新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.472、2006/9/14 16:59 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

[家事・親子・親権者による子供の引き渡し請求]
質問:私達夫婦は3年前から別居しています。8歳の子供がいるのですが、別居時に夫のもとに子供を置いてきてしまいました。この度、離婚が成立し、子供の親権は妻である私に認められました。しかし、夫は子供を私に引き渡してくれません。子供の下校中に連れてこようかと考えています。それは、認められますか。認められない場合、子供を引き渡してもらうにはどのような方法がありますか。

回答:
お子さんを下校中に勝手に連れてくることは避けるべきです。子供の引渡しを請求するためには、以下に述べるような法的な手続きを踏むことが必要でしょう。
1、子供の下校中に連れてくることの可否
確かに、奥様は単独親権者ですので、子供について教育監護権(民法820条)を有することになりますから非親権者であるご主人からお子さんを連れてくることが出来るようにも思われます。しかし、お子さんを下校中に連れ去ることはしないほうが良いでしょう。なぜなら、法的手続きによらずに自分でそのような状態をつくりだすこと(自力救済といわれていますが)は、法治国家であるわが国では、原則的に認めらないからです。(例外的に民法720条緊急避難など緊急性を要する場合は法律で別に私人による権利実現が認められています)。すなわち、裁判により権利が認められたと言うこととその権利により具体的に権利の内容を実現することは別の問題だからです。例えば、貸し金請求裁判で勝訴し貸し金が認められたとしても、相手方から強引に金員を奪えば窃盗罪になるのです。裁判で勝訴しても、さらに強制執行等、認められた権利実現のために別個の法的な手続きをさらに踏まなければならないわけです。少し迂遠のようにも思われるかも知れませんが、近代法治国家においては、社会秩序の維持、権利の平穏なる実現のために権利の最終確定現実化の全過程において国家機関の関与補助を認めて紛争の再発を防いでいるのです。民法1条2項(権利の行使・義務の履行は信義に従い誠実に行う旨の規定)や民事執行法1条(法律の定めるところにより執行手続きをすること)にもその趣旨が表れています。従って、たとえ親権があっても子供を連れ去った場合には、お子さんの年齢、お子さんとご主人との関係、連れ去り方などの事情によっては、未成年者略取罪(刑法224条)に問われる危険がないとは言いきれません。なお、本件とは異なる事例ですが、共同親権者である夫が別居中の妻のもとにいる子供(2歳)の保育園の下校時に抱きかかえて車にのせ、そのまま連れ去った事案において、未成年者略取罪の成立を認めた判例があります(最高裁H17.12.6)。加えて、実力行使による子供の連れ去りは子供の生活環境の変化を伴い、子供にとってかなりのストレスになると考えられます。相手方がさらに実力行使で子供を取り戻しに来るような事態を助長させる事にもつながりかねません。夫婦間の紛争の中に置かれる子供のストレス、不安感、不信感等を考えれば、実力による行使は避けるべきといえます。ですので、以下のような法的な手段が考えられます。
2、子供の引き渡し方法
(1)人身保護請求
ア、まず、人身保護法に基づいて子供の引き渡しを請求する事が考えられます。人身保護請求手続とは、ある者が法律上正当な手続きによらずに拘束されている場合に、拘束者自身または他の誰からでも、裁判所に対して、自由を回復させることを請求する制度である(人身保護法2条)。原則として弁護士を代理人として請求することが必要です(人身保護法3条)。
この請求は、暫定的に拘束者の身体の安全を図る手続きですので、子の福祉の観点から後見的に引渡しの可否を判断する家庭裁判所の審理とは根本的に異なります。そのため、裁判所は、原則的に家事事件は家庭裁判所での解決を図るべきとし、請求認要の要件を厳格にする傾向にあります。
イ、次に、人身保護請求の方法について述べます。具体的には、管轄のある地方裁判所(被拘束者=子供、拘束者=ご主人、請求者=奥様、の所在地(通常居住地)を管轄する高等裁判書、もしくは地方裁判所、人身保護法4条)に書面または口頭で、引き渡しを請求することになります。この場合には、@被拘束者(子供)が拘束されていること(拘束性)、Aその拘束が違法であること(違法性)、B違法であることが明らかであること(違法の明白性)、C人身保護請求以外に救済の目的を達する適当な方法がないこと(補充性)、を満たさなくてはならないとされています(人身保護法2条・人身保護規則4条・最判S43.7.4)。
ウ、本件のように非親権者が8歳の子供を監護している場合には、判例上@拘束性、A違法性は満たすと考えられています。また、C補充性についても、家事審判手続き(後述の、調停・審判手続き)があっても認められるとする判例もありますので、問題ないと考えられます(最判S59.3.29)。人身保護請求で最も問題となるのが、B違法の明白性の要件です。これは、基本的に子の福祉の観点から判断されるべきものです。親権者同士の争いの場合には、判例上極めて限定的な場合しか認められませんが(最判H6.4.26)、本件のように、親権者から非親権者に対する引き渡し請求の場合には、子の福祉の観点から著しく不当なものでない限り、違法性の明白性は認められることが多いと思います。ここで、ご主人が別居中3年間に渡り子供を養育してきた事実や、子供が安定した状況にあることから、いまさら引渡しを認める事が子の福祉に著しく反するとも考えられます。しかし、奥様のお子さんに対する愛情や監護意欲にかけるところもなく、経済状況や居住環境など監護の客観的体制も整っているのであれば、ご主人が3年間に渡り養育してきたという事実があっても、引き渡しが否定されることはないと思います。実際に、そのように判断した判例もあります(最判H11.5.25)。
エ、請求に当って注意しなくてはならないのがお子さんの意思です。お子さんは未だ8歳ですし、その意思は周囲の人の影響を受けやすいので、直ちに引き渡し請求が否定される事はないでしょう。ただ、お子さんの成長に個人差がありますので、どの程度裁判所によって重視されるかを一概に述べる事は出来ません。はっきりとご主人のもとに居たい旨を述べたような場合には、引き渡し請求にあたって不利に働く場合もあるかと思われます。
オ、引渡し請求が認められたにも関わらずご主人が子供を引き渡さないような場合には、罰則が科せられることもあります(懲役2年以下もしくは罰金5万円以下・人身保護法26条)。その他にも、手続きを進行させることを妨げるような者に対して、勾引・勾留・過料(人身保護法18条・12条2項)もあり、手続きの実行性が図られています。従って、相手方が説得にも耳を貸さないような場合には警察署に詳しい事情を書面にして提出、告訴し、相手方の身柄を拘束してもらい、その間に平穏な形で子供を引き取ることも検討すべきです。警察署としても、夫が裁判所の判断が出ているのにそれに従わない明確な事情があれば、罰則の容疑を否認している状況ですので逮捕などの身柄拘束に踏み切ることになるものと思われます。そもそも人身保護法の要件自体が監禁罪と同様に不当に子供の身体的自由が奪われていることを意味しますから警察署の協力も得られるはずです。なお、直接強制による実現は、後で、家事審判手続きで述べるとおり、認められません。
(2)子の監護に関する処分としての引き渡請求
ア、人身保護請求とは別に、子の監護に関する処分として、引き渡し請求をする事が考えられます。具体的には、家庭裁判所に対して、子供の引き渡しについての調停を申立てることになります(民法766条1項・家事審判法9条1項乙類4号・同18条)。調停では、当事者双方の言い分をもとに、合意による解決が図られることになります。この調停で合意が成立しなければ、自動的に審判に移行することになります(家事審判法26条1項)。
イ、家事審判の場合には、裁判官である家事審判官が、当事者から提出された書類や家庭裁判所調査官が行う調査の結果等の資料に基づいて、子供の引き渡し請求を認めるかを判断する事になります。 この場合に引き渡し請求が認められるかは、親権の有無のほかに、@子の福祉から見て、現実の監護権者と子の継続的心理的結びつきがあるか(監護の実績・継続性の尊重)、A子供の意思の尊重(15歳以上の場合には、裁判所による意見聴取が必要。家事審判規則54条)、B(特に乳幼児の場合には)母性の優先、C相手方との面接交渉の許容性・寛容性、D奪取の違法性、Eきょうだい(兄弟姉妹)の分離の有無(分離しない方が子の福祉に適うといえるが、それほど重視されない例もある)、といった諸事情を総合的に考慮して判断されます。
ウ、本件の場合ですと、親権が認められたとのことですので、原則的には引き渡し請求が認められるのではないかと思われます。確かに、別居時からご主人がお子さんを養育している状況は認められますが(上述の@に該当する事情)、ご主人に親権も監護権も認められないようであれば、特段の障害にはならないと考えられます。しかしながら、上述の@からE等の事情を考慮した上で奥様がお子さんを引き取ることが子供にとって良くない環境で養育される事になる場合には、例え親権があっても認められない場合があります。例えば、2人の子供の親権が父母に1人ずつ設定されたけれども、父が2人とも養育しつづけた事例で、子供の意思やきょうだいの不分離等の観点から、父のもとで引き続き養育されることが子の福祉に適うとして、1人の親権者である母からの請求を棄却した裁判例(大阪高決H12.4.19)や、経済的な安定等を理由に親権を設定したけれども、設定後に親権者が子に暴力を振るっていたような事情があり、子供も成長し自らの意思で非親権者のもとに身を寄せている場合に、親権者からの請求を否定した裁判例などがあります(高松高決H1.7.25など)。
エ、なお、子供など事件の関係人の急迫の危険を防止するための必要があり、子の引き渡し請求(本案)が認められる蓋然性があれば、審判前の保全処分(家事審判法15条の3・家事審判規則52条の2)として、保全の申立をする事が出来ます。子供が安定した生活を送れている場合には、認められにくいでしょう。
オ、上記の手続きにより請求が認められたにも関わらずご主人がお子さんを引き渡さない場合には、家庭裁判所に申立てて、履行勧告をしてもらうことが出来ます(家事審判法15条の5)。また、引渡すまで一定額の金銭を支払わせるという間接強制の方法により引渡しの実現を図ることも出来ます(民事執行法172条)。なお、子供をご主人から取り上げる直接強制(民事執行法169条1項参照)の方法は、動産と子供を同視すべきでないこと、子供の引渡しの直接強制を認めた規定がないことから、認められないでしょう(最高裁も否定的に解しています)。
3、まとめ
以上のほかにも、離婚後の親権あるいは監護権に基づく妨害排除請求(民事訴訟)など、いくつかの手段が考えられます。子供が日々成長することを考えると、出来るだけ早くみとめられる手段を選択する方が良いでしょう(親権者から非親権者に対する請求であれば、一般的には、人身保護法による請求の方が早い判断がされる可能性が高いといえます)。子供の引き渡しは、親権者の指定の過程なども考慮すべきであり、ケースによってかなり異なると考えられます。ですので、上述の手段は参考に過ぎません。実際にどのような手段がよいかは弁護士等にお尋ねになることをお勧めします。

≪条文参照≫

民法
(基本原則)
第一条  私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は、これを許さない。
(正当防衛及び緊急避難)
第七百二十条  他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2  前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。
(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
第七百六十六条  父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。
2  子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、子の監護をすべき者を変更し、その他監護について相当な処分を命ずることができる。
3  前二項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。
(監護及び教育の権利義務)
第八百二十条  親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

刑法
(未成年者略取及び誘拐)
第二百二十四条  未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

民事執行法
(趣旨)
第一条 強制執行、担保権の実行としての競売及び民法 (明治二十九年法律第八十九号)、商法 (明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の規定による換価のための競売並びに債務者の財産の開示(以下「民事執行」と総称する。)については、他の法令に定めるもののほか、この法律の定めるところによる。
(動産の引渡しの強制執行)
第百六十九条  第百六十八条第一項に規定する動産以外の動産(有価証券を含む。)の引渡しの強制執行は、執行官が債務者からこれを取り上げて債権者に引き渡す方法により行う。
2  第百二十二条第二項、第百二十三条第二項及び第百六十八条第五項から第八項までの規定は、前項の強制執行について準用する。
(間接強制)
第百七十二条  作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。
2  事情の変更があつたときは、執行裁判所は、申立てにより、前項の規定による決定を変更することができる。
3  執行裁判所は、前二項の規定による決定をする場合には、申立ての相手方を審尋しなければならない。
4  第一項の規定により命じられた金銭の支払があつた場合において、債務不履行により生じた損害の額が支払額を超えるときは、債権者は、その超える額について損害賠償の請求をすることを妨げられない。
5  第一項の強制執行の申立て又は第二項の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
6  前条第二項の規定は、第一項の執行裁判所について準用する。

人身保護法
第二条  法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。
2  何人も被拘束者のために、前項の請求をすることができる。
第三条  前条の請求は、弁護士を代理人として、これをしなければならない。但し、特別の事情がある場合には、請求者がみずからすることを妨げない。
第四条  第二条の請求は、書面又は口頭をもつて、被拘束者、拘束者又は請求者の所在地を管轄する高等裁判所若しくは地方裁判所に、これをすることができる。
第十二条  第七条又は前条第一項の場合を除く外、裁判所は一定の日時及び場所を指定し、審問のために請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚する。
2  拘束者に対しては、被拘束者を前項指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、前項の審問期日までに拘束の日時、場所及びその事由について、答弁書を提出することを命ずる。
3  前項の命令書には、拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することがある旨及び遅延一日について、五百円以下の過料に処することがある旨を附記する。
4  命令書の送達と審問期日との間には、三日の期間をおかなければならない。審問期日は、第二条の請求のあつた日から一週間以内に、これを開かなければならない。但し、特別の事情があるときは、期間は各々これを短縮又は伸長することができる。
第十八条  裁判所は、拘束者が第十二条第二項の命令に従わないときは、これを勾引し又は命令に従うまで勾留すること並びに遅延一日について、五百円以下の割合をもつて過料に処することができる。
第二十六条  被拘束者を移動、蔵匿、隠避しその他この法律による救済を妨げる行為をした者若しくは第十二条第二項の答弁書に、ことさら虚偽の記載をした者は、二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。

家事審判法
第九条  家庭裁判所は、次に掲げる事項について審判を行う。
乙類四 民法第七百六十六条第一項 又は第二項 (これらの規定を同法第七百四十九条 、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護者の指定その他子の監護に関する処分
第十五条の三  第九条の審判の申立てがあつた場合においては、家庭裁判所は、最高裁判所の定めるところにより、仮差押え、仮処分、財産の管理者の選任その他の必要な保全処分を命ずることができる。
2  前項の規定による審判(以下「審判前の保全処分」という。)が確定した後に、その理由が消滅し、その他事情が変更したときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
3  前二項の規定による審判は、疎明に基づいてする。
4  前項の審判は、これを受ける者に告知することによつてその効力を生ずる。
5  第九条に規定する審判事件が高等裁判所に係属する場合には、当該高等裁判所が、第三項の審判に代わる裁判を行う。
6  審判前の保全処分(前項の裁判を含む。次項において同じ。)の執行及び効力は、民事保全法 (平成元年法律第九十一号)その他の仮差押え及び仮処分の執行及び効力に関する法令の規定に従う。この場合において、同法第四十五条 中「仮に差し押さえるべき物又は係争物の所在地を管轄する地方裁判所」とあるのは、「本案の審判事件が係属している家庭裁判所(その審判事件が高等裁判所に係属しているときは、原裁判所)」とする。
7  民事保全法第四条 、第十四条、第十五条及び第二十条から第二十四条までの規定は審判前の保全処分について、同法第三十三条 及び第三十四条 の規定は審判前の保全処分を取り消す審判について準用する。
第十五条の五  家庭裁判所は、権利者の申出があるときは、審判で定められた義務の履行状況を調査し、義務者に対して、その義務の履行を勧告することができる。
第十八条  前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は、まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
2  前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には、裁判所は、その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し、裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは、この限りでない。
第二十六条  第九条第一項乙類に規定する審判事件について調停が成立しない場合には、調停の申立の時に、審判の申立があつたものとみなす。
2  第十七条の規定により調停を行うことができる事件について調停が成立せず、且つ、その事件について第二十三条若しくは第二十四条第一項の規定による審判をせず、又は第二十五条第二項の規定により審判が効力を失つた場合において、当事者がその旨の通知を受けた日から二週間以内に訴を提起したときは、調停の申立の時に、その訴の提起があつたものとみなす。

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