新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.526、2006/11/16 16:49 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【賃貸借契約・明渡し】
質問:私は、平成15年4月に賃貸期間2年でアパートを借りて生活していました。そして、賃貸期間2年が経過したときも特に大家さんと話をすることなくそのまま継続してアパートを借りていました。すると、平成18年9月に突然大家さんから内容証明郵便で「このアパートを取り壊すから賃貸借契約の解約をする。来月までに明け渡してください。」と一方的に通知がありました。私は大家さんに従って、アパートを明け渡さないといけないのでしょうか。その際、立退き料を請求することはできますか。


回答:
   立ち退きをしなければならないかどうかは、建物の老朽化の程度や、近隣不動産の敷地活用の程度や、賃貸人と賃借人の個人的必要を総合的に考慮して、最終的には裁判所が判断することになります。立退き料は、賃借人の権利ではありませんので、請求することはできませんが、賃貸人がこれを提供した場合は、解約申し入れが認められることがあります。賃借人としても、弁護士に相談する等して、妥当な立退き料の見積額を認識しておくと良いでしょう。

1、アパート等借家の賃貸借契約期間の更新は、一般的には当事者の協議によって更新がなされますが、当事者の協議がない場合でも、貸主から更新拒絶の意思表示がなく、なんら異議申し立てがなされなければ、法律上当然に更新が認められています。その場合は、期間の定めのない賃貸借契約となります(借地借家法26条)。本件でも、更新時に何の異議もなくその後1年以上生活していることから、法定更新がなされ、期間の定めがない賃貸借契約が成立しているといえます。

2、つぎに、本件大家さんの解約申し入れの有効性が問題となります。期間の定めのない賃貸借契約は、6ヶ月前に正当事由のある解約の申入れをすると終了することができるとされています(借地借家法27条、28条)。
解約の要件として、@6ヶ月前の申し入れ、A正当事由が要求されています。まず、本件大家さんの解約申し入れは、1ヶ月後の終了を求めていることから、期間の点で無効といえます。よって、1ヵ月後に明け渡す必要はありません。ただ、正当事由があれば、6ヵ月後には明け渡す必要は生じてきます。次に、正当事由の有無については、「建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出」などを総合的に考慮して判断されます(借地借家法28条)。賃貸人自身及び親族の使用の必要性、建物の老朽化、建物の敷地の有効利用の必要性、賃借人の使用の必要性、立退料の提供等の諸般の事情を総合的に判断して最終的には裁判所によって正当事由の有無が判断されます。本件の場合、大家さんはアパートの取り壊しを主張していますが、その理由がどこにあるかによって結論は変わってきます。アパートが腐食するほどに老朽化している場合には正当事由が認められやすいですが、単に大家さんの収益を改善するための建替え、有効利用が目的の場合には、それだけでは一般的には正当事由は認められません。賃借人は居住の必要性があり、一般的に弱い立場にあることが多いので、正当事由の判断において考慮されます。その際に、賃貸人から賃借人に立退料が提供されることが多く、その金額によって、正当事由が補完されることもあります。いくつか判例を紹介します。

平成14年2月22日、名古屋地方裁判所判決、建築後80年以上経過した建物の賃貸借契約(約70年前から期間の定め無く継続し、賃料1万5千円)において、賃貸人が敷地の有効利用のため解約申し入れをした事例で、250万円の立退き料を支払うことにより明け渡しの正当事由を具備するものと認めた事例。

平成15年1月16日、東京高等裁判所判決、建築後130年以上が経過し、増築からも40年近くが経過した建物を、住居兼プラスチック成型加工の工場として賃借(約30年前から賃料月5万円で継続)していた事案で、賃貸人が敷地の有効活用のため立退料無しで明け渡しを求めることの可能性を認めた事例。(賃貸人が主張しなかったので立退料約360万円は維持された。)

3、なお、立退料の算定方法については、正当事由の補完として、借家契約の内容、利用状況などを考慮して判断されますが、このように判断すべきとの法律の規定はなく、確定的な決まりがあるわけではありません。実務上利用される算定方法としては、借家権価格を算定して、明渡しを求める正当事由の内容、程度を考慮して、借家権価格の内から立退料の金額を決めることが多いです。そして、借家権価格の算定方法は、いくつかの方法がありますが、土地の価格に借地権割合(この割合は役所等にある路線価地図に記載されていますので参考にされるといいでしょう。一般的に宅地の場合60%、商業地80%等)と借家権割合(この割合は大体ですが50%−30%の範囲と考えられていることが多いようです)を乗じた価格と建物価格に借家権割合を乗じた価格を合計して算定する方式が用いられることが多いです。他には差額賃料還元方式、収益価格控除方式、比準方式などがあります。

4、裁判所では、従来、借家権価格を基礎として立退き料を判断する事例がありましたが、近年、賃料の差額や移転実費等を基礎として算定した事例も目立ちますので、いくつか紹介したいと思います。

平成12年3月23日、東京高等裁判所判決、建築後40年を経過した建物の賃貸借契約において、敷地有効活用のための解約申し入れを補完する立退き料の算定方法として、「賃借人の本件建物の使用の必要性は住居とすることに尽きている」として、同様の住居を確保するために必要な、引越し費用その他の移転実費と、転居後の賃料差額の1〜2年分程度の範囲の金額を合計したもの(金200万円)が妥当であると判断した事例。

平成12年12月14日、東京高等裁判所判決、建築後60年以上を経過した店舗権住宅の賃貸借契約(50年以上継続し、最終の賃料は10万5千円)において、借金返済のための解約申し入れを補完する立退き料の算定方法について、「住居としての使用には、原則として代替性が認められる」、「店舗は、本件建物でなければならない理由まではなく、生計を維持するためには清涼飲料水等の販売店でなければならないとも言えない」として、店舗改装工事費用の償却後残金と、2年分の事業所得に、移転実費及び移転先との賃料差額2年分を合計して、600万円の立退き料が相当であると判断した事例。(賃借人の営業は、菓子・清涼飲料水等の販売で、年間売り上げ約一千万円、事業主の個人所得は約百万円でした。)

これら判例によれば、入居時に多額の権利金を支払って店舗・営業所など客商売等を行い、長年にわたる営業で信用を蓄積し、重大な場所的利益を有するに至ったような事案を除けば、借家権価格に基く立退き料算定はしにくくなっているのではないでしょうか。裁判所は、当事者の公平を図りつつ、社会経済上の必要として、土地の有効活用に一定の理解を示しつつあると言えるのではないでしょうか。

5、なお、本件で、内容証明郵便による解約の申し入れだけでは、強制的に借家の明渡しを求めることは出来ません。賃貸人は、賃借人が任意の明渡しに応じない場合には、裁判所に建物明渡しを求める裁判を提起して勝訴判決が確定しないと、強制執行をすることは出来ません。もし、賃貸人が裁判手続きを使わずに強引に明渡しや建物の取り壊しをしてきた場合には、住居侵入罪や建造物損壊罪が成立します。

6、したがって、本件の大家さんの1ヵ月後の明け渡しには応じる必要はありません。大家さんと正当事由の有無や立ち退きの補償について話し合いをして、納得のいく条件の提案があれば明渡しに応じても良いでしょう。もし、納得のいく提案がなければ、明け渡しを拒否して、裁判所の判断を仰いだ方が良いです。通常明渡請求の裁判は1年以上の時間がかかり、弁護士費用などの負担が生じることから、大家さんは一定期間の明渡しの猶予や引越しの費用の提供などに応じることが多いので、時間を掛けて交渉をした方が良いでしょう。いずれにしても、一度、弁護士の相談を受けることをお勧めいたします。

≪参照条文≫
借地借家法26条
@建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
A前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。
B建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。
借地借家法27条
@建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。
A前条第2項及び第3項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。
借地借家法28条
建物の賃貸人による第26条第1項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

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