敷金・保証金(最終改訂、平成24年7月9日)
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質問:私は一軒家を賃借して住んでいます。この建物に入居する際に、賃料の2か月分のお金を敷金として差し入れています。今度、建物の持ち主が、資金難とのことで、建物を手放すらしいのですが、私は出て行かなければならないのですか?また、敷金は帰ってきますか?そもそも、敷金とはどういうものですか?
回答:
1、敷金とは、建物の賃貸借契約締結に際して、借主が貸主に対して、契約に付随する債務を担保するために差し入れる保証金を意味します。借主が家賃の支払いを滞納したり、明け渡し時の原状回復義務を履行しなかったり、故意や過失により通常の損耗の程度を超える修繕を要する故障を生じた場合に、貸主が敷金を相殺することにより、これらの債務の弁済に充当することができます。敷金の授受は、法的には、賃貸借契約とは別の契約となりますが、その従物である契約であって、一種の金銭消費貸借契約であると考えられます。なお、敷金返還請求権の発生時期は、明け渡し後と解釈されていますので、借主は明け渡しと引き換えに敷金の返還を求めることは出来ません。
2、建物を「手放す」方法が、通常の売買であれば、質問者が建物に住んで、賃料滞納や用法遵守義務違反などがなければ、住み続ける(賃借権を対抗できる)ことができます。新しい所有者が賃貸人となりあなたが賃借人となって両者の間に賃貸借契約が成立します。この場合、敷金の関係も新しい所有者に引き継がれます。これを「賃貸人たる地位の移転」と言います。抵当権の実行による競売の場合には、抵当権設定登記の時期との関係で、明け渡し(猶予期間あり)や敷金が戻らない場合もありますので注意してください。
解説:
1 賃借権は債権であり(所有権は物権)、契約した賃貸人に対する権利です。物権は債権を破るという民法の大原則によれば、建物の持ち主がかわれば、その不動産の使用収益の権限は新所有者が自由に行使できますし、契約を直接結んだわけでもありませんので、賃貸借契約による債権を新しい所有者に主張することはできず、新しい所有者からの明け渡し請求が認められることなるのが原則です。しかし、不動産賃貸借は、住居の確保という人間の生活にとって最も重要な事項であること、古くから大家と店子の力関係には不公平があったことから、民法をはじめとする各種法律で、賃貸借の権利は保護されています。
2 まず、賃借権は登記することにより、これを第三者に対抗することが可能です(民法605、不動産登記法3)。不動産の登記は原則として物権しかできませんが、債権である賃借権も特別に登記できることにして、賃借人の保護を図るのが趣旨でした。しかし、賃借権を登記することはその手間や、貸主の協力が必要な点から、あまり利用されていませんでした。そこで、借地借家法31条では、建物の占有の引渡があれば、建物の賃借権を建物所有権の承継取得者に対抗できるものとしました。建物の占有状態は外部から観察調査することにより確認できますので、これを第三者対抗要件と定めても第三者に不測の損害を及ぼすおそれは少ないと考えられたのです。建物の引渡しを受けることにより、建物を賃借している人は、不動産の承継取得者(買主)に、賃借権を対抗することができます。その結果、賃借人と承継取得者との間に従前と同様の賃貸借契約が成立していることになります。賃借権が継続した状態で所有権移転することを、賃貸人たる地位の移転と言います。不動産市場では賃借権が付着した建物の売り出し時には、「オーナーチェンジ物件」という表示をすることが多いようです。さらに、賃借権を新所有者に対抗できることに伴い、敷金の返還義務も承継されます(最判昭和44年7月17日など)。
敷金返還請求権は敷金契約という賃貸借契約とは別の契約により生じる債権と構成されていますから、賃貸借契約が承継取得者との間に代わったとしても、当然に承継取得者に引き継がれるわけではありません。しかし、敷金返還請求権は賃借権と密接に関連すること、不動産の承継取得者に責任を負わせるほうが賃借人保護に資すること、このように解しても、賃貸人は賃借権を対抗されることを承知で不動産を購入するはずで、敷金についても確認して取引をすることが通常であり保護に欠けることはない、というのが理由とされています(通常、賃借人のいる不動産を購入する承継取得者は、敷金返還債務を承継することを前提に、売買代金から敷金の金額を控除しています)。したがって、ご質問において、家主が建物を手放す理由が通常の売買なら、賃借権も敷金も対抗できます。
その結果、承継取得者からの明渡請求についても従前の賃貸人に対すると同様に賃借権を主張できますし、明渡完了後には敷金の清算を請求できます。
3 一方、抵当権の実行による競売の場合、抵当権の設定の時期がいつかによって結論は異なります。第一順位の抵当権設定登記が、賃借人が占有開始した時期よりも後の場合、借地借家法の前記の規定が適用され、競落人にも賃借権は対抗できます(抵当権というのは担保権として債権を担保するために担保不動産の交換価値を把握する権利です。その交換価値を把握する時点で賃借人がいる場合それを前提に交換価値を評価して把握することになるため、抵当権実行としての競売の場合、賃借人がいる状態で競売すればよいことになります)。
これに対し、抵当権の設定登記が賃借権の対抗要件具備(占有開始時期)よりも先の場合、賃借人は競落人には賃借権を対抗することができません。占有開始して数年以内の一般的な賃借権の多くは、競落人に対抗できないケースが多いでしょう。この点、以前は民法上短期賃貸借制度という制度があり、抵当権設定登記後の賃貸借契約も建物ならば3年間という短期の賃借権は保護され、敷金返還請求権も競落人に承継されていました。しかし、この制度を悪用して占有屋が横行したり、高額な敷金を預けたことにして多額の金銭を要求するという濫用的な利用が目立ったため、競売の妨害になることから短期賃貸借制度は廃止されました(平成15年の法改正)。よって、現在では、抵当権設定登記後の賃借権は競落人に対抗できません。
ただし、競売手続き開始前からの賃借人についてですが、明け渡しに関しては、競落人の買受けの時から6ヶ月間の猶予があります(民法395条)。
4 なお、短期賃貸借の廃止と同時に、同意登記制度(民法387)が新設されました。すなわち、登記をした賃借権で、先順位抵当権者および利害関係人の同意があり、またその旨を登記していれば、競売による取得者にも、賃借権や敷金(敷金についても別途登記することが必要)を対抗することができます。賃貸用の物件においては、賃借人が入居していることが建物の価値を高めることにつながるため、抵当権者としても、強制競売参加者が安心して入札できる環境を整えたいというニーズもありえます。このため、このような制度が設けられているのです、同意登記制度は大規模なサブリース物件などで活用されています。
5 ご質問についてですが、もし家主が建物を手放す理由が、抵当権の実行による競売であり、かつ、建物の引渡前から抵当権設定登記がある場合、残念ながら、賃借権は対抗できず、6ヶ月の猶予期間のうちに明け渡さなければならず、落札人(競売物件の新所有者)からは敷金の返還も受けられません。
これに対し、通常の売買で家主が建物を手放すのであれば、引き続き居住もできますし、退去の際には敷金の返還も受けられます。
6 ご質問のように、一般市民の住居用の賃貸借の場合は、建物を建てるときに抵当権を設定することが多く、また、同意登記も利用されないでしょうから、不景気の今、家主の破産などでこのような事態に直面するケースも増えてきています。
面倒でも、気に入った不動産を長期間借りようと思っていたり、高額な敷金を差し入れるときなどは、一度その物件の登記簿を確認して、抵当権の有無、貸主の資力などを一度確認しておいた方が良いでしょう。
参照判例 最高裁昭和44年7月17日第一小法廷判決(家賃金請求事件)
思うに、敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。
《参照条文》
民法
(抵当建物使用者の引渡しの猶予)
第三百九十五条 抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。
一 競売手続の開始前から使用又は収益をする者
二 強制管理又は担保不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により使用又は収益をする者
2 前項の規定は、買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について、買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし、その相当の期間内に履行がない場合には、適用しない。
(抵当権者の同意の登記がある場合の賃貸借の対抗力)
第三百八十七条 登記をした賃貸借は、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記があるときは、その同意をした抵当権者に対抗することができる。
2 抵当権者が前項の同意をするには、その抵当権を目的とする権利を有する者その他抵当権者の同意によって不利益を受けるべき者の承諾を得なければならない。
(法定地上
借地借家法
第三十一条 建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。
2 民法第五百六十六条第一項 及び第三項
の規定は、前項の規定により効力を有する賃貸借の目的である建物が売買の目的物である場合に準用する。
3 民法第五百三十三条 の規定は、前項の場合に準用する。
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