいのことは覚悟する必要がある。ただ、仮に迷惑防止条例違反容疑で取調べを受けたとしても、不起訴処分を得たのであればまず不利益は及ばないはずである。したがって、このような不利益を回避するためには前科がつかないということには意味があるといえる。

5、としても、このような性犯罪において捜査機関側が被疑者に対し被害者の連絡先等を教えることはまずない。その意味で被疑者が示談を望む場合でも被疑者自身が被害者と示談交渉をすることは極めて難しい。仮に被疑者が被害者の連絡先を知ったとしても、被害者が被疑者自身との示談交渉に応じることはまずないであろう。このような事案においては、弁護士が代理人となって示談交渉をすることが不可欠となる。もちろん、弁護士を通じた被害者との示談のプロセスにおいても、捜査機関側から被害者の連絡先を聞きだすことが必要となる。ただ、捜査機関側は弁護士が代理人となって示談交渉をする限り、少なくとも被害者に対し示談交渉に応じるかどうかの連絡を取る。その場合、弁護士との示談交渉なら応じるということで被害者側が連絡先を教えるケースも多い。ただ、被害者は弁護士を相手としても、被疑者側の代理人であることからある程度の警戒心を持っていると思われる。また、性犯罪を受けたという忌まわしい過去と決別したいという被害者の心情はある意味当然のことであって、本来一切事件には関わりたくないはずである。そうすると、弁護士との示談交渉にすぐに応じるとは限らない。弁護人としては、そのような被害者側の心情を十分に考慮し、被害者の連絡先を被疑者にも教えないことを約束し、かりに何らかの事情で被害者の連絡先を知った場合にも被害者との接触を一切断つことを約束していることなど、示談により被害者側に不利益が生じないことを十分に納得してもらうことなど被害者側の警戒心を和らげる努力をする。その意味で、被害者が連絡先を教えてくれるまでにはある程度の時間を考慮する必要がある。

6、ここで、送検の時期という点とも絡んで鉄道警察隊で取調べを受けた場合の特殊性について一言する。鉄道警察隊で取調べを受けた場合、通常のケースに比べて送検の時期は遅くなる。鉄道警察隊は通常の所轄(○○警察署)とは異なりいわゆる「執行隊」であり直接検察庁に証拠物と身柄の送致をするなどの権限がない。したがって、鉄道警察隊は直接検察庁に証拠書類を送付するのではなく一旦通常の所轄に送付する。その後通常の所轄でさらに収集済の証拠を精査し有罪のための証拠に遺漏がないか等独自に調査した上で検察庁に事件を送致する。通常の場合より2、3週間程度検察官送致までに時間がかかると考えてよいと思われる。仮に鉄道警察隊から所轄に証拠書類の送付がされていないという段階であれば、示談交渉にかける時間がその分だけ長くなる。もちろん検察官送致がされた後の段階でも略式起訴されるまでには一定の期間があるからあきらめずに弁護士に相談してもらいたい。ただ、示談交渉のために2、3週間程度でも時間の猶予があることは、示談交渉に臨む弁護士の立場からすると有難い。示談交渉が成功する可能性がさらに高まり、依頼者の利益に適うからである。

(参照条文)

刑法
(心神喪失及び心神耗弱)
第三十九条  心神喪失者の行為は、罰しない。
2  心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

刑事訴訟法
第四十七条  訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。
第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都の例)
(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第五条 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
(罰則)
第八条 次の各号の一に該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二条の規定に違反した者
二 第五条第一項又は第二項の規定に違反した者

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