新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.312、2005/12/5 10:35 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

[刑事・起訴前]
質問:私は、罪を犯したので警察署の留置場にいます。犯行時に髪の毛を茶髪にしていたので、弁護士から法廷に出るまでに、髪を黒くしてさっぱりした方がいいと言われました。警察署に、髪染めの薬は差し入れていただけるのでしょうか。男性は、坊主にできるようですが、女性は何か方法はないでしょうか。

回答:
1、まず一般論として差入とは、在監者に対してその収容中第三者が金品を送付することをいいます。そして、差入は在監者の立場からすると貴重な外部交通の一態様と解されており、必要不可欠な制度といえます。
2、この点、差入については監獄法(33条)及び同法施行規則に大まかな規定があります。主な規定として同法施行規則は差入を許すことができる物品の品目について規定しています(受刑者について143条、未決拘禁者について144条)。即ち、未決拘禁者の場合については、誰でも衣類、寝具、現金、郵券、書籍・パンフ等の文書図画、写真、食糧、日用品・文具等の雑品の差入が出来ると規定しています。このことから、未決囚の差入・宅下の相手には一切の制限はなく、差入・宅下が許可になる物品であれば誰とでも物の授受が出来るということになります。弁護士の差入も当然認められます。(なお、食糧、雑品については、すべて指定差入業者が扱っているものしか入らないという制限が実際上は存在します。)
3、ただ、他方、在監者は拘禁関係を前提としますから、拘禁目的の確保、規律の維持及び管理運営上の必要といった観点からの配慮が必要となります。したがって、差入の対象となる物品であるとしても当然に差入が許可されるわけではありません。実際差入の許否について、監獄法(第53条1項)及び同法施行規則は、監獄の長に相当広い裁量の余地を認めています。即ち、品目的には差入が一般的に許されうる物品についても、監獄官吏による検査の結果、拘禁の目的に反し、又は監獄の規律若しくは衛星を害するおそれがあると認められる場合には個々的に差入が許されないことになります。もっとも、既決拘禁者と未決拘禁者ではその取り扱いにおいて差異が生じることがあることにも注意を要します。未決拘禁者については裁判により有罪が確定したわけではありません。裁判が確定するまでは無罪が推定されます。そして、裁判に向けて防御権を保障する必要が生じるわけです。従って、未決拘禁者については拘禁関係による制約があるとしてもかかる配慮の必要があります。
4、では、本件の髪染めの薬の差入が許されるかについて具体的に検討いたします。
(1)この点、前記のとおり、監獄の長には広い裁量権があるわけですが、全くの自由裁量ではなく在監目的に必要な相当程度の制限でなくてはなりません。そして、前記のとおり、未決拘禁者については、無罪が推定される立場にあり、防御権保障の必要性があります。このような防御権保障の観点からの配慮の点は、現行監獄法上でも明らかにしています。即ち、刑事訴訟法第39条1項、同法第80条、同法81条ただし書等の規定により法的に保障されている物を授受する権利を不法に制限してはならないとわざわざ明記しているのです。上記のような事情から、未決拘禁者の差入の拒否については、監獄法令に差入拒否の判断事由として規定されている拘禁の目的に反するか否か、保健衛生及び規律を害するか否かといった拘禁目的達成の手段として合理性があるかをある程度厳格に判断すべきことになります(具体的には、上記拘禁目的に反する結果の発生につき相当の具体的蓋然性があることが必要と解されています。)
(2)では、上記の基準を踏まえて髪染めの薬の差入の拒否を検討します。まず、髪染めの薬の差入が拘禁の目的に反するかということですが、かかる差入により逃亡の恐れの相当の具体的蓋然性が生じることはまずないでしょう。ただ、髪染めの薬は自殺ないし自傷行為の道具として利用される危険性や公衆衛生上の問題などが生じます。即ち、体に有害なものを未決拘禁者が所持することになるわけですし、髪染めの薬の使用により部屋を汚すなどの弊害が生じやすいわけですから、拘禁内に反する結果となる相当の蓋然性があるとまで言えるかは微妙ではありますが、監獄内の規律の維持に有害な影響を与えることは否定できません。ただ、他方で、未決拘禁者については上記のとおり防御権保障の必要があります。髪を茶髪から黒髪にして裁判に望むことは裁判官の量刑判断に微妙な影響を与えることも大いに考えられます。したがって、未決拘禁者が反省をしてその一環として髪を黒く染めたいというような場合に髪を黒くするないしは黒く見せる手段がないということは大いに問題であるといえるでしょう。従って、髪染めの薬の差入が認められないとしても他の方法により黒髪で裁判を受けることが出来る手段を講じるべきです。
(3)この点、男性の未決拘禁者の場合、散髪が認められています。即ち、所定の原型刈、前五部刈、中髪刈のいずれかを選択させるほか、自己負担で本人の希望する適宜な髪形による長髪も認められるという実際の運用がなされています。したがって、未決拘禁者は、原型刈ないし前五部刈という坊主に近い髪型を選択することで拘禁の目的を害さず髪を黒くするのと同様の効果をあげることができることになります。これに対し、問題は女性の場合です。女性の場合実際上未決拘禁者の段階で髪を散髪する機会は与えられていないからです。「髪は女性の命」という考えから男性と異なる運用をしているとのことなのです。従って、女性の場合、現状では髪を黒くする方法は特にありません。しかし、防御権保障の観点は男性も女性も同様のはずです。にも拘らず、女性について散髪が認められないのは男性と比較して不均衡であるといえます。またこの様な運用は裁判が長期化した場合など未決拘禁者である女子の髪型の自由に対する不当な制約という点からも行き過ぎであると思われます。しかも長くなった髪の散髪を認めることは公衆衛生といった在監の目的とも整合するとさえいえます。したがって、弁護士としてそのような現状を見過ごすわけにはいきません。ここからは、現状の打開策ということになるわけですが、各弁護士は、所属の弁護士会等を介して女性の未決拘禁者の処遇見直しを提言していくことがまず必要になります。また、現実にこのような公判弁護を受け持つことになった弁護士は、女性の未決拘禁者の散髪の機会を求めて上申書を提出するなどの措置をとるべきです。上申書において防御権の保障の観点を強調するのです。かかる上申書の提出で散髪が認められるとは断言できません。しかし、男性について散髪が認められている以上女性についても認められる余地はあると思います。
5、結語 未決・既決を問わず在監者の処遇についてはわが国においてはさまざまな問題点があります。今回は具体例をもとに、未決拘禁者の防御権の保障という観点を絡めて問題提起を試みたものでもあります。

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