新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.444、2006/7/27 10:55 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

[民事・不法行為]「物損に慰謝料が認められるか」
質問:先日、自動車で信号待ちのため停車していると、後ろの自動車から追突されました。怪我は無かったのですが、この自動車は珍しい外車でやっとの思いで5年前に輸入し、手に入れたもので、とても大切にしていました。修理で元のように運転できるようになりましたが、それだけではどうしても納得出来ません。相手に対して、慰謝料を請求できないでしょうか。

回答:
本件のような物損事故においては、慰謝料請求は原則として認められていません。
1、慰謝料とは不法行為(民法709条、711条)による精神的苦痛による損害を言い、損害賠償における保護の対象が財産上の損害以外に関する一切の損害と理解されています。すなわち、生命身体、自由、名誉、信用、貞操、秘密、安全、人間らしく暮らす権利等人間の人格的権利(利益)を保護の対象としているのが慰謝料なのです。金銭的に算定が難しい慰謝料が認められた理由は、不法行為の場合の民事的な損害賠償は歴史的に言うと、もともと財産的損害に限られていましたが、近代国家においてはその発展に伴い個人の尊厳(憲法13条)を守ることが法の大原則であり、それを徹底するためにはおのずから財産的権利の他に個人のあらゆる利益を権利、法的利益として保護しなければならず、万が一侵害された場合にはこれを回復する手段を個人に認める必要性が生じました。そこに慰謝料と言う概念が当然のように認められたわけです。例えば交通事故により死亡又は傷害を受けた場合や不貞行為による離婚などにより通常は認められています。
2、以上の沿革から、基本的には財産的損害と評価される物の損害については、慰謝料の範囲外であることが理解できると思います。物は代替性がありますから代わりのものを金銭的に評価して賠償すればいいわけで、個人の人格上の権利、利益を保護の対象とした慰謝料とは別のものになってしまうわけです。従って、一般的に言えば本件は車の追突による損害すなわち、修理代、車の価値の減少などは物の財産上の損害として計算することになり、その他に、いわゆる慰謝料と言う保護の利益はないといわざるをえません。
3、しかし、あなたにとってこの外車は、5年前に特別に注文し輸入したもので大切に愛用していたとの事情があり、いわゆる人格上の利益として保護の対象になるか検討する必要がありますが、結論的にはやはり慰謝料の請求は難しいでしょう。その理由は以下のとおりです。
@精神的ショックはあると思いますが、その様な損害の評価は、本件外車の財産的価値減少等による損害の賠償で補えること。実際には、珍しい外車であれば、専門のディーラーに事故前と後での評価を出して頂き、損害の請求をすることになります。
A損害賠償とは損害を受けた方がその損害を立証しなければならず、人格上の利益を保護としている慰謝料を請求するためには損害を受けたあなたの方がそのような特別な利益があると説明しなければなりませんが、車に対する愛着心を人格上の利益と同じく評価することは沿革上からも難しいと言わざるを得ません。
B判例上もこのような場合に慰謝料を認めた例はありませんが、人間として人格上の利益があると言うほどの特殊事情を立証できれば額はともあれ認められる可能性はあるかもしれません。後述の判例を参照してください。もっとも、自動車が住宅や店舗、墓所、墓石に飛び込むことにより、建物や墓石が損傷された事案において、慰謝料を認めた判例はありますが、これらについては、自動車が飛び込んでくる事によって、現実に生活の平穏が侵害されたと考えられ、ただ単に物が損傷された事に対する慰謝料とは性質が異なると解されています。
4、判例をご紹介いたします。参考にしてください。
@ベンツの車両損害における慰謝料につき、精神的損害の賠償を請求できる場合は、目的物が被害者にとって特別の愛着をいだかせるようなものである場合や、加害者が害意を伴うなど相手方に精神的打撃を与えるような仕方でなされた場合など、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害されるような特段の事情が存することが必要であると言い、慰謝料を否定(東京地判平元.3.24、交通民22巻2号420頁)。
A自動車は代替性のある物件であり、被害者の愛情利益や精神的平穏を強く害されるような特段の事情が存在しない限りは、その損傷のために財産上の損害賠償によっては回復できない精神的苦痛が残存することはないとして、慰謝料を否定(東京地判平6.6.17、交通民27巻3号793頁)。
B深夜、大型トラックの民家への飛び込み事故について、慰謝料として50万を認めた(岡山地判平8.9.19、交通民29巻5号1405頁)。
C霊園の墓石等に対する衝突事故により墓石が倒壊したことにより、骨壷が露出する等した事案につき、先祖・故人の眠る場所として通常その所有者にとって強い敬愛追慕の念の対象となるという特殊性を斟酌し、慰謝料として10万円を認めた(大阪地判平成12.10.12、自保ジ1406号)。
D居酒屋の店舗兼住宅への自動車の突入事故につき、まかり間違えば人命の危険もあり、家庭生活の平穏も侵害されたとして、慰謝料として30万円を認めた(大阪地平元.4.14、交通民22巻2号476頁)。

≪参照条文≫

【民法】
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
第七百十条  他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
第七百十一条  他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。
【憲法】
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

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