公務員の前科発覚と失職

行政|国家公務員法76条|国家公務員法38条1号|最高裁判所平成19年12月13日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

私は国家公務員として役所に30年以上勤務しています。実は役所に勤務する以前に私は公務執行妨害罪で逮捕され、懲役6月執行猶予4年の判決を受けたことがあります。路上で警察官から受けた職務質問が気に入らず、警察官を軽く突き飛ばしたことから逮捕されました。判決は役所に勤務してから3か月後くらいに受けました。それから約30年経過していますが、役所には今でも刑事事件の判決のことは発覚せず、通常の勤務を続けています。もし発覚してしまったら、私は失職してしまうことになるのでしょうか。

回答:

1 国家公務員が禁固以上の刑に処せられた場合に当然に失職することは国家公務員法76条、38条1号に規定があります。

懲役6月執行猶予4年の判決を役所に勤務後に受けたということですから、判決が確定した時点で当然に失職したことになり、30年経過していたとしても、失職していたことは原則として覆ることはありません。

例外として、判決確定後に新たに採用されたような事実がある場合は公務員としての地位を新たに得たものとしてその地位を奪われることはありません。

2 民間の私企業にはこのような規定がないため、同条項が国家公務員を不当に差別しているのではないかと問題になりますが、最高裁判所平成19年12月13日判決は、同条項の目的は合理的で憲法13条、14条1項に違反しないとしています。

3 また、前記最高裁判決は、執行猶予付判決から25年以上経過した後に、勤務先に判決が発覚し、勤務先から失職処分を受けた職員が、そのような処分は権利の乱用、信義則違反として無効と主張した事案を扱っていますが、いずれの主張も退け処分は適法と判断しています。この判決は前記2も含めて以下の解説で説明します。

4 ご相談者様も今後の対応について一度お近くの法律事務所に相談されるとよいでしょう。

  なお、就職する前に刑期が終了あるいは執行猶予期k難が満了していた場合は、国家公務員法38条1号には該当しません。

5 関連事例集参照。

Yahoo! JAPAN

解説:

第一 国家公務員が禁固以上の刑に処せられた場合、当然に失職することを定めた国家公務員法76条、38条1号について

国家公務員法76条、38条1号は次のように規定し、禁固以上の刑に処せられた職員は当然に失職するとしています。

「国家公務員法第七十六条 職員が第三十八条各号(第二号を除く。)のいずれかに該当するに至つたときは、人事院規則で定める場合を除くほか、当然失職する。

国家公務員法第三十八条 次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則で定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。

一 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者」

このように禁固以上の刑に処せられた場合、当然失職するという国家公務員法の規定は、民間の私企業労働者には同様の規定はなく、国家公務員を不当に差別して個人の尊重を定める憲法13条、法の下の平等を定める14条1項に反しているのではないかが問題となります。

この点、最高裁判所は、次の第二で述べるように国家公務員法の規定には合理性があり、憲法13条、14条1項に違反するものではないとしています。

第二 国家公務員法76条、38条1号が憲法13条、14条に違反するかどうかについての、最高裁判所平成19年12月13日判決(国・郵便事業事件)について

・禁錮以上の刑に処せられた者が国家公務員として公務に従事する場合には,その者の公務に対する国民の信頼が損なわれるのみならず,国の公務一般に対する国民の信頼も損なわれるおそれがある。

・そのため,国家公務員法76条,38条2号は,このような者を公務の執行から排除することにより公務に対する国民の信頼を確保することを目的としているものである。

・国家公務員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法15条2項,国家公務員法96条1項),また,その官職の信用を傷つけたり,官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(同法99条)など,その地位の特殊性や職務の公共性がある。

・我が国における刑事訴追制度や刑事裁判制度の実情の下における禁錮以上の刑に処せられたことに対する一般人の感覚などに照らせば,同法76条,38条2号の前記目的には合理性があり,国家公務員を法律上このような制度が設けられていない私企業労働者に比べて不当に差別したものとはいえず,上記各規定は憲法13条,14条1項に違反するものではない。

次に、最高裁判所平成19年12月13日判決の具体的事案について解説します。本件事案は、禁固以上の刑に処せられた者が、勤務先(郵便局)に事実を告げずに25年間勤務した後に刑に処せられたことが発覚し、失職の処分を受けた事案です。

第三 最高裁判所平成19年12月13日判決 国・郵便事業事件

裁判所HP

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail6?id=35488

全文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/488/035488_hanrei.pdf

【当事者】

X:郵政事務官。A郵便局集配課勤務。上告人。勤務以前の公務執行妨害罪で有罪判決を受け、判決は確定していた。

Y:日本郵政公社(本件事件当時は政府管轄事業として職員は国家公務員とされていた。民営化後は郵便事業株式会社が地位を承継)。被上告人。

A:Xの勤務する郵便局の局長。Xが公務執行妨害罪で有罪判決を受けたことは知らなかった。

【事案の経過】

(概要)

XはYの郵政事務官として採用された後、公務執行妨害罪で執行猶予付有罪判決を受けた。国家公務員法の規定によれば当然失職となるが、Xはそのまま勤務を継続した。上記有罪判決の執行猶予期間が経過してから25年経過後に上記有罪判決がYに発覚し、XはYより失職の処分を受けた。

(具体的経過)

昭和47年9月2日 Xは公務執行妨害罪で逮捕・起訴されていた。

昭和48年4月28日 XはYに郵政事務官として採用された。

昭和48年12月7日 横浜地方裁判所により懲役4月、執行猶予2年間の判決を受けた。

昭和48年12月22日 上記判決が確定した。

昭和50年12月22日 上記判決の執行猶予期間が満了した。

平成12年9月5日 (執行猶予期間満了から約25年経過したころ)関東郵政局にXが過去に公務執行妨害罪で逮捕されたとの匿名の電話があった。

平成12年10月3日 関東郵政局はXの前科について横浜地方検察庁に照会した。

平成12年10月10日 関東郵政局は横浜地方検察庁からXに対する有罪判決の謄本を入手した。

平成12年11月13日 Xに対して、国家公務員法76条、38条2号(現38条1号)により、昭和48年12月22日(有罪判決の確定日)に失職した旨の人事異動通知書を交付した。

なお、Xは失職事由発生後に競争試験又は選考を経たことはなかった。

XはYに対し、雇用契約上の地位の確認と給与の支払を求めて訴えを提起した。

【争点】上記解説二で説明した以外の争点は次のとおりです。

1 YがXの失職を主張することは信義則に反し権利濫用にあたるか。

2 Xが失職事由発生後も勤務したことにより新たな雇用関係が発生したといえるか。

【判決】

1について(失職の主張が信義則に反するか)

最高裁は次の理由でYによるXの失職の主張は信義則に反しないとしました。

・Xが失職事由の発生後も長年にわたりA郵便局において郵便集配業務に従事してきたのは,Xが禁錮以上の刑に処せられたという失職事由の発生を明らかにせず,そのためA郵便局長においてその事実を知ることがなかったからである。

・Xは,失職事由発生の事実を隠し通して事実上勤務を継続し,給与の支給を受け続けていたものにすぎない。

・仮に,上告人において定年まで勤務することができるとの期待を抱いたとしても,そのような期待が法的保護に値するものとはいえない。

・国家公務員法38条2号の欠格事由を定める規定が,この事由を看過してされた任用を法律上当然に無効とするような公益的な要請に基づく強行規定である。

・以上の理由により、YによるXの失職の主張は信義則に反し、権利濫用にあたるとは言えない。

2について(失職事由発生後も勤務したことにより新たな雇用関係が発生したといえるか)

・Xが失職事由の発生後に競争試験又は選考を経たとの主張立証もなく,上告人が上記のとおり事実上勤務を続けてきたことをもって新たな任用関係ないし雇用関係が形成されたものとみることもできない。

このように最高裁は、Xが有罪判決を受けてから長期間経過後にYに発覚し、Xが失職の処分を受けた場合、YによるXの失職の主張は信義則に違反するものではなく、権利濫用にはあたらないとしました。

ただし、Xが失職事由発生後に競争試験又は選考を受けていた場合には新たな任用関係が成立する可能性があるとの含みを持たせています。

第四 最後に

上記最高裁判決の事案と同様に、ご相談者様は執行猶予付懲役判決を受けた後も継続して国家公務員として勤務しているとのことですが、上記最高裁判決事案では1本の匿名電話が前科発覚の要因となっています。どのような形で前科が発覚するかは予想はできません。上記最高裁判決では、執行猶予付き判決から長期間経過後に発覚し失職した場合でも有効としていますが、失職事由発生後も競争試験又は選考を受けていた場合には新たな任用関係が成立する可能性があるとの含みも持たせていますので、有罪判決が発覚しても失職が避けられる可能性もあります。今後の対応については一度弁護士に相談された方がよいかと思います。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文

憲法

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

○2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

○3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

○4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

国家公務員法

(欠格条項)

第三十八条 次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則で定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。

一 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者

二 懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から二年を経過しない者

三 人事院の人事官又は事務総長の職にあつて、第百九条から第百十二条までに規定する罪を犯し、刑に処せられた者

四 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

(欠格による失職)

第七十六条 職員が第三十八条各号(第二号を除く。)のいずれかに該当するに至つたときは、人事院規則で定める場合を除くほか、当然失職する。

(服務の根本基準)

第九十六条 すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。

○2 前項に規定する根本基準の実施に関し必要な事項は、この法律又は国家公務員倫理法に定めるものを除いては、人事院規則でこれを定める。

(信用失墜行為の禁止)

第九十九条 職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。