法令・資料確認日:2026年9月30日 / 対象:住宅・店舗・事務所などの建物賃貸借
家賃や店舗・事務所の賃料が周辺相場に比べて高くなったときは、契約期間中でも減額を求められる場合があります。ただし、募集広告の賃料や借主の売上だけで減額幅が決まるわけではありません。現在の賃料を合意した経緯、その後の経済事情、建物の条件などを踏まえ、今の契約を続ける場合の「継続賃料」を検討します。不動産鑑定士が作成した継続賃料に関する鑑定書(鑑定評価書・評価書)は、適正な賃料を主張する根拠資料となり得ます。このページでは、減額が認められる条件、鑑定の活用、通知、支払い、調停・訴訟までを順に説明します。
まず押さえたいポイント
- 普通借家では、借地借家法32条の要件を満たせば、契約に減額禁止条項があっても減額請求ができる場合があります。
- 有効な定期借家契約に賃料改定の特約がある場合は、同法38条9項による例外があります。
- 減額請求の通知が相手に届く時期が重要です。原則として、通知前の期間に当然にさかのぼって減額できる制度ではありません。
- 減額を求めても、支払額を自己判断で下げるのは慎重に。争いの間の支払いには同法32条3項のルールがあります。
1 減額請求ができる条件と特約
(1)借地借家法32条の基本
借地借家法32条1項は、土地・建物に対する租税その他の負担の増減、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料との比較によって、現在の建物賃料が不相当となったときに、将来に向かって増減額を請求できると定めています。居住用だけでなく、店舗・事務所などの事業用建物でも問題となります。
例えば、前回賃料を合意した後に周辺の賃料水準が下落し、現在の契約賃料との間に大きな開きが生じた事情は検討材料になります。ただし「近隣の募集物件が安い」「固定資産税が下がった」という一事情だけで、自動的に同じ割合の減額が認められるわけではありません。賃料を合意した当時の事情と、その後の変化を資料で説明することが大切です。
また、借主の収入減少や店舗の売上不振は、合意による減額・支払猶予を相談する理由になりますが、それだけで32条の法定減額要件が満たされるとは限りません。合意による変更であれば、一時的な減額、段階的な見直しなど柔軟な解決も可能です。
(2)減額禁止・自動増額の特約があるとき
普通借家の賃料減額請求をあらかじめ排除する特約は、32条の強行法規としての性質から、そのまま減額請求を封じるものではありません。「賃料を減額しない」「2年ごとに一定割合を増額する」と書かれていても、それだけで断念する必要はありません。ただし、特約を設けた経緯や当初の賃料の決め方は、相当な賃料額を判断する際の重要な事情になり得ます。一方、一定期間賃料を増額しない特約は、32条1項ただし書が認めています。
(3)定期借家では38条9項を確認
有効な定期建物賃貸借に「借賃の改定に係る特約」があるときは、借地借家法38条9項により32条が適用されません。まず契約が定期借家として有効に成立しているか、更新がなく終了する旨の事前説明等が適切に行われているか、賃料改定条項がどのような内容かを確認します。単に契約期間が決まっているだけでは定期借家とはいえず、定期借家でも賃料改定特約がなければ32条の適用が問題になります。古い解説では項番号が異なるため、現行条文を確認してください。
(4)設備故障や一部使用不能による減額は別の制度
賃借物の一部が滅失その他の理由で使用・収益できず、借主に責任がない場合は、民法611条1項による賃料減額が問題になります。同項は使用・収益できない部分の割合に応じて賃料が減額されると定めており、相場変動を理由に将来の賃料を改定する32条とは区別します。
故障の内容、使用できなかった範囲・期間、貸主への連絡と修理経過を記録しましょう。設備故障があれば必ず一定率減額になるわけではなく、契約内容や適用される改正法の経過措置も確認が必要です。国土交通省の賃借物の一部使用不能による賃料減額等に関する資料(PDF)も参考になります。
2 裁判例から分かる判断の考え方
(1)事業用の特殊な契約でも、直ちに減額請求が排除されるわけではない
最高裁平成17年3月10日判決(判決全文PDF)は、借主の事業のために建てられた店舗建物の賃貸借について、契約の特殊性のみから賃料減額請求を否定することはできないとしました。その一方で、建物の特殊性、建築費の回収、安定した賃料収入の確保など、当初の賃料決定の事情も十分考慮して相当賃料を判断する必要があるとしています。
したがって、借主のために貸主が建物を建築した契約、長期の事業用契約、サブリースなどでは、「32条が適用されるか」と「どの金額が相当か」を分けて検討します。32条を使えるからといって、一般的な空き店舗の募集賃料まで直ちに下がるとは限りません。
(2)直近の合意賃料と、その後の事情の変化を整理する
最高裁平成26年9月25日判決(判決全文PDF)は、賃料増減額請求の効力や、判断の基礎となる合意賃料などを示しています。継続中の契約では、当事者が現実に合意した直近の賃料を基礎とし、直近の変動が賃料増減額請求による場合には、それによる賃料を基礎とします。その合意等の時点から今回の請求までの経済事情の変化を総合的に検討します。契約締結時の賃料だけを取り上げたり、過去の増減額請求による変動を見落としたりしないように注意しましょう。
減額請求後にさらに事情が変わった場合には、新たな減額請求と対象期間の整理が必要になることがあります。過去の合意書、増減額通知、調停調書、判決などを時系列で確認しましょう。
これらは現在の判断を理解するための主要判例です。個々の事案での減額率を一律に示すものではありません。判例の結論だけでなく、契約内容や事実関係の違いを確認する必要があります。
3 継続賃料と不動産鑑定士の評価書
(1)新規賃料と継続賃料は異なります
空室に新しく入居するときの賃料を「新規賃料」、すでに賃貸借関係にある当事者間で契約を継続する場合の賃料を「継続賃料」といいます。新規賃料は、その時点の賃貸市場で新たな契約を成立させるための賃料であり、空室を早期に解消するための値引きやフリーレントなどの募集上のインセンティブが反映されている場合があります。そのため、現在募集されている賃料が、そのまま既存の賃貸借契約における適正な継続賃料になるわけではありません。賃料減額請求では、適正な継続賃料を検討します。現在の募集広告は有用な出発点ですが、成約賃料とは違うことがあり、面積、階数、築年、駅距離、設備、用途、内装、敷金・保証金、フリーレント、共益費、修繕負担などの条件もそろえて比較する必要があります。
(2)不動産鑑定評価基準における主な評価方法
国土交通省の不動産鑑定評価基準(PDF)では、継続賃料の評価に次の方法が示されています。各方法の適用可能性と資料の信頼性を検討し、得られた試算賃料を関連づけて判断します。
| 方法 | 考え方と留意点 |
|---|---|
| 差額配分法 | 現行賃料と経済価値に即応した適正な賃料との開きを分析し、契約の経緯などから、当事者間に帰属させる部分を判断します。差額を必ず折半する方法ではありません。 |
| 利回り法 | 基礎価格に、契約の経緯等を踏まえて求める継続賃料利回りを乗じ、必要諸経費等を加算します。全国一律の固定利率で計算するものではありません。 |
| スライド法 | 直近合意時点の純賃料に、経済事情の変動を表す適切な変動率を適用し、価格時点の必要諸経費等を加えます。消費者物価指数だけを機械的に使うとは限りません。 |
| 賃貸事例比較法 | 比較可能な継続賃料の事例を選び、時点や地域・個別条件等を補正して試算します。広告の表面上の月額を単純比較するだけでは足りません。 |
各試算を必ず同じ比重で平均するわけではありません。また、月々支払う賃料と、一時金の運用益などを含む実質的な賃料を混同しないことも大切です。建物の固定資産税、保険、維持管理費などは、誰が負担する契約かを確認して評価に反映します。
(3)鑑定書・評価書は適正な継続賃料を主張する根拠資料となり得ます
不動産鑑定士が対象建物について作成した継続賃料に関する鑑定書(鑑定評価書・評価書)は、借地借家法32条に基づいて適正な賃料を主張するための根拠資料となり得ます。交渉で減額希望額の理由を説明したり、調停で合意案を検討したり、訴訟で相当賃料を立証する証拠として提出したりすることが考えられます。
依頼時には、単なる売買価格の評価や新規募集賃料の査定ではなく、「既存の賃貸借における継続賃料」の評価であることを伝えましょう。減額請求の効力発生時点に対応した価格時点、直近の賃料合意、その合意の経緯、賃料改定特約、比較事例、設備・修繕費の負担などが、評価の前提として整理されていることが重要です。
もっとも、借主が依頼した評価書が、そのまま裁判所を拘束するわけではありません。名称が「評価書」であっても、調査範囲、前提条件、計算過程、比較事例の適切さによって証拠としての重みは異なります。簡易な査定書と詳細な鑑定評価書の違い、現地調査の有無、説明・追加対応の範囲を確認してください。裁判所が選任する鑑定人による鑑定と、当事者が私的に依頼した鑑定は別のものです。
正式な鑑定を依頼する前に、弁護士と不動産鑑定士で争点と必要な評価範囲を共有すると、評価時点や依頼目的のずれを防ぎやすくなります。鑑定費用は物件・作業範囲などで異なります。見込める減額額、残りの契約期間、紛争の規模と比べて、依頼時期を検討しましょう。
4 準備する資料
- 契約関係:賃貸借契約書、重要事項説明書、定期借家の説明書、更新・変更合意書、保証金・敷金・共益費に関する書類。
- 賃料の経緯:当初から現在までの賃料一覧、最後に合意した日・金額、その際のメールや議事録、増減額通知、支払履歴。
- 物件の条件:間取り・面積・図面、築年、写真、設備一覧、修繕履歴、実際の使用状況、貸主・借主の費用負担。
- 市場・費用の資料:条件が近い物件の広告・成約情報、賃料指数、租税公課・管理費等の資料。取得日や出典も保存します。
- これまでの交渉:内容証明、配達証明、メール、回答書、調停調書・判決、鑑定書・評価書。
相手の内部資料を無理に入手する必要はありません。まず手元の資料で不足を整理します。固定資産関係の証明については、賃借人が一定の要件で取得できる場合があります。対象や必要書類は、東京都主税局の賃借人向け案内など、物件所在地の自治体で確認してください。
5 減額請求の通知と文例
法定の減額請求では、減額を求める意思表示が相手方に到達することが重要です。要件を満たせば、相手が同意しなくても将来に向かって相当額に減額する効果が問題になります。ただし、要件や金額は後で争われる可能性があります。「今後相談したい」という交渉の申し入れだけなのか、32条に基づく減額請求なのかが曖昧にならないようにしましょう。
通常は、対象契約・物件、現行賃料、希望額、減額の開始時期、根拠となる事情を明示し、内容証明郵便と配達証明などで内容と到達を残します。管理会社だけに送ってよいかは、その受領権限を確認します。通知前の期間に当然にさかのぼるものではないため、評価書を待つ間に通知時期が遅れてよいかも弁護士に相談してください。
通知文のたたき台
私は、貴殿から賃借中の下記建物について、直近の賃料合意後に生じた近傍同種建物の賃料水準の変化等により、現行賃料が不相当となっていると考えます。そこで、借地借家法32条1項に基づき、本書到達日以後の令和○年○月○日から、月額賃料を金○円に減額する旨を請求します。
対象建物:○○
契約締結日:令和○年○月○日
現行賃料:月額金○円
減額の根拠:○○(資料を別紙に整理)
減額後の相当賃料について協議をお願い申し上げます。協議中の支払いは、減額請求を撤回したり、現行賃料を相当と認めたりする趣旨ではありません。
文例は普通借家を想定した出発点です。到達日より前の日を開始日にしないこと、賃料・共益費・消費税等の区分を明確にすること、定期借家や複数の貸主など契約ごとの事情に合わせることが必要です。通知の表現だけで支払義務がなくなるわけではありません。
6 交渉中・裁判中の支払い
(1)減額請求をしただけで希望額に減らして支払わない
借地借家法32条3項により、減額について協議が整わないとき、貸主は減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額の支払いを請求できます。実務上、従前の賃料を支払いながら減額を争う場面があります。評価書を取得した場合でも、借主が自己判断でその評価額だけを支払えばよいとは限りません。不足払いは、滞納や契約解除をめぐる新たな紛争につながり得ます。
(2)減額が確定した場合の返還と年1割の利息
裁判が確定し、それまで受領した額が正当な賃料を超えていたときは、貸主は超過額に年1割の割合による受領時からの利息を付けて返還しなければなりません。これは32条3項の特別な定めであり、一般の法定利率と混同しないようにします。
例として、ある月の支払額30万円に対し、裁判でその月の正当な賃料が27万円と確定した場合、その月の超過額は3万円です。実際の返還額は、各月の超過額と、それぞれの受領時からの期間に応じた年1割の利息を計算します。全期間分の超過額に、最初の月から一括して利息を付ける計算ではありません。
交渉や調停で解決する場合は、過去分の精算額、利息の扱い、返還期日、将来の賃料と見直し条件を合意書に明記します。
(3)貸主から増額を請求されている場合との違い
増額が争われる場面は32条2項の問題です。借主は増額を正当とする裁判確定までは相当と認める額を支払えますが、裁判確定後に不足があれば、不足額に支払期後の年1割の利息を付けて支払う義務があります。自ら減額を請求する場面の3項とは構造が違います。増額への対応と同時に従前額からの減額も求める場合は、双方の請求と期間を整理しましょう。
貸主が受領を拒むときは、弁済供託の可否を検討します。供託できる原因、相手方、金額、提供の方法などを確認する必要があり、単に自分の口座に保管することは供託にはなりません。
7 交渉・調停・訴訟の進め方
- 契約と資料を確認:普通借家・定期借家の別、特約、直近合意、経済事情の変化、必要なら継続賃料評価を検討します。
- 通知と交渉:減額請求の内容・到達を残し、根拠資料を示して協議します。合意できたら対象期間や精算方法まで書面化します。
- 民事調停:賃料増減額の訴えは、民事調停法24条の2により原則として先に調停を申し立てます。同法24条により、不動産所在地を管轄する簡易裁判所、または当事者が合意で定めるその所在地を管轄する地方裁判所が管轄となります。一般的な契約の裁判管轄条項だけで決めつけず、申立先を確認しましょう。
- 訴訟:調停が成立しないときは、賃料額の確認などを求める訴訟を検討します。訴訟の管轄は訴額や管轄合意等によって判断し、常に地方裁判所になるわけではありません。評価書の提出や、裁判所による鑑定が検討されることもあります。
- 解決後:確定した金額に従い、過去の超過払い・利息と今後の支払いを整理します。さらに事情が変わった場合は、新たな請求の要否を確認します。
調停では、一時的減額、段階的改定、修繕との組合せなど、裁判での金額判断だけに限られない解決ができます。弁護士費用、鑑定費用、申立手数料などは別途検討が必要で、期間や費用は一律ではありません。裁判所の民事調停の案内もご覧ください。申立書は、裁判所の民事調停書式案内と賃料増減額請求の調停申立書記載例(PDF)を参照し、提出先の最新案内を確認してください。
8 よくあるご質問
大家さんが変わったら、新しい賃料に従う必要がありますか。
所有者の変更だけで賃料が当然に変わるわけではありません。提示された変更契約に同意するか、法定増減額の要件を満たすかは別の問題です。一度賃料変更に合意すると、それを後から覆すことが難しくなる場合があります。東京都のオーナーチェンジを契機とした家賃値上げトラブルの案内も参照し、署名前に検討しましょう。
同じ建物の新規入居者だけ家賃が安い場合はどうですか。
比較資料になりますが、部屋の位置・広さ・設備、契約期間、入居促進の条件、共益費などの差を確認します。新規賃料と継続賃料が常に同じになるわけではありません。募集広告の保存に加え、直近合意後の変化を示す資料を集めましょう。
更新のときまで待つ必要がありますか。
32条の要件を満たすなら、更新時に限らず契約期間中も減額請求を検討できます。他方、短期間で再度の減額を求める場合には、前回合意後にどのような事情が変わったのかが特に重要です。
鑑定書がなければ請求できませんか。
鑑定書の添付が減額請求の法律上の必須条件ではありません。ただし、適正額が大きく争われる事業用物件などでは、継続賃料を専門的に評価した書面が有力な検討・説明資料となり得ます。まず資料と見込まれる利益を整理し、必要な調査の程度を決めます。
9 新銀座法律事務所への無料相談
「減額禁止の特約がある」「評価書を取るべきか迷う」「通知後の支払いが心配」といった段階からご相談いただけます。契約書、直近の更新・変更合意書、賃料の経緯、相手方の通知を用意すると、確認が進めやすくなります。
無料相談の対象・方法・受付条件は、上記の最新案内をご確認ください。訴訟等のご依頼に伴う弁護士費用や、不動産鑑定士の鑑定費用などは、無料相談とは別にご説明・お見積りします。
11 法令・公的資料・判例PDF
- e-Gov法令検索:借地借家法(32条、38条9項)
- e-Gov法令検索:民法(611条)
- e-Gov法令検索:民事調停法(24条、24条の2)
- 国土交通省:不動産鑑定評価基準等 / 不動産鑑定評価基準PDF
- 最高裁平成17年3月10日判決PDF
- 最高裁平成26年9月25日判決PDF
- 国土交通省:賃借物の一部使用不能による賃料減額等の資料PDF
- 東京都住宅政策本部:オーナーチェンジを契機とした家賃値上げトラブルについて
本記事は一般的な解説です。具体的な減額の可否・金額は契約と資料により異なります。公的資料の掲載先や様式が変更された場合は、各機関の案内ページから最新版をご確認ください。